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優しい王子様との相愛数  作者: 蓮冶
□TWO LOVE□
6/20

□高校生活は前途多難!?□

「……ん」

くんくん。

くんくん。

……なんだろう。なんか、香ばしい匂いがする……。

この匂いは……味噌汁だ。

 その匂いにつられて目をあける俺。

 目の前に広がるのは……見知らぬ部屋だった。

 目の前の大きい窓では太陽が放つ強い朝の光を、白いカーテンが優しい光へと変えてくれている。


 モソリ……。

 ベッドから身体を起こせば、見えるのはだだっ広い部屋だ。隣にはちょこんと小さな棚。その上にアンティークのランプが乗っているだけ……。


 んで?

……ここ、どこ?

 見知らぬ部屋を眺めて、しばし放心状態の俺。

 すると……。


 ふわり。


 秋の冷たい空気が俺の胸元を撫でた。

……さむっ。

 ぶるりと震えて自分の身体を両手で包めば……あれ? バスローブ?

 自分が着ている服に少し驚いて、もう一度、目を大きく開けて自分の格好を確認する。

 俺はやっぱりやわらかい素材の真っ白いバスローブを着ていた。

 寝相が悪かったのだろうか。着ていたバスローブはやや乱れ、右肩からズレている。

 足は、太ももまでぱっくり開いている。

 それで思ったのは、バスローブなんて持ってたっけ? ってこと。

 疑問符が俺の頭の中を駆け巡る中、二度三度と瞬きを繰り返す。

 そのうち、ボーっとした頭が回転しはじめる。

 寝起きから二、三分経った後、それでようやく気がついた。


 ここは葉桜ハザクラ家の『別荘』とは言いがたい、高層ビル並みのマンションの中で、今日から月夜ツキヤと住むんだった……。


……って……バスローブ!!


 もう一度、バスローブを見下ろせば、今おかれている自分の状況を知った。

 だって、身体を守っているとは言えないバスローブが目の前にある。これでは自分が男だとバレてしまうじゃないか!!


 だけどバスローブは乱れているものの、一応の形は残している。


 ああ、よかった。

……今度から、もう少し寝相には気をつけて寝ることにしよう。


 ほっとして、乱れたバスローブをきっちり着直せば、次に気になったのは月夜のことだった。

 だって、隣にいるはずの月夜はいないんだ。それに、台所からは味噌汁の匂いがする。


 ぎゅるるるるるるる。


『飯』のことを考えたとたん、腹は空腹を訴えてきた。

 壁にかかっている薔薇バラだろうか? 花の形をした珍しい時計を見れば、時刻は六時三十分だった。


 いつも時間ギリギリまで寝ている俺にしては早起きだな。などと考えながら、やわらかいモフモフしたカーペットの上に足を置いた。

 続けて俺は目の前にある引き戸を開け、味噌汁の匂いが漂う台所へと真っ直ぐ向かった。


 ガチャリ。


 寝室と台所を阻む茶色いドアを開ける。中へと入ると、ガスコンロの前に立っている人物が見えた。

 声もかけずにそのまま近づくと、俺の気配を察知したのか、月夜は振り向いた。

 ニコリと変わらない優しい笑顔を向けてきた人物はやっぱり月夜だ。目の前の小窓から朝の光が流れるようにして彼の姿を包んでいる。蜂蜜のような色をした長い髪は輝く朝の光の効果で金色色に輝いている。そのおかげもあってか象牙色ゾウゲショクの肌は、いつにも増して白く輝いているように見えた。

 天使のような美しい姿に、思わずごくんと唾を飲む。

 そんな月夜の服装は、峰空ホウクウ高等学校であるワイン色の制服に身を包み、その上から水色のエプロンをつけていた。


 天使みたいなのに、エプロン姿って……。などと思いながらも、なかなか似合っていたりするんだから不思議だ。


「あ、起きたんだね。今、朝食ができたから用意しておくよ。その間に着替えておいで」


「……あ、ああ」


 本来、食事というものは女性がつくらなければならないものではなかろうか? 何で月夜がつくってんの? ……まあ、俺が料理できるかって言えば……まったくできないんだが……。だけど、朝っぱらからほんわかした笑顔を向けられて呆気にとられてしまう。


 華道の次期当主に朝飯つくらせる俺っていったい。……いやいや、俺は月夜に嫌われなければならないんだ。これでいいんだよ。


 申し訳なくなった俺の気持ちに首を振って、自分の考えを打ち消す。


「……? 花音カノン?」


 しばらく立ち尽くして自分の考えと戦っていた俺の前――。いつの間にか月夜が間近で立っていた。

 月夜は眉間にしわを寄せ、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 そのとたん、俺の胸が何かに掴まれたようにぎゅっと締めつけられた。


 何なんだよ、これ……まただ……。


 月夜といると、こういうことが多々あるんだ。


「あ、何でもない。顔も洗ってくる……」


 自分の中でいったい何が起こっているのかわけがわからず、それを振り払うため、たぶん、俺のこの心情の火種になっただろう月夜から背中を向けた。


 洗面所につくと、自分の煮え切らない気持ちを洗い流そうと、冷たい水でおもいきり顔を洗った。


――で、現在。俺は……というと……。


 峰空高等学校の、もちろん女子の制服に着替えている真っ最中だ。白いカッターシャツに袖を通し、膝上の短いワイン色のまきスカートをはく。鏡に映った自分の哀れな姿に目をつむりたくもなるが……こればっかりはどうしようもない。すべてはロレックスの為だ。

 妹、花音としか見えない自分の鏡に映った顔を見つめ、赤い首元につけるはずのリボンと格闘する。


「…………なんでだよ…………アレ?」

 思わずもれた声は、それは大きいものだったらしい。

「どうしたの?」

 コンコンと洗面所の扉をたたく音と共に、心配そうな月夜の声が聞こえた。

「どうぞ」と中へ入るのを促す俺の声を聞き、ガチャリとドアノブが回ると同時に月夜が中へと入ってきた。

「何があった? ……ああ」

 俺の姿を見るなり月夜は、心配そうな声から納得した声へと変化した。

「いい?」

……コクン。

 俺はというと、恥ずかしすぎて月夜の言葉にただただうなずくしかできない。だってリボンが、どうやっても縦になるんだ。

 何度やっても……。


 ところが、あんなに格闘していたリボンは、俺の首元に伸ばされた月夜の手によってただの赤い紐だったものが綺麗なチョウチョ結びになった。


「はい、できたよ」

 ふんわりと月夜が笑う。それは俺を馬鹿にしている笑みじゃない。優しい……まるで、子供を見つめる母親みたいな……そんな笑顔だった。


「さ、ご飯食べよう」

 そう言って、呆然としている俺に背中を向ける月夜。


――すげぇ恥ずかしいけど、やっぱお礼、言わなきゃな……。


……クン。


後ろを向く月夜の袖を小さく引っ張ると、彼は反応して振り返った。


「……………りがと」


 それはとても小さな声だった。しかも、最初の方は照れくさくて言葉が言えていない。それに、顔はうつむいたままだ。だってさ、恥ずかしいじゃないか。十六にもなってリボン結びが上手くできないとか……どこの幼稚園児だよ。情けなさが俺を襲う……。


 すると……。


 ふわり……。


 何か、とても優しい気配がしたんだ。

 見上げれば、目を細めて微笑む月夜がいた。

「…………………」

 目を大きく開けて穴が開きそうなくらい月夜を見つめ続けた。

 すると、見る見るうちに月夜の表情は曇っていくんだ。俺は意味がわからず、そのまま凝視する。

「どういたしまして。だけどね、そういう行動は気をつけた方がいいよ」


……へ?

 そういう行動? 

 何が? 

 リボンが結べないこと?

 それとも月夜に礼を言うこと?

 気をつけるって……何に?


悶々と考えていると、月夜は、「さあ、ご飯食べよう。学校に遅れてしまう」ニコリとひとつ笑って、まるでさっきの言葉をなかったことのように話した。

 俺を食卓へと促した。

 俺は煮え切らない思いを抱いたまま、食卓へと座ったが、その思いさえも朝食を口にしたとたんに忘れてしまった。

 それは月夜のご飯がすごく美味いからだ。

「口にあえばいいんだけど……」

 自信なさそうに言った月夜だったが、まったくそんなことはない。たかが味噌汁だぞ? なんでこんなに美味いんだよ。しかも、焼き鮭も絶妙な塩加減じゃないか!!

「そんなに急いで食べなくても、ご飯は逃げないよ?」

 そんな俺に、月夜はやはり変わらない笑顔でそう言ってくれた。


 ああ……なんか……申し訳なくなってきた……。罪悪感っていうの?


 月夜はこうやって俺の面倒まで見てくれているわけで……それに比べて、俺は何もしていない。

……いや、いやいやいや、いいんだよ。俺はこれで!! だって、婚約を破棄してもらわにゃならんのだから!!


……だけど、月夜は自分のこともあるんだよな。俺の面倒を見て、でもって自分のこともって……面倒かけすぎだよな……やっぱり。


コトリ。


 そしてとうとう俺の善意は悪意に勝った。

 持っていた茶碗をテーブルの上に置く。視線はもちろん申し訳なく思うから、月夜の顔なんて直視なんてできやしない。

「どうしたの? 美味しくなかった? だったら、無理して食べなくても……」

「違う!!」

 そんなこと、ひと言も言ってない。

 俺は月夜の言葉をさえぎって否定した。

「……違うんだ。あの……わたし……ご飯つくれないんだ」

 これは本当。今の今まで、料理の『り』の字すら知らない。

 俺は食べる専門。

「うん?」

 月夜は、詰まりながら話す俺の言葉を焦らずに聞いてくれる。

「あの……だから……月夜の食事の手伝い、できない」

「別にかまわないよ。俺は花音がそうやって美味しそうに食べてくれることが嬉しいから」

『気にしないで』と、月夜は言う。けどさ、気にするよ。だって、月夜は俺よりも忙しい身の上なんだ。

 月夜の両肩には、でっかい『葉桜』としての名前が背負われているんだ。俺のことばかり、かまってはいれないだろう。だから……。

「その代わり、掃除はできるから」


ぽつり。


 俺は最後に口をひらいた。

 視線をテーブルから月夜へと移す。

 言ったとたん、月夜の目が大きくひらかれた。


 そして――。


 月夜は目をスッと細めて微笑むんだ。


――トクン。


 ああ、まただ。また……俺の心臓が大きく跳ねた。

「とっ、とにかく!! 掃除はまかせてくれ!!」

 月夜の笑顔を、なぜか直視できなくなった俺は、早口でそう言うと、下ろした茶碗を再び手にして箸を動かした。


――そして、朝から美味いご飯をたらふく食べられて上機嫌な俺がいた。

 別荘から歩いて十五分の距離に峰空高等学校がある。

 今、俺は月夜と高校に向かっていた。

 行く先々から生徒たちに挨拶される月夜は、やはり人脈がすごい。優等生って月夜みたいな奴を言うんだろうな……。なんて、俺は話しかけられるたび、挨拶を交わす月夜を見て思っていたりする。


 そんなことを考えていると、目的地なんてあっという間に到着する。

 俺は月夜と別れて、今後世話になるクラス、二年六組の担任である、松尾先生に挨拶のため職員室へと訪れた。

 松尾先生は、俺の顔を見ると手を上げて俺を促してくれた。

 ひょろっこい細身の、温厚そうな先生。それが、松尾先生を俺から見た第一印象だった。

「今日からお世話になります。篠崎シノザキ 花音カノンです。よろしくお願いいたします」

 敬意を表すために、一礼してから先生と向き合う。

「ああ、よろしくな。おかしな時期に転入してきたな~。篠崎は……ふむ。葉桜と仲がいいのか。まあ、葉桜と同じクラスだし、すぐ慣れるだろう」

 眼鏡の奥の黒い瞳が優しく俺を見つめてきた。

 なんかこの先生のクラスだったら生徒と簡単に打ち解けることができそうだな。

 ほっとひと息つく俺だったが、事は思い通りには運ばない。

 そのことを知ったのは、六組の生徒と対面した時だった。


……俺の頭上には二年六組というプレートがある。

 先生との挨拶をすませた俺は、一緒に教室へとやって来た。

 まずは先生が教室の中へと入り、俺のことを生徒たちに話していく。

 先生が『篠崎 花音』という偽りの名を呼び、俺を教室へと誘う。

 俺は小さく息を吸って、これからの学園生活を『花音』として過ごすことを決意した。

 だけど、やはり緊張はするもので……。


 すっげぇ心臓がバクバク言ってる……。身体から飛び出しそうな勢いだ。

 ただでさえ、転校とかですげぇ緊張するのに、季節はずれってのがさらに緊張感を上乗せしてくる。


 俺は鼓動を繰り返している心臓の上に手を当てて、もう一度深呼吸すると、意を決して重い足を教室へと運んだ。


 ガラガラガラ……。


 それは中へと入るのとほぼ同時だった。


『おおおおおおおおぅ』


 男子が一斉に声をあげた。

 この声の意味は知っている。かわいい女子を見た時のリアクションだ。

 なんか……複雑な気分。俺だって同じ男だってのに……。

――とはいえ、俺は今、たしかに女子としてこの場にいるわけだが……。

 それに対して、女子の視線は……なんか怖いんですけど……。


 獲物を見る目だ。

 なんでそんなに睨まれなきゃいけないのだろう。

 心臓の鼓動が鳴り止むどころか、いっそう大きく鼓動しはじめる。

 俺、心臓爆発で死ぬんじゃない? っていうくらい、緊張していた。


……どうしよう。


 男子は俺を崇拝すうはいするように見てくるし……ああ、逃げたい。

 俺の目が泳ぎはじめると、なんだかひとつの視線が気になった。

 気になる視線へと目を向けると……月夜がいた。

 彼は穏やかな笑みを浮かべて、俺を見つめていた。

 まるで……『大丈夫』だと言っているかのようだ。

 月夜の顔を見ていると、いつの間にか心臓は普通に鼓動しはじめる。

――自分でもすげぇ、不思議だ。

「篠崎 花音です。よろしくお願いします」

「みんな、仲良くしてやってくれ」

 俺は、これからクラスメイトになる生徒達に一礼すると、先生はひと言、そう告げた。

「お前の席だが……向かって右側の窓辺の席だ。山本ヤマモト 沙耶サヤ

「はい」

 先生が名前を呼ぶと、ツインテールの活発そうな女子が手を上げた。なかなかかわいい顔をしている。

 つり目が意志の強さを表しているが……花音と同じような雰囲気をしている彼女に少し親近感を抱いた。

 彼女の後ろの席――つまりは俺の席になる場所は、太陽の光がよくあたるところだった。

 よく眠れそう……なんて考えてしまった俺は、しょっぱなから授業を受ける気サラサラない。

 先生から促された席へと向かう途中、耳の端っこで女子のヒソヒソと話す声が聞こえた。

(「ねぇ、あの子だよ? 葉桜 月夜くんの許婚……」)

(「ええ? うそ?」)

(「ああ、いいな~。玉の輿。あたしももうちょっと美人だったら月葉桜くんと付き合えたのに……」)

(「あ~、ショック。葉桜くん、狙ってたのにぃ~」)

……話の内容、マル聞こえなんですけど…………。

 俺、こういうの苦手。

 しかも、もう『月夜と許婚』っていう情報が流れてるの? 相変わらず噂って流れるの速い。

……やっぱ、月夜狙いの女子多いんだな……。

 そう思った直後だった。


ズキン。


 胸が急に痛みだした。


 あれ? なんで? 何これ……何で胸が痛いの? 俺…………さっき何を考えた?

 何か嫌なことを想像した気がする……。

 何を考えたんだっけ?

 自分の思考が思いも寄らぬところにいったような気がして……それから……?

 考えた『ソレ』がすごく嫌だと思ったんだ。

 だけどいったい何が嫌だったんだ?

……わからない。


 突然降って湧いたように出てきた『ソレ』の考えが何なのかわからず、俺は居心地が悪いまま席に座る。

「気にしなくていいよ? 女子ってみんなああだから」

 山本 沙耶が話しかけてきた。

 俺は彼女の言葉でようやく現実に戻った。

『女子ってそういうものだから』って、そう言う彼女も、女子だ。

 自分のことを棚にあげて何を言ってるんだと、思わずじと目で彼女を見る。

「なに?」

 つり上がっている眉の端をさらに上げ、俺と向かい合わせになった。

 気に入らない視線には目をらさず、向き合う。こういうところ、ますます花音にそっくりだ。

「あ……いや、悪い」

 言う俺の口角は上がってしまう。

 そんな俺の感情を知らない彼女は、俺の態度が気に入らないのだろう。ますます不機嫌になっていく。

 どうやらここらが潮時のようだ。などと思ってフォローする俺。

「……ごめん、違うんだ。わたしの知り合いに似ていたから……なんか嬉しくなって」

「そうなの?」

「ああ」

「その子とは仲良かったの?」

「ああ、うん」

 まさか、『俺の妹です』なんて言えずにうなずくと、彼女はにっこり微笑んだ。

「あんたとは仲良くなれそうな気がする。あたし、山本 沙耶。沙耶って呼んで。あんたのことは花音って呼んでいい?」

「ああ、別にかまわない」

「よろしくね」

 転校初日でできた友達が女子ってどうよ? なんて思いながらも、ああ、俺今女子だった……と自分に突っ込みを入れたりする。


 そうやって朝のホームルームが終了すれば、俺と沙耶の周りには男女問わず、生徒の群れができる。

「花音ちゃんって、どこから来たの?」

「前の学校はどんなとこだった?」

「カッコイイ男の人いた?」

「付き合っていた人……は、葉桜くんか……」

 などと話してくる。

――ああ、俺こういうのも苦手なんだよな……。

 思わず逃げ腰になってしまう。

 目を泳がせて月夜の方へと思わず目を向ければ……月夜も俺と同じ現状になっていた。

 月夜に頼ることができなくなった俺は、この場から逃げようと椅子から腰をあげる。

 すると、視界が広くなった俺の前方で、ひとりの女子と目が合った。


うわ、すごく美人だ。


 思わず女子を直視してしまった。


 流れるような綺麗な黒髪は腰まである。 遠くからでもまつげが長いことがわかる。一重の目は細くて、化粧もしていないのに、紅い唇はふっくらとしている。

 立ち姿は、まるで針金でも背中に仕込んでいるかというくらい伸びていて、どこか品がある。日本人形のような……そんな美人だった。

 その女子は、傍らにいた男子三人と話すのを止め、俺と視線が交差するとニラんでくる。


 え――?


 すると女子は迷いもなく、一直線に俺の方へと歩いてきた。

 それは、すれ違い様だった。

「葉桜くんの許婚だからって、いい気にならないでよね」

 俺の耳元で聞こえた細い声。だが、悪意のこもった言葉が聞こえた。

 彼女はそのまま俺と視線をはずし、後ろにある教室のドアから出て行った。男子を数人引き連れて……。

 心なしか、周囲の温度が一気に冷えたような気がした。

 静まり返る教室に、彼女がドアを閉める音は響く。

「うわ……さっそく藤堂トウドウ 美影ミカゲさまに目、つけられちゃったね」

 俺の隣にいた女子が口をあけた。

「藤堂 美影?」

「うん。彼女、藤堂家の令嬢なのよ。でね、美影さんのお父さんと葉桜くんのお父さんがとても仲が良いらしいのよ。許婚は、彼女じゃないかって噂も流れるくらいだったんだよ?」

「そうそう。美影さん、月夜くんが好きみたいだし?」

「月夜くん本人は、別に気にもとめてないって感じだったけどね」


 なるほど……。

 それで、月夜の許婚になった俺は、彼女の目の仇になるわけか――。

 背中に針金が通っているように見えたのは……品があるように見えたのは令嬢だからか。


「美影さんには気をつけなよ? 彼女自体がどうのっていうことはないんだけど、彼女の傍にいる男子がね……他校と暴力沙汰になったとかいう噂があるから……」


――へぇ。

 そんな奴らが周りにいるのか。

 まあ、俺は男だし、いざとなったら俺も負けないし?

 特に問題ないだろうけど。


「うん、ありがとう」

 その時の俺は、これから自分がどうなるかなんて気にも留めなかった。

 女子の嫌がらせなんて大したものじゃないと、たかを括っていたんだ。

 その考えが甘いことを思い知ったのは、その日の放課後だった。

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