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優しい王子様との相愛数  作者: 蓮冶
■ONE LOVE■
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■頑固者同士■

 俺の視界が真っ白な湯気に覆われる。

 バスタオルを手にとって、適当に身体を拭きながら思うことは、やはり月夜ツキヤのことだった。

 ただでさえ俺の身体から白い湯気が立ち上っている。秋とはいえ、やっぱりこんなに寒いんだ。やっぱ、ソファーで寝るのはキツいんじゃないか?

 立ち上る湯気を見ながら、俺はそんなことを考えていた。

「……やっぱそうだよな」

 月夜に風邪はひかせられない。面倒見よさそうなくせに、自分のことはそっちのけとか、なんなんだよ、まったく。

 風呂の温かい熱気で曇っている、目の前にある鏡に映る自分の顔を見つめながらうなずいた。

 俺はなぜか月夜のそんな無頓着な性格が気にくわなかった。


 その俺は今、月夜がソファーで寝ると言い張り、店屋物を頼んだ夕食後。月夜の後に続いて風呂に入った。

 風呂場は、風呂釜フロガマも足を伸ばせるほどの大きさだ。それに、白と黒のモダンな造りの風呂場はとても清潔感があって居心地のいいもので、いつも15分も経たないうちに風呂から上がるのに、今日は30分近く長湯をしてしまった。

 俺はバサリと白のバスローブを羽織り、広いフローリングへと大股で向かう。

 目指すは月夜がいるリビングだ。

「なあ、月夜」

 ソファーでゆったりとくつろいでいる俺と同じバスローブを着ている月夜は、なんだかずっと年上に見えた。

 たぶん、落ち着いている雰囲気や物腰からだろう。


 月夜は俺の姿を視界に入れると、目を大きく見開いて、ゆっくりと優しい笑みをつくった。


…………トクン。


 月夜の視線を受け止めるだけで、俺の心臓が跳ねる。

……俺、本当にどうしたんだろう。なんでこんなに月夜といると胸が締めつけられたり、跳ねたりするんだろう。

 そう思っても、疑問に対する回答は返ってはこない。

 俺は自分の考えを打ち消そうと首を振った。

 そうすると、おもいきり水気を吸った髪から雫がぽたりと肩に落ちた。

 その瞬間、にこやかだった月夜の表情は一変し、今度は顔をしかめる。


……なんだ?


 小首をかしげて月夜を見つめると、月夜は眉根を寄せて、無造作に立ち上がった。

 いったいどこに行くんだ?

 そう思いながらも部屋から出て行く月夜の後姿を目で追う。


――ややあって、月夜は俺の前にドライヤーを手にしてあらわれた。

「おいで、髪を乾かそう」

 するりと流れるようにソファーへと座り直す月夜は、立ち尽くす俺の姿を優しい瞳に映した。

「……いいよ。別に、ほっとけばすぐ乾くから……」

 俺がそっぽを向いて言うと、「何か俺に言いたいことがあったんじゃないのか?」と問うてくる。


 ああ、そうだった。ここに来たのは、月夜にソファーで寝るのは止めろと言おうと思っていたんだった。

 そのことを思い出し、しばし無言になると――……。


ポンポン。


 月夜は両足の間を叩き、『こちらへ来い』と催促してくる。

 おそらく、さっきの言葉からして、『話を聞くから俺の言うことを訊け』と言っているのだろう。

 だから別にいいって言ってんじゃん。

「……………………」

「……………………」

 俺は月夜をニラみ、月夜は笑顔で俺を見つめてくる。

「はあああああ…………」

 そんなおかしな空間の中、ため息をついたのは俺だった。

 やっぱり月夜は頑固だ。


 ドスン。


 ふてくされた俺は月夜が座っているソファーの前に腰を降ろした。

 クスリと笑う月夜の声が耳へと入ってくる……。

「せっかく綺麗な髪をしているのにもったいないな……」

 そう言って、月夜はドライヤーのスイッチをオンにした。

 あたたかい風が俺の髪をすり抜け、首へとあたる。

 クシで髪をいてくれているようだ。やわらかい櫛の先が、頭皮を刺激してくる。


――正直に言おう。ものすごく気持ちがいい。

「……なあ、月夜」

 思わず目を細めてソファーへと寄りかかる俺の声は、くつろいでいるから猫なで声になってしまう。

「ん?」

 そんなおかしな声に、月夜は笑いもせず優しく尋ねてくる。

「やっぱ、一緒に寝よう」

 そう言った俺の言葉で月夜の手が止まった。

花音カノン……」

 月夜の顔は見えないけれど、まだ言っているのかと呆れていることが声だけでもわかる。

 だが、俺だってこの意見は曲げない。月夜が、『うん』とうなずくまで何度だって言い続けてやる。

「ここに座ったら言うこと訊いてくれるって言ったよな?」

「……それは…………。でもね、それとこれとは……」

「違わない。わたしは、わたしの所為セイで月夜が風邪ひくのは堪えられない。」

 月夜の言い訳じみた言葉に被さって、反抗する俺。

「……………………」

「……………………」

 部屋にはドライヤーから流れる風の音しか聞こえてこない。

 こうなったら、ヤケだ。

 俺は半ば強引に話を続けた。

「月夜がソファーで寝るなら、わたしもベッドを使わない。床で寝てやる」

「花音!!」

 月夜が俺を叱る。だけど俺だって負けない!!

「嫌だったら、一緒に寝ろ!!」

 これは命令に近い。

 後ろを振り向き、月夜と視線を交わらせた。

 月夜は真剣な表情で俺を見つめている。

……なんか、とても怒っているみたいだ。

 ここへきて、はじめて見る月夜の真剣な表情に、怖気づいてしまう。

 普段温厚な人間が怒ると怖いっていうけど……本当だな。でも、俺だって負けるか!!

 俺も負けじと月夜をニラむ。


 カチリ。


 月夜がドライヤーの電源を切ると、静かな沈黙が室内に流れる。

 それでも俺は月夜を見続けた。


「……わかった、負けたよ。かなわないな、花音には。ベッドで寝よう」

 とうとう妥協ダキョウした月夜は、クスリと再び笑みをこぼした。

 やっぱり月夜は笑っている顔の方がいいな……。なんてことを考えてしまった。

「ほら、続き……。まだ髪は湿っているからね」

 そう言うと、月夜はまた、俺を後ろへと向けさせた。


 俺の髪がやっとのことで乾き終わると、俺と月夜は自然とベッドに入った。

 電気を消すと、薄暗がりになる俺の視界。

 隣に感じるのは、あたたかな人のぬくもり。

 まさか、こんな年齢にもなって誰かと一緒に寝るとは思わなかった。

 しかも……同性の男と、だ。

 現状を頭に思い浮かべると、思わず苦笑してしまう。普通なら、こんなことになれば俺は怒り狂って部屋を出ているだろう。

 祖父さんの遺書とか、そんなこと関係なく。

 でもまぁ、月夜となら平気だろう。 なぜかはわからないけど、そう思った。

 だって、その証拠に何の抵抗もなく、月夜の側に居ることができる。

 変だと思う反面、それが普通なんだと思えてくる。そこがまた不思議だ……。

 そんなことを考えていると、月夜が寝返りを打った。必然的に俺と向かい合わせになる。

 今日は俺を迎えに家まで来たり、重い荷物をここまで運んだり疲れたんだろう。

「おやすみ」

すでに眠っている月夜に口を開いた。


 トクン……トクン…………トクン。


 月夜の規則正しい心音を聴きながら、こんな同居生活も悪くはない。

 初めはとても嫌だったが、これはこれで面白いんじゃないかと思えてくる自分がいる。

 月夜といると、腹が立つこともある。

 だけど、それだけでもなくって、心が安らぐ。

「変なの」

 ぽつりと言った言葉は、苦笑に近いものだった。

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