■同意を求められて……。■
「っくしゅん!!」
「よかったね。ここの料亭、バスタオルと服があって」
ニコリと微笑むのは、綺麗な目をした月夜さん。
彼は今、バスタオルを頭にかけて、濡れている自分をそっちのけで俺の頭を拭いてくれる。
――そう。彼は池ポチャという大役を見事にこなした俺のとばっちりを受けたんだ。
俺が池に入ると同時に大きな水しぶきがあがって、側にいた月夜さんにも池の水を被った。という話の流れだ。
俺が当初着ていた白いワンピースは濡れに濡れ……。
料亭の人は俺が池にハマるというおかしな音に気づいて着る着物を貸してもらった。
服が乾くまで、とりあえずここで待機だ。
……恥ずかしい。月夜さんには無様なところしか見られていない気がする。
……待てよ? 別にそれでいいんじゃないか?
そもそも、俺は月夜さんに気に入られるためにここにいるんじゃない。許婚を放棄してほしくてここにいるわけで……。だったら、それでいいんじゃないか!!
……これで月夜さんとも会わなくていい。
そう思えば、なぜか胸がジクジクと痛みだした。
――あれ? なんだこれ?
痛みだす胸を、俺は料亭の人から貸してもらった茶色い無地の着物の上から押さえた。
「どうしたの? 寒い?」
気がつけば俺の異変に気がついた同じ着物を着ている月夜さんの悲しみに染まった瞳が目の前にある。
「あ、だいじょうぶ……です」
「ほんとうに?」
無様な自分の姿を思い、言葉がつまった代わりに、俺はコクン。とうなずく。
すると、月夜さんのつり上がった眉は下がった。
「……フフ、花音さん……って。写真で見るよりもずっと可愛いね」
「!!」
それは、男としては侮辱の言葉。悲しい言葉。腹が立つ言葉。
なのになんでだろう。月夜さんに言われても、悲しくないし、悔しくもない。
自然と受け入れられる。
それは、不思議な気持ちだった。今まで、俺の顔や姿を見た男子や女子たちは『綺麗』とか『かわいい』を連呼する。その度に悲しくなって、その度に腹が立って仕方なかったのに……。
俺………………おかしい。今日の俺は変だ。
戸惑いを隠せない俺は、月夜さんの綺麗な瞳から逃げた。視線を畳へと置く。
「あ、ひとつ。言おうとしていたんだ」
そうしたら突然頭上から明るい声が聞こえた。
視線はそのままで、なんだろうと思って耳を傾ける。
「花音さんは俺と同年齢なんだから敬語は抜きにしてほしい」
「だったら、アンタも『さん』づけ止めてくれ」
俺は視線を畳から月夜さんへと戻した。瞳が大きくひらく。
さすがに、華道家である次期当主に向かって『アンタ』呼ばわりはマズった?
思わぬ失言に、息をするのも忘れて月夜さんを見つめる……。って、いいんだよこれで。
幻滅されて、『許婚の件はなかったことに……』って言われればそれで……。
だって、俺はその為にここに来た。
すべては……そうだ!! ロレックスを手に入れるためだ!!
自分で自分に言い聞かせる俺。
ふと、月夜さんを見れば……スッと目が細められた。薄い唇の端があがる。
綺麗な……それは…………とても綺麗な笑顔だった。
「そうだね。だったら花音、俺のことも君も呼び捨てでお願いしようかな」
そして、彼は続きを話す。
あまりにも綺麗な笑顔だったから、聞こえた続きの言葉に、思わずうなずいてしまったんだ。
後になって、このことが悔やまれるのは知れたことだった――――。
俺の耳元で、そっと告げた彼の言葉は……。
『峰空高等学校に編入してくれる?』
……だった。