■思い=想い■
「さて、どこから話すべきか……」
ここは厳重なセキュリティーに守られた月夜と俺の家。
ベッドに座った俺と向かい合う形で話す月夜の姿は、まるで姫に愛を誓う王子様のようだ。彼はカーペットに膝を立てて俺を見つめている。
「……今から八年前かな……。俺がね、お祖父さまと仲がいい君のお祖父さまが一緒に映っている一枚の写真を見つけてしまったんだよ。君と、妹さんが映ったお祖父さまの写真をね」
――だめだ。
何か話そうと思うのに……何も言えない。
幸せすぎて言葉がつまる。
声が……出せない。
俺はやんわりと微笑む月夜を、ただ見つめていた。
「その写真を見た瞬間かな。俺は揺るがない瞳に一目惚れをしたんだ」
「その瞳をした人って……」
しまる喉を必死に押し開けて話す俺の言葉はやはり震えている。
そんな俺の言葉に、月夜はコクリとうなずいた。
「ある日、何度も同じ写真を見つめる俺を不思議に思ったお祖父さまが、写真を見つめる俺の姿を目撃したんだ」
なんて、なんて……綺麗なんだろう。
言葉を話す月夜の……蜂蜜色の髪は窓からやってくる風に遊ばれ、シルクでできたカーテンのように揺らぐ。
俺……この髪好き……。
話している月夜をよそに、俺は思わず手を伸ばして風で揺らぐ月夜の髪をそっと掴んだ。その感触は優しいしなやかな髪だった。
愛おしさを感じて、そのまま口元に運んでしまう。
「困った人だ」
何がだろう?
苦しそうに話す月夜へ視線をあげる。
俺が首をかしげると、トスンとベッドに押し倒されてしまった。
俺の視線の先には月夜の真剣な眼差しがある。
「月夜?」
重なり合う視線に、思わず声が裏返ってしまった。
「あのね、亜瑠兎。俺は君を抱きたいと思う気持ちを押し殺してまで君をどれほど好きかと伝えようとしているんだよ?」
ハの字になっている月夜の眉。
どうやら本当に困っているみたいだ……。
「なのに、君はそうやって俺を誘惑してくる」
っんな!!
「誘惑なんてし……」
「してない、とは言わせない」
俺の言葉を遮る月夜。
「俺の髪を掴んだと思ったら、かわいい紅色の唇に運んで、しかも目を細めて微笑むじゃないか。どこをどうしたって誘惑しているようにしか見えないんだよ」
ちょっと月夜、俺を美化しすぎだろ?
「俺、そんなふうに笑ってない!!」
「いや、笑っていた」
「笑ってない!!」
否定する俺を見つめて右端だけを歪ませて笑う月夜。
「……へぇ~、そう言い切れる?」
なんかその顔ものすごく怖いんですけど……。
でも誘惑なんてしてないし!!
「言える!!月夜がおかしいんだ」
俺は眉を上げて断固として言い切った。
「おかしいで結構」
「……!!」
それとほぼ同時――……。
「っん!!」
月夜は信じられないことをした。
俺の唇を月夜の口で塞いだんだ。
「んっ、あ、あの……月夜……っちょっと待てって!!」
かぶさってくる月夜の胸板を両手で押し、少しだけ月夜のキスから自由になって呼吸する俺。
それなのに月夜は俺の両腕を意図もあっさりと片手で押さえつけた。
いくら女性のように綺麗な顔をしていても、月夜はやっぱり男なんだ。
力、強い……って!!
俺、今それどころじゃない!!
「俺が見ていたのは君で、花音ちゃんではないんだ。お祖父さまは、花音ちゃんを見ていたと思ったようでね、遺言を言い渡された時はさすがにどうしようかと思ったよ。放棄する方法ばかり考えていたんだ。それなのに、初対面した時は驚いたよ。だって、あの真っ直ぐな視線を持つ君が俺の花嫁になるっていうじゃないか。どれだけ俺が嬉しかったかわかるかい?」
自由を奪われた腕を引き抜こうと必死になって身体を捩る俺を尻目に、月夜は落ち着いた口調で話しはじめる。
抵抗する俺の力さえもどうってことないと、月夜はそう言っているんだ。
……なんか腹立つな。
同じ性別なのにさ!!
イラってして月夜を睨めば、目を細めて笑われる。
「ほら、君はそうやってね、そんな俺の心情をよそに見つめ返してくるでしょう?」
見つめてるんじゃない!!
これは睨んでいるんだ!!
心の中でしか反論ができないのは、すぐに唇を塞がれるからだ。
言葉の途中途中で器用にキスを落とす月夜のリップ音は、やけに大きく耳へと入ってくる。
……恥ずかしい。
でも、嫌じゃないって思うから不思議だ。
男同士でこんなことするのおかしいって思えないのがびっくりした。
「こっちは『花音』としてではなく、『きみ』として抱きたかったから、必死にこの感情を押し殺して過ごしたんだよ」
「だって……知られたら気味悪がられるって思ったから……」
月夜に嫌われたら俺は生きていけるのだろうか……。
それくらい月夜を想う気持ちが大きくなったんだ。
「そうだね。でもね、俺は君がいつ本当のことを言ってくれるのかと心待ちにしていたんだよ」
言うと、月夜の手は俺のブレザーの下にあるカッターシャツを潜り抜けた。
月夜の綺麗な指が俺の肌をなぞる。
あの……花を生ける時に花を撫で、いつくしむ優しい指先で……。
「やっ、ちょっと月夜!?」
訴えて睨めば、クスリと笑う。
そして、月夜は俺の額に唇を落とした……。
まるで、宝物を愛でるように……穏やかな笑みを浮かべて――。
「つき……や」
ああ、俺、月夜のこの目、好き。
そう思うと、愛しさが俺の胸の中で膨張していく……。
俺は、抵抗を止めて月夜を見つめると、月夜も俺を拘束する力を緩めた。
なんか俺ばっか余裕がないみたいで、釈然としない。
月夜はなんでこんなに余裕あるんだよ!!
優しく微笑む月夜に、唇をすぼめていじけた。
自由になった両腕は月夜の首の後ろへともっていく……。
もはや行動と言葉がチグハグになっていた。
「まさか、藤堂さんがこんなことを仕掛けてくるとは思わなかったが……。君を傷つけてしまったけれど、こうやって俺は君を抱けるんだ。彼女に感謝しなければね」
苦笑する月夜に、藤堂 美影の名前を聞いた俺は、頭の中に嫌な考えがよぎった。
彼女の父親と、月夜の父親である嘉門さんとは仲がいいと聞いた。
もし……もし、俺が月夜の家族に男だとバレたら……。
彼女が俺の正体を嘉門さんにバラしたら…………。
――いや、彼女がバラすことは時間の問題だろう。
だって、彼女は月夜が好きだ。
邪魔な俺を阻止しようとアレコレ考えてくるだろう。
もし、そうなれば、月夜は藤堂 美影と許婚の仲になるんじゃないだろうか。
「……亜瑠兎?」
そんなことを考えていた俺はしかめっ面になっていたのだろう。月夜が俺の名前を呼んだ。
しまった。月夜そっちのけでおかしなことを考えてた。
月夜は目の前で落ち込むのを嫌うのに……。
「あ……なんでもない……」
「なんでもないって顔でもないと思うけど?」
眉根を寄せて心配そうに見つめてくる月夜。
俺の苦しみや悲しみを、まるで自分のことのように受け止めてくれる月夜。
「月夜は……」
ひらきかけた口は閉じてしまう。
いつから俺はこんなに臆病になってしまったんだろう。
失うものがそれだけ大きいからかもしれない。
「うん?」
「もし、藤堂 美影が嘉門さんに俺の正体をバラしたら……月夜はどうする?」
ズキン。
その言葉を吐いただけでも俺の心臓が痛みだす。
月夜は家を継がなければならない。
だからどうしても嫡男がいる。
男の俺は当然子供を産めない。だから月夜とは別れなくてはいけない……。
そう思えば、胸がしめつけられる。
「彼女とは幼なじみなだけだ。俺は君しか愛せない。父さんがそう言おうと、俺は君がいなければ何もできないし、するつもりもない」
ほんとうに?
月夜はほんとうに俺のことが好きなの?
そう思うのは、それだけ月夜の存在が俺にとって大切なものだからだ。
「月夜……」
「うん?」
「好き……」
そう言葉を紡げば――。
「ああ、俺も君が好きだよ。さあ、俺のかわいい亜瑠兎。もっと君の声を聞かせて……」
月夜は、そう言って俺の耳へと口づけを落とす。
そして、俺の身体は……月夜を受け入れるために、ゆっくりひらいていった。
月夜、好きです。
見捨てないで。
俺をあなたの傍にずっといさせて……。
その日、俺はありったけの想いをのせて月夜に抱かれた。
やがてやってくるだろう別れの日を今だけは忘れて……。




