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優しい王子様との相愛数  作者: 蓮冶
■THREE LOVE■
11/20

■はじめてのデートは甘くて苦いカカオの味!?■

花音カノン、ごめんね」

 時刻は朝の九時を回ったところ。

 葉桜ハザクラ家次期当主である月夜ツキヤは両手を合わせて俺に謝っていた。

 朝から、いったい何回謝るんだろうっていうくらいだ。

「別に気にしてない」

 はじめはショックだったが、こんなに謝られては逆に気を遣わせているようで困る。

 だからもう何も思ってないっていうのに、俺が許しているのに、月夜は何度も謝り続ける。


 今日は日曜日。学校から解放される日だ。

 そして、今日――。

 月夜は俺をデートに誘ってくれたわけだが……このとおり。

 デートはなくなってしまった。

 と、いうのも以前、月夜に依頼されていたフラワーアレンジメントという予定が今日いきなり入ってしまったからだ。

 月夜に仕事を依頼したのはウエディングプランナーで、名前を和泉イズミ ココノさん。

 なんでも、挙式予定は一週間後ということでプランを練っていた先方が、四日前倒しで式を設定してほしいと無茶苦茶な条件を出してきたらしく、午後一時に会社に覗わなくてはならなくなった。

「本当にごめん」

「いいよ別に……。本当に何とも思っていないから」

 何度も何度も繰り返し謝罪する月夜がなんだかかわいらしく思えた。

 そんな月夜の姿を見る俺の口は弧を描く。

 だって、いつも穏やかな雰囲気と大人な静けさをかもし出しているのに、今はそんなことはなく、とても焦っているようだ。

 やはり月夜も俺と同い年なんだと思える。

 それがとても新鮮だし、とても嬉しい。月夜も俺と変わらないんだと……平等な同じ人間なんだと思えるから……。

「その代わりさ……」

 俺は前から気になっていたことをここぞとばかりに口にした。


 言っても……大丈夫だろうか?

 不安になるが、やはり気になるのも事実なんだ。

 これから発言する俺の言葉に、月夜がどう反応するのかを確認するために、胸を張って、できるだけ目線を高くした。

「うん?」

 俺の言葉に、月夜は下げていた顔を上げた。

 端麗な顔が俺と向かい合う。

 月夜の瞳に俺が映るとなんだかドキドキする。

 この気持ちは、きっと俺だけだろうな。

「月夜の仕事先に一緒に行ってもいいか?」

「え?」

 あ、やっぱ迷惑かな……。

 俺、華道のことなんてまったく知らないもんな。

 月夜のこと、華道のことをもっと知りたいと思ったんだが……。

「や、やっぱ、いいや」

 俺は顔の前で両手を大きく振ってさっきの言葉をなかったことにした。

……やっぱ、言わなきゃよかった。

 無理を言ったことを……月夜を困らせてしまったことを後悔する。

 背中を向けて月夜から離れると……。

「いいよ」

「へ?」

 思ってもみなかった二つ返事に振り向いたそこには、満面の笑みを浮かべた月夜がいた。

「ついてきてほしい」

 戸惑う俺に、今度は月夜が俺にお願いをしてきたんだ。

――月夜は……なんて気遣いの上手い人なんだろう。

 どう答えれば悲しくさせずにすむかとか、どうすれば遠慮しないで自分の意見を述べてもらえるのかとかきちんと考えてくれる。

 現に、俺は今とても居心地よく『行く』と言えるんだ。

「ほんと? だったら用意しなくっちゃ」

 ひとつ、月夜のいいところを発見するたび、俺の月夜に対する想いは大きくなっていく。

 顔は赤くなっていく……。

 恥ずかしい。

 俺は月夜から視線を上手くらす方法を探して背中を向けた。

 すると――。


 ぐいっ。


「わっ!」

 俺の腕が後ろから引っ張られた。

 同時に俺の態勢はおかしくなって――。


 コケる!!


 後頭部直撃かと思いきや、『ぽすん』と音を立てて地面へと衝突する前に受け止められた。

月夜の腕によって……。


「花音はかわいいね」

「!!」

 耳元で囁かれる声は、吹きかかる息と共に届く。

「……んっ」

 って……俺何変な声出してんの!?

 思わずいやらしい声を漏らしてしまった。

 こんな女みたいな声、ぜったい俺じゃない!!

「そんな声も反則……」

 月夜の言葉に身体が痙攣ケイレンする。

 月夜の一挙一動に全身が鼓動する……。

「つきっ!!」

 やめて、もう放して。

 そう言おうとしても、恥ずかしいから月夜の顔を見ることはできない。

 うつむいたままいると――俺の首筋に唇が当たった。


「んっ!! 月夜!?」

 月夜の歯が俺の首筋を刺激する……。

「何を!?」

 俺はやっとのことで月夜から離れることに成功する。

「キスマーク。これから外出するんだ。花音が他の男に取られないようにしなくちゃね」

 にっこり笑う月夜に、俺の心臓はドクンと一回大きく鳴った。

「そんなことにはならない」

 だいたい、俺は男だ。

 他の男に好かれるとか意味わからん。

 とはいえ、俺は今、間違いなく『花音』の姿ではあるが……だ。

 だが、俺の中身は男だし。

「そうかな?」

「ならないよ、わたし強いから」

 だから同じ男には負けない。

 そう言っても、月夜は疑いの眼差しを向けてくる。

「前、襲われそうになったのに?」


…………うっ。

 痛いところをつかれた。


「あ、あの時は大勢いたから!!」

 月夜のことで脅されていたし……だから……。

 悔しさのあまり顔はうつむき、唇を噛みしめてしまった。

「ごめん、嫌なことを思い出させてしまったね。だけどね、俺は心配なんだよ。だって、ほら、花音はこんなにもかわいい」


 ふわり。


 月夜の頬が俺の頭に触れる。

 また……後ろから抱きしめられてしまった。


――なあ、月夜。俺は……花音じゃないんだ。

 月夜が好きなのはたぶん、俺じゃない。

 女の子の花音だ。

 だから俺じゃない。

 でも……今だけ――。

 今だけでいい。

 花音でいさせて……月夜の好きな花音で――。


 俺は前にまわされた月夜の腕にしがみつくように自分の手を重ねた。




 時間は正午ちょうど。

 家から挙式場までの移動時間を考えた末、タクシーで向かうことにした。

 黒のスーツに袖を通した俺は、久々の感覚に嬉しくなる。

 いつもスカートばっかりだと嫌になるんだ。

 男なのにと、鏡に映る自分を見るたび悲しくなる。


「今日の花音は上機嫌だね」

 俺って、そんなにわかりやすい顔をしているんだろうか……。

 前居た学校の友達には、『わかりにくい』とか『無表情』って言われてたんだが……。

「あ、や、ほら!! 月夜の仕事が見れるわけだし!!」

 まさか、『スカートばかりで嫌だった』とは口が裂けても言えるはずもなく、かれてもいないことをついつい口走ってしまう。

「そう? そんなに珍しいものでもないんだけど……俺の仕事に興味を持ってくれて嬉しいな」

 ふんわりと笑う月夜は何を着てもカッコイイ。

 だが、黒のスーツを身に纏った月夜は、いつもより研ぎ澄まされた美を感じる。

 蜂蜜色の綺麗な長い髪が黒に映えて、なんていうか男の色香っていうか、すごく綺麗なんだ。

 亜瑠兎アルトとして月夜と同じスーツを着ても、こうはならないだろう。


「花音?」

 あ、しまった。

 ずっと月夜を見つめていた俺に、月夜が不審に思って声をかけてきた。

――だめ。

 恥ずい。

 俺はそっぽを向いて月夜から視線を外した。

 窓の外を眺めるふりをしながら、そっと月夜の顔を覗う。


 クスリ。


 笑う声が俺の耳をかすめる。

「…………っつ!!」

 恥ずかしくて肩をスクませるしかできなかった。

 窓に映る俺の顔は真っ赤だ。きっと、耳まで真っ赤だろう。

 俺が照れていることが月夜にバレているんだろうな。

 車内は一気に静かになる。

 だけどこの雰囲気は嫌いじゃない。

 ただ沈黙しているわけではなくて、月夜の視線を意識してドキドキする心臓の鼓動が俺の身体から聞こえてくる。

 月夜を、俺の体中が好きだと告げているんだ。

 この距離感が……この空気が……たまらなく気持ちいい。




「着きましたよ」

 何も話さないまま運転手の声で降りた月夜と俺の前には、ホテル並みの大きな挙式場がそびえたっていた。

 運転手に礼を告げたあと、式場ホールへと繋がる小さい段差がある階段を踏み入れる。

 挙式場って、てやっぱ緊張するな……。

 などと思いながら、自動ドアに誘われて広いロビーへと足を踏み入れると……。

「きゃあああああ!! 月夜くん、お久しぶり~!!」

 会場には不似合いなほどの黄色い声が聞こえた。

 黄色い声がする方向へと顔を向ければ、新緑色のスーツに身を包む三十代の活発そうな女性がいた。

 微笑む両頬には、小さなえくぼがある。

 年上だし、こう言うのもどうかと思うが、愛嬌のあるかわいい顔立ちの女性だと思った。

 肩までのショートボブの髪は栗色に染めていて、とても話しやすそうな女性だ。

 ロビーの受付係と話していた彼女は一目散に月夜と俺の方へと走ってきた。

「相変わらず綺麗な顔してるわね~」

 女性はそう言って、月夜の顔を両手で包む。


……なんだろう。

 すごくムカムカする……。


 思わずニラんでしまう。

 ってか、なんだよ月夜も!!

 女性に抱きしめられて、へらへらしちゃってさ!!


 俺の鋭い視線を感じたのだろうか。

 女性はくるりと月夜から俺へと向けた。

 目は大きく光り輝いている。

 なんだ?

 なんだかとても嫌な感じがするのは俺の気のせいか?

 思わずたじろぐと、「何? この娘!! かっわいい!!」


 ぐわしぃぃ!!


 俺は彼女の腕の中に捕らわれてしまった。

「あ、あの!!」

「ココノさん、あまり彼女を抱きしめないで俺の大切な人だから……」

 慌てる俺の耳に、月夜の静かな声が聞こえた。

「え? 月夜くんの? ということは……まあ、この娘が月夜くんの!? うそうそ!! や~ん、やっと会えたわ~!!」


 ぎゅううううううう!!

 俺の体を締めつける彼女。


……って!!

 月夜の話ぜんぜん聞いてないし!!

 さっきより抱きしめる力が強くなってるし!!

「あ、あの!!」

 離してと言うために俺が口をひらくと同時だった。


 ぐいっ。


 俺の腕が後ろへと引っ張られる。

「わわっ」


 ぽすん。


 見事月夜の腕の中にダイブした。

「もう、月夜くんの意地悪」

 俺の前で口を彼女は尖らせていじけている。

「花音、こちらはウエディングプランナーの和泉 ココノさん。ココノさん、彼女は許婚いいなずけ篠崎シノザキ 花音カノンさんです」

 自己紹介に俺はぺこりと頭を下げた。

「さすが月夜くんが一目惚れするだけあるわ~。とてもかわいいもの」


 え?

 一目惚れ?

 どういうこと?


 ココノさんの言葉に、思わず俺は月夜を凝視してしまった。

「あら? 言っていなかったの? 彼、あなたの写真を見て一目惚れしたらしいわよ。いいわね~、青春ね~」

「ココノさん!!」

 慌てる月夜のこんな表情はじめて見た。

 俺ほどではないにしても、顔が朱に染まるなんて……。


 そっか……月夜は花音に一目惚れしたんだ……。

 俺じゃない、花音の写真に……。


 ズキリ。


 そう思った瞬間、俺の胸が痛んだ。

 だめだな……全然ダメ。

 俺、すごく月夜のことが好きなんだ。

 そんな俺の感情を知らないココノさんは、月夜の腹をツンツンと肘で突いていたりする。




「ここに生ければいいのですね?」

「ええ、お願い」

 月夜の緊張したような声が物思いにふけっていた俺を現実へと引き戻した。

 気がつけば、俺たちは披露宴の入り口へと移動し、月夜は大きな筒状の花瓶と向かい合っている。

「たしか……こちらの新郎と新婦は華やかな挙式を望んでいるのですよね?」

「ええ」

「でしたら…………」

 月夜は、地面に広げて置いてある色とりどりの美しい花々からひとつ、まだ開ききっていない真っ赤な薔薇を数本取り出した。

 はさみで丁寧に長さを調節していく……。

 そして、次に青紫の花――薔薇よりも少し小さい円状の花を取り出したかと思えば、指先をそっとそろえて薔薇の隣へと配置する。

 続けて小さい――まるで霧のような枝分かれしている先に広がる白い花をブーケのように包んだ。


――綺麗。


 色とりどりの、違う特色を持った花がそれぞれの個性をつぶさず、主役の薔薇を引き立てていく……。

 そんな花も綺麗だが、月夜の生ける時の真剣な眼差しと、優しく花に触れる仕草が……とても綺麗なんだ。

「ね、月夜くんって不思議よね」

 月夜を見つめている俺の隣でココノさんが静かに口をひらいた。

「だって花をあれだけ繊細に扱うのよ? それに、彼の独特の雰囲気っていうのかしら? 繊細な中に主軸とした一本の線が通っているの」

「そうですね……」

 俺は、月夜の真剣な眼差しを見ながらうなずいた。


 それは複雑な気分だった。

 月夜はまだ高校生という身の上なのに、もう自分の道というものをしっかり持っていて、踏みとどまることなく前を見据えている。

 なのに俺はロレックスがほしいとか、勉強がダルいとかそんなことばかり言って……。

 自分が恥ずかしい。




「どうしたの? 疲れた?」

「え?」

 月夜が口をひらいたのは、仕事が終わった夕方。

 ココノさんと別れ、家を目指して畑が並んだ小さな道路を歩いている。

 真上にあった太陽は今や斜めに変わり、オレンジ色の光が背中を照らしていた。


「あ、えっと……なんでもない」

 疲れたのは月夜の方だろうと言いたくなるが、落ち込んでいるためにそれが言えない自分がいる。

 その自分にさえ腹が立ってくる。

 無言で歩いていると……。

「やっぱりタクシーの方がよかった? 疲れるよね」

 行きは急いでいたからタクシーで来たが、帰りはゆっくり帰りたいと言い出した月夜は、電車で帰ることを提案したんだ。

 疲れている月夜のことを尊重した俺はうなずいた。

「あ、違うんだ!! 俺もタクシーより電車が好きだし……あの……これは……その……」

 やはり、言わなければならないのだろうか……俺が落ち込んでいる理由を――。

「月夜!!」

 俺は意を決して隣を歩く月夜よりも一歩大きく足を踏み出し、目の前に立つ。


 オレンジ色の夕日が、まるで月夜を賞賛するかのように照らし、蜂蜜色の綺麗な髪が夕日と溶け込んでいる。

 とても綺麗だ。

「?」

 そんな月夜は首をかしげて俺を見つめているわけで……俺の心臓はまた、ドクンと音を立てて跳ねる。

「……っつ…………あの……わたし……」

 恥ずかしい。

 自分のことを話すのって、『好き』言うときよりも緊張する。

 だけど……。

「今日の月夜……カッコイイなって……思ってさ……自分の道を持って、しっかり前に進んでいってさ……」

「うん」

 月夜は詰まる俺の言葉をじっと待って訊いてくれている。

「だけど、わたしは……何もないっていうか……恥ずかしいって思って……」

「俺が、なぜこの場所にくじけることなくここに居れるかわかる?」

 月夜の顔を真っ直ぐ見つめることができなくなった俺に、ゆっくり話しはじめた。

「この華道という道は趣味でなら楽しいとも思えるだろう。だが、俺のこの道は、『葉桜』としての流儀が存在する。俺が少しでも失敗すれば、門下生はいなくなり、『葉桜』は消滅する。正直、俺はとてもこの道が苦しいと思った時もあるよ。でもね、そんな俺を支えてくれる人が現れたんだ」

「その人って…………?」


 花音のことか?

 言葉が出なくて……出すことができなくて、俺の口は閉じてしまった。

「そう、君だよ? ……今日、ココノさんの言ったとおりなんだ。俺は許婚と云われた時に君の写真を見た時……君の凛とした、何者にも揺るがない意思を垣間見たんだ。 俺も、こんなふうになりたいとそう思った。そして今、君は俺の隣で、こうやって傍にいてくれている。しかも、何も知らない『華道』というものを通して、俺を受け入れてくれようとしている。今日一緒に来たいと言われた時、どんなに嬉しかったかわかるかい? とても君を愛おしいと思った。今まで以上に……」


……月夜。

 そこで俺はようやく月夜の顔を見ることができたんだ。

 月夜の初めの恋は花音だったかもしれない。

 だけど、『ここに来たい』そう言ったのは、紛れもなく俺自身。

 篠崎シノザキ 亜瑠兎アルトなんだ。


 ふわり。

 顔を上げた俺の目の前には、穏やかな優しい笑顔のあなたがいたんだ。

「好き。大好き。月夜……」

 俺よりも頭ひとつ分高い背の月夜へと、俺は背伸びをして……静かに口づけた。

 そうすると、月夜も俺の肩をそっと引き寄せてくれる。

……月夜。

 道端だということも忘れ、俺はただたくましくも繊細である月夜の広い肩に手を添えて身を任せた。

 優しい腕の中で思うのは……願うことは、俺も月夜のように揺るがない人間になりたい。

 自分を弱いものと認め、そして歩いていく人間になりたい。

 願わくば……月夜を支えたい。


 ただそれだけだ。

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