□ズキズキを胸に秘めて□
――その日の俺は、月夜がどれくらいモテるのかを休憩時間が来るたびに見せつけられることになった。
おかげで胸のズキズキが止まらない。
こんなに月夜のことが好きになったんだと自覚すれば、これからのことを考えただけで頭が痛くなる。
俺が女じゃないってバレたら……。
花音じゃないって知られたら……。
もう、側にはいられないんだよな……。
そう思えば、余計に胸が痛みだす。
気がつけば、もう終礼。 ホームルームも最後のチャイムで終わりを告げた。
「花音、ごめん。今日は一緒に帰れないんだ」
月夜が俺の前に来て申しわけなさそうに言った。
同じ学校、同じ教室にいながら、今日校内で話したことはといえば、月夜から発せられたこの言葉なんだから、皮肉なものだと思う。
それだけ、月夜が人気だということを改めて思い知らされる。
「別にいいよ、なんか用事?」
用事なんて知っている。
今日、ずっと月夜を見ていたから……。
女子からの告白をされにいくんだ。
それは昼休憩中だったかな。月夜にまた違う女子がやって来て、『放課後に話したいことがある』と言っていたから、たぶんそういうことなんだろう。
知らないフリをするのは、何とも思っていないって虚勢を張りたいだけ……。
どんなに苦しくっても、傍にいてほしいと思っても、口に出さない意地っ張りな俺。
月夜の顔を見たくなくて、そっぽを向いてカバンに筆記用具をしまっていく。
だって、月夜を見れば、傍にいたいって思ってしまうから……。
女子と仲良く話す月夜の顔なんか見たくもないし……。
馬鹿だな、俺。
気にしないとか……嘘ついて。
月夜と一緒にいられる時間は少ないのに……。
今だって、胸はズキズキ痛いのにさ……。
「うん。ちょっと、呼ばれてね」
ごめん。
月夜はそう言って、俺から背を向けた。
こうやって……月夜は俺から離れていくんだろうか。
苦しくなる思いを否定したくて、グッと唇を噛みしめる。
「屋上だってさ……」
「え?」
思わぬところから声が聞こえて顔を上げる。
そこには、呆れ顔の沙耶がいた。
「ったく、顔に書いてるよ? 葉桜くんが取られちゃったらどうしよう……って」
「んなこと思ってない!!」
「ふ~ん、あっそ。葉桜くん、女子に呼び出されていたな~、かわいい女の子だったな~」
ズキン。
また、胸が痛みを訴えてくる。
……なんでそういうこと言うんだよ。
「背の小さい子でね……」
「……っつ!!」
「素直そうで……誰かさんとは大違いよね~」
ガタン!!
とうとう俺は沙耶の言葉に我慢ができなくなって椅子から勢いよく腰を上げた。
急ぎ足で教室から出て行く俺の目指す場所は、もちろん屋上だ。
背中越しからは、沙耶のため息と共に放たれる、「素直じゃないんだから……」という声が聞こえてきた。
やはり、沙耶は俺がどういう心境だったかをわかっていたようだ。
俺はそんな沙耶にはひと言も告げず、教室を出た。
五組の隣にある曲がり角を進み、非常口として使われている並んで歩くには少し窮屈な階段を一気に駆け上がっていく。 すると、こじんまりとした小さな鉄の扉が見えた。
俺がドアノブをゆっくり回すとギィ……と微かに軋みを立てるドア。
視界は澄み渡った青空が広がっていた。
冷たい秋独特の風がスカートをくぐり抜けて俺の足に当たる。
目の前に視線をおけば、五メートルほど先にある手すりのところに……月夜と女子がいた。
「葉桜くん、好きです」
月夜の名前を告げる女子の声がすぐに聞こえて、開けすぎた目の前のドアを少しだけ閉じた。隙間から見える月夜と女子を確認する。
「許婚さん……篠崎さんがいるってことは知ってるの……でも……どうしても言いたくて……」
いつか……。
俺とは違う誰かが、こうやって現れた時、月夜は告白を受けるだろう。
だって……俺は女じゃない。
月夜とはどうやったって、一緒にはなれないんだ。
「うん、とても嬉しいよ。ありがとう。でも、ごめん。俺には好きな人がいるから……君の気持ちには応えられないんだ。ごめんね」
「その人って……葉桜くんと同じクラスの篠崎 花音さん?」
「うん」
「そっか…………」
花音が好き。月夜はそう言った。
俺だけど……俺じゃない名前。
偽りの名前。
俺が亜瑠斗だと知れば、月夜はどうするんだろう。
きっと……温厚な月夜でも騙されたって怒り狂うんだろうな。
「うん、そっか。聞いてくれてありがとう」
そう言って、女子はこっちに向かって走ってくる。
俺は慌てて物陰に隠れて女子が通り過ぎるのを待った。
彼女とすれ違い様、目尻に光っているものを見た。
ああ、俺は彼女よりもひどい状況になって振られるんだろうな。
そう実感すると苦しくて苦しくて、ムカムカしてくる。
月夜に対して怒りが芽生えてきた。
胸が苦しくなりすぎたんだ。
……ちがう。
月夜じゃなくて……どこに向ければいいかわからない、憤りみたいなものだ。
「モテモテだよな」
気がつけば、物陰に隠れていた俺は月夜の前に立っていた。
「花音……」
「いいよな、モテる奴は……。さっきの子、とてもかわいかったし?」
何言ってんだよ……。
そう思っているのに、口はどんどん言葉を吐いていった。
「妬いてるの?」
「っはぁ? ……んなわけないだろ?」
月夜の言葉に図星な俺は、反論する。
だが、声は必然的に大きくなってしまう。結果的には肯定しているようなものになった。
「ふ~ん」
すると……月夜は俺に背を向けたんだ。
さっき、女子が走っていった出口へと歩いていく……。
――いやだ。行かないで……!!
「……っつ!!」
置いていかないで!!
……くんっ。
気がつけば、俺は月夜の袖を掴んだ。
『行かないでほしい』
『傍にいてほしい』と、そう願って……。
「本当に君は困った人だ」
月夜は困ったように眉根を下げて笑う。同時に俺は月夜の腕に包まれた。
抱きしめてくれているんだ。
そう思うと、俺の中にあった寂しいとか、苦しいとか、切ないとか、そういう感情は一気に吹き飛んだ。
なんて単純なんだろう。自分でも馬鹿じゃないかって思うくらい……。
でもそれだけ、月夜が好きになってるんだ。
好きだと自覚すると、その想いは大きく膨らんでいく……。
昨日より今日の方が好き。
一時間前より一分前、一秒前より……今の方が好き。
そうやって、膨張していく俺の想い。
まるで、風船みたいに――。
こんなに好きになってどうするんだろう。
花音ではなくなった時、俺はどうやってこの気持ちを処理するんだろう。
でも今は……そんなこと、考えたくない。
もっと月夜を感じていたいから、月夜の大きな胸に頬を寄せて目を瞑る。
すると、月夜の手が俺の顎に触れたんだ。
月夜の優しい繊細な手が上を向くよう指示してくる。
俺もふせた目をあけて、月夜の綺麗な顔を見つめた。
「…………………」
それは優しいキス。
そっと……俺の唇に触れるだけのもの。
だから、もっと強いキスが欲しいと思ってしまう。
「……あっ……」
声が漏れたのは、月夜の唇が俺から離れたから……。
もっと欲しいと、催促してしまったんだ。
……恥ずかしい。
だけど、もっとキス、したい。
だが、その思いは恥ずかしくて口には出せない。その代わりに月夜を見つめるだけ……。
「そんな顔して、あまり刺激しないで」
月夜は眉根を寄せて苦しそうに微笑んだ。
その姿を見ただけでも俺の胸が締めつけられる。
俺、いったいどんな顔してるんだろう。
わからないけど、月夜を困らせているのは間違いなく俺なんだ。
そう思うと、嬉しくなる。
思わず口角はあがってしまう。
「そういう表情とかね……かわいすぎるんだよ。――もう、君にはかなわないな……好きだよ、花音……君が愛おしい」
ズキン。
また苦しくなる俺の胸。
『好き』と、たしかに、そう言われた。
だが、それは俺の名前じゃない。
嬉しいけど、悲しい。とても複雑な気分だ。
――なぁ、月夜。
『好き』という言葉は、何に対して好きなの?
俺の性格?
それとも……花音と同じ容姿をした俺?
だけどそんなこと訊けやしない。
だって……どの道、男だって知られれば『さようなら』なんだから……。
月夜は華道の家元。嫡子がいる身の上だ。
葉桜家をみすみすつぶすようなことはできない。
「好き、月夜がすき」
この想いはけっして届かない。
俺の正体を知れば、この関係は終わる。
だからせめて――花音で居られる時までこのままでいさせて欲しい。
「花音? どうして泣くの?」
いつの間にか泣いていたらしい。月夜が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、や、これは!! あ、あれ? なんでだろ……」
目をぬぐってもぬぐっても、とどまることを知らない涙。
まるで、月夜への……とどまることを知らない恋と同じだ。
だが、ここで泣いていればおかしな奴だって思われる。
「なんでだろ」
俺は涙を止めるべく、両手でパチパチと頬を叩く。
だが、俺の思いとは反対に、涙は止まってはくれない。
「ほんと、なんでだろうな」
静かな空間に乾いた音が鳴り響く。
「……なんでだろう」
叩いても叩いても……全然止まらない。
頼む止まってくれよ。
頼むから……。
月夜に変な奴だと思われるだろ?
だから……止まって…………。
俺はひたすら涙に願うしかなかった。
「花音…………」
すると、月夜は頬を叩いている手を握った。
「……月夜?」
マジマジと月夜を見つめれば……。
ふわり。
月夜に抱きしめられた。
「……っつ……」
あたたかい、月夜のぬくもりが俺の身体を包む。
…………もう少し。
もう少しだけ――――。
どうか、神様……。
俺は月夜の腕の中で、ただ、ひたすらに願う。もう少しだけ側にいさせてほしいと――。




