■16歳。はじまりは突然で。■
『篠崎家の女子が十六になった後、葉桜家嫡男である、月夜くんと許婚の仲となることとする』
祖父の、たった一通の遺書が、俺の人生を狂わせた。
まさか、十六歳の誕生日に、俺の人生を左右されるような大事件に発展するとは、夢にも思わなかったんだ……。
「亜瑠兎、花音!! お誕生日、おめでとう!!」
パンパンッ!!
けたたましいクラッカーの音と共に、祝福の明るい声が部屋中に響く。
今日で、俺、篠崎 亜瑠兎と、双子の妹、花音の、十六回目の誕生日を迎えた。
いまどき、家族で誕生日会ってどうかと思う。
それは、父さんと母さんの性格がものを言うっていうか……。
とにかく、俺の両親はイベント大好きなんだ。
だから、何かのイベントの時は必ず家にいなければならないわけで……。
まあ、小さい頃はそれでよかった。
愛されてるんだって実感できるから……。
だけどさ? 十六歳にもなったんだし、いい加減、家族抜きで誕生日を迎えたいっていうのが、俺と花音の本音だったりする……。
俺たちがそうぼやけば、父さんと母さんは……きっと泣くんだろうな……。
ふたりとも、いつまでも俺たちが幼い頃のままだと思っているから……。
俺たちだって恋人が居てもおかしくない年頃だっていうのにさ……。
子離れできない両親ってどうよ?
俺は両親に気づかれないよう、こっそりため息をついた。
そんな俺の脳裏に蘇ってきたのは、昨年のクリスマス。
花音が、イブと当日くらいは友達と過ごしたいと言い出したんだ。
まあ、それは至極もっともな意見だろう。
俺も友達との付き合いがあるし、花音の意見を否定することなく聞き耳を立てた。
それで、どうなったかというと……。
『お父さんとお母さんが嫌いになったの?』って、ふたりとも号泣。
ありえねぇ~。なんだよ、この、子離れのできなさ。
……というわけで、結局、今回の誕生日も家族で過ごしていたりする。
「亜瑠兎~」
可愛い花がそこらじゅうに散らばっているような雰囲気をかもしだしている、ふくよかな体型の母さんは、とても陽気だ。
母さんは、大きな水色の袋を俺に差し出した。
「花音、誕生日おめでとう」
母さんと比べると、とても細い体型をしているのが、俺たちの父さんだ。
父さんは、桃色の大きな袋を花音に手渡した。
「開けてみて?」
「中を見てくれ」
母さんと父さんの声が、見事にそろった。
それは、事前に練習をしたとかそういうことではなく、ただ単にそうなっただけ――。
ふたりの仲の良さが、それだけで十分にうかがえる。
どうやら花音も、俺と思っていることは同じだったらしい。俺と花音は、そんなふたりに苦笑する。
さすがは双子ともいうべきか……。
ガサゴソと、渡された袋を開ける、俺と花音。
すると中から出てきたのは、黒のスーツと、見事なまでの赤い蝶ネクタイ。
どこぞの坊ちゃまですか的な服が一着。
「…………」
それで?
これを、俺にどうしろと?
差し出された服を凝視する俺は今、眉根に皺が寄っているだろう。自分でもよくわかる。
花音の袋には何が入っていたんだろうか。
気になって、目の端で花音の様子をとらえると――整った弧を描く綺麗な眉が眉間に寄っている。
花音も、やっぱり俺と同じリアクションだった。
花音の視線の先を見てみると……はあ?
ますます意味がわからなくなった。
純白のレースと小さなリボンが、ふんだんに取り付けられているフリフリのワンピースが一着、あった。
いや、そりゃね、黒い髪をした花音に似合うとは思うけどさ、でも、これはまるで……。
「これ、なに?」
訊ねたその声音は、普段、高音の花音にしては、やや低めだった。
「やあね~、見ればわかるでしょう? 礼服よ!!」
「なんのための?」
「なにするの?」
母さんの言葉に、今度は俺と花音の声がダブった。
さすがは双子だ。
――って、感心している場合じゃないか。
俺は、キョトンとしている母さんと父さんを交互に見つめた。
「そりゃアレだよ、花音、お前の婚姻の……」
「はあああああ?」
「はあ?」
父さんの言葉を遮ったのは、むろん言うまでもなく俺と花音。
そこへ、母さんがまたまた口を開いた。
「お父様の遺言なんだもの。仕方ないじゃない……ってあら? 言ってなかったかしら?」
硬直する俺と花音をよそに、母さんは瞬きを繰り返し、交互に見つめ返してくる。
「誰と誰が?」
花音が開きっぱなしの口をなんとか元に戻し、口を動かした。
俺はますます眉間に皺を寄せ、母さんと父さん、そして自分の手元にある、ふたりに手渡された礼服を見る。
「もちろん、花音と葉桜 月夜くんよ」
母さんはにっこりと満面の笑顔を浮かべ、さも当たり前のように胸張って、そう言った。
だけど、母さん……。
その人……。
いったい……誰ですか?
パックリと口を開け、放心状態の俺と花音。
そんな俺たちの前に、母さんが突き出したものは、父方の、祖父の手紙だった。
『篠崎家に女子ができれば十六になった後、葉桜家嫡男である月夜くんと許婚の仲となることとする』
――たったそれだけの簡単な文は、達筆な文字で書かれていた。
「はあああああああああ?」
「ちょっと待って!! あたし訊いてない!!」
大声で父さんと母さんに抗議したのは、もちろん花音だ。
彼女は顔を真っ赤にして怒っている。
普段、陶器のような白い肌をしているだけに、どれだけ憤慨しているのかがよくわかる。
「言い忘れてたみたいね。ごめんなさい。まあでも、こうなっているのは仕方のないことだし、お嫁さんにいってね」
『言い忘れてた』って、母さん。
ごめんで済んだら警察いらないよ。
激怒する花音に、さしたる問題はないと突っぱねる母さんは、やはり肝が座っているというか……。
それとも、ただ単純に、花音の怒りを知らないだけなのか……。
「なんでそうなんの?」
「なんでって……仕方ないでしょう? 貴方たちの大切なお祖父様の遺言なんだもの」
「そんなの知らないよ!! お祖父さんのことは知ってるけど……でも、相手のことも知らないのに勝手に許嫁とか決められたくない!!」
「あら? 月夜くんのことは母さんよく知っているわよ? 華道家のご嫡男でね、あなたたちと同じ年齢よ。たしか、あのとてつもない競争率を誇る、峰空高校に在学してるみたいよ。とてもカッコイイし、礼儀正しいし、言うことないと思うのよ……」
母さんは、あからさまにため息をついて、「ああ、わたしが生まれてくるのがもう少し遅かったら……」なんて他人事のように話している。
――いやいや、母さん。今はそんなことより……。
「あたしが言いたいのは、そういうことじゃないっ!!」
バンッ!!
花音は、勢いよくテーブルに両手をついた。
母さんに向かって身を乗り出す。
父さんは、隣でソワソワしっぱなしだ。
っていうか父さん……一家の主がそんなんじゃダメじゃん。
「あたし、好きな人がいるの!! そんなの無理!! ぜったい、いや!!」
花音は、母さんと父さんに向かって言い切った。
それはそれは、とても大きな声で――。
へぇ、花音好きなヤツいたんだ。
……って、のんきなことは言っていられない。
妹の一大事だ。
兄の俺が、ひと肌脱がなきゃな。
「母さん、お祖父さんの遺言って、放棄とかできないのか?」
父さんと母さんに訊ねてみる。
「それはダメよ……。お祖父さんが六十歳の時だったかしら。たまたま散歩していたら、川に大きな桃が流れていたらしいわ。拾おうとしたら、足を滑らせてしまったの。溺れかけていたお祖父さんの命を救ったのが葉桜 月夜くんのお祖父さまなのよ……それ以来、ふたりとも息統合しちゃって、そんな話になったみたいだし……でも、困ったわねぇ~」
……大きな桃ってなに?
川で溺れかけたって……。どこの昔話だよ祖父さん。
「あたし、ぜったいぜったい、ぜったい、イヤだから!!」
ツッコミどころ満載な過去の話の中、花音はふたたび声を荒げて言い切った。
柔らかそうな頬を膨らませて、花音は一歩も譲らない。
だけど、これじゃあ話は一方通行になるばかりだ。
「ねぇ、あたし。いいこと思いついちゃった」
言った、花音の目の奥がキラリと光ったような気がしたのは気のせいだろうか。
なんだかわからんが、悪寒が……。
ぶるりと体が震えた。
「亜瑠兎でいいじゃん! 幸い、あたしたち双子だし、容姿も……。悔しいけど、あたしと同じくらい美人だし!! それにそれに、亜瑠兎なら男の子だから、何か間違いがあっても問題ないじゃん?」
嫌な予感は見事、的中した。
…………をい。をいをいをいをいをい!!
「ちょっと待てよ。なんだよそれ!!」
バンッ!!
今度は俺が、テーブルを叩く番だった。
「それもそうねぇ~、亜瑠兎なら、間違いがあっても対処できるのもね~」
……をい、母さん?
「うんうん、そうだね。亜瑠兎にしようか」
……をい、父さん?
「何よ、それとも、あんたも好きな人いるの?」
「いや……いないけど…………」
「だったらいいじゃん!! 亜瑠兎で決まり!!」
花音がたたみかけるように、そう言った。
……ふ~ん。そっか、俺で決まるのか……って、だから、勝手に決めるなよっ!!
「ちょっと待てよ三人とも!! おかしいだろ? 俺は男だぞ? もし、こんなことが先方にバレたらどうするんだよ? 華道の家柄なんだろう? マズいんじゃないか?」
「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない。男なら、諦めも肝心だ」
父さんは、俺の肩をポンポンと軽く叩き、慰めた。
その行為が余計に俺の神経を逆撫でする。
なんか、ものすごく腹立つ。
――いや、そこは気にするだろう!? 簡単に諦めるなよっ!!
しかも、ぜんっぜん細かくないし!!
というか、気にしようよ父さん。
祖父さんの命の恩人にそういうことはやっていいわけないだろ?
「大丈夫、大丈夫。絶対に亜瑠兎が男だって、バレないから。だってほら、自分の顔を鏡でちゃんと見てみな?」
花音は、自信満々で、持っていた手鏡をかざしてくる。
鏡に映っているのは、花音とほとんど同じつくりをした俺の顔だ。
「長いまつげに、すっきりとした目鼻立ち。日焼け知らずの白い肌に、黒い真珠のような肩まである髪。この、ほっそりとした身体は、あたしの服だってきちんと袖を通すわよ? ほら、何も言うことないじゃない」
「何が、『ほら、何も言うことないじゃない』だっ!! 言うこと、ありまくるわっ!!」
――誕生日のその日。
本来ならば、喜ばしい一日を、だが俺は喜べず、俺の怒鳴り声が家中に響き渡ったのは言うまでもない。