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まあるい  作者: はまち
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家と砂浜

海辺の小さな家。

安い骨組に薄い木を貼付けた張りぼてみたいな、いつも湿った潮の匂いがする2階建ての小さな家。


「チビ。」


そう呼ばれている間、そこにあたしは住んでいました。


まだ5歳でした。背丈に見合った小さいおつむが詰まった、まさに、子供と呼ぶに相応しい期間でしょう。



玄関を裸足のまま飛び出して、熱々にあったまった砂浜を駆けるのが大好きでした。その頃、ちょうど母のお腹には弟がいました。名前は姉であるあたしがいっちょ前に決めてあります。


「なぎさはいつ出てくるん?」


まあるいお腹に語りかけると、母はいつもクスクス笑って、「お腹に触ってみい。」


とあたしの手を引っ張ってまあるいお腹に当てます。



小さな鼓動の音ともっと大きな衝撃が手を貫きました。



「なぎさが姉ちゃんに会いたがって蹴ってるわあ。もうすぐ会えるよ。」



あたしは嬉しさと一緒にきまって、不安になりました。



だめよ、なぎさ。そんなに強く蹴らんとって。母さんが死んでしまうよ。



あたしは母のまあるいお腹に耳を当てながらいつもそう念じました。日に日に膨らんでいくお腹は、確実に母の顔色を悪くしていました。


子供であるあたしにもはっきりわかるくらい。

そういう嫌なことを考えるとき、波のざぁざぁ鳴る音が、いっそう不安を煽りました。



「おい、チビ。行くぞ。今日は鮪を釣るぞ。」



そうやってあたしをよく海の上へ連れ出したのは、ケンちゃんでした。なぎさのパパです。あたしの新しい父親でした。



ケンちゃんは、おっきくて黒くてゴツゴツしたハンサムです。母はケンちゃんを見るときすごく優しい目をして、あたしはいつまでもケンちゃんとここの家にいたいと思うのです。



「ほーれ。チビも行こう。ケンちゃんがでっかい鮪を釣り上げたるで。」



ケンちゃんは船の間まで肩車をしてくれます。高くなった視界はざあざあ鳴る波のずっと先が見えます。


「ケンちゃん、あの先はなんで見えないん?」


空と海の境が曖昧になってその先がみえないので聞くと、ケンちゃんは誇らしげに言いました。


「地球がまあるいからやで。」


よくわからなかったけど肩車が楽しくてあたしは笑いました。子供心に幸せを感じました。



ケンちゃんは腕のいい漁師でした。


従兄弟の遥多(ようた)くんと浩二伯父ちゃんと3人で出る漁に、ケンちゃんはよくあたしを連れていきたがりました。



「チビはツキを運んでくれる、小さな神様かなんかじゃないか。」



大物が釣れるとケンちゃんはそう言ってゴツゴツの手で頭をめちゃくちゃに撫でます。あたしにはそれがくすぐったいけど、嬉しくて仕方なかった。



浩二伯父ちゃんも、遥多くんも、ケンちゃんも、みんなからはいつも同じ匂いがしていました。


海の、潮の、太陽に焼けた肌の。海の男の匂い。それがたまらなく好きであたしはケンちゃんにくっついては、胸いっぱいに海の匂いを溜め込むのです。



「ほい、じゃあチビの神様。行こうか。」



ケンちゃんがあたしを船の上に乗っけて、網やらの確認をします。その間、あたしは構ってもらえないのを知っているから、隣に続く船の列を数えたりして。


「いち、にい、さあん…。」


声と一緒に指で数えるのも忘れないように、一生懸命指を折っていると、遥多くんとコージ伯父ちゃんが来ました。


まだ高校生の遥多くんには、長い休みのうちしか会えません。あたしは指を折ったまま、ようたくんに駆け寄ります。



「よーくん、あのね。」



前会ったときはツルツルだった頭が、伸びた髪で、まりもみたいに見えました。


「よう、チビ。4ヶ月でおっきくなったなぁ。」


遥多くんはあたしを抱き上げ、そのままケンちゃんに挨拶をします。あたしは、遥多くんに抱き上げられたまま、ちょうど船に乗ったコージ伯父ちゃんに手を振ります。



コージ伯父ちゃんはあまりあたしを好いていなかったからか、手を振りかえしてはくれませんでした。それで不機嫌になったあたしはむうっと膨れたまま、遥多くんの腕の中でうつらうつらとまどろみ、そのまま眠ります。



ざあざあと波があたしを夢の中へ引きずりおろし、その中で遥多くんと結婚式をあげたあたしはチビではありません。



ケンちゃんもあたしを「チビ」とは呼ばないし、海辺の、あの大好きな、張りぼてみたいな家はなくて、母のお腹はすでにぺたんこで丸みなんてなく、顔のぼやけた弟がいる。



それでも幸せそうな、真っ白いドレスを着た自分をあたしは疑います。



ケンちゃんが「チビ」って呼ばない、大好きなあの家がない、そんな世界であたしはほんとに幸せかって。



よくわからなくて、小さなおつむが破裂寸前になって、目を覚ましました。


操縦席の脇の毛布の固まりの上で丸まっていたあたしは、まだ夢からさめきらない頭で、ケンちゃんを眺めます。


「起きたか、チビ。」


レーダーを睨みながら聞いたその呼称に、あたしは安堵してまたまどろみます。小さなおつむは、さっきまでの考え事もすっかり綺麗に吹っ飛ばして、新しい夢への招待状をちらつかせました。



あたしはその招待状に手をのばし、また眠るのです。

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