第9話 雨、祟り
翌朝、篤朗と由紀は、保健室の汚れて朽ちかけたベッドの上で目が覚めて驚いた。
保健室の床板の間からは雑草が目を出し、泥を被ったような窓ガラスは、あちこちが割れ、見るも無残な廃校だった。
廊下に残した発炎筒の殻だけが、昨夜を事実にする。
割れたトイレ。ドアはボロボロに朽ち、便器の中にまで雑草が生えていた。
職員室のロッカーには、何も入っていない。
篤朗は、ベッド脇に置いた空砲だけが、錆びても傷んでもいないことに驚いた。昨夜、職員室を見た時は、書類や垂れ幕要の巻紙、体育用具室の鍵、リレー用バトンなどが入っていたのに。
給食室の中に、狸の親子がいて、篤朗と由紀を見ると、キュウと啼いて姿を隠した。排水溝から自由に出入りしているらしく、獣の臭いに満ちていた。
廃校を出て、校庭を歩く。朝の明りの中では、絶対に怖くて立ち寄れないと思う。
校庭はあちこち水溜りがあり、ぬかるんでいた。
篤朗と由紀は、肩を寄せて校舎を見上げた。
「昨日のこと・・・夢みたいね。全然現実じゃなかったみたい。」
「でも、僕らの気持ちだけは、夢じゃないよ。」
「うん。」
篤朗と由紀は口づけを交わす。
「うあ・・・嘘みたいだ。」
「何?」
篤朗と由紀の携帯の電波は2本くっきりと立っている。
篤朗が、電話を寺尾教諭が、心配しきった声を出した。
「よかった。桧垣も無事か?」
「はい。一緒にいます。・・・小学校の廃校だと思うんですけど、昨夜、雨宿りしていたんです。」
「小学校の廃校?何だ?それは?」
「わからないんです。山を降りる途中で、桧垣が熱を出して・・・霧の中を山を降りたら、着いたんです。」
「ちょっと、待て。今、自然館の人に、荒木先生が聞いてくれている。で、桧垣は、熱はもう、大丈夫なのか?」
「はい。」
「あ、わかったそうだ。今から、迎えに行くから、その学校の前にいるんだぞ。」
「はい。お願いします。」
篤朗は、電話を切ると、もう一度ボロボロの廃墟と化した廃校を見回した。
「自然館の人は、ここのことを知っていたそうだよ。今、寺尾先生が来てくれるって。」
「昨日の晩のこと、誰も信じてくれないでしょうね。」
「信じないさ。・・・だから、コレは僕らの秘密だね。」
篤朗は、空砲をリュックに仕舞った。
「ねえ、桧垣。・・・あのさ、由紀って呼んでいい?」
「ええ。いいわ。篤朗君。」
「知っているんだ?僕の下の名前。」
「ずっと好きだったってこと、まだ、信じてくれていないの?」
「ううん。そうじゃないけど。嬉しいなって思って。」
「あたしも、嬉しい。」
「由紀って呼べるコト知ったら、皆、僕達が付き合っているってわかってくれるよね。」
「うん。」
暗い中で見る由紀は美しかったけど、明るい太陽の下で見る由紀は、キラキラしていて可愛くて、篤朗は抱き締めてキスをしてしまう。由紀はうっとりと篤朗を見上げて微笑む。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
じめじめした怪談話を書きたくて。久し振りの投稿です。




