第7話 物の怪
「来い。走るぞ。」
篤朗は、由紀を引っ張って、保健室に戻る。由紀を保健室の中にいれ、廊下で立ちはだかった。
「ここはお前達の住処か?」
「人間め・・・」
「生娘を置いて、立ち去れ。」
「お前達の住処を邪魔したのは、悪かった。今夜だけ、使わせてくれ。明日の朝には出て行く。」
「生娘を置いて、立ち去れ。」
「娘を、どうする?」
「喰う。」
「喰わせん。」
「人間め・・・何もかも、奪って行く。」
「人間の生娘、喰う。」
「何もしなければ、明日の朝には黙って出て行く。あの子に何かをすれば、大勢の人間がやって来て、山を潰してしまうぞ。山を焼くかもしれない。山を削ってしまうかもしれない。獣の復讐を人間は許さない。根こそぎ、絶えることになるぞ。」
「人間め・・・信じない。明日の朝、出て行く、信じない。」
「僕を信じなくても、人間の力は信じるだろう?ここに人間が大勢来るのは、わかるだろう。」
「お前、殺す。」
「お前殺す。生娘、喰う。」
篤朗は、駆けて職員室へ入り、運動会と書かれたロッカーを開けた。時間割表や、壁に絵や習字がそのままに貼られているところを見て、あるかなと思っていたものが見つかった。運動会や陸上競技大会に使う空砲。
廊下に出た篤朗を影が追う。
ゾロゾロと、篤朗に襲い掛かった瞬間、篤朗は発砲した。
パーン パーン パーン
影は、右往左往逃げ惑い、散る。
フギューフッフッフ
ギュオォォ
廊下から消えて行く。
篤朗は、保健室に駆け込んだ。
由紀が、怯えた目で篤朗を見上げた。
「田中君。」
「多分、今夜は、もう、そっとしておいてくれると思うけど。」
「さっきの、ピストルの音・・・。」
「これ?」
篤朗は、由紀に見せた。
「えっ?田中君、それは?」
「運動会で、スタート合図に使う空砲だよ。職員室にあって良かった。」
「えっ?・・・ねえ、そんなもので、さっきのあれ・・・追い払ったの?」
「暗くて見えないだけだけど、あれは、多分、異形化した獣だと思うよ。この山に住んでいた動物達。」
「異形化?」
「この世のものではないかも知れない。」
「えっ?」
「よくわからないけど、動物を追い払うには、コレが一番だろ。」
「何で、動物ってわかったの?」
「獣の臭いがした。動物園とか、学校の飼育室で、小さい頃嗅いだことのある臭いだったからね。」
「何で、何でそんな動物が、あたしを?」
「さあ・・・君が、怯えていたから、じゃないかな?」
「田中君は、どうして怖くなかったの?」
「怖いさ。」
「本当?・・・そんな風には見えなかったけど。」
「怯えた人間には、犬もよく吠えるだろ。」
「だって・・・怖かったんだもん。」
「僕は、君が山の中で熱を出した時の方が怖かったよ。」
「・・・凄いのね。田中君って。・・・あたしを背負ってくれたし、お化けからも助けてくれたわ。」
由紀が、篤朗をうっとりとした目で見た。
篤朗は、ドキドキする。
やっぱり、由紀は可愛い。
こんなに近くで、月明かりだけの下で見ると、篤朗は由紀の美しさに見惚れてしまう。その由紀が、篤朗をうっとりと潤んだ目で見上げている。
狼狽えた目線の先に寄せたベッドが映り、由紀の素肌の感触が蘇り、急に気恥ずかしくなった。
「あ・・・えーっと・・・。」
何かを言わなくちゃと思いながら、意味不明の音が口から出る。
何て間抜けなんだ?僕は・・・
「ありがとう。」
うっとりした目のまま、由紀が篤朗に言う。暗くてよく見えないが、由紀の頬が桜色になっているように見えて狼狽えた。
「田中君・・・」
由紀が、スッと篤朗の胸に頬を寄せた。
「ひ、桧垣・・・。」
「田中君、好き。」
「えっ?・・・ひ、桧垣・・・そ、それって・・・?」
「ずっと・・・ね。ずっと好きだったの。・・・田中君って、あたしじゃなくっても、絶対助けたって思うんだよ。・・・だから、こんな形で、いっぱい助けてもらって、言うことじゃないかも知れない。・・・でも、やっと、言えたわ。」
由紀は、恥ずかしそうに俯くと、篤朗に背を向けた。
「桧垣・・・」
篤朗は、背を向けた由紀を抱き締めた。
「夢じゃないかな・・・。僕も、君が好きだった。君だから・・・絶対に、助けたかった。」
篤朗は上擦ったような、掠れた声で言う。
由紀は、篤朗の腕の中でクルリと回転して、篤朗の目を覗きこんだ。
「本当?」
由紀の、クルクルとした瞳が、篤朗をまっすぐに見上げる。
「桧垣。君が、好きだ。」
篤朗は、夢中で由紀を抱き締め、唇を押し当てた。




