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余命一年の呪いを受けたので好きに生きます SS置き場  作者: 海野はな


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1/1

クッキーを作ってみた話

短編「余命一年の呪いを受けたので好きに生きます」のSSです。まだの方は短編から先にお読みください。


ローレンツとソフィが15歳頃、婚約中、呪いを受ける前の日常の小話です。

(※コミカライズ作品番外編の原作ではありません)

 ある日の午後、ソフィは王宮の一室にいた。婚約者のお茶会というやつだ。


 テーブルにはお菓子が三種類並べられている。フィナンシェ、パウンドケーキ、クッキー。どれも一口で食べられるサイズにされており、上品に盛り付けられている。

 ソフィはどれを先に食べようかと思いながら、紅茶のカップに口をつけた。相変わらず王宮の紅茶というものは香りがいい。


 対面に座るローレンツは三種類の中からフィナンシェをまず取った。意外だ。いつもはクッキーから食べることが多いのに。


 品よく口に運ぶところまでじっと見つめすぎたのか、ローレンツと目が合った。


「どうかしたか?」

「今日はフィナンシェの気分なのかな、と思っていました」

「……一番近くにあっただけだ」


 たしかに。

 それに倣って、ソフィは自分の一番近くにあるクッキーを一枚食べる。バターの香り、口の中でほどけるようなほろほろの食感。悔しいほどに洗練されている。どうがんばっても勝てる気がしない。


「美味しいですね」

「という表情ではないようだが?」


 ソフィは神妙な面持ちのまま、持ってきたものを皿にのせてそっと出す。

 一口サイズの薄い歪んだ円形のものが三つ、周りの色は濃い焦げ茶、良心的に見れば真ん中は薄茶色だと言えなくもない。


 その茶色というよりもはや黒っぽい物体を前に、ローレンツは訝し気な顔をする。


「なんだこれは?」

「クッキーになるはずだったものです」

「……なんだそれは」


 クッキー作りに挑戦して、焦がした。


 婚約者と過ごす時間というのは定期的に設けられているものの、何をするかという決まりは特にない。一般的には街を歩いてみたり、観劇やら音楽鑑賞、カフェでお茶をする、なんていうことが多いらしい。だけどローレンツは王子で、おいそれと自由に歩き回ることができる身分ではなかった。結果として王宮でお茶をする頻度が高くなっている。


 ソフィはこうしてのんびりお茶をする時間が好きだけれど、毎回同じではローレンツは退屈なのではないか。最近は口数が少ないような気がしないでもないし。いや、元からか? そうでもないかしら?


 そんなことを侍女に軽く話したら、差し入れをしてみるのはいかがですかと提案された。手作りというのは特別感があるし、婚約者の間ではよくあることですよ、と。ソフィの不器用さを知っている彼女は、失敗しても話題になるのではありませんか、としっかり付け加えた上で、一つの候補としてはやってみるのも悪くはないかもしれませんね、くらいの消極的な勧めではあったけれど、ソフィはしっかりやる気になった。


 ちなみに、それは今朝の話である。

 そこから午後のお茶会までに作れるものという条件でクッキーが選ばれた。学園の実習で作ったことがあるのだから、ソフィにもできるはずだった。


 そして、その成果がこれだ。


「途中まではたぶん上手くいっていたのですけれど、どうやら失敗したようです」

「そのようだな。なんでそれを持ってきた。話題にするなら言えばいいだけだろう。というかお前、俺とお茶を飲むのに話題をどうしようか、などと考えていたのか?」

「いいえ、考えていませんでしたね」

「言い切るのはどうかと思うが、まあ、そうだろうな」


 話題がなくなれば話さなければいいだけなので。

 どちらも話さない時間ができても別に気にならなかったし、ローレンツも気にしている様子はなかったから、話題作りなどは考えていなかった。


「考えたほうがよかったですか?」

「いや、別に。そんなに気負われても困るし」

「そうですよね。それで、これを持ってきたのは、ローレンツ様のために作ってみたのですよというアピールを一応しようかと思ったのと、実物を見ていただいたほうが……あっ」


 焦げたクッキーを一つ手に取ってまじまじと眺めていたローレンツが、ひょいっとそれを口に入れた。あまりに驚いて、ソフィは目を丸くする。当然だが、決して食べさせようと思ったわけではなかった。それはローレンツだってわかっているはずなのに。

 そもそも持ってきた側が先に食べてみせるのが一般的なルールだから、ソフィより前に食べるとは思っていなかったのだ。


「毒見もせずに口に入れるとは、マナー違反ではありませんか?」

「失敗作とわかっていて持ってくる方がマナー違反だ。俺以外にはやらないように」


 ローレンツは顔を歪めながら、バリバリとクッキーらしからぬ音を立てている。公の場であれば、きっとそれもマナー違反だが、二人しかいないからまあいいのだろう。


「苦い」

「でしょうね!」

「毒でも入れたか?」

「入れませんよ。いや、ある意味毒かも。なんで食べたんですか」

「お前が俺のために作ってくれたというのに、食べないのは失礼にあたる」

「この場合あたらないと思いますね。というかローレンツ様、わたくしに失礼とか思うことないですよね?」


 まだ少し苦そうな顔をしながら、しばらくの沈黙。チラッとソフィを見て、さらに数秒。


「……そんなことはない」

「間が長すぎます」


 ローレンツはクッと笑って、焦げクッキーをもう一枚口に入れた。もしかして全部食べようとしているのではなかろうか。ソフィは慌てて残りの一枚を死守し、自分の口に入れる。思わず顔が歪んでしまうくらいに香り高き焦げ風味が口いっぱいに広がった。


「苦いですね」

「俺は甘いほうが好きだ」

「奇遇ですね、わたくしもです」


 紅茶で苦味を流し込む。それから口直しにフィナンシェを一つ口に入れた。ローレンツも同じように、シェフが作ったのだろう美味しいほうのクッキーを食べている。

 ポットに残っていたぬるくなった紅茶をそれぞれのカップに注ぎ直し、一緒に一気に飲み干す。ふぅと息を吐くタイミングがそろった。


「ようやく苦味が取れました」

「なかなか強烈な味だった」

「だから、なんで食べました?」


 それには答えず、ローレンツは「行くぞ」と言って立ち上がった。



 〇



 従者と一言二言話してからローレンツが向かったのは図書室だった。


 話題がなくなったけれど時間は残っているので、本でもゆっくり読もうということらしい、とソフィは判断した。

 婚約者の時間というものは、一緒に過ごしさえすればいいのだ。お互い好きな本を読むだけ、なんていう日も実際にあったから。


 それならば、さて何を読もうか。

 目に留まった本に手を伸ばしかけたとき、その手に別の本をのせられた。『基本の製菓』と書かれている。読めということだろうか。よくわからなくてローレンツを見ると、彼は別の本を開いていた。覗き込んでみると、クッキーのレシピが載っている。


 嫌な予感がした。

 ここでしっかり復習して、もう一度作ってこいと言われるのではなかろうか。


「あの、ローレンツ様?」

「ん?」

「これはどういう……?」


 視線は本に落としたままだが、聞いていないことはないらしい。ぺら、とページをめくりながら彼は答えた。


「作るに決まってる」

「なにを?」

「クッキーを」

「ええと、それは、いつ、どこで、誰がでしょう?」

「今これから、厨房で、俺とお前が、に決まっているだろう」

「今ですか!?」


 決まっていないと思う!

 なんていうソフィの主張が通るはずもない。ローレンツはやると言ったらやるのだ。



 〇



 先ほど話していた従者が戻ってくると、ローレンツは自分のもっていた本とソフィに渡した本の二冊を借りて図書室を出た。

 従者と話していたのは、厨房を借りられるかどうか、ということだったらしい。王宮の厨房はメイン以外にもいくつかあり、特別な行事でもなければ全部が稼働していることはない。問題なく借りられてしまったようだ。


 案内されたのは、こじんまりとした調理室だった。従者と侍女は開いた扉の外に控え、護衛が入口に。中には見張りなのか、それとも先生役なのか、壁際に料理人姿の人が一人いる。あとはソフィとローレンツだけだ。


 すでに材料となるものと必要となりそうな器具が置かれている。料理人が用意してくれたのだろうか。


「ソフィ、分量を読め」


 準備ができると、早速ローレンツはそう言った。一緒に作るといいつつ、ローレンツがメインでやるらしい。


「ええと、バターは五十グラム」


 バター、卵、砂糖、小麦粉。

 ローレンツはソフィが読み上げる分量通り、手際よく量っていく。


「砂糖は六十グラムって書かれていますが、増やしたほうがよくないですか? 甘いほうが美味しいですよね」

「もしかして、お前は砂糖を増やして作ったのか?」

「……」

「砂糖が多いと焦げやすくなると書いてあったぞ」


 ソフィは目を丸くする。

 増やした。ローレンツは甘いものが好きだから、良かれと思ったのだ。

 それで焦げたのか。なんてこった。


 全ての材料を量り終えると、次は手順を読まされる。


「バターを柔らかくしないといけないそうです」

「そうです、って、作ったばかりではなかったか?」

「そうですね、作ったばかりでした。あら、このバターはカチコチですね。どうしましょう」


 ソフィが使ったバターはなぜか最初からある程度柔らかかったけれど、こっちはよく冷やされているのか固い。

 ローレンツは一度首を傾げてから、そっと手をかざした。みるみるうちにバターが柔らかくなっていく。


「ローレンツ様、魔術を使いましたね。反則では?」

「使ってはいけないという決まりはない」

「あ、溶けてます、やりすぎです。溶かしちゃ駄目です」


 ローレンツは慌てて手を離したものの、半分弱が液状になっている。クッキーを作るには、柔らかくするけれど液状ではないバターを使うのだ。


「ま、まあ、大丈夫だろう」

「えー……」


 次にそのバターに砂糖を混ぜて、卵を加えていく。


「ローレンツ様、手際がいいですね。作ったことあるんですか?」


 ソフィが覗きながらそう聞くと、ローレンツは手を止めて唖然とソフィを見た。


「学園の実習で、作っただろう! 一緒に!」

「……そうでした」


 ソフィとローレンツは同じクラスだ。実習の班は違ったけれど、たしかに同じ場所で同じ時間に作って、食べるところまで一緒にやったのを思い出した。


 最後に小麦粉を混ぜ、軽く合わせる。


「小麦粉はさっくりと混ぜる、って書いてありますよ」

「このくらいか? そういえばこねすぎると硬くなるって、実習でも聞いたな」

「……」


 なにかを察したのか探るような目でローレンツが見るので、ソフィはそっと目を逸らす。午前中に思いっきりこねました、なんて、言えやしない。


 それから生地を休ませる時間が必要なはずだが、それを待つ時間はないということで、またローレンツは魔術で冷やした。反則ですよ、と言うと、時短だ、と返ってきた。本当にそうだろうか。


 丸く整形して天板に並べ、オーブンで焼く。途中でオーブンを温めていなかったと気づいたけれど、どうやら料理人がやってくれていたらしい。彼はじっと見守っていたけれど、全く口出しはしてこなかった。ただ、オーブンに入れるのはやけどをしたら大変だからと、料理人がやってくれた。


 生地を入れてからオーブン前に貼り付いて見ていたソフィに、ローレンツはそんなにすぐに焼けないぞと言う。だけど心配なのだ。


「ここで失敗するとどうなるか知っていますか? なんと焦げるんですよ」


 実践済みです、と胸を張って言うと、ローレンツは呆れた顔でソフィの腕を引く。


「だからといって焼けるまでそこにいたら倒れるぞ。すでに顔が赤い。少し離れてろ」


 たしかにオーブンの前は熱い。でも焦げるものは焦げるのだ。

 なおもオーブンを覗こうとするソフィに、ローレンツは俺が見ると場所を代わった。


「焼いている間に片付けをする、と実習では習ったはずだ」

「よく覚えていますね」

「お前はもう少し覚えておけ」


 無茶を言う。ソフィはローレンツと違って、必要ないと思った瞬間に頭から抜けるタイプだ。

 あとでやりますから、と恐縮した姿勢を見せる料理人を制して、できる限りの片付けをする。その間にいい匂いが漂ってきて、クッキーが焼きあがった。


 天板にはちょっと形は歪んでいるけれど、美味しそうな色のクッキーが並んでいる。


「まあまあ上手くできたのではないか?」

「食べるまではわかりませんよ」


 ローレンツは取り急ぎなのか数枚分だけ魔術で冷やし、ソフィの手に持たせた。一緒に食べてみる。


「なんということでしょう、美味しいです」

「うん、苦くない」


 さすがにシェフが作ったのだろうお茶会で出されたクッキーとは比べられないけれど、これはこれでいい味だ。ソフィと違ってなにをするにも器用なローレンツは、クッキー作りも上手らしい。だけど納得はしていないのか、料理人にも食べさせた上で改善点を求めている。小麦粉を混ぜるタイミングだとか、焼き加減とか、なんだかんだ議論している。充分美味しいのに、向上心が強いことだ。


「なるほど、あれでも混ぜすぎなのか……。ソフィ、聞いていたか?」


 急に振られて、ほほほと笑ってごまかす。聞いていなかった。


「でもこれで、もう作れるよな」

「そうですね。バッチリですよ。次は焦がさずに作れるはずです」

「なるほど、次だな?」

「……え?」


 クッキーが冷めるのを待って、ローレンツは半分ほどを包んでソフィに差し出す。


「これは俺からの贈り物だ」

「あら、ありがとうございます。大事に食べますね」

「うん。それで、贈り物にはお返しをするのがマナーだと思わないか?」

「……はい?」


 嫌な予感再び、と受け取ってしまったクッキーをそっと戻そうとするが、もちろんローレンツが受け取るはずもない。


「次は焦がさない、とお前は言った。要するに、また作る予定だということだ」

「えーと、言いましたっけ」

「言った。いいか、レシピ通りに作れ。甘くしてあげようとか、そんなことは考えなくていいんだ。勝手にアレンジするな。レシピ通りがいい」


 どうやら作れと言われているらしい。そして持ってこい、と。


「シェフが作ったもののほうが美味しいのでは」

「せっかくソフィが作ると言っているのに、婚約者の俺が食べないわけにはいかない。そうだな?」

「ええぇ……」


 なんとも気の抜けた返事になってしまったが、勝手に肯定と捉えたらしいローレンツはいい笑顔をソフィに向けた。


「楽しみにしている」


 こうしてソフィはクッキー作りの特訓をすることになってしまったのだった。

なんだかんだ言って、ソフィの手作りクッキーが欲しいローレンツの話でした。


コミカライズ作品「余命宣告からはじまる婚約者様との最期の一年」番外編が2026.10.15~コミックシーモア様先行で配信開始されました。

……のですが。残念ながら、10/20現在シーモア様サイトが停止しているため、読むことができません。

復旧したら、是非読んでくださいね~!

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― 新着の感想 ―
公開当日の朝イチに気づいて、即二巻とも購入して、何気に本棚アプリにDLしました。その数時間後にはシーモアさんのサイトが開かずびっくりでしたが、コミック2巻とも手元にあります! 自分、グッジョブ!です …
ここまでのお付き合いしてて好きなのは別の人と思うなんてどーゆーことなんですかね!?殿下の育て方が間違ってたんじゃないんですか!?
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