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1-6「恋人は…いる?」

それは翌日のことだった。

今日も、俺はメイドカフェに行く。

店内が静かで賑わってる様子はない。

BGMはボサノヴァが流れてて、

シークラブという名前と合ってると思う。

いつものようにヘイジーと会おうと思って。

だけど、今日は会えずに別のメイドだった。

(エンプティ)「あの人は?」

(メイドA)「マークさんって人みたいだけど」

(エンプティ)「ふぅん」

メロンソーダを飲みながら、横目で見る。

緑色のべたっとした甘ったるい飲み物。

美味いとは思えないが、適当に頼んだらこれが来た。

マーク・ベネヴォレンス。

身長は170cmほど。

ぼさぼさ髪で、ふけが目立つ。

眼鏡姿の男性。

白衣のような衣装だが、色は緑色。

なので翡翠衣ひすいって勝手に命名した。

陰鬱な雰囲気だが目の奥に優しさを感じる。

すると2人は気恥ずかしそうではあるが、

何処か柔らかな雰囲気を感じる。

(ヘイジー)「何か、食べたいものはありますか?」

メモ帳を手に尋ねる。

(マーク)「君が作った物ならば、なんでも」

その声は優し気で、悪意を微塵も感じさせない。

(ヘイジー)「好きなのって言ったのに」

呆れる彼女は何処か楽しそう。

(マーク)「それなら…ミートソースが良い」

(ヘイジー)「普通のより甘めね?」

注文されてない外側の意見を彼女が答える。

(マーク)「頼めるかい?」

申し訳なさそうな顔をして尋ねる。

(ヘイジー)「任せて」

そう言ってヘイジーは厨房に戻る。

親しそうな2人に俺の心はざわめく。

俺が読んでない小説で世界が盛り上がってるような、

そんな置いて行かれた感覚。

(エンプティ)「…」

喉が渇く、メロンソーダだけでは足りない。

(ヘイジー)「きゃっ…エンプティ様!?」

俺は彼女が厨房に入るより早く、

手を掴む。

(エンプティ)「あとで俺の傍に来てくれ」

俺はそれだけを伝えて手を放す。

(ヘイジー)「あ…畏まりました」

厨房に入っていくヘイジーの背中を目で追う。

(メイドA)「お客さーん、嫉妬はルール違反ですよ」

少しニヤニヤしてるのが何だか無性に腹が立つ。

(エンプティ)「違うよ…」

俺は自分でも説得力がないなと思ったが、

強がらないと恥ずかしい思いをするので、

否定しておいた。

(ヘイジー)「こちら、ミートソースです」

マークのテーブルにパスタが置かれる。

真っ赤なトマトのソースに、

マッシュルームの香りが豊か。

玉ねぎが炒めたものが入ってて、甘みを出してると思う。

揺らめく湯気が鼻に向かう道になってる。

(マーク)「いただくよ」

フォークでさくっと刺して皿の上で回転させる。

すると、パスタが巻き付いた。

それを一塊にして口の中に放り込む。

少し変わってるなと思ったのは、

粉チーズを手に持つと、口の中に放り込んだ。

普通はパスタの上にかけるものだと思う。

でも、彼は口の中で作り上げたのだ。

(ヘイジー)「どうですか?」

きっと、ドキドキしながら様子を見てるんだ。

(マーク)「うん、最高だ」

味の高評価を貰う、

(ヘイジー)「良かったです」

ヘイジーは黄金色に笑う。

その親し気に接する2人の世界は、

何だか完成されてる気がして、犯しがたい。

とても不愉快だった。

(マーク)「ご馳走様、また来るよ」

そう言って彼は席を立つ。

会計を済ませて店の外に出る。

(ヘイジー)「お待たせしました」

ようやく、彼女が自分の方にやってきた。

(エンプティ)「誰なんだ、あの男は」

俺は気になっていたことを口にする。

(ヘイジー)「えっと、その」

言いにくそうにする。

なんて言葉にしていいか分からないって雰囲気だ。

(エンプティ)「まさか」

俺はある確信を得る。

親し気なあの雰囲気、完成された世界。

もしかして恋人…なのか?

俺の体が硬くなる。

(ヘイジー)「お兄さんなんです…恥ずかしい」

顔に手を当てて、恥ずかし気にもじもじする。

赤くなった顔は桜が咲きそうな雰囲気だった。

(エンプティ)「お兄さん?」

その言葉を聞いて、体の硬さが柔らかくなった。

(ヘイジー)「はい、時折心配で見に来るんです」

(エンプティ)「なるほど…ね」

俺は一気に脱力する。

(ヘイジー)「その、安心してくださいね。

私は誰の物にもなりませんから」

アイドルみたいなことを言い出すな。

いや、俺がそうさせたのかもしれないが。

(エンプティ)「そんなこと気にしてない」

別に彼女に恋人が出来ようが自由なはずだ。

今の世間体的に、そっちの方が正しい風潮だと思う。

しかし、その言葉に安心するのも、また事実。

(ヘイジー)「今日は他にお客さんいませんから、好きなだけ一緒に居ましょう?」

しぃんというような、寂しい音が消えるような声。

その言葉は俺のことを理解してるように感じる。

(エンプティ)「あぁ」

時計の針に触れて、一周させてやりたい気分だ。

お金が無いから、そんなことは出来ないが。

だけど、その言葉は嬉しかった。

俺はここでようやく気付く。

彼女のことが好きなのかもしれないと。

扉を閉めて、ベルが鳴った。





街の喧騒を後ろに置いて行きながら歩いていく。

すると、時間は次第に夜になっていく。

俺は研究所に戻る。

そうしていく中で、書類仕事に向き合い続けていたオーフル。

彼が突然、騒ぎ出す。

(オーフル)「あー、ダメだストレス溜まりまくりだ」

机に突っ伏して顔を埋める。

机に顔の形をしたスタンプが出来る気がする。

(エンプティ)「俺にはどうしようもないぜ?」

人が溜まったストレスを他人がどうこう出来ない。

いや、やろうと思えば出来るが。

それはサンドバックになるってことだ。

でも、それをすると俺のストレスが溜まるので、

絶対に協力する気は無いが。

(オーフル)「あれだ、カラオケに行こう」

(エンプティ)「カラオケぇ?」

前にも言ったことがある。

本当に歌が好きなんだなと思う。

俺は別に嫌いではないが、そこまで好きでもない。

中身が無い俺にとって歌は希薄なのだ。

歌とは感情を伝えるためのツールであり、

中身のある人間だけが使えるものだと思うからだ。

(オーフル)「今から行こう」

(エンプティ)「夜も遅いんだが…」

俺は乗る気ではなかった。

さっさと寝たいって思いがある。

シャワーを浴びて、スマホの電源を切って、

部屋の明かりを暗くする。

それが快適な眠りに繋がる。

(オーフル)「いいから行こう」

目がマジだ。

(エンプティ)「おいおい、マジか?」

俺は若干、引いていた。

(オーフル)「誰のおかげで家に住めるんだ?」

ぼそっと悪魔のささやきが聞こえる。

(エンプティ)「はいはい、分かりましたよ」

最悪最低なキラーフレーズを使ってきたな。

これを言われると俺は弱い。

シンドイが行くか。

あくびをして脳に酸素を入れておく。

(オーフル)「よーし、行こう」

カラオケに行くとなると、急に上機嫌になる。

彼の名前はオーフル・ノクターン。

名前とのつながりを感じて歌に縁を感じてるのかもしれない。

(エンプティ)「やれやれ」

俺は呆れて物が言えない気分だった。

そうして、カラオケ店に行くのだった。



カラオケ店に行くと、ルミナスが受付してる。

(ルミナス)「おぉ~、相変わらずいい仮面だ」

(エンプティ)「そりゃどうも」

(ルミナス)「6時間パック?」

(エンプティ)「あぁ」

いつも同じ時間を注文するものだから、

覚えたらしい。

(ルミナス)「部屋はゴールドね…それじゃ案内しまーす」

スムーズに案内される。

まるで俺たちが来るのが分かってたみたいに。

(オーフル)「よし、歌うぞ」

オーフルは好きな演歌を沢山入れる。

正直、覚えてるタイトルはあまりない。

だから、ノレはしないが彼が楽しそうなのでいいか。

(エンプティ)「…」

合の手で俺はタンバリンを叩く。

演歌に合うかどうか不明だが、

何もしないのは退屈なのでそうしてる。

特にオーフルに怒られた経験がある訳じゃないので、

なんとなく継続してる。

(オーフル)「ふぅ」

歌いきって満足してる。

なかなか、上手だとは思う。

点数も90点越えだし。

(エンプティ)「それじゃ、次は俺か」

歌は詳しくないからな、

履歴に最近の流行歌が出るから、

適当にその中から選曲する。

どうせどれを選んでも上手に歌えないのだから。

どれを選んでも同じなのだ。

空っぽな俺らしいな。

(オーフル)「せっかくだ、勝負しないか?」

(エンプティ)「勝負って言われてもな」

(オーフル)「いいから、いいから」

(エンプティ)「まぁ、そこまで言うなら」

歌に対してやる気のない俺と、

歌が大好きなオーフル。

その2人が歌えば結果は見えてると言えるだろう。

それでも勝負は行われた。

結果は俺の敗北だった。

(オーフル)「おっしゃーっ!」

オーフルは俺に勝利して嬉しそうだった。

点数も90点越えで、いつも通り。

(エンプティ)「…」

俺も悪い意味で点数がいつも通り。

80点台だ。

(オーフル)「じゃあ、会計頼むぞ」

オーフルが信じられないことを口にする。

(エンプティ)「おいおい、マジかよ」

そんな約束はした覚えはないぞ?

(オーフル)「お前も大人になったんだ、これも社会勉強ってことだな」

(エンプティ)「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

確かに研究者として働かせてもらってるから、

それなりに給料は入ってる。

使い道が特にある訳じゃないが、

そんな罰ゲームみたいな…。

(オーフル)「悔しかったら俺に勝つんだな」

(エンプティ)「ぐっ…」

歌に興味なかったが、この日ばかりは非常に悔しい思いをする。拳に力が入るのを感じる。

(ルミナス)「ありがとうございました~」

会計を俺が済ませて、店の外に出る。

街の中をスキップするオーフルは上機嫌に見える。

その横顔が今日ばかりは無性に腹が立つ。

(エンプティ)「この雪辱は必ず」

俺はそう誓うのだった。




歌が上手くなるにはどうすればいいのか?

それは基本的なことではあるが、

人に教わるってことだ。

本を読んだりして覚える方法もなくはないが、

細かいニュアンスだったり、

自分では気づかない欠点は人に見てもらった方が、

成長が早いって思う。

では、誰に聞けばよいのか?

最初にぱっと思いついたのはルミナスだ。

でも彼女は…あまり言いたくないが歌が下手だ。

俺も上手じゃないが、彼女はもっと酷いと思う。

次に思いついたのは、ヘイジーだった。

メイドをやってるのだが、

メイドカフェでは定期的に歌フェスが存在する。

ということは上手なんじゃないのか?

聞いたことは無いが、そうかもしれないと思った。

そこでさっそく連絡してみる。

(ヘイジー)「歌…ですか?」

(エンプティ)「どうだろうか」

(ヘイジー)「ご期待に沿えるか分かりませんが、それでも私でよければ」

(エンプティ)「ありがとう、じゃあカラオケ店で…」

現地集合で待ち合わせした。

(オーフル)「ずるいぞ、先生を雇ったのか?」

研究室で、俺の通話を後ろで聞いてたらしい。

(エンプティ)「あんたに負けるのが悔しかったんでね」

(オーフル)「ふふ…勝てるといいがな」

俺の挑戦を何処か面白がってる気がした。

(エンプティ)「出かけてくる」

(オーフル)「成長したら私に挑戦しに来るといい」

何だか悪役っぽい言葉だな。

まぁ、彼からは縁遠い言葉だと思うが。

そうしてカラオケ店に向かった。

(ヘイジー)「エンプティ様」

彼女が遠くで手を振ってるのを見つける。

俺たちは店の前にある駐車場で鉢合う。

(エンプティ)「お待たせ」

(ヘイジー)「いえ、全然平気です」

スマホのタブの量が7つもあったので、

何処かのサイトを見て時間を潰したんだなと笑う。

(エンプティ)「くくっ…」

(ヘイジー)「あ…笑ってますね…どうして笑うんですか…もう…」

ヘイジーは不満そうだ。

(エンプティ)「中に入ろうか」

(ヘイジー)「はい」

俺たちは店の中へと入っていく。

(ルミナス)「いらっしゃい…あれぇ?」

何だかルミナスはおもちゃを見つけた少女の目だった。

(エンプティ)「なんだよ」

俺は嫌な予感がして顔を逸らす。

(ルミナス)「ほぅ、へぇ、ふむ」

じっと品定めしてる。

(ヘイジー)「えっと?」

品定めされてるヘイジーは居心地が悪そうだ。

(ルミナス)「パパやってる?」

(エンプティ)「お前、ぶっとばすぞ」

俺は怒る。

(ルミナス)「いやぁ、冗談だって」

彼女はけらけら笑う。

本当にしゃれにならんぞ、全く。

(ヘイジー)「あはは…」

完全に苦笑いじゃないか。

(ルミナス)「それにしてもこんな可愛い子連れてなにしようって言うのさ、言っておくけど、変なことは出来ないよ、うちの店じゃあね」

(エンプティ)「歌うだけに決まってるだろ」

俺はため息をついた。

(ルミナス)「それならいいんだけどね」

ルミナスは適当にタブレットを操作する。

(エンプティ)「2人きりだし、安い部屋でいい」

俺は別に金持ちって訳じゃない。

だから安く済ませようとする。

(ルミナス)「まぁ、2人で宴会部屋ってのもね」

彼女も納得したようだ。

(エンプティ)「開いてるか?」

(ルミナス)「ひとつだけね」

(エンプティ)「それじゃ、そこで」

(ルミナス)「毎度あり」

(エンプティ)「行こうか、ヘイジー」

(ヘイジー)「はい、エンプティ様」

俺たちは、そうして部屋に行くことを許可された。

指定された部屋に入ると、変な香りがする。

(エンプティ)「うっ」

これは何だろうと思ったら、恐らくタバコ。

そんな感じだった。

吸いなれた人ならば、別に変じゃないんだろうが、

俺はあまりタバコが好きじゃない。

だからこそ余計に変に感じるのかも。

安い理由はこれか。

(ヘイジー)「私は平気ですよ」

(エンプティ)「鼻つまんでるぞ」

(ヘイジー)「はっ」

彼女もきついらしい。

(エンプティ)「悪いな、金はある方じゃない」

(ヘイジー)「いえ、せっかく連れてきてもらったのに文句は言いませんよ」

対応が丁寧だと、こちらはとても安心する。

(エンプティ)「さて、教えて貰いたい。だが…」

俺は言葉を詰まらせる。

(ヘイジー)「どうしたんですか?」

(エンプティ)「こちらが誘っていおいてなんだが歌を聞かせて貰っても?」

遊びに誘っておいて、傲慢ではある。

でも教えてもらうのだから上手な方がいいって欲求はあって当然だと思う。

勝負に勝つのに、歌が微妙ってのはちょっとな。

(ヘイジー)「少し…緊張しますが」

彼女はボカロ曲を入力する。

(エンプティ)「どんなものだろうか」

(ヘイジー)「それでは行きますね…すぅ…」

ヘイジーは歌う前に深く息を吸い、

胸ではなく腹で声を支える。

彼女が歌いだすと、世界が変わった気がした。

灰色だった歌詞に色がついて見えるほど、

彼女の歌は表現が広いと感じた。

部屋にあるタバコの香りが、アルプスの山の草原の香りに錯覚するほど清涼感があった。

(エンプティ)「…」

このまま聞いたまま、眠りにつきたい。

そうしたら昨日怒られたことは綺麗さっぱり忘れる。

そんな風に思えた。

(ヘイジー)「どうでしょうか?」

1分30秒と短い時間だったが、

満足感はあった。

(エンプティ)「良かったよ、とても」

俺は拍手をする。

(ヘイジー)「あはは、ありがとうございます」

(エンプティ)「昔、目指していたとか?」

(ヘイジー)「声は褒めてもらうことは多かったですね、でも、特別練習したって訳ではありません。

だけど、求められることが多かったので自然とそれが練習してた…そういうことになるのかもしれませんね」

他人の要望を聞き続けた結果、才能が成長したか。

NOではなくYESの生き方。

(エンプティ)「教わる価値はありそうだ」

(ヘイジー)「でも、教えるのは上手ではないんですが」

(エンプティ)「構わない、君の持つ才能を少しでも理解できるように、こちらも努力する」

(ヘイジー)「そこまで言ってくださるなら」

(エンプティ)「ありがとう、ヘイジー」

俺は彼女の手を握る。

(ヘイジー)「あ、あの…少し恥ずかしいです」

薄紅色の淡い腕が、恥ずかしさを教えてくれた。

(エンプティ)「すまない」

俺はパッと手を放す。

(ヘイジー)「そ、それじゃあ気を取り直して」

何かを取り出す。

(エンプティ)「それは?」

(ヘイジー)「絶対音感アプリです」

(エンプティ)「絶対音感アプリ?」

(ヘイジー)「まずは適当にあ~って言ってください」

(エンプティ)「あ~…」

ヘイジーの持つスマホがぴこんと反応。

すると、俺の声がAの音だと出る。

(ヘイジー)「こうやって音が何か教えてくれるんです」

(エンプティ)「へぇ~…」

最近の技術には驚かされる。

機械が才能に追いつきそうで、少し怖いが。

いずれ才能に価値がなくなる時代がくるかもなんてね。

(ヘイジー)「おそらく、歌が下手だって一般的に言われてる人の多くは自分が何の音なのかを理解してないことが多いはず。それが理解できるこのアプリは成長に一役買うんじゃないかなって思ったんです」

(エンプティ)「なるほど」

(ヘイジー)「ふぁみれど」

(エンプティ)「まだ早いよ」

(ヘイジー)「すみません」

彼女は天然を恥じながら笑う。

(エンプティ)「じゃあ、こいつをダウンロードして練習すれば…うまくなるってことだな」

(ヘイジー)「自分が歌とあってないなって音が分かれば悪い部分が見えますから、きっと成長できると思います」

(エンプティ)「頑張ってみるか」

(ヘイジー)「その意気です」

彼女が励ましてくれる。

人は成長しろと怒られることが多いが、

具体的に努力の内容を教えてくれる人は少ない。

そういう意味で言えば、彼女は努力の方法を教えてくれる、優秀な先生だと思えた。




研究所に戻った俺はさっそく練習を重ねる。

(エンプティ)「んんっ…ああ~♪」

窓の手すりに手をかけて、

外に向かって練習をする。

すると、

入り口で何やら笑ってる男が居る。

(オーフル)「ふふ…」

(エンプティ)「なんだよ」

俺は急に恥ずかしくなって、

歌うのをやめる。

(オーフル)「どうしたんだ、続けたらいいのに」

もったいなさそうな顔をしてる。

(エンプティ)「あんたが来たからやめたんだよ」

(オーフル)「気にせず歌えばいいのに」

(エンプティ)「嫌だよ…だってあんたに勝つために練習してるのに」

(オーフル)「ははは…そうか…なら次に一緒に行くのが楽しみだ」

そう言って部屋から出ていく。

(エンプティ)「次…ね」

こうしてオーフルとカラオケに行くのも後どれくらいだろうか?

ふと、そんな漠然とした不安を感じる。次くらいは勝ちたいな。そうすればこの不安も消えるだろうか?

俺は軽く歌って、疲れてきたので眠りについた。



練習は続けた。

数日後、現状報告も兼ねて、

メイドカフェへ向かった。

少し離れたところに、

道路に車を置いて、

歩道に立ってるごみ回収の業者が来て居た。

観察すると、立ち往生してる。

制服を着てるので理解した。

何か問題が起きたのだろうか?

まぁ、俺には関係のないことだ。

ヘイジーに近況を報告しようと思ったのだ。最近の歌の調子とか、あとは単に久しぶりに顔が見たくなったってのもあるけれど。

店に入ると、いきなり大声が。

(メイドA)「お願い!」

メイドは頭を下げながら、

マークに懇願した。

(マーク)「えっと、困ったな」

マークは立ち止まってる。

(メイドA)「今日ね、業者が回収しに来てくれるんだけど忘れてて…ごみを渡しに行ってほしいんだけど」

(マーク)「でも、僕は遊びに来たんだけど」

彼の言い分は理解できる。

メイドカフェに金を払いに来て、女の子と遊びに来たんだ。

普通は仕事を頼まれても断るもんだ。

(メイドA)「今ね、とっても忙しくて困ってるの」

確かに今日は賑わってる。

飾り付けてもカラフルで、

折り紙で輪っかを作って、

天井からぶら下げて橋を作ってる。

それが華やかに見えた。

何故、そうしてるのか?

それはイベントがある日だから。

いつもより値段が安くなってる。

常連も、新規も、この機会だからと来たのだ。

それは、いいことだ。

いいことだが…。

忙しいからと客に仕事を頼むものだろうか?

それは店側の都合だ。

客は気軽に遊ぶべきだろう。

そのために金を払ってるのだから。

でも…。

(マーク)「分かったよ、ごみを運べばいいんだね」

ため息を吐いて、不満そうではあったが彼は席を立つ。

そして、店の奥へ行きごみ袋を持って回収業者の元へ向かっていった。

客が店の奥に入れるのだから、

信頼はされてるのだろう。

でも、遊びに来たのに仕事を頼まれるのは大変そうだ。

(エンプティ)「いいのか、あれ?」

俺はまだ席に案内されてないので、

立ったまま近くに居たメイドに話しかける。

(メイドB)「いやぁ、本当はよくないんだろうけどさ、でも手伝ってくれるのはありがたいしさ、甘えてるってのは分かるよ、でもねぇ、忙しくって…」

メイドは俺に言い訳をする。

(エンプティ)「なるほど?」

そういえば確か、彼はヘイジーの兄貴だったな。人に奉仕したいって精神が兄妹で受け継がれてるのかもしれない。

(メイドB)「それじゃ、ご案内しまーす」

これ以上話すのは罰が悪いと思ったのか、そうそうに切り上げて俺を席に案内する。しばらく座ってると目的の人物がやってくる。

(ヘイジー)「お待たせしました、エンプティ様。いつも来ていただいてありがとうございます」

彼女は笑顔で出迎えてくれる。

メイドカフェに来たかいがある。

(エンプティ)「歌の調子を伝えたくて」

(ヘイジー)「そうでしたか、是非聞いてみたいです」

(エンプティ)「それじゃあ、少しだけ」

他の客もいるので声量は抑えて歌ってみる。

(ヘイジー)「いい調子です、このまま行けばきっと勝てますよ」

(エンプティ)「本当か?」

(ヘイジー)「はい!」

彼女の笑顔を疑う必要はないだろう。もしかして…なんて考えるよりも素直に受け取った方が幸せだから。

馬鹿かもしれないが、賢く生きて辛いならば馬鹿になってもいいだろう。

(エンプティ)「それじゃ、挑戦してくるよ」

(ヘイジー)「頑張ってくださいね、かつことを応援してます」

(エンプティ)「ありがとう」

俺は財布から数枚の札を出して、

店を出るのだった。

春風に晒されながら、

肌の乾燥を感じる。

そして、人気の少ない所に移動。

ビルとビルの間。

ここのならばいいだろう。

息を吸って…吐く。

勝負の時。

と言っても、

命を賭けて…。

何て重いものではなく、

ただ純粋に親子のように遊ぶにすぎないが。

スマホで電話しようと、

ポケットから取り出す。

連絡帳から登録してるナンバーを引っ張り出して、通話ボタンを押す。

(オーフル)「どうした?」

(エンプティ)「カラオケ…行かないか?」

俺はやや緊張気味に話す。

(オーフル)「分かった、1時間ぐらいしたら店で会おう」

(エンプティ)「分かった」

通話がぷつっと切れる。

思いのほか、あっさり決まって少し拍子抜けだ。

いや、順調なのはいいことだが。

俺は少し不安癖があるな。

先にカラオケ店で待っていよう。

そう思って、くるりと足の方向をかえて店に向かうのだった。



辺りが暗くなり、

街灯が道を照らす。

カラオケ店の前にある駐車場には人がまばらで、今日はそこまで賑わってる雰囲気でもなかった。

(オーフル)「待ったか?」

オーフルは汚い白衣のままで、

仕事から直行したのだとすぐに分かる。

(エンプティ)「汚いな」

(オーフル)「いいじゃないか、どうせ遊ぶだけなんだ、面倒くさい大人と会議って訳じゃないだろう?」

(エンプティ)「それもそうだな」

堅苦しいのは嫌いだ。

(オーフル)「少し寒いな、早く店に入ろう」

(エンプティ)「あぁ」

俺たちは店の中に入る。

ルミナスにいつも通り、

部屋に案内されて、

オーフルと2人きりになる。

2人きりということもあり、

狭苦しい部屋ではあるが、

これで十分だろう。

照明が暗いが、モニターはびかびか輝いてる。

足元はちゃんと見えるな。

(オーフル)「練習してきたんだろ?」

(エンプティ)「まぁな」

(オーフル)「せっかくだ、聞かせてくれ」

(エンプティ)「下手でも…上手いって言ってくれよ?」

若干の不安を滲ませながら話す。

(オーフル)「子供の落書きでも大人はピカソの転生者だって褒めるものだ、だから心配するな」

(エンプティ)「ならいい」

送信機でぴっと練習した歌を入力する。次第にモニターに歌詞が映りだし、俺もマイクを持って準備する。

(オーフル)「…」

彼は黙って俺の歌を聴く準備は十分だった。

俺は練習した歌を披露する。

元の曲はボカロの感じ。

機械的だが、

何処か人間の哀愁のある曲調。

そういうのが好きなのだ。

(エンプティ)「…♪」

俺は練習した全てを曝け出す。

結果は90点。

100点ではなかったが、

俺の中ではまずまずって感じだ。

(オーフル)「おめでとう」

彼は拍手する。

オリンピックで賞を取った時みたいにされるので照れ臭い。

(エンプティ)「まぁ…こんなもんだ」

だけど、勝負はここからだと思った。オーフルは平均で90点を取るのだ。本気で勝負するならば、100点級の得意曲を選ぶに決まってる。

(オーフル)「…」

だけど彼は送信機に手を伸ばさない。まるっきり歌が始まらなかった。

(エンプティ)「どうしたんだ、歌わないのか?」

(オーフル)「せっかく歌の練習をしてきてくれたんだ、気持ちよく終わりたい。勝負は…不戦勝がいい」

思わぬ提案に俺はぐっと胸が掴まれた驚きがあった。

(エンプティ)「いいのかよ、あんたの歌だったら俺に勝てるだろう?」

(オーフル)「私は別に…いや…歌に勝つのは楽しいさ…だけど練習してない人に勝つのが良いんだ」

(エンプティ)「それって、初心者狩りってこと?」

(オーフル)「いや、そんなつまらないものじゃない。だって練習してない人間は本気じゃないだろう?だから勝っても悔しくないから勝っても私の中で不快さは無い。だけど、練習してきた人間に勝つってのは相手の本気を徹底的に潰すってことだ、それは私の思う楽しい歌とは少し違う気がしてね」

(エンプティ)「オーフル…」

それが彼の考える歌の楽しみ方なのだろう。

(オーフル)「だけど…実際のところ私自身も本気じゃないだけかもしれないがね…本気ならば研究職じゃなくて歌手を目指してた訳だしね」

(エンプティ)「そっか」

(オーフル)「なにはともあれおめでとう、君の勝利だ」

(エンプティ)「ありがとう」

この勝利は俺が望んだ勝利ではなかったが、勝利は勝利だった。

でも、これでいいのかもしれない。

相手を実力で叩き潰すような、

怨恨の残るものではなく、

ふわっとした感じで、

爽快感は無いが、

不快さは俺の中で無い。



部屋の中にある固定電話が、

ぱっと明かりがつく。

そして次の瞬間電話が鳴り響く。

(オーフル)「もしもし…あぁ…延長は無しでいい…あぁ…そろそろ帰るよ」

そう伝えた後、

そっと通話機を戻す。

(エンプティ)「いいのか?」

(オーフル)「私との時間も大事だが…最近はもっと大事な時間が生まれたんじゃないのか?」

(エンプティ)「うっ」

鋭い指摘に俺は黙る。

ヘイジーのことを言ってる。

(オーフル)「少し寂しいが、私の元から離れるのは自立してる証拠だ。それはきっと幸福なことなのだろう」

(エンプティ)「オーフル…」

(オーフル)「今日のカラオケは楽しかった。機会があればまた来たい」

(エンプティ)「分かった、また誘うさ」

(オーフル)「あぁ」

そう言って上着を羽織り、

扉を開ける。

そうして歩を進めて、

俺達はカラオケ店を出るのだった。



店の外に出て、寒空の下に出る。

夜で真っ暗だ。

(エンプティ)「戻るのか?」

(オーフル)「少し、研究がしてくてね。君は…会いに行くと良い。

夜とはいえ、深夜ではない」

(エンプティ)「分かったよ」

そこまでお膳立てされるんだ。

会いに行った方がいいかも。

(オーフル)「それじゃあ」

オーフルは夜の闇に向かって歩く。

桜の花びらが彼の姿を消した気がした。

(エンプティ)「さてと…俺は」

ポケットに入ってるスマホに手を伸ばす。そして、伝えたい思いがある人物に俺は通話する。

(ヘイジー)「エンプティ様?」

丁寧な喋り方の上品な声が聞こえる。きっと今まで寿司はカウンター席にしか座ったことが無いような感じ。

(エンプティ)「会いたくて、カラオケの結果を教えたいんだけど直接じゃダメかな?」

寒いから出たくない。

そんな風に言われるのではと不安だった。

(ヘイジー)「えっと、そうですね…それなら何処に向かえば」

杞憂で安心する。

(エンプティ)「2人きりになれる場所が良い」

(ヘイジー)「公園はどうですか?」

(エンプティ)「そこでいい」

昼間ならば子供が多いだろうが、

夜は寂しいものだ。

2人きりになれると思う。

(ヘイジー)「では、そこで。

今から向かうとなると…少し時間がかかりますがよろしいですか?」

(エンプティ)「君を待ってるから平気」

(ヘイジー)「…えっと…はい」

ぷっと通話が切れる。

スマホからつー、つーと切断音が聞こえる。彼女のセリフ。

呆れていたか、それとも恥ずかしがっていたか…俺のセリフ、気障だったかな?

今更になって恥ずかしくなる。

先に待ってよう。

抑えきれない足の動きが公園へと向かわせる。

とりてて特別感のない場所。

遊具はブランコぐらいで、

街灯は1つだけの暗い雰囲気。

蛾が集まってやや不気味だが、許容範囲だろう。

公衆トイレは汚くあまり寄りたいとは思わない。

ここで行くぐらいなら近所のコンビニで借りた方が衛生的だろう。

時計台が置いてあって、時間は23時を指す。

そんな雰囲気の公園で、ベンチに座って先に待つ。

(エンプティ)「ふぅ…」

空を見上げて、ぼーっと過ごす。

スマホでネットを見てもいいが、

見てもどうせ誰かが喧嘩してるだけなので見ない。

空を見上げてる方が…心が静かだ。

(ヘイジー)「空には何が見えますか?」

見上げる俺と目線が合うヘイジー。

(エンプティ)「綺麗なものが見える」

(ヘイジー)「星空が奇麗ですからね」

(エンプティ)「星だけが奇麗とは限らないが」

(ヘイジー)「それはどういう…」

不思議そうにする彼女に対して俺は思いを伝える。

(エンプティ)「歌…良かったって」

(ヘイジー)「教えた意味がありましたね」

彼女が笑うと街灯にまとわりつく蛾が、

蝶に見えるから不思議だと思う。

(エンプティ)「伝えたいのはそれだけじゃないんだ」

(ヘイジー)「なんでしょうか?」

(エンプティ)「あのさ…ヘイジー」

僅かな緊張感。

口の中が渇く。

言葉に水分が持っていかれる気がする。

(ヘイジー)「はい…」

俺の雰囲気を感じ取ったのか、

彼女も緊張し始める。

(エンプティ)「恋人は…いる?」

(ヘイジー)「居ない…です」

(エンプティ)「そっか」

(ヘイジー)「はい…」

(エンプティ)「…」

(ヘイジー)「…」

無駄とも思えるじれったい時間。

さっさと本題に切り出せばいい。

でも人は危険に向かって飛び出すときに、

動きが鈍ることなく進める人は居ない。

居るとしたらそれは何も考えない、

ガラスの壁にぶつかるマンボウのようだ。

俺は…違う。

(エンプティ)「ヘイジーは俺の恋人になれるか?」

(ヘイジー)「えっと…どう…ですかね」

言葉に迷ってる。

それはすぐに俺と付き合うってことに返事を出したくないってことだ。

それは何か引っかかることがあるからだ。

(エンプティ)「すまない、気が早かったかもしれない」

俺は答えを聞きたくないって恐怖から逃げようと、背を向ける。

(ヘイジー)「待って」

ヘイジーは俺の背中に顔をうずめる。

(エンプティ)「ヘイジー?」

振り向こうとした時だった。

(ヘイジー)「すみません、このまま聞いてもらえませんか?」

(エンプティ)「分かった」

俺は前を向く。

そしてヘイジーを視界から消す。

声と体温だけが届く。

(ヘイジー)「私は自分自身が奇麗で居続ける自信はありません…それは容姿の話ではなくて…人間としてどうかという倫理観の話…だけど私は嫌われないように努力はしたいです。でも…それがいつまで続けられるのか分からない。もし…いつの日か…私が奇麗ではいられなくなった時…嫌いになっても構いません…でも傍にいてくれませんか?…そうしたらまた綺麗になる努力が出来るかもしれないから」

(エンプティ)「俺も君の傍を離れない努力をする嫌だって言ってもね」

(ヘイジー)「エンプティ様…」

(エンプティ)「えっと、それで返事は…」

(ヘイジー)「ごめんなさい」

ヘイジーは俺のシャツをまくって背中を出す。

(エンプティ)「何を…」

(ヘイジー)「ちゅっ」

そして背中にキスをした。

(エンプティ)「それが君の答えか」

(ヘイジー)「はい…」

体温が感じなくなる。

そっと離れていくのが伝わった。

(エンプティ)「ヘイジー」

俺は振り向いて彼女の名前を呼ぶ。

(ヘイジー)「っ…!」

そしてヘイジーは俺の胸に飛び込んできた。

俺はそれを思い切り抱きしめるのだった。

間違えない、これは恋人の感触だ。

俺は…上手くいったのだと安堵した。

今、この瞬間夜が切り替わって明日になる。

時計の針は新しい世界を刻み始めた。







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