1-5 「いらっしゃいませ、ご主人様」
それは研究所で働いてる時だった。
朝の光が部屋を照らして、照明は必要ない。
部屋には書類がいくつか重なってるので、
窓は開けないようにしてる。
だから息苦しさはあるが、換気扇があるので多分平気だ。
(エンプティ)「大体…こんなものかな」
机に座って、味も良く分かってない珈琲を飲む。
世の中の大人が珈琲を飲むのは、
好きだから飲むのではなく、
眠らないで仕事をしなければならない瞬間があるから、
飲み続けなくてはいけないってだけで、
味に興味はないのだ。
世の中の珈琲好きの3割くらいは同じ意見だろう。
そんな悲しいことに気付いたのが最近のこと。
そんな自虐的な珈琲を飲みつつ、
ノヴァの研究をパソコンに入力する。
データは入力したので後はまとめるだけだ。
仕事の大半は終わったと言えるだろう。
(オーフル)「エンプティ、平気か?」
普段は現場に来ない彼が俺に話しかけてくる。
(エンプティ)「どうしたんだ?」
(オーフル)「疲れてるだろうと思って」
そう言って薄汚れた白衣のポケットから飴を取り出す。
(エンプティ)「子供じゃないんだから」
いい年して飴で喜ぶ年齢でもないんだけどなと思う。
(オーフル)「前はこれで喜んだのに…」
少し寂しそうな顔をする。
(エンプティ)「貰っていい?」
彼の好意を無駄にする必要もないか。
(オーフル)「そうか、是非貰ってくれ!」
飴をあげるだけなのに、こんなに喜ぶんだからな。
ふしぎなものだ。ふつうは受け取った側が喜ぶものだろうに。
(エンプティ)「それで、頑張ってる俺を褒めてくれるために来たのか?」
(オーフル)「まぁ、似たようなものだな」
(エンプティ)「似たようなもの?」
まさか、本当に労りにきたのか?
上司が後輩にサービスをするなんて普通じゃありえない。
仕事で逆を要求されることはあるが…?
(オーフル)「ポストにチラシが入ってたんだ」
(エンプティ)「ほーん?」
デジタル全盛ではあるが、
チラシのような概念も残ってる。
勿論、ネット広告や、動画サイトの広告もある。
でも、出来たばかりの企業だったり。
あまり、力のない企業だと、こういうアナログな広告が役に立つ。結局、世界中の人間を呼び込むより先に、
まずは身近な人間を喜ばす方が先だからだ。
それにチラシを作るのは安いってのはある。
(オーフル)「じゃーん、メイドカフェだ」
チラシを見せてくる。
どうやら近所にオープンしたらしい
(エンプティ)「メイド…ねぇ」
(オーフル)「なんだ、反応悪いな」
俺が喜ぶと思ったのだろう。
(エンプティ)「ノヴァの研究が遅れるのでは?」
俺は至極当然のことを口にする。
(オーフル)「それでいいのか?」
(エンプティ)「それでいいって何が…?」
(オーフル)「男一人、仕事に生きて、仕事で死ぬ。
立派だ。立派だが…寂しくないか?」
(エンプティ)「別に…いいだろう。
どんなに好きな人が居てもあの世には連れて行けないだろう。
死は孤独なんじゃなくて、孤独じゃないと正義じゃない。
誰かを連れて行く死は…身勝手だろ?」
(オーフル)「むぅ」
一理あると思ったのか黙ってしまう。
(エンプティ)「じゃあ、そういうことで」
俺は仕事に戻ろうとする。
(オーフル)「エンプティ、聞け」
(エンプティ)「なんだよ」
俺は背を向けたが、
回転いすを回転させられてオーフルの顔が近づく。
おっさんとおっさんがキスするぞ?
そんな距離感だった。
若いイケメン俳優がやるから世の腐女子が喜ぶのであって、
おっさん同士はいかがなものかと思う。
(オーフル)「孫が見たい」
(エンプティ)「おいおい…」
世のお父さんのキラーフレーズだと思う。
求めてるってのは理解できる。
だけどなぁと思う。
それを叶えてやれるかどうかは話が別なんだが。
(オーフル)「という訳で行ってこい」
(エンプティ)「別にメイドカフェは出会いの場じゃないんだがな」
(オーフル)「男ばっかりの研究所よりかは未来があるだろう」
(エンプティ)「それはそうだが」
(オーフル)「それとも何か、出会い系とかやってるのか?」
(エンプティ)「やってないが」
(オーフル)「なにぃ、スマホを許可したのは出会い系をやらせるためだぞ!」
(エンプティ)「そんなことする親が何処にいる!?」
(オーフル)「ここだ」
(エンプティ)「あっそ」
出会い系は面倒だ…枯れてるだけなのか?
でも面倒だって思いがかなり強い。
デートプランを考え、
会話のネタが尽きないようストックを集めて、
金は男がすべて払う。
そうして努力しても”つまらない”
の一言で電源のスイッチみたいに消える。
失敗した彫刻みたいに俺の心身が削れる。
そんなイメージしかない。
だから別に女性と付き合ったからって、
幸せになるやつばかりじゃないんだがな。
(オーフル)「出会い系をしないなら、直接会ってこい」
(エンプティ)「でも、仕事が」
(オーフル)「今日は休み、局長命令だ」
(エンプティ)「おいおい」
そんな勝手に…と思うが彼が一番最強の権力者なんだよな。
(オーフル)「休暇だと思って行ってこい、それに行けば楽しいかもしれないだろ?」
(エンプティ)「分かったよ」
そこまで言うなら彼の好意を無駄にする必要もないか。
(オーフル)「おぉ…決断してくれたか」
(エンプティ)「言っておくが期待はするなよ。
ただ会って、ただ茶するだけだ、メイドカフェなんだから、
多分、コーヒー飲んで終わりだ」
(オーフル)「ふふふ…それだけで終わるといいがな」
オーフルは不気味な笑いをする。
(エンプティ)「まぁ、とにかく行ってくるよ」
(オーフル)「あぁ、気をつけていけよ。
事故に会わんように周囲は警戒して見ろよ」
(エンプティ)「了解」
俺は言われるがまま、外に出ていくのだった。
それは海の近くにあった。
とある雑居ビルの2階に入ってる店。
店内は青い雰囲気。
そして店の中なのに、砂浜があって驚く。
どうやらコンセプトは海らしい。
それもそのハズ。
だって店の名前はシークラブ。
店内で接客してるメイドさんたちは、
マー”メイド”
メイド服自体はスタンダードだ。
だけど、変わってて面白い。
そう思うのは、ヘッドドレスが魚のひれのようになってるところだろう。
中にはクラゲを模した帽子や、
サメの着ぐるみなんかを被ってるメイドが。
そんな店だった。
(メイド)「いらっしゃいませ、ご主人様」
大勢のメイドさんが出迎えてくれる。
(エンプティ)「えっと、よろしく」
大勢の歓迎なのでつい、驚く。
(メイド)「それではご案内しますね」
メイドさんに誘導されるまま、
俺は席の方へ行く。
(エンプティ)「どうも」
俺は着席する。
(メイド)「これを装着してお待ちください」
メイドさんに渡されたのは水泳ゴーグル。
(エンプティ)「なぜだ…」
(メイド)「海ってコンセプトなんで」
そう言ってメイドは去っていった。
(エンプティ)「こういうのをつけて楽しめばいいのか?」
初めてくる場所なので楽しみ方ってのが、
分からない。
なので言われるがまま、俺はゴーグルを装着。
別に泳ぐ気は無いが、プールに来た気分だ。
仮面の上からなので、
俺の見た目は相当変だなと思った。
(ヘイジー)「どうも、初めまして。今日は名一杯ご奉仕させていだたきます」
身長は150cmくらいだろうか?
年齢は若く、小柄な印象。
名札にはヘイジー・タンドレスと書かれていた。
他のメイドと少し違うと思ったのは魚の尻尾がついてる点だと思った。
(エンプティ)「初めまして」
俺は社会人らしく挨拶を交わす。
(ヘイジー)「素敵な仮面、とっても似合ってます」
(エンプティ)「友人が作ってくれたんだ」
(ヘイジー)「それはとても素敵な友人をお持ちなんですね」
(エンプティ)「まぁね」
仮面のことを悪く言われないでよかった。
(ヘイジー)「さてと」
ヘイジーは自分の服を少したたむ。
そして、傍で片膝をついて説明してくれる。
(エンプティ)「こういう店は初めてなんだ、仕組みとか教えてもらえる?」
(ヘイジー)「最初は傍にいる時間を決めましょう」
メニュー表が開かれる。
メニュー表の表皮とても言えばいいのか、
魚の鱗のようになってるのはこだわりを感じる。
(エンプティ)「傍にいる時間…ね」
メニュー表には1時間2000円と書かれてる。
1時間ごとに増えるのだろう。
(ヘイジー)「まずはお試しで1時間にしておきましょう、それでも足りないなぁって思ってくれたら私との時間をもっと延長してください」
ヘイジーは朗らかに笑う。
その可愛らしさに、人生の潤いを感じる。
ウィスキーの香りをつける仕事のように、
一滴で世界は変わると天才は言っていた。
俺はウィスキーを飲んだこともないし、
特別好きって訳じゃないが、
こうして可愛らしい女性と接して、
人生に潤いを感じる気持ちは理解できた。
それは一滴かもしれないが。
(エンプティ)「そう…だな…まずは1時間にしておくか」
(ヘイジー)「畏まりました」
手に持っていたタイマーで1時間をセット。
そしてポケットにしまった。
(エンプティ)「何する場所なんだ?」
(ヘイジー)「なんでも、ですよ。
お客様が望むならば、なんでも応えますよ」
(エンプティ)「なんでもって…」
そんなことをいきなり言われても戸惑う。
なんでも出来ると言われると、
案外戸惑うものだ。
普段から良い思いをしてなければしてないほど、
急にそんな甘いことを言われると、
困ってしまうのだ。
(ヘイジー)「思いつかないのならば、
私の方からサービスの方をさせて貰ってもいいですか?」
(エンプティ)「あ…あぁ…頼む」
俺は言われるがまま、オーダーする。
(ヘイジー)「お客様の名前は?」
(エンプティ)「エンプティ」
(ヘイジー)「エンプティ様ですね、となり…失礼します」
そう言って俺の隣に座る。
(エンプティ)「何を…」
戸惑う俺を気にすることなく、
強引にそれは行われた。
(ヘイジー)「いつも頑張ってて偉いですよ。
エンプティ様…大好きです♡」
耳元で囁くように言われる。
(エンプティ)「くっ…」
とてもじゃないが、1人で来てよかった。
鏡を見てないが、
恥ずかしさで、染まってたに違いない。
今の俺の顔は夕焼けよりも赤いだろう。
(ヘイジー)「とっても可愛いですよ、エンプティ様」
彼女はマンゴーのように笑う。
それがとても愛らしくて戸惑う。
(エンプティ)「あぁ…そうか…」
こんな所に来る男は情けない。
そんな風に何処か見下していた節があった。
でも、今日からその考えは改めよう。
そう、思ったのだった。
(ヘイジー)「ご飯の方はどうしますか?」
(エンプティ)「そうか…食事もできるのか」
そういえば、お昼の時間かも。
小腹が空いてきたような気もする。
(ヘイジー)「はい、おすすめは…鯛です。
目出度いって言いますからね。縁起がいいんですよ。私たちの出会いが目出度いならいいなって」
(エンプティ)「じゃあ、それで」
俺は注文する。
(ヘイジー)「ちょっと待っててくださいね。
少しの間、寂しいかもしれないけれどすぐに戻ってきますから」
(エンプティ)「別に…君が居なくても寂しくないよ」
ちょっとからかってやりたくなった。
俺の悪戯心が湧いてきたのだ。
(ヘイジー)「酷いです、そういう時は嘘でも寂しいって言うと好感度高いですよ?」
(エンプティ)「あぁ…今度からそうする」
ヘイジーが厨房へと入っていく。
待ってる時間は10分ほどで、
大したもんじゃない。
でも…何故だか妙に寂しくなる。
俺は…すでにハマってるのか?
いや…まさかな。
(ヘイジー)「お待たせしました」
そう言って焼いた鯛を持ってきてくれる。
(エンプティ)「ありがとう」
テーブルの上に置かれる。
綺麗な鯛。
赤く輝くその姿は、まさに紅白って感じだ。
(ヘイジー)「このままでもいいですが、
少し手間を加えましょう」
(エンプティ)「手間?」
手間とは一体…その意味はすぐに理解する。
(ヘイジー)「はい、どうぞ」
ピンセットで小さな骨を取った後、
箸で魚の身を口元に運んでくれる。
(エンプティ)「こ、これは」
いわゆる、あれだろう。
あーん…的な。
辺りを見渡すと、他の客もやってる。
だから、可笑しなことではない…はず。
でも、少し恥ずかしさがある。
(ヘイジー)「遠慮しないでどうぞ」
彼女は食べさせようとしてくる。
(エンプティ)「じゃあ…もぐもぐ」
俺は口に含む。
それは仕事の一環かもしれないが、
愛情のようなものを感じてしまう。
(ヘイジー)「どうですか?」
(エンプティ)「まぁ、美味いよ」
味はシンプルに塩味。
味そのものに特別感は無いが、
サービスは感じれたので値段通りと思えた。
(ヘイジー)「良かったです!」
ヘイジーは両手を合わせて素敵な笑顔を見せる。
こっちの持ってるドロドロがサラサラに変わった気がする。
(エンプティ)「あ…」
じりりりりりりとタイマーが鳴る。
(ヘイジー)「あ…えっと」
上目遣いで見てくる。
(エンプティ)「ごめん…今日は帰るよ」
このまま延長するのは料金が少し怖かった。
もっと一緒に居たい思いはあったが、
今日はまだそこに踏み込むのは早い気がした。
(ヘイジー)「いいんです、今日会えただけでも私は幸せですから」
(エンプティ)「ヘイジー…」
営業トーク…営業トーク。
そう、自分に言い聞かせる。
何処まで持つかは不明だが。
(ヘイジー)「また、来てくださいね。
会えない期間が出来ると寂しいですよ?」
(エンプティ)「あぁ…また来る」
また来るって言ったよ俺。
こんな子に絶対来ないって強気に言えない。
(ヘイジー)「また、来てくださいね」
(エンプティ)「あぁ…」
そう言って俺は店を後にするのだった。
翌日のことだ、
俺はメイドカフェに再び訪れる。
決してハマったというわけではなく、
また来てって頼まれたから来ただけであって、
俺の本意ではないと一応、言っておく。
…誰に言い訳してるんだ俺?
(ヘイジー)「嬉しい…また来てくれたんだ」
そう言って微笑むヘイジー。
(エンプティ)「まぁ…少し時間が出来てね」
(ヘイジー)「でも、少し仕事が残ってるんです。
もう少しだけ待っててくれる?」
(エンプティ)「あぁ…悪い」
少しだけ早く来すぎたみたいだ。
まだ開店時間になってないのに俺のあほ。
(ヘイジー)「ここで待たせるのは申し訳ないので、店内に居ます?」
(エンプティ)「いいのか?」
まさかの提案に驚く。
(ヘイジー)「はい、お客様が外の春風に晒されるのは申し訳ないので」
彼女は苦笑する。
その行動は、仕事ではなく彼女の持つ善性だと、
俺は強く思った。
(エンプティ)「それじゃ、邪魔にならないように座ってるよ」
(ヘイジー)「はい、どうぞ」
そう言って店の中に案内してくれた。
(メイドA)「そっちのポスター張ってもらえる?」
(メイドB)「誰?ここでゲロしたのー?」
そんなメイドたちのやり取りが聞こえてくる。
(ヘイジー)「すぐ終わりますので、
終わったら、ご奉仕しますね」
そう言ってヘイジーは離れる。
俺は席に座ってその光景を眺めていた。
(メイドC)「わぉ、仮面のお客様?」
メイドは驚いていた。
(エンプティ)「どうも」
俺は軽く挨拶する。
(ヘイジー)「外で待たせるのは申し訳なくて」
(メイドC)「なるほど、ま、ゆっくりしてってよ。すぐに開けれるようにするからさ」
そう言ってメイドが離れていく。
(ヘイジー)「私、ポスター張ってますね」
(エンプティ)「分かった」
ヘイジーは俺の元を離れる。
彼女は低身長なので、脚立が無いと厳しい。
だから脚立に上ってポスターを張っていく。
(ヘイジー)「ん…っしょ」
(エンプティ)「…いいな」
背伸びして頑張って高い所に貼るのは、
けなげな感じがしていいなと思う。
(ヘイジー)「よっこらせ…」
彼女は脚立を降りて、机にある画鋲を取る。
そして再び脚立に上ってポスターを貼る。
そんなことを繰り返す、
(メイドA)「画鋲を脚立に置いた方が早いんじゃない?」
1人のメイドがアドバイスをする。
(ヘイジー)「確かに、そうかもしれませんね」
ヘイジーは素直に意見を受け取り、
画鋲を脚立の上に乗せる。
(エンプティ)「大丈夫だろうか」
だけど、俺は少し不安を感じていた。
脚立の上は…少しバランスが悪いのではと。
俺は少しはらはらした思いで見ていた。
(ヘイジー)「っと…」
普通、脚立の上に画鋲のケースは無い。
だから、意識の外にあるってことだ。
彼女は間違って踏みそうになってた。
(エンプティ)「ヘイジー…」
心配だ。
俺は席を立ちあがってしまう。
(ヘイジー)「きゃっ」
彼女は画鋲を踏まないように足をどけた。
だけど、その先には地面は無くそのまま落下。
(エンプティ)「ヘイジー!」
俺は駆け寄る。
そして地面のクッションになろうと滑り込む。
だが、ここで予想外のことが起きる。
画鋲も一緒に落下したのだ。
それは、まきびしと同義。
つまりは大ダメージってことだ。
激痛が背中全体に広がる。
竜でも彫られたんじゃないかって痛みだ。
(ヘイジー)「エンプティ様!?」
(エンプティ)「無事か…ヘイジー…」
(ヘイジー)「私は無事です、でも、貴方が」
(エンプティ)「俺は良いんだ…どうせ空っぽの男だからな」
(ヘイジー)「そんなことありません…あぁ…どうしてこんなことに」
ヘイジーの顔はわなわなと震える。
彼女が落下した衝撃音にも驚いて、
他のメイドが集まる。
(メイドA)「これは…ひどい」
俺の背中を見て気づいたのだろう。
俺の背は無数に画鋲が刺さってる。
1つや2つじゃない。
肌色を見つけるのが難しいほど、
邪悪な金色が俺の背中を埋め尽くす。
(メイドA)「あんたは早くこいつの治療を」
(ヘイジー)「でも」
(メイドA)「あんたのミスでこうなったんでしょ。
なら責任取って病院とか連れてきなさい」
(ヘイジー)「はい…」
外に出ようとしたヘイジーの手を握る。
(エンプティ)「ダメだ…病院は」
(ヘイジー)「どうして」
(エンプティ)「これぐらいの傷は平気だ…軽くでいい…君が手当てしてくれ」
(メイドB)「あんたマジで言ってる?」
メイドたちがざわつく。
(エンプティ)「マジだ、俺は病院にはいかない」
迷惑は…かけたくない。
治療代が高額になるのは困る。
(ヘイジー)「でも…」
(エンプティ)「頼む」
俺が強く訴えるから、彼女は折れる。
(ヘイジー)「分かりました…でも…酷くなったら相談してください、一緒に病院に行きますから」
(エンプティ)「そうしてくれ」
俺は服をおもむろに脱いで、
背中を見せる。
(メイドA)「ぐろぉ」
メイドの一人は引きつってた。
無理もない、背中に無数の画鋲が刺さってるんだからな。
(ヘイジー)「それじゃ…1つずつ取りますね」
(エンプティ)「優しく頼む」
(ヘイジー)「はい…」
一個ずつ丁寧にとっていく。
その度に、消毒液のついた清潔な布で拭く。
布はどんどん赤く血で染まっていき、
新しい布が補充される。
そのせいで近くには布の山が出来る。
(エンプティ)「いつっ…」
ぴりっとした痛みが走る。
(ヘイジー)「ごめんなさい、私のミスで」
(エンプティ)「気にするな…俺は死んでない」
(ヘイジー)「本当にごめんなさい…」
俺のフォローだけでは足りず、
涙を抱えた顔をしてる。
君にそんな顔はして欲しくないんだがな。
そんな悲痛な思いがある。
(エンプティ)「全部、取り切ったか?」
(ヘイジー)「はい」
血のついた画鋲が全部取り終えた。
大手術だったと実感する。
(エンプティ)「最後の仕上げを頼む」
(ヘイジー)「分かりました」
ヘイジーはありったけの絆創膏を貼っていく。
そして、俺の背中は無事治療が完了したのだった。
(メイドA)「おめでとさん」
何故だか拍手が沸き起こった。
(ヘイジー)「すみません、ご迷惑おかけして」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
(メイドB)「あんたさぁ、迷惑かけたんだから責任とりなさいよ」
(ヘイジー)「えっと、責任って?」
彼女は不思議そうな顔をする。
何をすればいいか分からないって感じだ。
(メイドB)「その男連れて遊びに行きなさいよ」
(ヘイジー)「えぇーーーっ!?」
ヘイジーは驚く。
曲がり角で知らない人とぶつかったら、
知り合いだった時みたいな声だった。
(メイドA)「うんうん、それがいい」
(メイドC)「怪我させたんだからねぇ」
(ヘイジー)「うぅ…まぁ…そうだけど」
(エンプティ)「嫌ならいいんだが…」
何だか嫌そうな気がして、
俺から助け舟を出す。
(ヘイジー)「嫌とか、そういう訳じゃないんです…ただ…メイドカフェってお客様と店外デートはルールで禁止されてて…いいのかなって」
ヘイジーは迷ってる様子だった。
(メイドA)「馬鹿ねぇ、あんた」
(ヘイジー)「へっ?」
(メイドA)「デートじゃなくて、贖罪よ。
つ・み・ほ・ろ・ぼ・し」
(ヘイジー)「罪滅ぼしぃ!?」
自分の常識がビリビリと破かれてる音が聞こえる。
(メイドB)「ほら、いいから行きなって。
店はあたしらで何とかするから」
(メイドC)「そうそう」
メイドたち全員でヘイジーのことを背中を押す。
すると、俺の前にふらつきながらもやってくる。
(ヘイジー)「そこまで皆さんが言うのなら…」
(エンプティ)「お誘い頂き光栄です、ヘイジー?」俺は手を差し出す。
(ヘイジー)「では、ご招待しますね。エンプティ様」ヘイジーが手を受け取ってくれたので、俺たちは晴れて遊び行くことになった。
スーパーに向かう。
入口には監視カメラがある。
防犯意識が高そうだ。
(ヘイジー)「ここらで人気のスーパーなんですよ。近いですし、気軽に来れるんです」
(エンプティ)「俺も食材はここで買っていこうかな」
買い物は結構好きな方だ。
金があれば…だが。
(ヘイジー)「それじゃ行きましょうか」
俺とヘイジーは店内に入る。
中は広く、野菜や肉、魚など。
そう言った新鮮な食材が並んでる。
この国じゃあまり見かけない珍しい物が。
(エンプティ)「これは…なかなか」
サボテンなんかもある。
棘が取ってあり、食べやすくなってる。
食べたことはないが、サラダにすると良いと聞いたことがある。
一度は食べてみたいかも。
(ヘイジー)「こういうのもありますよ」
彼女は両手に果物を抱える。
ポポーや、ドリアンなんてのも。
昔だったら傷みやすい果物の代表だった。
でも、今じゃ品種改良が施されてる。
そのお陰でこうして身近になってる。
ありがたいことだ。
(エンプティ)「あれは…」
最近の流行なのか、
会計はセルフスタイルで、
あまり接客する人は居ない。
0ではないが、数える程度だ。
(ヘイジー)「便利ですよね、会計によるミスがありませんから。でも…人との会話が減って寂しいなって気もしますが」
彼女は何処か遠くを眺めてる。
それは将来への憂いだろう。
(エンプティ)「話は変わるが…なんで来たんだ?」
スーパーに来る理由が分からなかったのだ。
(ヘイジー)「それはこれからのお楽しみです」
彼女は朗らかに笑う。
(エンプティ)「じゃあ、楽しみに待ってますかね」
何かヘイジーの中で考えがあるんだろうと思って、それが分かるまでサプライズ感覚で待ってることにした。
(ヘイジー)「進みますよぉ」
空のカートに乗って進む。
そうして店内を物色していく。
(エンプティ)「なんのコーナーに行くんだ?」
(ヘイジー)「そうですね、香辛料が欲しいです」
(エンプティ)「香辛料…」
料理でもするんだろうか?
ということは手料理でも振る舞ってくれるのかも。期待に胸が膨らむ。
(ヘイジー)「あ、見てくださいセールがやってますよ」
商品が多くて余ったのか、少し割引になってる。これはチャンスだと思って手を伸ばそうとした時だった。
俺はヘイジーに手を止められる。
(エンプティ)「おいおい、香辛料が欲しいんだろ。チャンスなのに…」
(ヘイジー)「しぃ…」
ヘイジーに静かにするよう要求される。人差し指を俺の唇に当ててきたのだ。
(エンプティ)「…」
何を考えてるんだ?
俺にはさっぱり分からない。
だけど、答えはすぐに分かる。
(主婦)「邪魔、退いて」
40代くらいの女性が、
ペッパーミルを強引にかごに入れる。
そして、その場を去っていった。
(エンプティ)「あーあ、持っていかれたじゃないか」
俺は損した気分だった。
横から強引に手を伸ばしてくるのも、
嫌な感じだったし。
だけど、落ち込んだ俺とは違い、
ヘイジーはにこやかだった。
(ヘイジー)「良かったです」
(エンプティ)「良かったって、せっかくのセールなのに」
俺は損を取り返そうと焦る。
(ヘイジー)「せっかくのセールだから…ですよ」
彼女は得意げに語る。
(エンプティ)「?」
だからこそ余計に、俺たちがそのチャンスを取るべきではと不思議に思う。
(ヘイジー)「私…気づいたんです」
(エンプティ)「気づいたって何を」
(ヘイジー)「あの人が欲しそうって」
(エンプティ)「そりゃ、欲しいだろうよ。ステーキの上にかけたら美味いんだからよ…でも…それってその人が食えるからそう感じるんだぜ?」
空想のステーキと、実際に食えるステーキ。後者の方が誰だって嬉しいはずだ。
にも関わらずヘイジーは前者を選ぶって言うんだから変わってる。
(ヘイジー)「私を優先して…あの人が食べれないって思ったら悲しくなったんです…だから私は笑ったんです」
(エンプティ)「ヘイジー…」
ヘイジーの性格を少し分かった気がした。
でも…それは幸せになれるのか?
(ヘイジー)「大丈夫です…私だって我儘な部分はあるんです…見てください…他にもペッパーミルはあるんですから」
少し高めではあるが、確かにある。
(エンプティ)「損する生き方だな」
(ヘイジー)「これが…私ですから」
彼女は少し辛そうに笑った。
それから飲み物だったり、
ちょっとしたお菓子をかごに入れていく。
このままレジに行く。
俺はそう思っていたが、どうやら違う。
ヘイジーはそのまま出ていく。
(エンプティ)「おいおい、これって万引きじゃ…」
清算を終えてないのに、
外に出たから驚く。
カートに夕日の光が当たる。
(ヘイジー)「でも、誰も来ない」
(エンプティ)「それは、そうだが」
バレなければいいって問題じゃ。
そう思った時だった。
ヘイジーは笑う、
(ヘイジー)「あはは、知らなかったんですね」
彼女は楽しそうに笑う。
(エンプティ)「どういうことだ?」
俺は何で笑ってるのか分からず、
戸惑う。
(ヘイジー)「自動精算なんです、ここ」
(エンプティ)「自動精算?」
(ヘイジー)「あれ、見てください」
監視カメラを指さす。
あれはてっきり万引き対策かと思ったが…会計をしてるのか。
(エンプティ)「未来だなぁ…」
俺は感心する。
(ヘイジー)「スマホや電子マネーを事前に登録してると店内を出る時に勝手に会計してくれるんですよ、わざわざ財布を出す必要が無いんで楽なんです」
(エンプティ)「でも、それだと万引きと見分けがつかないんじゃ」
電子マネーを持ってなかったら、料金が引き落とされないから万引きだってのは理解できる。しかし、もしも電子マネーを持っていたら商品を隠し持っていた場合はどうすればいいのだろうか?
(ヘイジー)「それは大丈夫です、ほら」
(主婦)「離せよ、畜生!」
怒声が聞こえる。
先ほどのペッパーミルを、
譲った主婦だった。
(エンプティ)「捕まってる…何故?」
同じように出たと思うのに、
俺たちと何が違う?
(ヘイジー)「体重センサーです」
(エンプティ)「体重センサー?」
(ヘイジー)「入ってきたときの体重と出る時の体重を差し引いて万引きかどうか判断するんです」
(エンプティ)「差し引き?」
(ヘイジー)「人の体重とかごの体重を差し引いて考えると、体に隠し持ってるのが分かりますよね。そこでチェックが入るんですよ」
あの主婦が通ったときに体重計の針がぴんっと跳ねる。そして警報が鳴っていた。
主婦の体から、お菓子の袋がどさっと地面に落下する。あれを隠し持っていたのか。
どうりで捕まる訳だ。
(店内保安)「裏で話聞こうか」
主婦が落ち込んだ顔をしてる。
そして店の奥へと案内されるのだった。
きっとあの主婦は心の中で後悔してるだろうな。
(エンプティ)「なるほど」
万引きの人は、
ああやって連行されるわけか。
当然の報いだと思う。
(ヘイジー)「いいスーパーでしょ?」
(エンプティ)「そうだな」
店内で怒鳴り声が響くわけでもないし、
まぁ、店員が少ないのは寂しい気もするが、人見知りの人には通いやすいかもしれない。そんな店だった。
買った商品は袋に入れて、持ち運ぶ。
(ヘイジー)「車でもいいですが、歩きで行きましょう」
(エンプティ)「俺はどっちでもいいが」
(ヘイジー)「では、歩きで」
(エンプティ)「車は苦手なのか?」
(ヘイジー)「はい、車は人を殺せますからね」
(エンプティ)「…」
言葉こそ軽い調子で言うが、
ぞくっとした。
車は確かに人を殺せる。
包丁とは違い、免許が必要だ。
それでも多くの人が乗れる可能性があるもので、それを乗ることに彼女は恐怖していた。気持ちは…理解できなくもない。
(ヘイジー)「目的地は近くなので、車が無くても平気ですよ」
(エンプティ)「そうなのか」
この旅の目的地が不明なままだったので、
ようやく明かされる時が来たって訳か。
(ヘイジー)「じゃーん、つきました」
(エンプティ)「ここは…」
それは海だった。
淡いエメラルドグリーンの透明感がある海だった。砂浜は真っ白で、ごみ1つ無く綺麗なものだった。
(ヘイジー)「素敵な海でしょう?」
(エンプティ)「普通は青い…よな」
俺のイメージする海とは青い感じだ。
でも、ここは少し違う。
(ヘイジー)「地中に埋まってるノヴァという鉱石が透明感ある水の光に反射して緑色なんだとか」
(エンプティ)「それで、こんな色に」
綺麗ではあるが、毒は無いのだろうか?
(ヘイジー)「大丈夫だと思いますよ」
(エンプティ)「え?」
まるで俺の心理を読んだみたいに言うものだから驚く。
(ヘイジー)「何度か泳いだことあるんです、それに…」
ヘイジーは俺の手を握る。
(エンプティ)「え、えっと」
少し戸惑う。
急に女性に手を握られたからだ。
(ヘイジー)「暖かくないですか、これってつまり生きてるってことです」
(エンプティ)「そう…だな」
この海は人類の敵って訳じゃなさそうだ。
俺は少し安心する。
(ヘイジー)「あっ」
彼女は何かに気付いたようで、走る。
(エンプティ)「ちょっと待てよ」
俺は慌てて追いかける。
すると、岩場に夕日に照らされてる女性が居た。初めて見る顔だ。
オーバーオールに、麦わら帽子。
星のサングラスをしてた。
そして…釣竿を海に垂らしてる。
近くには魚を入れるケースがあり、
何匹か入っていた
大量…とは言い難いが楽しむには十分な量だ。
(リンダ)「ヘイジー、待ってたよ」
(ヘイジー)「会いたかったです、リンダ様」
2人は抱き合う。
互いに温もりを感じてるようだった。
(エンプティ)「えっと、この人は?」
(リンダ)「リンダ・マーレ。人呼んで海の女とは私のことよ」
ざっぱーんと海が荒れる。
歌舞伎っぽいポーズも決めて、
何だか楽しそうな人だ。
(エンプティ)「エンプティだ、よろしく」
(リンダ)「よろしく」
握手を交わす。
(エンプティ)「…」
あまり女性に言いたくはないが、
少し生臭い感じだ。
(リンダ)「生臭いかい?」
(エンプティ)「悪い、そう見えたか?」
(リンダ)「気にしないで、事実だからさ。私、見ての通り海の女でしょ。魚に触れる機会が多いからさ、まぁ、我慢してくれると嬉しいな」
彼女は俺の態度に怒るでもなく、
のんきに笑う。
その顔には救われた。
(エンプティ)「そういう人なんだな」
(リンダ)「にしても珍しいね、仮面してるんだ?」
(エンプティ)「グロイ顔してるから、隠してるんだ」
(リンダ)「深海魚とどっちがぐろい?」
(エンプティ)「どうかな、同じレベルかもしれない」
俺は軽い冗談を言う。
(リンダ)「ノリがいいね」
リンダはけらけら笑う。
(エンプティ)「ヘイジーが誘った訳をようやく理解したよ、つまり今日は…」
(ヘイジー)「そう、釣りをしよう!」
彼女は釣竿を持っていた。
(エンプティ)「俺…持ってないんだけど」
(リンダ)「話は聞いてるからさ、好きに使ってよ」
何故かゴルフケースに釣竿がたくさん入っていた。
(エンプティ)「何故…ゴルフケース」
(リンダ)「いい感じの釣竿のケース持ってなくってさ、ゴルフケースが丁度よくって」
(エンプティ)「なるほど…」
変なことをする人ではあるが、
釣竿を貸してくれるのだから優しい人なんだろうと思う。
(リンダ)「上級者向けのもあるから気をつけてね」
(エンプティ)「上級者向けって…」
俺は初心者なので、
どれが上級者向けか分からない。
なので適当に選ぶ。
ギャンブル精神で行くしかない。
(リンダ)「大当たりだね」
リンダは笑ってる。
(エンプティ)「初心者向きか?」
(リンダ)「ううん、上級者向け」
彼女はにこっと笑う。
(エンプティ)「そっすか」
俺はそっと戻すのだった。
それから何個か選んでいくうちに、
初心者用の釣竿を借りることが出来た。
(リンダ)「餌は何がいい?練り餌?小エビ?それともこれ?」
うにょうにょと蠢くあれを見せてくる。
そう、ミミズである。
しかも素手で触ってる。
(エンプティ)「うわああああああっ」
俺はシンプルにキモイと思った。
(リンダ)「これはダメか」
そっと戻してくれた。
(エンプティ)「死んでるやつくれ…」
叫び疲れた。
俺はうなだれる。
(リンダ)「はいよ」
そう言ってルアーを貸してくれた。
生きてないから触っても安心できた。
(エンプティ)「ほっ」
俺は何処かで見た真似で、
釣竿の先っぽを海に投げる。
良い感じに遠くまで行ったな。
(リンダ)「上手いね」
お世辞かもしれないが嬉しかった。
(エンプティ)「釣り…好きなのか?」
(リンダ)「いや別に」
(エンプティ)「おわっ…」
俺は転びそうになる。
(リンダ)「おいおい、岩場で転ぶとしゃれにならないぞ」
(エンプティ)「すまん…」
俺はリンダに引っ張られて立ち上がる。
(リンダ)「親父に教わったことを忠実に守ってるだけなのさ」
リンダは遠くを見てる。
(エンプティ)「忠実?」
(リンダ)「釣りさえ覚えてればくいっぱぐれることは無いってね、まぁ、実際は密漁とか、漁業権とか、そういう問題があるんだろうけどね…でも…1人で食べていくには困らないんじゃないかな」
(エンプティ)「なるほど」
楽しくてやってるのではなく、
生きるため。
義務とか、そういう感覚なのかも。
(リンダ)「だから楽しいってのはちょっと違うかな」
(エンプティ)「でも、それなら尚のこと続けてるのは偉いね」
(リンダ)「そういってもらえると嬉しいね」
リンダは笑う。
(エンプティ)「あんまり取れないな」
俺は上手ではないみたいで、
魚が引っ掛からない。
(リンダ)「別に勝負してる訳じゃないから、仮に1匹も釣れなかったとしてもいいじゃないか。私の釣ったものを食べさせてあげるから気にしないでくれ」
(エンプティ)「でも、悪い気がして」
俺は罪悪感を覚える。
(リンダ)「今を楽しもうぜ、エンプティ?」
(エンプティ)「そう…か」
楽しむ…か。
自分を責めることに夢中で忘れていたかもしれない。自責の念を感じる事が正しいと言うか少し趣味になっていた。
これは悪趣味だ。
直してもいいのかもしれないな。
リンダの意見は正しいよ、きっと。
(ヘイジー)「大きいの釣れました!」
ヘイジーは大きいのを釣り上げていた。
今夜はご馳走になりそうな気がする。
(リンダ)「夕日も落ちてきたし、この辺にしますか」
(エンプティ)「分かった」
俺たちは釣りを引き上げるのだった。
空は暗くなり、
街灯の明かりが砂浜を照らす。
転ばないように国が設置してくれてる。
そんな場所で、BBQキットが用意してある。
となればやることは決まってる。
(リンダ)「さぁ、魚料理を思う存分振舞おう」
(エンプティ)「おぉ」
それは楽しみだ。
心が躍る。
(ヘイジー)「そこでこれの出番ですよ」
彼女は買ってきた香辛料を取り出す。
なるほど、このために買ってたのか。
(リンダ)「本格的なのは無理だから軽い感じで始めよう。ほぅら、牛肉だ豚肉だ、適当に焼いて食べよう。エビとかホタテとかもあるし、春らしくしらすなんてのもある。玉ねぎやピーマンなんてのもあるぞ」
色々と勝手に焼いて食っていいらしい。
(エンプティ)「じゃあ、俺焼くよ」
(ヘイジー)「それじゃあ私は皿を配りますね」
テーブルの上に紙皿を敷いていく。
洗わなくていいので、楽なのだ。
パーティー向きである。
(リンダ)「ほらほらほらほらほら」
リンダは釣った魚をさばく。
内臓を取って中を綺麗に洗って、
ドがんと金網の上に置く。
炭火の香ばしい感じが涎が溢れる。
(エンプティ)「いい感じに焼けてきた」
トングで野菜や魚を裏返すと、
良い焦げ目が出来る。
いかにもBBQって気がして、空虚な自分に染みる。
昔、1人だった寂しさが遠い過去のように思える。
(ヘイジー)「綺麗な焼き目ですね、エンプティ様上手です」
両手をぱんと叩いて褒める。
彼女は太鼓を持つのが上手だ。
(エンプティ)「そうかな」
俺は素直にそれを受け止めて、
嬉しい気分になる。
(ヘイジー)「はい、そうですよ」
彼女は街灯並みに笑顔が明かるかった。
(エンプティ)「ん…?味が無いんじゃ」
少し気になることがあった。
それはソースが無いってことだ。
せっかくのBBQなのに、ケチャップも、マヨネーズも無いのだ。どうやって味を感じる?
素朴な味が一番美味い…ということなのか?
(リンダ)「あぁ、気にしないでくれ」
魚を捌き終えて、アルコールで除菌し終わった彼女が俺たちの傍にやってくる。
(エンプティ)「気にしないでくれって言われてもな…」魚は何かしらの調味料が無いとつまらない気がした。刺身だって醤油くらいつけるはず。俺は物足りないのではないかと不安だったのだ。
(リンダ)「安心したまえ、じゃーん!」
リンダは何やらペットボトルを取り出す。
(エンプティ)「それは、何だろう?」
透明な液体だったので、気になった。
ただの純正の水…って訳でもなさそう。
俺は不思議に思う。
(リンダ)「海水さ」
(エンプティ)「海水ぃ!?」
俺は驚く。
なぜならば、いや、そんなはず。
と思うが、可能性を否定しきれずに居た。
(リンダ)「これをつけて食うんだ」
(エンプティ)「嘘だろ…?」
海水を調味料ってのは初めて聞いた。
俺が知らないだけですでにあるかもしれないが。
でも、少なくともメジャーじゃないはずだ。
(リンダ)「海の物をとってきたんだから、一番相性がいいのは海水さ」
(エンプティ)「そりゃ、筋は通ってるが…」
(リンダ)「安心してくれ、
浄化処理(逆浸透(RO)膜処理)させてるから大丈夫だよ」
(エンプティ)「それなら…いいのか?」
衛生的には問題なさそうだ。
でもなぁと思う、初めてのことで行動に移せない。
(リンダ)「いいから食え」
(エンプティ)「あっ」
リンダは海水をぶっかける。
そして、その肉を俺の口に放り込んだ。
(リンダ)「どうだ?」
(エンプティ)「美味い…」
魚ではなく肉だが。
でも、相性は良さそうだ。
市販の塩と違って、微かながら潮の香りが。
それが味の深みを生み出してる。
本質的には塩味だから、
別に特別違和感があるわけじゃない。
むしろ、すっと受け入れられる。
ミネラルが豊富に感じられて、
市販の塩よりも栄養がある気がした。
(リンダ)「それは良かった」
リンダは微笑む。
きっと不安だったろう。
海水を美味いと感じれるかどうかがあったから。
でも俺が美味いと言ったから同じ人種だと思えた。
だから安心したんだろうな。
(ヘイジー)「食事も済みましたから、これ、友達と一緒にやると言えば」
ヘイジーが取り出したのは花火だった。
(エンプティ)「それって夏じゃ」
俺は苦笑する。
(ヘイジー)「春にやってもいいじゃないですか」
手持ち花火をぶんぶん振り回す。
どうやらやりたくてたまらないらしいな。
(エンプティ)「まぁ、そうだね」
せっかく買ったんだし、いいか。
無駄にするよりもずっといい。
(リンダ)「一個もらい」
リンダはさっとヘイジーの持ってきた花火を取る。
そして着火すると両手に持ってはしゃぎ回る。
(ヘイジー)「エンプティ様もどうぞ」
彼女は花火を差し出す。
(エンプティ)「それじゃあ…俺も」
花火を受け取るのだった。
春ということもあって、肌寒い。
でも春の花火は桜が咲いてるようで、
夏よりも奇麗に見えた。
人混みもなく、早い時期にやっても楽しいかも。
そう思えた。
(リンダ)「ひゃっほう!」
リンダは子供っぽく走り回っていた。
遠くても花火が1つの軌跡に見えた。
(ヘイジー)「楽しそうです、リンダ様も」
(エンプティ)「そうだな」
来てよかった、そう思える時間だった。
(ヘイジー)「エンプティ様、もう…」
(エンプティ)「あぁ」
花火がしゅっと消える。
暗闇が花火の先端を摘まんだ気がした。
(ヘイジー)「あの…」
彼女は少しモジモジする。
言葉を絞り出すのに、まだ熟れてないような感覚。
(エンプティ)「どうしたんだ?」
俺はその言葉が熟するのを待つ。
そして、ようやく落ちてきた。
(ヘイジー)「連絡先…交換しませんか?」
スマホがさっと出される。
(エンプティ)「喜んで、君と交換できるならば」
俺はさっと差し出す。
スマホを取り出す時間が長ければ長いほど、
きっと恥をかかせる。
それは良くない気がして。
(ヘイジー)「ありがとう…ございます」
(エンプティ)「こちらこそ…空っぽの俺と仲良くしてくれてありがとう」
俺とヘイジーは連絡先を交換した。
スマホの中に居る1羽の青い鳥が、
手紙を咥えてる。
その瞬間、連絡帳にヘイジーの名前が刻まれたのだった。




