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1-3 「ところで、俺との契約違反について何か言い訳は?」

翌日のことだった。

俺はクルークハイトともっと仲良くなるべきだ。

そう思えた。

仮面をくれたからというもあるが、

研究仲間としてにらみ合ってるより、

ずっと良いだろうと思った。

なのだが…町で待ち合わせをしても彼は来ない。

(エンプティ)「遅いな」

時計を見ると、すでに14時になってる。

もしかしてと思い、俺は研究所に戻る。


研究所。

すると机で寝てるクルークハイトを見つける。

やっぱりと思う。

まぁ、研究で忙しかったのかもしれないと思うことにした。

(クルークハイト)「…zzz」

静かなものだった。

無呼吸ではなさそうだ。

そういう意味で言えば健康的な眠りなのかもしれない。

(エンプティ)「クルークハイト?」

俺は彼の背中を揺らす。

大げさにではなく、

猫が通った時の風くらいに。

(クルークハイト)「んあ…?」

目をぱちくりとさせて、辺りを見渡す。

(エンプティ)「おはよう」

俺は真顔だった、これでも一応怒ってる。

ただ、怒鳴るのは嫌いなんだ。

でも、何も意思表示しないのは嫌だ。

なので間をとってこうしてる。

(クルークハイト)「なんで怒ってるんだ?」

一応、彼には怒ってると伝わったようだ。

(エンプティ)「約束…だろ?」

俺は町で1時間ぶらついたことを伝える。

(クルークハイト)「悪い、そういえばそうだったな、研究のことに夢中でつい、忘れたんだ、お前と遊ぶのが嫌だったとかではなくて…」

彼は一生懸命言い訳を重ねる。

(エンプティ)「いいよ、別に」

完全に怒りが消えたわけではない。

でも怒り続けるのは俺の主義に反する。

(クルークハイト)「お前は優しいよ、エンプティ」

朗らかに笑うので、余計に怒ってると伝えにくい。こういう愛嬌で今まで乗り切ってきたのかもしれなとも思う。

(エンプティ)「研究で疲れてるなら、今日は虫取りやめるか?」

クルークハイトは虫が好きだ。

前に部屋に遊びに行った時に天井から芋虫が降ってきたときは勘弁してほしいと思ったくらいには。

(クルークハイト)「いやぁ、実はそういう訳にはいかないんだ」

彼はとても申し訳なさそうな顔をする。

(エンプティ)「どうしてだ?」

俺は不思議そうに尋ねる。

(クルークハイト)「実は、他にも誘ってて…そいつとの約束も今思い出してさ」

彼は能天気に笑ってる。

(エンプティ)「急ぐぞ!」

てっきり俺と2人きりでの話だと思ってた。

他にも居るなら急いだほうがいいじゃないかと焦る。俺はクルークハイトの手を握って、研究所を飛び出すのだった。




新たな待ち合わせ場所は中華店だ。

昼はとっくに過ぎていて、

16時になってる。

赤い看板で、大衆食堂って雰囲気。

地面は剥げてヒビが見えるし、年季を感じる。でも、逆に言えば続いてるのだから美味いのかもしれないとも思える。

(クルーエル)「あの、俺言いましたよね」

中華店で揉めてる人が居た。

おそらく、客と店員だと思った。

店員は割烹着で、客がスーツ姿だから。

スーツ姿で料理をするってのは考えにくい。

(店員)「えっと、頼んだのは天津飯じゃ」

店員は申し訳なさそうにしてる。

目が泳いで、罪悪感を覚えてるように俺の中じゃ見えた。

(クルーエル)「天津チャーハンですよ、俺が頼んだのは。中身が白か黄の違いですよ見たら分かりますよね?」

(店員)「い、今から作り直します」

店員はミスを修正しようと、

客の皿に手を伸ばす。

だけど、店員の手をガッと掴む。

(クルーエル)「俺が怒ってるのはね、天津チャーハンが食べれないからじゃないんですよ。わかりますか、これはね、契約なんですよ、契約」

クルーエルは席から立ちあがって店員を見下ろす。

(店員)「け、契約?」

店員はただ黙ってその言葉を受け入れるしかなかった。

(クルーエル)「俺はこの店に食べに来ました、美味いとか不味いとかはどうでもいんです。それは所詮、個人の価値観ですからね。不味いからって払わないのは俺の中じゃありえない。それは契約を守ってる店側に何の罪はありません、ですが、頼んだものと違うものがくるってのはこれは”契約違反”ですよね?客と店員がメニューに書いてあるものを注文して食べる、その契約が行われたからこそ客は金を払うのであって、それを違えたってことは俺は払わなくてもいいと思いませんか?」

声こそ怒鳴り声ではないが、

長文から彼の怒りがにじみ出てるのが分かる。要は店員が注文ミスをしたのが気に食わないらしい。

(店員)「申し訳ございません、それで私どもにどのような要求をご希望でしょうか?」

店員は凄くやつれた顔をしてる。

確かにミスしたのは店員だ。

でも、ああいう顔をされると可哀そうに思えてくる。だけど、自分が実害を受けてないからそう思えるだけで、実際にミスされた人は怒って当然なのだろうか?俺には判断しにくい問題だ。

(クルーエル)「天津チャーハンをください、そっちの料金は払います、ですが天津飯の代金は一切払いません、あぁ、無駄にするのはもったいないので食べますよ、ミスを取り戻すのも社会人としてのマナーですからね。えぇ。繰り返し言うようですが、天津チャーハンですよ、天津飯じゃないですからね」

(店員)「ただいまお待ちします」

店員は逃げるように厨房に入っていた。

俺は店員の方がついてなかったと思った。

まったく、変な客が来たものだ。

(クルークハイト)「クルーエル!」

俺の友人は変な客の男の名前を叫ぶ。

(エンプティ)「おいおい、嘘だろ?」

まさかと思った。

じゃあ、今日約束してた相手ってのは。

こいつなのか?

(クルーエル)「クルークハイト、貴方はいつもそうですね、俺との約束を忘れる。全く俺じゃなければ怒ってるところですよ、反省してるんですか。大体、アラームをかけるとか、いろいろ方法があると思うんですがね、そもそも、遅れないように意識するってのが社会人としてのマナーっていうんですかね」

クルーエルは口でこそ怒ってない。

そうは言うが、怒ってるようにしか思えない長文だった。

(クルークハイト)「悪かったってば」

彼は機嫌を悪くすることなく、

朗らかに笑う。

(クルーエル)「まぁ、これ以上、俺も言いませんが…」

クルーエルの言葉がだんだん小さくなっていく。クルークハイトには強く言えないのかも。愛嬌がある人間はこういう時に得だなと感じるな。

(クルーエル)「それで、貴方が最近入った研究員の?」

彼が尋ねてくる。

(エンプティ)「どうも、エンプティって言います。今はオーフルの研究所で世話になってる」

俺は握手をしようと手を差し出す。

(クルーエル)「これはどうも、俺の名前はクルーエル・ディム。同じく研究員ですよ。白衣ではなくスーツですが、一応は貴方の仲間ですよ」

クルーエル・ディム。

20代の雰囲気で結構若い。

身長は俺よりも低く、小柄で可愛い印象。

その印象とは違って、詰めるのが得意そう。

スーツ姿が特徴的で、

シルバーグレーの髪をしてる。

短髪で、青い目だ。

色白な肌が病弱を思わせる。

華奢でモデル体型…いやそれより細いかも。

健康的とは言いにくかった。

チャーハンを食ってるのに不思議だ。

(エンプティ)「どうぞよろしく」

俺たちは互いに握手を交わす。

そして手放そうとしたとき、

何か強い力が働き逃げられなかった。

(クルーエル)「ところで、俺との契約違反について何か言い訳は?」

彼はにこっと笑っていたが、

絶対にそれは楽しくて笑ってるのではなく、

怒りを隠した知性があるが、とても残酷な笑みなのだと分かった。

それは例えるならばバッファローを隠れて眺める草原のジャガーの目と同じだった。








中華屋で飯を食い終えた後、

俺たちは研究所へ戻って研究を再開する。

(クルークハイト)「自分はただ、眠っていたわけではない、この研究を行っていたんだ」

クルークハイトが機械を動かす。

下半身は無く、上半身だけの人型のロボットが起動する。

(ロボット)「おはよう…ございます」

それは成人男性の声を再現したように見えた。唇が動いて、声帯も震えてる気がした。

(エンプティ)「すごいな、動いてるじゃないか。でも、これだけじゃ既存のAiと変わらないんじゃ」

技術という意味では驚きはあったが、

他の人間もやっていた。

これでは研究成果とは言えない気がした。

(クルークハイト)「叩いてみてくれ」

彼がバットを持ち出す。

(エンプティ)「叩いてくれ…いいのか?」

叩くという行為に若干の抵抗感はあった。

でも、相手は人じゃないから、

罪悪感は少なめだ。

それでも人が作り出したものなのだから、

壊すことに戸惑いはある。

(クルークハイト)「気にしないでくれ、例え壊したとしても弁償代は無いし、それに修復できるからな」

(エンプティ)「まぁ、そこまで言うなら」

制作者がそういうのだから、遠慮はいらないのだろう。俺は金属バットでロボットを攻撃する。その瞬間、クルークハイトは、Aiに指示する。

(クルークハイト)「避けるな!」

その命令はAiにとっては残酷な命令だ。

なんせ暴力を受けろと言ってるのだ。

俺は心のどこかで避けてくれる。

そんな風に思っていたからバットを振った。

でも、製作者であるクルークハイトがバットを避けるなと言うのならば、AIは従うほかないはずだ。そう…そのハズだったんだ。

(エンプティ)「これは…」

それは驚きの結果だった。

AIが避けたのだ。

俺のバットを。

(クルークハイト)「ふぅ」

上手くいったようで、彼も安心していた。

(エンプティ)「どうなってるんだ?」

AIが人間の命令を無視して避ける。

なんて、ありえるのか?

(クルークハイト)「ノヴァさ」

彼は当然とばかりに答える。

(エンプティ)「ノヴァ?」

(クルークハイト)「AIは通常、人間の意志に従って行動する。それが機械であり、コンピューターの基本だ。だけど、こいつは違う。自分の意志を持って行動した。その理由は何故か、ノヴァなんだ。自分たちは今まで誤解していた」

(エンプティ)「誤解?」

(クルークハイト)「プログラミング言語を用いることで、AIというのは出来ると思い込んでいた。だが、過去の人たちはそれ以上の答えは出せなかった。AIに感情を持たせることが出来なかった。だが、感情を持たせる方法思いついた。その答えがノヴァなんだ」

(エンプティ)「どうしてノヴァがその答えになる?」

(クルークハイト)「今までは電気のみが機械を動かすと信じていたからだ…見てくれ」

クルークハイトはコンピュータを起動する。

そこには2人の人型が居た。

(エンプティ)「何をする気なんだ?」

(クルークハイト)「まぁ、見ててくれ」

彼がスイッチを押す。

すると1つは全身に回り色がつく、

だけどもう片方は全身に色がついてるが所々欠けた部分が存在する。

(エンプティ)「これは?」

(クルークハイト)「電気とノヴァさ。

これがあるから電気だけでは感じない、生命を感じる」

(エンプティ)「そうか…そっちの方は思いつかなかったな」

人間の構造を完璧に理解してる訳ではないが、生体電流で動いてると聞いたことがある。

しかし、人間は自分の意志や感情を持って行動してる、仮に電気のみが人間を動かすのならば同様に電気で動いてる機械も感情で動くということになる。だが、現実はそうじゃない。この違いは何なのか?それはエネルギーの質なのではないか?という答えに彼は行きついたということだろう。

(クルークハイト)「他にもある」

(エンプティ)「どんなだ?」

彼は様々な実験結果を見せてくれる。

それはゲームセンターに来た少年のような心を取り戻させてくれた。

(クルークハイト)「見てくれ」

(エンプティ)「こんなに小さいのか」

AIのロボットを動かしていたノヴァ。

その正体を見せてくれる。

それは海の砂よりも小さな粒だった。

人差し指と親指でつまむと、

肉でつぶされて見えなくなるほどに。

(クルークハイト)「ダイヤの大きさになればもっと電力が凄くなる」

(エンプティ)「本当か」

まさにダイヤの原石。

未来を変えると言っても差し支えない。

(クルークハイト)「そして、これが最も見せたいものなんだが」

彼は箱庭を見せてくれる。

それはプラモデルの家だと思えた。

(エンプティ)「何を見せてくれるんだ?」

それは天才だけが知ってる、

未来への挑戦権の方法が書かれた紙を見せられてるような気がした。

(クルークハイト)「見ててくれ」

(エンプティ)「これは」

彼がスイッチを押すと、

プラモデルの家が浮き出す。

(クルークハイト)「浮いてるだろう」

(エンプティ)「あぁ」

家が浮いてる、人類の夢の1つかも。

空に手を伸ばしたくなるのは、

どうしてなんだろうか?

人はもしかしたら翼があったのかもしれない。でも、地上で生きていく方が楽だと気づきいつごろか失われてしまった。

でも、今再びその血が蘇りそうな気がした。

(クルークハイト)「もしも家が浮遊できる状態になれば人類は地震や津波といった災害から身を守れることが可能だ」

(エンプティ)「大陸を浮かすのか?」

(クルークハイト)「そうだ」

(エンプティ)「それは、すごいな」

壮大な夢、叶うのならば、どれほど多くの人間が救われるのだろうか?

(クルークハイト)「だが、欠点がある」

彼は申し訳なさそうな顔をする。

(エンプティ)「欠点?」

それは一体なんだと問おうとした時だった。

ケースの中の家が突如、爆発したのだ。

閃光が部屋を覆う。

(クルークハイト)「サングラスだ」

彼は俺に渡す。

(エンプティ)「先に言え!」

俺は急いでサングラスをする。

(クルークハイト)「忘れてたんだ」

(エンプティ)「ったく」

サングラスを装着して、しばらくすると閃光が収まりケースの中を見れるようになった。

すると。そこには黒焦げの家が出来ていた。

(クルークハイト)「まだエネルギーの調節が上手くいかなくてね。爆発事故は1度経験したから対処は可能になったんだが…」

彼はちらと俺を見る。

(エンプティ)「そうだな、事故が起きて対処可能になってよかったよ」

俺は若干、不貞腐れるように言った。

(クルークハイト)「さぁ、実験しようエンプティ。未来のために」

(エンプティ)「俺もこういう仕事に協力出来て嬉しいよ」

俺たちは握手をしあうのだった。




それから数日が経つ。

エネルギーの調節が課題になる。

(クルークハイト)「エンプティ、いい案は出たか?」

(エンプティ)「いや…つまってるな」

ノヴァのエネルギーの放出を制限する方法はどうしたものか。制限し過ぎても、せっかくのエネルギーが無駄になるし。

強大な力というのも考え物だな。

(クルークハイト)「まぁ、焦ってもしょうがない」

(エンプティ)「そうだな」

椅子に座って水を飲みながら、空を見上げながらぼーっと過ごす。本当にこのままでいいのだろうかとも思う。

(クルークハイト)「少し休憩に入るよ」

(エンプティ)「分かった」

そう言って彼は部屋を出ていく。

1人になった俺は、さて、どうするもんかなと考える。大事なのはエネルギーを出すときと抑えるときの2つを作り出す必要があるってことだ。

(エンプティ)「ん?」

飲んでいる水を見て思う。

(エンプティ)「そうだ、これだ」

俺はペットボトルに1つの着想を得る。あとは行動あるのみだ。

そう思って、急いで実験に映る。

(クルークハイト)「休憩が終わった」

彼は体を伸ばして、

これから頑張るかと考えてる時だった。

(エンプティ)「見てくれ、クルークハイト」

俺は自分の思いついたことを確かめたくて、彼に思い切って詰め寄る。

(クルークハイト)「どうしたんだよ、一体…」

(エンプティ)「これなら、結構いい感じなんじゃないのか?」

(クルークハイト)「なるほど、悪くないかもしれない」

俺は興奮冷めやらぬ態度で彼に教えたアイディアはシンプルかもしれないが蛇口というアイディアだった。これならば必要な時にエネルギーを取り出せて、不要な時にきゅっと閉まれば抑え込めると。

(エンプティ)「だろう、水を飲んでるときに思いついたんだ」

俺は自分の感じてる熱が抑えきれずに、クルークハイトに力説する。

(クルークハイト)「この方向性で行こう」

(エンプティ)「あぁ」

クルークハイトからの返事は良好だった。これならば、研究を進められそうだ。

そうして俺たちはアイディアを形にしていく。

(クルークハイト)「緊張するな」

(エンプティ)「ドキドキだぜ」

ノヴァ鉱石と蛇口の組み合わせ。

これで家を浮かしつつ、爆発が起きないのがいいんだが。

(クルークハイト)「それじゃ起動するぞ」

俺の顔を見て確認してくる

(エンプティ)「OKだ」

俺はGOサインを出す。

(クルークハイト)「行け!」

スイッチをかちっと押す。

すると家が浮上する。

ここまでは問題ない。

だが…ここから先が問題だ。

以前に実験したときは爆発して悲惨なんことになったんだからな。

(エンプティ)「浮き始めたな」

家が宙を浮いてる。

(クルークハイト)「エンプティ、頼む」彼は俺の方をちらと見て合図する。

(エンプティ)「蛇口起動」

俺はクルークハイトが押してない方のスイッチを起動する。

(クルークハイト)「上手くいけ…!」

家が浮上しつつ、エネルギーを抑えきることに成功したならば、実験は成功だ。

だが、失敗したならば…家は黒焦げの灰になるだろう。

(エンプティ)「頼む」

研究者のくせして、最後にお願いするのが理論でもなく、自分の信じる仮説でもなく、空に向かって祈る。

それが人間ってものなのかもしれない。

目を閉じて、俺はその時が来ることを願うのだった。

(クルークハイト)「エンプティ、目を開けろ」

肩を揺らされる。

(エンプティ)「失敗か、失敗なんだな…俺は目を開けないぞ」

俺はぎゅっと怯えたように目を閉ざす。

(クルークハイト)「いいから開けろって、成功したんだ」

クルークハイトは喜んでるような気がした。

(エンプティ)「え?」

俺はその言葉が何処か自分を騙す嘘なんじゃないかって思いもありつつ、でも、何処かで真実であってほしいと思って目を開けた。するとそこには成功の印である家が宙に浮いていたのだった。

俺たちの箱庭である、

小さな強化ガラスのケースの中で、

家が浮いてるのだった。

(クルークハイト)「やったな、エンプティ」

(エンプティ)「あぁ…実験は成功だ」

俺たちは互いを抱きしめあう。

研究者として、自分の研究が、考えが、正しかったんだと今、この時証明されたのだと思って酷く嬉しかった。

生きていて幸せとは何だろうと考えることはあるが、今この瞬間だけは嘘でもいいから幸せだと思えた。




研究が成功した熱狂が冷めない。

そのテンションのまま、

局長であるオーフルに伝えに行った。

(エンプティ)「オーフル、聞いてくれ、できたんだ」

(オーフル)「待ってくれ、出来たと突然言われても」

席に座って何やら書類仕事をしてる。

大事なことなんだろうが。

今は俺の思いをぶつけたいんだ。

(エンプティ)「浮いたんだ、家が。しかも壊れずに!」

俺は熱狂した理由を体全身で伝える。

(オーフル)「本当か!?」

すると彼も感激してくれた。

俺と通じ合えた気がして嬉しい。

(エンプティ)「あぁ、だから褒めてくれよ、オーフル」

(オーフル)「…よくやったな」

それは存在しない父親のような笑み。

(エンプティ)「あっ…」

俺はその顔に救われるぜ。

(オーフル)「研究が上手くいったならば、何かお祝いをしよう…そうだな…カラオケに行かないか、実は歌うのが好きでね。せっかくだ、私が奢ろう」

(エンプティ)「歌うのは得意じゃないんだが」

俺は歌が苦手だった。

幼少期からあまり褒められたことがないのだ。

(オーフル)「気にするな、大声で叫べばいいだけだ。歌が下手なことを決して馬鹿にしたりしないし、気軽に楽しんでほしい」

(エンプティ)「オーフルがそこまで言うなら」

彼がせっかく誘ってくれたのだ。

付き合ってもいいのかもしれない。

(オーフル)「あぁ、きっと楽しいぞ」

(エンプティ)「クルークハイトを誘いたいんだがいいか?」

(オーフル)「彼も仲間だ、構わないよ」

(エンプティ)「分かった、連れてくる」

そうして俺たちは、

カラオケ店に向かうのだった。

夜のネオン街を歩いていく。

酒に酔っぱらったサラリーマン。

何やら騒いでる若者。

何だか皆、生きてることを楽しもうとしてる雰囲気が苦しくもあり、人間って生き物が尊く思える光景だった。

俺もこの社会の一部なんだなって思う。

社会の歯車の中に納まりたくはないけど、それでもなってしまう俺たちはささやかな抵抗してる。

それが夜って生き物なんだろう。

空に向かって唾を吐いても、

地面に向かってげろを吐いても、

何だか今日だけはいいかなって思える。

それが、夜って生き物だ。






まねきいぬと書かれた看板だった。

犬が手招きしていて、客を呼び込む仕草が可愛い。

商売繁盛の代名詞なのだろう。

(オーフル)「ここが、かの有名な招き犬だ」

彼は両手を広げて、招待してくれる。

(エンプティ)「へぇ、ここが」

カラオケ店には行ったことがないので、

何だかとても新鮮な気分だ。

(クルークハイト)「せっかく来たんだ、何か歌おう…歌詞は忘れたがメロディは覚えてるぞ」

(オーフル)「よし、乗り込もう」

(エンプティ)「おぉ!」

(クルークハイト)「全制覇ってところかな」

俺たち3人は意気揚々と乗り込むのだった。

(ルミナス)「いらっしゃいませ~」

快活な声で挨拶してくれる女性が居た。

カッコいい雰囲気で、

ストリートとミリタリーを融合させたようなファッション。それが彼女との初めの出会いだった。

(オーフル)「大人3人だ、大いに楽しみたい。

一番大きい部屋を頼むよ」

(ルミナス)「そりゃ、いいね。

最高の部屋を用意するよ」

ルミナスは手元にあるタッチパネルで、

何かを入力していく。

(エンプティ)「これがカラオケか」

ウーファーの効いた、へソ下に響く重低音。

そのサウンドが部屋全体に流れてる。

エントランスは白と赤で統一された雰囲気。

何処か清純さを感じるのは俺だけ?

真っ白なドレスに垂らされた一滴の赤い液体。

そんな感じの印象があった。

(ルミナス)「ねぇ、ガロウズの友達?」

いきなり名前を出されたので驚く。

(エンプティ)「あぁ、いや、どうかな。

クルークハイトは友達らしいが…俺は1回だけだからな…でもどうしてわかったんだ?」

俺は不思議だった。

会話の中にガロウズの名前を出してないのに。

どうして、その名前に行きついたのだろうか?

(ルミナス)「その仮面、センスいいもん」

ぴっと人さし指でさされる。

(エンプティ)「あぁ…なるほど」

確かにこいつはガロウズが作ってくれた、

一級品だ。

やっぱり、良いものは分かる人には分かるんだ。

俺のセンスがズレてないという安心感と、

ガロウズの凄さが理解できた瞬間だった。

(ルミナス)「私さ、ガロウズの友達なんだ。

最高の子でね、傍にいる私も誉れ高いんだ」

ルミナスは星が輝いた時みたいに、

友達であるガロウズのことを語りだす。

そのことはとても素敵なように思えた。

水面をとん、とんと幻想的に歩いてるように。

(エンプティ)「きっと、ガロウズも。

君のことをそう思ってるよ」

1度しか会ったことないが、

素敵な女性だってのは分かる。

(ルミナス)「そうかな、そうだよね!」

ルミナスはぴょんっと小動物みたいに跳ねる。

(エンプティ)「せっかくだから、何か、

おすすめの曲でも聞こうかな。

どんなの歌ったらいい?」

俺はカラオケ初心者だ。

だから店員に聞いた方がより、

楽しめる選曲があるのではと思ったのだ。

(ルミナス)「ハート・ダイブ・シティ」

何の迷いもなく、スパッと答える。

(エンプティ)「えっと…」

俺は一瞬、名曲の名前が分からないだけかと思った。でも傍にいたクルークハイトや、オーフルも何だか不思議そうな顔をしてるので違う気がした。

もしかして、

音楽通でマイナーな名曲なのかもしれない。

カラオケ店の店員だ。

その可能性は大いにある。

だって店員は客と比べて音楽に精通してるはず。

知らない俺がきっと変なのだ。

(ルミナス)「名曲なんだよ」

彼女は自信たっぷりに答える。

なるほど、そうなのかもしれないと思った。

(エンプティ)「ごめん、知らなくて。

でもこの機会を期に、覚えるよ」

心のメモ帳に記載した。

(ルミナス)「ちゃんと覚えてね、

私の歌なんだから」

(エンプティ)「あ~…」

なるほど、知らないわけだ。

自作のテーマソングって訳ね。

(ルミナス)「未来の歌姫でっす!」

ルミナスはピースして見せた。

その顔だけは芸能人だと思えた。

輝きは…まだないが。

そのうち輝くかも?

(オーフル)「エンプティ、そろそろ行くぞ」

彼が俺を呼ぶ。

(エンプティ)「分かった」

先に行っていたオーフルと、

クルークハイトの後を追いかける。

(ルミナス)「楽しんでってね」

ルミナスは朗らかに笑いながら、

両手を振って見送ってくれるのだった。

触れられてないが、背中に暖かいものを感じた。

今日のカラオケは楽しくなりそうだ。



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