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第8章 記憶なき世界
新しい世界では、誰も過去を持たなかった。
彼らは朝を迎えるたびに名前をつけ、夜を迎えるたびにそれを捨てた。
忘れることが呼吸のように自然であり、思い出すことが奇跡のように重かった。
過去を持たない彼らの瞳は澄んでいた。
けれど、ある時ひとりの者が問うた。
「なぜ、私たちは“何かを思い出すような”感覚を持つのか」と。
その問いが、世界を震わせた。
誰も答えを知らない。
けれど、その問いが生まれた瞬間、風の中に遠い声が混ざった。
——「あなたたちは螺旋の続きだよ」——
その声はやがて消えたが、世界は確かに変わった。
影が再び動き出し、混ざり合いが始まった。
記憶なき世界に、記憶の原型が戻り始めたのだ。




