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「死と生」

  時刻は夕方。ある中等学校の授業終わり。騒がしく雑談をする生徒たちは、担任教師が教室に戻ってくるのを待っている。

 男子も女子もみな大声で騒ぎ、クラスに落ち着きはない。しかし、決まった時刻を過ぎているにも関わらず、教師はいつまでも来ない。生徒たちは構わず騒ぎ続ける。


「第二中で虐められてた女の子が飛び降りて自殺しちゃったらしいよ。」

「まじで?かわいそ。場所どこ?」

「あのヒルコ橋のとこらしいんだよね。」


  教室の一番後ろ、窓側の席。窓を眺めながら、誰とも一切の会話をせず、ただこのあまりにも苦痛な時間が一刻も早く終わるように願い続ける少女、それはブリムだった。

 ブリムは自身の真横で大声で騒ぎ続ける女子たちに苛立ちを抑え切れず、しかしそれを表には出さず、ひたすら窓を眺め続ける。無関心を装う。だが彼女がいつもしていることだ。

 彼女に友達はいない。誰も彼女に興味なんてないし、同じように他の人々も彼女に興味なんてない。

  ブリムは友達なんて必要ないと思っている。入学した頃から気兼ねなく話せる相手なんていなかった。今までずっと1人でここまで来た。

 彼女はクラスメイトたちの何の生産性もない話題にいつも嫌悪感を抱く。だから空を眺める。オービタルの中だろうが外だろうが変わらない。

 それでも彼女の耳に入ってきてしまう誰かが自殺した話に聞き耳を立てる。


「なんか飛び降りる様子を配信してたらしくて―、」

「え、やば!!!」

「今度先輩たち誘って肝試し行ってみない?」

「やだぁ!!!」

 

 2人は笑いながら手を叩く。2人は人の死を面白がることはしても、死んだ人間本人には何も思いを向けない。

 よく知らない誰かが、いじめられて、飛び降りて死んだ。ただそれだけ。面白ければそれで良い。暇つぶしになればそれで良い。人の生き死にもこの世界に溢れるゴミの情報の1つ。ただ消費する。楽しむ。飽きたら終わり。


 ブリムはそんな女子たちの浅ましさを心底軽蔑し、見下していた。

 お前らも飛び降りてさっさと死んでしまえ。そう思いながらも、決して顔には出さない。見向きもしない。徹底して無関心と冷静さを装う。

 

 しかし彼女は他人のいじめや死の話に嫌悪感を抱きつつも、自分自身も苦しみからの開放を求め続けていること、死にずっと惹かれていること。また自分も人の死を願う者であることをよく理解していた。

 自分も死んだら楽になれるだろうか、死ぬときはどれくらい痛いだろうか、そのようなことは何度も考えてきた。でもわからない。ずっとわからない。考えては逃げる。行き先のわからない人生。


 しばらくすると、前の扉が開き、アンドロイドが一体教室に入ってきた。一同は入室してきた「それ」に視線をやり、ロボットは一番前まで移動し、合成音声を発音する。


「担当者はトラブル対応のためホームルームには来られなくなりました。連絡事項はありません。本日の課題はしっかり取り組みましょう。それではさようなら。」


 生徒たちは散々待たされた挙げ句、ロボットに早く帰れと命じられ1日が終わる。一同は一斉に席を立ち、ぞろぞろと帰宅を始める。

 

「んだよ、ならさっさと帰らせろよ!」


 担当教員が来られなくなることは、この学校では珍しい事ではない。いやこの学校だけでなく、もうこの国の公立機関ではどこもそうかも知れない。トラブルが起こると貴重な人間の教師は直ぐに来られなくなる。

 

 子供たちも誰も自分たちの扱いに期待などしていなかった。

 大人たちは、子供の前では常に、あたかも自分たちはこの世界の全てを知っているかのように振る舞う。あなたのため、あなたの成績のため、あなたの将来のため、あなたの幸せのため。皆そう言う。

 けれど子供たちが最も求めていること。共に悩むこと、共に歩むこと、共に夢を見ることは誰一人しようとしない。規律を与え、社会性を教えて、みんな仲良くしましょう。それで終わり。自分たちを産んだのは親のくせして、子供に自我が芽生え始めると厄介者として扱う。

 生徒たちはみなそれを理解していた。だから誰も期待をしない。


 ブリムも即座に帰宅しようと席を立ち、教室を出ようとする。しかし変わらず隣で話している女子2人は、通路も塞ぐように足を広げて喋り続けており、ブリムは通路に行くことができない。2人はいつまでも帰ろうとしない。

 

 ブリムは席を立ち、彼女たちに近づいて睨みつける。


「どけ。」

 

「…、あん?」

「邪魔だ。」


 会話に夢中だった2人はピタッと会話を止め、ブリムを見る。その視線は睨むとも違う。何か好奇なもの、異物を見るような目。


 ブリムはこのようなことがいつも起きるので、誰とも関わりたくなかった。会話もしたくなかった。早く家に帰り眠りにつく。ただそれをしたいだけなのに、何故いつも自分が悪になるのか。不信感が彼女を余計に攻撃的にさせる。


「さっさとどけ。」


 ブリムは彼女たちの足に構わず、強引に進んでいく。それでも2人は足をどかそうとしないので、1人の足を蹴飛ばす。


「痛っ!」


 ブリムはようやく通路に出ることができ、出口の扉に向かう。こんな場所は自分のいるべき場所ではない、そそくさと去ろうとしたときに、彼女の髪の毛が強く引っ張られる。激痛が走る。


「調子乗ってんじゃねーよ。」


 ブリムははっと振り向き、立ち上がって自分の髪を掴む女を見る。


「離せ!」


 2人の女はケラケラ笑っているが、髪の毛を掴む力は一層強くなる。

 今すぐここから逃げなければならない。

 とっさに彼女は制服の胸ポケットのボールペンを取り出し、先端を出す。そして髪を掴む女の腕に突き刺した。


「痛った!!!」

「ちょ、かな大丈夫!?」


 髪の毛を掴んでいた手がパッと離される。刺された女は腕を摩り悶える。ブリムはその隙に教室から駆け出した。


  廊下には誰もおらず、玄関まで一目散に走る。早く帰らなければならない。

 この場所は、この学校は、この世界は、自分の居るべき場所ではないと、ブリムは強い危機感を抱いた。この世界はもう既に、彼女が生きるための場所ではなかったのだから。

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