「命の鍵」
我、幽が主である宇迦之御魂神様の元でお仕えするにあたって、もう1つ任されている重要な職務がある。諸般の煩雑な管理よりも、こちらの仕事こそ重要で、我が負うべきであるとも言えるもの。地上の人間たちが預かり知らない領域のもの。それは死者の霊、水子たちの霊の取り扱いについてだ。コン。
我がこの世に生を受けたとき、我の他にも同じ狐の同族たち、自然の中を生きる家族が沢山いた。だが生きると言うことは大変に無情で、成長する中で沢山の仲間が病気や飢えで死んで、数が減った。気がつくと、昨日まで共に生きていた仲間がいなくなっていた。幼子のときは何が起きているのか理解できなかった。
そしてこれらのこと、彼らが死んだと言うことを物心がついたときに教えられた。家族だけでなく、遥か昔から命を紡ぐために死んでいった無数の先祖たちについても教えられた。
我はそれが極めて不思議だった。
何故死んだのが我ではなく彼らだったのか?死んだ霊はどこに行ったのか?何故我はこの世界に生きているのか?全てが不思議だったのだ。
この境遇が理由なのかそうではないのかはわからなかったが、我はより深く主より職務を給わる中で、死者の世界の秘密を明かされることになった。コン。
目に見える地上世界では、霊の存在を信じない輩も少なくない。それが現実かどうか目に見えないと言うだけで、供養さえしない者もいる。
しかしそれは間違っていることだ。明らかに間違っている。今生きている存在、目に見える存在はこの世界にあるもののごく一部に過ぎず、真の世界は霊の世界、水の向こう側にこそあるのだ。我はそれを主に教えられた。
八百万だけでなく、動物やモノノ怪たちも同じだ。そしてそれだけではなく、勿論人間の命についても同じことが言える。腹の中の小さい肉が動き始めた瞬間、それは人間の命になるのだ。そしてその命が腹の中で、光を見る前に死ねば、それは人として生まれることができなかったとしても人の命として、霊の世界では永遠に生きるものになるのだ。
これは甚だ驚くべきことだった。
宇迦之御魂神様は目に見える食物供物を創造し、与えられるだけでなく、霊界の食物の創造や、それを必要としている小さき命たちの導きもなされている。我は主の特別な恩寵で、この職務にも一部携わることを許さされた。我は神々と、死者の世界の奥義を特別に示される光栄を受けたのだ。コン。
小さき命が死ぬと、肉体から霊魂が抜け落ちるが、彼らは簡単には水の向こうには行けない。居場所を求めて彷徨うのだ。子供の霊は自分が死んだこともわかっていない場合も多々ある。家族親族に正しく供養されれば彼らは成仏し、水の向こう、神々の世界に還る。
だがこのときに相応しく供養されなかったり、水子等そもそも存在を知られていなかったり、現世への執着が余りにも強すぎてしまうと、向こう側へ行けずに怨霊になり、人としての位格を失ってしまう。我らはそのような霊たちに食料と居場所を与え、正しい輪廻を行えるように導いているのだ。これがこの世界の秘密だ。
我が配属を任命された社である神籬神社は、古くからこの山である白禍嶽の山中、特に奥深い場所に社を構えている。かつてはこの山にあれこれ手を出そうとした連中もいたようだが、最終的に彼らの計画は失敗した。
この山全体が一つの大きな鎮守の森になっているのだ。この山に無数の霊共が集まるのはそれが理由だ。この山には更に神域が多い。人がまだ見つけていない場所にある沢山の墓もある。
そして何より、本殿のその向こう、生命の流れの扉に守られた場所に、神々の世界に通じる道がある。
これらの全ての職務と、そしてこの鍵を守ること、それが我の使命だった。コン。
命は自分だけの意思で成り立っているものではない。命は力ある者によって生かされているのだ。それがこの世界の秘密だった。
我が主より預かった秘密、それが命の鍵なのだ。




