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「希望とは何か?」

 俺は勢いで死にそうな女を車に乗せたは良いものの、今後どうしたら良いかは全くわかっていなかった。この女を警察か病院に突き出して別れても、何も悪いことではないのはわかっていたが、それでも何故か助けてしまった。

 後部座席は雨と血のせいでもう酷く汚れて、シートは使えなくなった。掃除だけなら何とかなるが、事情をパパたちに話さねばならず、こんなこと何て説明すれば良いんだ。しかも憐れんで連れて来てしまい、この先この女をどうすれば良いのかについて運転手と話していた。


「ヘルマン様、この女性を助けたのは良いものの、今後どうされるおつもりでしょうか?旦那様からはホテルに戻るように指示されております。」

「さあヨゼフ、我々が今解決するべき問題はそこだ。今後どうしたら良いだろうか?」


 ヨゼフは俺が無策なのを理解すると、小さくため息をついた。ヨゼフは俺がガキの頃からの執事兼運転手で、長い間世話になってきた。今回の問題も何か名案を思いついてくれると期待したが、やはり中々難しいようだ。


「そもそもこの女性が誰なのかはおわかりなのですか?」

「いや、全くわからん。何度訊いても答えようとしない。身元がないのかも知れない。」


 俺はこいつを車に乗せてから何度も、翻訳アプリで名前やどこから来たのかを訊いているが、こいつは何も答えようとしなかった。時々細々とよくわからないことを喋るが、何を言っているのか訊こうとするとすぐに黙る。どうしようもない。


「随分と格式のあるお召し物を身に着けられているのを見ると、浮浪者ではないでしょう。」


 確かにそうだ。こいつが乞食なら、こんなに質の良さそうなキモノは着ていないだろう。靴も何も履いていないのを見ても、歩いて来れる距離から来たのかも知れない。


「じゃあこいつは誰なんだ?」


 俺はこいつの様子をもう一度頭の上から観察してみる。死者のような鋭利な顔。普通の平民ではない格好。そして服を更に観察すると、俺はあるマークが服に描かれているのに気がついた。


「おいヨゼフ。もしかするとこいつって⋯?」

「私も先程パーティーの中止の連絡を受けた時に、もしやと思ったことがあるのですが。」


 俺はもう一度この女の顔と服のマークを見てみる。ずぶ濡れだが手入れされている黒髪、そしてこのマーク。このマークはどこかで見たことがあるぞ。


 俺ははっとし、ゴーグルを付け直して、レーゼーの名前を検索する。

すると出てきた。やっぱりだ。このマーク、Japanese Fanによくわからん文字。これはレーゼー家の家紋だ。


「おい、こいつレーゼー家の人間なんじゃないのか?」

「はい、私もそう感じておりました。」


 これは驚きだ。この浮浪者みたいな女はあのレーゼーの女じゃないか。だとしたらこれはとんでもないことになったぞ。パーティーが急に中止になったのも、その理由を向こうが何も言わないのも、こいつがトラブルに関わっていると考えれば全て辻褄が合うじゃないか。俺は興奮した。


 すると女は、俺たちがこの女がレーゼーの女であると気づいたことを察知したようだった。俺が携帯の画像でレーゼーの紋章を見せると、女は不気味にニコッと笑った。これは当たりだ。すごいことになった。


「だから向こうは俺たちに何も言わなかったのか。なら納得だ。」

「トラブルと言うのが、この女性が何か関わっていると思われます。情報はありませんが。」


 俺は興奮を抑えられなかった。もしこいつが本当にレーゼーの人間なら、これは最高のカードだ。俺の家の名誉と俺の人生を回復させるために使えると確信した。


「ヨゼフ、俺が命じることを信じられるか?」

「⋯何をお考えでしょう。」

「彼女をしばらく匿おう。パパとママにも会わせるんだ。」


 ヨゼフはちらりとこちらを見て、また前を向いた。俺には策があった。


「今我々は家の存続について、レーゼーに頭を下げるしかない状況だ。このまま無策にホテルに戻ったとしても、レーゼーとの交渉が上手くいくとは思えない。我々には大したカードがない。これはゲームではないが、交渉においてはカードが必要だ。俺は彼女をカードにしようと思う。そして彼女もどうらや家に帰りたがっていないようだ。道があると思わないか?」


 ヨゼフは何となく察してくれたと思う。勿論、俺が最終的に考えているのは家のことだけでなはい。俺自身のことについても考えている。それは恐らくヨゼフにはもう伝わっている。家のためだけならこんな大胆なことはしない。こいつを見て、こいつの家柄や何かの理由だけではなく、もう1つ気になることがあった。俺はそれに賭けてみたかった。


「意図は拝察しますが、危険な賭けになりませんか?レーゼーに伝われば我々は道がなくなります。」


 雨はまだ激しく降っており、変わらず窓に激しい雨粒が打ち付けている。普段なら雑音として聞きたくもない音だ。だが遠くの方では雲の合間からかすかに日が差しているのが見える。


「我々にはもう道などないんだよ。道がないなら作るだけだ。」

「…わかりました。お付き合い致しましょう。」


ヨゼフには小さい頃から迷惑をかけてきていた。俺が何かやらかすといつもヨゼフは俺を庇ってくれた。今回の事件が起きても彼は俺を見捨てることはしなかった。だからこそ俺はパパとママに従うだけじゃなく、ここで

俺にできる道の作り方を確かめたかった。計画が上手くいけば彼の今後も守れる。そのためにこの女は良い駒になるはずだ。自信があった。


「すまないな、ヨゼフ。」

「もう慣れました。」


 俺たちは指示の通り、ホテルに向かっていた。パパとママも予定がなくなったので戻るはずだ。俺はそこで一芝居打つ。この女の命運もそこで決まる。


 俺はふと彼女の方を見た。俺は彼女を自分たちのために利用しようとしている。彼女はそれを知ったら怒るだろうか?わからない。

でもそれだけじゃない。俺は彼女を指先を見た。顔と同じように死者のような青白い指をしている。細く今にも折れそうだが、それだけじゃない、温かさようなものを感じた。俺は彼女に感じたある感覚を試したかった。

 こいつなら俺が望んでいた、共に1つの音楽を奏でられる仲間になるかも知れないと言うことを。


 こいつは死者のようだが、まだ生きている。まだ生きているならできることが残されているはずだ。俺と同じように。

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