「幕開け」
僕はその部屋の扉をゆっくりと、静かに開けた。
開ける瞬間まで、まさかここに僕たち以外の誰かが来ているとは思ってもいなかった。でももしここに、誰かがいるのだとしたら、それは僕にとって重要な出会いになるのかも知れない。
何故なら僕たちは死者にも幽霊にも会えなかったけれど、まだ生きている人間に会えたとするなら、それは僕たち、少なくとも僕にとって、僕はまだこの世界に生きるに値すると言う印なのかも知れないと感じた。
自分でも意味がわからないし、ただの偶然かも知れない。それでも僕は無意識にも、何か道を探していたのかも知れない。僕がまだ知らない、大きなものに導いてくれる道を。
僕はゆっくりと部屋を開けた。
「失礼しまーす⋯」
扉の隙間から部屋を覗きながら、じわじわと開けてみると、部屋には大きな窓が見えた。窓の外からは月明かりが入っていて、部屋の中のものを柔らかく、でも確かに照らしていた。更に大きく開けると、僕はそこに人がいることがわかった。窓のすぐ側で窓の外を見ている輪郭があった。
それは女だった。僕と同じくらいの身長の女だった。静かに照らされた顔と、暗闇の中でもかすかに金色に光る髪の毛がわかった。その女は音もなく振り向いてきて、僕の方を見てきた。
「⋯。誰だお前?」
「⋯」
意外過ぎる彼女のその言葉には驚きと緊張を感じた。それは僕の台詞じゃないか。こいつこそこんな所で何をやっているんだろうか?
こんな所にいて、見ず知らずの僕に合っても悲鳴の1つも上げないのだから、この女は相当訳アリだなと一瞬で見抜いた。僕はわかるんだ。
「いや。それは僕の台詞だ。君こそ誰だ、こんな所で何してんの?」
「私か?私は⋯、誰なんだろう。ここで何をしているんだろうな。わからない。」
扉をより開けて、改めて顔を見るとその女は結構美しい顔をしていた。日本人ではないようだが、日本語は流暢に話している。
いやそれよりもやっぱりもう狂っているね。言うまでもない。見抜いた通りだ。こいつは本物の幽霊かも知れない。この時会話をやめてこいつを置いて早く帰ろうとも一瞬考えたけれど、僕はこの正体不明の女に何故か興味を惹かれた。退屈な世界を終わらせるには十分な出来事だった。
その女は真ん中に宝石をつけた、これも不思議で見たこともないようなカチューシャをつけていて、その宝石が月明かりで綺麗に輝いていた。それは見たこともないような宝石だった。そのせいかも知れないけれど、理屈ではないものを強く感じた。
僕たちはその場でしばらくお互いに沈黙した。僕は何を話せば良いのかわからなかった。いや僕が彼女のために何か配慮しなければならないことなんて何もない。でも彼女を見ていると僕は、考えていた次の言葉が抜けていった。表面的な言葉では彼女を言い表せない感覚に襲われた。不思議だった。
外ではまだ雨は止んでいないようで、雨音がしていた。僕は部屋に入り、彼女が眺めている窓の近くに行った。雨は降っていたけれど、雲の合間に月が見えた。
僕たちはそこで2分くらい黙っていたと思う。
僕は月を眺める彼女を見ながら、ある問いをはっきり訊いてみることにした。
「君さぁ、死にに来たんじゃないの?」
僕の言葉を聞いた瞬間の彼女の反応を見た時に、僕はこれは当たりだと思った。
「何故それがわかった?」
そう言われると僕は何故それがわかったんだろう。考えてみる。ここが自殺の名所だから?彼女がこんな場所に1人でいる変人だから?いやそれもあるが、もっと別のものだ。
「君は答えを探し続けているように見えるね。」
僕は自分でもはっきりとはわからなかった。割と理屈を大事にするこの僕が、こんなにも感覚に頼るなんてらしくない。でも彼女を見ていると、何となく彼女は何かを探していると言う印象を持った。だからそれを言ってみた。当たっているかは知らんかった。でも図星みたいだった。
彼女はもう何も言わなかった。僕の指摘が本当は間違っていたのか、僕ともう話したくないのかはわからない。僕ももうあまり重要ではなかった。僕もこれ以上は彼女は何も言わないだろうなと思ったので、無理に聞かないことにした。
「おーいはじめー、大丈夫かぁー?死んだかぁー?」
階段下の方から僕を呼ぶダーヤマの声が聞こえてきた。
「いや生きてるー。何にもない。」
僕はこのとき咄嗟に何もないと答えてしまった。何もなくはない。変な女がいる。僕は別にこの女と友達でも何でもないし、ダーヤマをここに呼んでも良かったはずだ。でももし彼女が本当に死にに来たなら、それをするべきではないと思った。これも何となくそう思ってしまった。
「そうかー。雨が収まってきてるからさぁ、今なら帰れるんじゃねー?」
足音に耳を澄ませていたが、2階には登ってこないようだ。
「今行くー。」
彼女を再度見ると、意外そうな顔をしていた。僕は彼女を憐れんでやったと言えるのだろうか?でも僕は別に彼女のために何かをした訳じゃない。これは僕の自己満足だ。それで良い。生きることは自己満足だ。
僕は向きを変えて、出口に向かった。女は僕を見ていたので、僕は軽く笑った。この時僕が感じていたことが伝わったかどうかはわからない。でもそれよりも、言葉では伝わらないとも思った。彼女がもし死にたいと思ってここに来たのなら、これからどうするかは彼女が決めることだ。それで良いはずだ。
僕が出口に近付き部屋を出ようとした瞬間、彼女が僕に話しかけてきた。
「待て。」
「何?」
「神はいると思うか?」
その質問はまたもや意外過ぎた。神がいると思うかどうかなんてこの世界で訊いてきた奴なんて1人もいない。やはり変なやつだ。でも悪くない質問だ。僕はこう答えた。
「いるなら是非会ってみたいね。面白いはずだ。」
彼女は僕の答えを聞くと少し満足げな顔をした。これが彼女が期待していた答えなのかどうかはわからない。でも僕はそう思う。
もし神が本当にいるなら是非会ってみたい。それはこの世界のためではなく、僕自身のためだ。
僕は階段を降りて、2人の元へ向かった。




