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「八百万の夢」

 食べることは生きること。生きることは食べること。


 今よりこの日本皇国の歴史を遥か遡ることすごく沢山の時間、我らの祖、造物主であらせられる造化の三神様方より生まれし八百万の神々と、その神々に仕える我ら無数の小さき命。

 非力でありながらも、日輪の天帝、天照大御神様より賜った天下太平の命。そして我が主であらせる、宇迦之御魂神様の願い、「万民が平和に、お腹一杯に幸せになること!」を目指し、日夜精進を重ねてきた次第であるのがこの我、稲魂の幽であって、主の一番の従者である。コン。


 と言うのは、いつものお決まりのご挨拶として、我はいつも通り、夕刻の見回りの業務をこなしている。見回りと言っても決まった時間に近隣の山々を飛び回るだけで、何よりも近頃は我らを頼る人間たちはめっきり数を減らし、氏子たちでさえも殆ど挨拶にも来なくなった。

 数百年前くらいに、律儀にも毎日我らの社に供物を捧げる好感の持てる少年がおり、我は彼が持ってくる肉厚の揚げ豆腐が大好物であった⋯が、彼も数百年前に死んでしまった。誠に人の寿命は短い⋯。


 我々はいつの世も、この日本国の民と共に生きてきた。いつの世も戦争と、そして儚い夢と喜びがあった。我々はいつも人と共にいた。かつてには日照りが続けば雨乞いに、飢饉があれば祈祷に、疫病があれば癒しを求めて沢山の人間たちが我々の元に集って、祈り讃えて神と共に生きてきた。コン。


 しかし人は次第に、我々の声を聞かなくなっていった。聞くことができなくなって言ったと言うのが正解なのかも知れないが、全てはわからん。


 我がこのことに気がついたのは、特に今より半世紀程前、山や海の開墾が一段と進み、異国より新しい技術、いんたーねっと?とやらが流入してきてから顕著であった。人々はすぐに、手の平程の小さい板を見ながらうろつくようになり、次には皆が光る眼鏡をするようになった。そして更にしばらくして人々はどんどんと外にも出なくなってしまった。その頃より特に、街々や人々の心に纏う邪気も強くなるように感じ、不気味な雰囲気が国全体を取り囲むことも増えたのが昨今である。

 

 多くの社で管理する者もいなくなり、多くの社がその地位を失った。神々の力は留まることなく衰えていかざるを得ず、我の旧友たちも霊魂としての存在を失った者たちも少なくない。我が今もこうして独立した霊魂として存在できているのも、ひとえに我の主である宇迦之御魂神様の御威光の賜であると言えるだろう。コン。

 ⋯、それにこの白禍嶽には、他の地鎮とは異なる特別な目的があると言うのもある。


 我らの造物主であらせられる造化の三神様方がお隠れになってしまわれた今日、この皇国の命運やいかにと憂いることも、我ら有限の造られたものの定めなのかも知れない。と、真面目なことも考えてみる。


 それでも何人かの子供たちは、今でも我々への感性を失わずに、こちらの世界のものを求め続けていることに、嬉しさも哀しさも感じていたのだ。

 少し前、夜の日付が変わる頃、おなごが1人飛び降りて死んだと当番の霊たちから報告を受けた。我々は生者への直接干渉はできず、それは我々に許された領域ではない。人間たちは知らないが、あの場所に死を求める魂が惹かれるのには理由があるのだ。

 

 近頃も日が沈んだ夜に、街から子供たちが頻繁にやってくると番の霊から報告があり、何をしているのかと直々に見に言って見れば、どうやら先日のおなごの身投げの念慮の残余を追って来ているようではないか。これはいけないと何とか追い払おうと思い、我が直接見ていた。

 あの橋。あの橋から川を見下ろす少女には死相が出ており、どうなるかと見ていたが何かの理由によりその場は一命を取り留めたようだ。


 更にその少女のあと男児が3人また近場に来たようで、何をしているのかと思えば飯を食べてエロ本を読んでいるではないか!

 食べることは良いことだが――、ここはある聖所。彼らも長居させる訳にはいかない。雨が降っており気の毒なので、適当に雨宿りさせ返すことにした。


 少女1人に男児は3人いたが、その内の少女と男児1人には特別なものを感じた。彼らには我々を見る霊が開かれているやも知れぬと思った。

 彼らが適格者であれば、あの場所と、我々についての秘密を解き明かすことになるかも知れないと、ふと思った。その話をしたら霊の子たちも少しざわめいた。まさかなぁ。


 我は食物について司っているが、管理しているものがもう一つある。このことについて知る者は、八百万の世界の中でも限られている。人々は何も知らない。

 

 食べることは生きること。その裏で食べることができなかった無数の命たちの存在について。

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