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「替えが利かないもの」

 私は車の窓から、激しく振り続ける雨と、過ぎ去っていく風景を眺めていた。私を座席に座らせたせいで、シートは足元も泥と、まだ残る血だらけになってしまっている。私を拾った彼の隣には何かのケースがあり、彼はそれをずっと大事そうにしている。彼と運転席の男の人は何かを話し続けているけれど、何を言っているのかはわからない。私はどこかに連れてかれている。車に乗る選択をしたのは私なのだけれど。


 私は母親を刺す数週間前に、白禍嶽の山のヒルコ橋から中学生の子が飛び降り自殺をしたと言う情報を知った。山は私の家から距離があり、私の生活圏内にも関係のない場所だった。私がどうやってそれを私が知ったのかと言うと、あの白禍嶽は昔祖父が生きていた頃にうちが買い上げる話があって、私はその時にあの山を知り、興味を持ってからずっとあの山について調べていたから。飛び降り自殺の話は家の使用人から教えてもらった。でも驚きはしなかった。あそこは元々特別な力があるように感じていたから。あそこは特別なものがあると思う。


 私は小さい頃、まだ私が今よりも自由で、生きることに意味を見出していた頃、あの山に遊びに行ったことがあった。小さい頃の私は何も知らなかった。白く大きな建物と山の中を走る電車が面白かった記憶がある。

 あの施設は元々戦時中に軍の観測施設として建てられた場所で、バブル期には精神病棟の隔離施設として使われていた噂もあるいわく付きの場所だった。この話はお父様に聞いた。

 祖父が一体の山を買い占めて開発する話があったけれど、調査中に未発見の遺物が見つかったり、当時の地主と交渉がうまくいかず、交渉中にその地主が亡くなったりして、祖父の計画も頓挫して、以降は捨てられた場所になった。

 

 人々はあの場所を不気味がるけれど、私は違った。私はあの場所に、何か特別なものが宿っている感じがしていた。私はもう一度あの場所に行きたいと思っていた。私の生活には何年もそんな機会はなかったけれど。


 人間は好き勝手に山を開いて海を埋めたりする。そして要らなくなったら捨てる。替えがあるもののように扱う。山や海は何も悪くないのに。私の祖父もそう言う人間だった。この世界を替えが利くもののように扱った。だから同じように捨てられて死んだ。この世界から捨てられて死んだ。

 私はあの人間のように、替えがあるような人間にはなりたくなかった。私は自分の命の運命を自分で決めたかった。私は替えが利かない、唯一なものになりたかった。だから私はこの手で母親を刺した。それは意味があることだった。


  私は母親を刺してから、あの場所から落ちて死のうと思っていた。でも私の体力じゃとてもあそこまで歩いてはいけなかった。

 私は生きる道も選べなかったし、死ぬ道も選べなかった。私はもう何もかもどうでも良かった。戦争や飢餓があった時代と比べれば、今の世界は遥かに発展したはずなのに、人の心は貧しくなっていくばかりのように思えた。特に私の人生は。私は少しでもそれに抗いたかった。これが私の選択だった。


 私が道半ばで1人座っていた時に、まさか私を助けようとする人に見つけられるとは思ってもいなかった。しかもその人は外国人。彼は特徴的な髪型をしていた。彼にとっては私の方が特徴的に映ったかしら?

 彼を見た時に思い出した。うちに招かれているお客がいる話。でも彼の顔を見るまですっかり忘れていた。それどころじゃなかった。でも彼がその人本人なのかはわからなかった。頭は悪くなさそうな人だったけど、彼も何かを恐れている目をしていた。


 その彼は不思議なことに、私を構ってきた。置いていくも警察に通報するも好きにすれば良いのに、警察は来なかった。彼は警察を呼ばなかった。私のために?彼は他の人たちのように、私を腫れ物扱いしなかった。私は意外だった。でも私の重さは彼に背負えきれるかしらね、私は重い女だから。


 私は彼が、あの詩を口にしたことがとても驚きだった。

 風が立つ、生きようと試みなければならない。ポール=ヴァレリーの言葉。意外だった。私はその言葉を聞いて、彼に少し賭けてみようと思った。

 死者は静かに眠り、その眠りは永遠。でも私はまだ生きている。

海の果てしない波のように。空の果てしない雲のように⋯。

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