「生きたい」
私は今まで、人は死んでこの世界からいなくなり、向こうの世界に行けば、全ての苦しみから解放されて楽になれるのだと思っていた。命を失い、喜びも悲しみも手放して感じなくなることこそが、完全な平安だと信じていた。そうであって欲しかった。だから自殺していった人間、生まれてくることがなかった存在、命たちは正しいと思っていたし、昔自殺に失敗した私は間違った選択をしたと思っていた。
私は死んだ人間たち、生まれてくることがなかった人間たちがどこにいったのか非常に気になった。彼らが苦しみのない場所に行ったと思っていた。命は尊いから自殺してはいけないなんて、何もわかっていない宗教家たちの偽善、嘘だと思っていた。そのはずだった。しかしそれは事実ではなかったとしたら⋯。
私は夜の山の中、森に囲まれ、街灯がたった一本照らしているだけの橋の上から、何十メートルも下にある川を見下ろした時、昔ガスの自殺未遂のときには感じられなかった、ある感情を感じた。それは私が、本当は心の奥底では生きたいと願っていたことの証明だった。
私は足元で轟音を鳴らしながら激しく流れる川の水の、その底知れぬ暗闇を見つめた時、それは言い逃れができないはっきりとした感情――、死への恐怖を感じた。
私は、今までになかった驚きを感じた。自分が死にたくないと思っていることが驚きだった。そして同時に、私は、死への恐怖を振り切って、向こう側に行った人間たちが、どこに行ってどうなったのかがとても恐ろしくなった。もしかすると、死は死を求める人間たちが考えているような平安ではないのではないのか?自殺した人間たちが、生きている苦しみよりももっと大きな苦しみと後悔の場所に行ったのだとしたら⋯。
私はもうこの世界に生きていたくなかった。そうなので今日死のうと思っていた。何時間もかけて、歩いてここまで来た。楽に死ねると思っていた。でも結局できなかった。
私は体の全ての力が抜けた。その瞬間、全ての心身の疲労と、寒さと、何よりも今私は生きているのだと言う感覚が込み上げてきた。
私は橋の上から、ただ流れ行く濁流を眺めていることしかできなかった。
私は今まで13年間生きてきた。私はもうこの世界は私の生きていく場所ではないと確信していた。死ねば楽になれると思っていた。
でも私は――、それでも生きたかったのだ。これが13年間の答えだった。
私は1人森の中、生きていると言うことへのあまりの驚きにただ呆然としていた。私は本物の死の前に立って初めて、死にたくないと思った。私は生きたいと思ったんだ。私は、生きたい。幸せになりたい。それが真実だったんだ。
しばらく下を眺め続けていると、頭や肩に何かが当たる感覚があった。それは勢いを増し、たちまち全てを濡らしていった。
それは雨だった。私は生きている故に、振り始めた雨の冷たさと、不思議と自分の体の温かさを感じた。
私は改めて、私は自殺することはできないのだと確信した。行為としてできないだけではない。実行したとして、その先に苦しみからの解放がないかも知れないと言うことを知ってしまった。
私はひとまず雨宿りがしたかった。足も痛みに襲われている。どこかで横になりたかった。私は近くの廃工場の存在を思い出した。そこへ向かうことにした。
雨の中小走りで道を戻り、白い廃工場を見つけた。普段ならこんな所絶対に入りたくないが、死の恐怖を目の当たりにした今はそれよりも恐ろしいものなんて何もない。それに廃墟自体は嫌いではない。
伸び切った草木を踏みつけながら進み、中に入った。ライトで照らすとどこも雨漏れしているが、奥に2階への階段があることに気がついた。そこは何故か比較的状態が良い。上の部屋になら少し横になれる場所があるかも知れない。ゆっくりと進んでいき、階段を登った。
私が昔通っていた絵画教室のスタジオのクソ狭い階段を思い出した。少し懐かしくなった。階段を登ると部屋があり、そこを開けた。
小さい部屋に窓が1つあり、雨漏りはしていなかった。非常に不思議なことに、その部屋は私が来るのを待っていたかのように感じられた。そこは外の冷たさから隔絶されているように思えた。
床に横になり、窓の外を見上げる。すると丁度、雲の間から垣間見えた朧月が見えた。
雨雲に覆われていても、その向こうの月は美しかった。