「国を継ぐ者」
皇帝陛下は私を特にかわいがって用いてくれた。私が今よりも幼い時から。私はまだ13歳だけれど、この3000万人の臣民の頂点に次ぐ地位を与えられている。私はどこに行っても皇帝陛下の権威に守られている。この国の中で私に命令できるのは皇帝陛下ただお一人しかいない。リラ様を除いて。リラ様は特別。
私は自分で言うのも何だけど、他の同世代の人と比べたら一番賢いと思う。私は小さい時から、周囲の状況を理解するのは得意だった。私はトラブルや揉め事が嫌いだった。
同世代の喧嘩や、同性の女子たちのくだらない嫉妬争いも、関わりたくなかった。些末なことについて私の意見を求められるのが嫌だった。どうでもよかった。
私ははっきり言って、自分さえ良ければそれで良かった。そのためには賢く振る舞わなければならなかった。だから徹底的に、模範的に振る舞った。私は従順に、父と母を愛し、ユピトゥマを愛し、この国の権威、皇帝陛下を愛した。仕事は全力でこなした。模範的に働いた。勉強も怠らなかった。常に正直でいた。悪巧みをしている人を見つければ、最も模範的に通報した。何故ならそれが私の利益になったから。私の利益になるならば私は何でもやった。一時の感情なんてどうだって良かった。名誉や地位もどうでも良かった。私の利益になるのであれば何でも良かった。私は模範的国民だった。それが私を守ってくれた。私は穏やかでいられた。
そうしたら陛下に、数年前に最高執政官の役職を与えてもらえた。ただそれだけだった。何1つ不自由のない生活を与えてもらえた。ただそれだけ。私はトラブルなく暮らせれば何でも良かった。
私はこの地位を与えられてから、リラ様の教育係の職務も任された。皇帝陛下の1人娘であらせられるリラ様は、とてもお優しい方だった。繊細で、彼女も物事の細部に気がつくのが得意だった。でも皇帝になるには、優し過ぎた。
リラ様は孤独な方でもあった。本人の優しさと、皇帝の娘と言う権威が余りにも大き過ぎて、それがリラ様を孤独にしていた。私も直接お会いするまでは、次の皇帝としての完全な適性を持っておられる方だと言う評判だったし、私もそう思っていた。でも実際にお会いして、初めて気がついた。リラ様は皇帝の座を継ぐことができない。その真実を私は知った。リラ様は皇帝陛下と性格が違い過ぎる。まるで本当の娘ではないかのように。髪の毛の色も違う。私は気がついてしまった。勿論そんなことは口が避けても言えない。
この国の建国250周年記念式典まであと60日。国内の雰囲気、政府も国民もどこもかなりピリピリしている。「例の計画」についてもいよいよ大詰めで、失敗は絶対に許されない。何があっても絶対に成功させなければならない。
私はここに来て、時々もの凄い不安に襲われるようになった。私自身のことじゃない。私は失敗しない。仮に私が失敗しても、陛下は私を捨てない。
そうじゃなくてもっと大きなこと。この巨大な国の未来、行く末について、最近、言葉では決して言い表せない程の大きな不安を感じている。何故だろうと考えても答えがわからない。この私が漠然とした不安に支配されている。この私が。
いや、本当は私は全てわかって、気づいているのかも知れない。この国が滅亡に向かっていることについて。
陛下は全世界と戦争をしようとしている⋯。私はこんなこと考えたくなかった。でも⋯。
私は一人でいると、込み上げる不安を抑えきれなくておかしくなりそうだった。この役職を与えてもらってからは、皇帝府の他の馴染みの友達とも中々会えなくなった。行こうと思えば会いに行けるけど、皆私にこの国の2番目として接する。そうじゃない。私は昔みたいに普通に友達として話したかった。業務が終われば、個人的に交流できる。だから彼女たちの所へ行けるのは業務終了後だった。それもあって結局、業務終了時間まではリラ様といることが多かった。陛下もそれを一番望んでおられるようだった。だから私を教育係にしてくださったんだと思う。
時刻はまだ15時。私は自室を出て、リラ様のお部屋へと向かうことにした。
私が今いる建物は、皇帝府の巨大な施設のごく一角にある。皇帝府はこの国で最も重要な政務機関で、ここで働けることはこの上もない名誉なことだった。若く、優秀で模範的な国民の中から、更に選別された特別な国民によって構成された組織だった。施設があまりにも巨大過ぎてどこまであるのかはっきりしない。陛下は建築や都市計画にも深い造詣を持っておられて、この皇帝府も宮殿も全て陛下が設計された。陛下の宮殿とも隣り合わせになっており、私でも入れない区画がある。
私は部屋を出て、長距離移動用の輸送レールに乗る。手首に刻まれた認証コードをゲートにかざすと、私のためにレールが動き始める。リラ様のお部屋までここから3分程度かかる。レールに乗っている間、私は今までの私の人生を振り返る。
私の家は、卑しくもなく高貴でもない身分の一家だった。両親は劣っても優れてもいない普通の親だった。でも小さい頃から1つ気になっていたのは、両親は家の家系の詳細を私に話してくれなかった。少し不気味ではあった。
私がこの地位についてから、私はお金を持ち歩かなくなった。お金どころか、私個人の財産と言うものが完全になくなった。私は食べ物でも移動でも服でも娯楽でも何でも、お金を払う必要が一切なくなった。私の個人財産は全て、皇帝陛下の権威と許可に基づく必要と言うことで国から支払われることになった。私は陛下が許可される限り、何でもできた。
その代わりに、私は陛下から期待を裏切らないようにと言われた。
レールは緩やかな上り坂を登り続け、宮殿のゲートの中を進んでいく。巨大なゼルシウム、この国の繁栄の中枢と、4枚の羽の紋章。陛下の紋章――、の中に入っていく。もうすぐリラ様の部屋。
ゲートを進むと、レールの行き止まりが見えてきた。建物の中に、お庭と一軒家をそのまま持ってきたような場所がある。ここがリラ様の部屋だ。レールが止まり、私はいつもの庭に降りる。
私はその建物の大きなドアをノックし、扉を開ける。
「リラ皇女様、ルアです。失礼致します。」
扉を開けると、リラ様が振り向かれて言った。
「ルア、今日もおはよう。」