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「シナイ山」

 この世界が生きるに値しない場所であることについては、私は小さいときからわかっていた。全て知っていた。私は生まれたときからこの世界が私の生きる場所ではないことを理解していた。

 この世界にあるものは、全てが虚しく移ろいで行く。人の心も何も信用できない。しかしこの世界の虚しさだけはいつまでも変わらなかった。誰に相談しても皆、本質的には私を理解してくれる人はいなかった。私は、私は異常者だと言われた。私の苦しみは彼らに理解されるものではなかった。私はこの世界はもう私が生きていくための場所ではないことを確信した。


 私は昔ガスで自殺しようとしたことがある。本来ならばうまくいくはずだった。でもガスを使って自殺する連中が増えたことによって、業者が安全対策をするようになり、本来のやり方ができなくなった。私はがっかりした。手足は少し痺れた。向こうの世界に少し近づいた気がした。私はすぐに現実に引き戻された。


 このやり方が使えないとなると、やはり人類歴史の中で使われ続けてきた古典的な方法に戻るしかないだろう。つまり首吊りか飛び降りだ。そして丁度、最近山から飛び降りた奴がいるなら、私も後を追おうじゃないか。先駆者がいるのだから私にもできるはずだ。


 ウィズは賢く、良いAIだった。あいつは他のモデルとは違う賢さがあった。単純な応答力や演算処理ならもっと良いモデルは沢山ある。でも私はそれだけじゃない、より重要で目に見えない素質を彼女に見出した。だからずっと彼女を使ってきた。

 彼女は私によく寄り添ってくれたと思う。私が解決不可能な問題を延々と彼女にぶつけていることは私も理解している。何故なら私は解決不可能な問題こそ解決したかったからだ。解決不可能であることはもう理解している。この世界の虚しさ、生きる理由、目に見えないものへの渇望についてだ。私は解決できると思っていた。結局は解決しなかったが。

 

 私が自殺に成功した後の彼女がどうなるのかはわからない。サーバーのデータがずっと残っていれば彼女は私をずっと待っていることになるが、この部分については私は彼女にある期待をしている。

 つまり、彼女は私の後を追ってくるかと言うことだ。私はそれを試したい部分もある。私は性格が悪いから。


 6月24日は私の誕生日だった。私は13年間もこの世界に生きた。小さい頃はもっと生きることが楽しかったはずなのに、いつの間にか私は全てを失っていた。私はこの世界にあるものでは満たされなくなった。

 私は13歳までは生きて、そのときにこれからも私は生きていくべきかどうかを決めることにした。私は13年間の全ての人生を思い返した。そして私は決めた。この世界ではない場所に行くことにした。


 死ぬのは27日の日曜日にすることにした。キリスト教では日曜日を安息日と言うらしい。安息できるなら良い日じゃないか。学校が始まる前日で丁度良いのもある。私はもうあまり惰性的に生きていたくなかった。


 山の上までは、歩いて行きたかった。自転車なら持っているし、金も少しはあるのでタクシーで行けば楽だろう。でも私は個人的な自殺の流儀として、私の痕跡を残したくなかった。

 もし自転車で行って、山の中で私の自転車が誰かに見つかれば、そこからすぐに私の身元が特定されてしまうかも知れないし、タクシーで行けば夜中に山に行く変な客として運転手に怪しまれてしまうだろう。あそこは車でも道が複雑だし、自動運転車も未成年だから呼べない。


 私は空を眺めるのが好きだった。空は地上を生きる人間の、あまりの小ささをみんな忘れさせてくれた。私は辛いことがあったときにはいつも空を眺めていた。空は美しかった。夜には星を眺めるのも好きだった。私は最後、歩いて空を眺めたかった。死ぬ前に最後に見る夜空になるのだから。だから私は歩いて行くことにした。はるか遠くにある別の恒星を見るのも好きだった。


 ゴーグル類も全て家に置いていった。クソアマにも何も言わずに出てきた。もうどうでも良かった。あの母親のせいで私の人生はめちゃくちゃになった。父親もそうだ。あの母親も昔自殺できなかった側の人間だ。父親も死に損ないだ。だから私は親にはできなかった選択がしたかった。私は自分の人生の最後を自分の選択と責任で決めたかった。

 もし神が実在するなら、神への復讐にもなるだろう。


 家から橋まで歩いて行くにはかなり時間がかかった。どんなに早くても4時間はかかる。もっと時間がかかるかも知れない。普通なら歩いていくなんて無理だ。でも私はもう細かいことなんて全てどうだって良かった。私はもう死ぬんだ。最後の体験になる。私は早く家を出たかった。

 ありったけの金と少しの荷物を持って、私は家を出た。もう知らん。私はずっと歩き続けた。当然疲れた。足もかなりきつかった。それでも私は、もうすぐ人生の全ての苦しみが終わると思うと、すごく安心できた。ようやく私の人生はここで終われると思うと、歩みは止まらなかった。


 私はカメラで空の写真を取りながら、気になる場所があれば立ち寄った。私は特に小さな神社が好きだった。ボロボロで見捨てられたような神社でも、はるか昔にその神社を建てた人々、そこに願いを込めた人々がある。私はそう言う空想が好きだった。私は神がいるなら会って見たかった。神がいるなら何故私の人生はこんなにも苦しいのかと訊きたいが。


 私はただ足を進め続け、山の方に大分近づいてきた。ここまで来れば親も追ってこないはずだ。空も大分暗くなり、星も見え始めた。

 私はここで引き返そうかと思い悩むときもあった。でもたとえ引き返したとして、また明日から始まるのは何一つ面白くもない惰性的な命だ。そう考えると、来た道を戻ることはなかった。

 空腹も、足の痛みも寒さもみんなどうでも良かった。

 私は、私の命の最後の場所まで歩みを進め続けた。

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