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「この世界の全てを」

「それで、記念式典に向けた準備は順調なのかしら?」


 巨大な司令室の中、無数のディスプレイに向かう人々、そしてその部屋の最高位にある場所の壁面には、宝石と4枚の羽の大きな紋章がある。

 最も高い位置にある大きな玉座に座る人物。長く薄い水色の髪に、左右色が違うオッドアイ。額には紋章と同じマークが光る。大きく奇妙な帽子に、胸には黄金の紋章の装飾。玉座右手側には2メートルを超えるような巨大な杖。左手には金の杯を持つ人物。従者たちは誰もが彼女を取り囲み伏し拝む。


「はい皇帝陛下。全て滞りありません。」


 彼女の周囲に並ぶ1人の少女が、皇帝にひれ伏しながら答える。続けて報告する。


「1月程前に各国に送付した招待状に対して、ようやく連中は動き出したようです。」


 報告するものと同じ格好して皇帝を拝むうちの少女が、少し姿勢を崩し笑いながら口を開く。

「蛮族共は今の今まであたふたして、礼儀もわきまえず非常に滑稽ですわ。」


 彼女の笑いに釣られて他の従者たちも笑い始める。

「族共は陛下と帝国の偉大さに狼狽しているのでしょう。」


 玉座に座る皇帝は満足そうな笑みを浮かべる。彼女こそこの国、ユピトゥマ帝国の最高権力者、ヤーヴェ=ユウェンタース=ユピトゥマ。

誰もが彼女を伏し拝む。


「式典は我が偉大なる帝国の建国を祝うだけではないわ。全世界の人間たちに我々の偉大さを示す時なの。」

「はい、全てわかっております。」


 何人もの従者たちは皆皇帝の座る場所よりも数段低い場所に立っているが、その中で1人だけ皇帝と同じ場所に立っている少女が1人いる。服装は他の従者たちと殆ど同じだが、彼女が唯一違うのは、彼女の胸の部分に、皇帝の装飾と同じ4枚羽の装飾がある。


 皇帝は彼女に目をやり、彼女の反応を伺う。

「式典だけでなく、その他の全ての偉大なる計画についても、問題なく進行しております。」

「素晴らしいわ。」


 その少女の反応に満足したのか、左手の盃を口に運ぶ。すぐに側の献酌官が酒を注ぐ。


「全てにおいて、計画は完全に遂行されなければならないわ。失敗はあり得ない。あなたにはそれを達成するに値する相応しい能力があるはずよ。ルア、私はあなたに、私のこの国をより完全なものとする完全な計画を任せるために、あなたに最高執政官の位を与えたのよ。」

「はい、身に余る栄誉です。」


 皇帝ヤーヴェは、明らかに他のどの従者よりも最も年齢が低そうな彼女を、ルアを信頼していた。驚くことに、外見12、13歳程度の少女である彼女は、この国の頂点に次ぐ地位と権力を与えられていたのだ。


 ルアは謙遜し、あくまで皇帝に頭を下げるが、他の従者たちは皇帝だけでなく彼女のことももてはやす。


「流石、陛下から寵愛を賜っています最高執政官ですわ。そのようなお人柄が、リラ皇女様のご信頼も賜われるのですねぇ!」


 巨大な部屋には皇帝を取り囲む従者たちと、彼らの更に下に、せわしなく作業をしている従者たちに別れている。そこには明らかに、階級と格差があった。そして上位層たちの中で更に行われるアピール。だが彼らは何も困っている様子を見せない。


「記念式典の日に、偉大なるリラ皇女様も10歳のお誕生日を迎えられるなんて、本当に素晴らしい限りですわ。」


 従者たちがリラと言う名前を口にし始めると、皇帝の表情が曇り始める。


「そう言えば、あの娘は最近どうなのかしら?」


 皇帝の質問に、お喋りを続けていた従者たちが静かになる。一同ルアの方を見る。


「しばらく前に学業を終えられて、今お部屋で休んでおられます。」


 彼女の回答に、ヤーヴェはため息をつく。

「あの娘はもう10歳になるはず。それなのに何故あんなにも自我が薄くて成長が遅いのかしら?この皇帝である私の娘のはずよ。」


 皇帝が不機嫌になるのを従者たちは直ちに察知し、姿勢を正し目線を合わせないようにし、よそよそしくなる。その中でルアは数秒黙り、そして沈黙を開く。


「偉大なる皇帝陛下の御前に謹んで申し上げます。リラ様はよく努力されております…。苦手であらせられた運動や数理も、私めと一緒に始めたお勉強にて成果を出されております。」


 リラはルアを信頼していた。ヤーヴェが娘のルアに厳しく当たるのが嫌だった。しかし正面からそれを言うことができない。だからいつも間接的に彼女を認めようとする。


「それだけでは次の皇帝にはなれないの。」


 少し前までニコニコしながらお喋りしていた従者たちは、完全に沈黙しており、葬式に参列しているかの如く硬直している。皇帝に対して正面から意見し、かつ話し合える相手など、この国にルア1人しかいない。従者たちはルアの地位と関係性が死ぬ程恐ろしく、震えるしかないのだ。


「申し訳ございません。」

「今あの娘にくだらない勉強をさせているのは、あくまでもあの娘の出来が悪いからよ。本来ならば既に私の為政を担わせるべき年齢なの。あの娘にはこの偉大なる国家を背負ってもらわなければならないの。」


「はい…。」


 はいと答えたが、それはルアの本心ではなかった。自分の娘を次の皇帝にさせようとすることは当然だが、陛下はリラ様に対して厳しすぎる。それに本心を言うなら、リラ様は皇帝の位を継ぐには優しすぎる面がある。そして何よりも、リラ様にはあの「適正」がない。


 この国の支配者になるには、何よりもまず「適正」が必要だから――。


 ルアは適正の話は、他の者がいる前では絶対にしない。その話だけは絶対にできない。それは皇帝が最も気にしていることだ。


 皇帝はどこか遠くを見て、呟いた。

「あの娘の兄には適性があった…。」


 ルアは皇帝が兄と言う単語を口にした瞬間に、はっと表情を変える。他の従者たちは何のことかわからず目を合わせている。


「陛下、計画の全てのことは私たちにお任せ下さい。今日はもうゆっくりお休みになられてください。また後程お話させて頂きたいと思います。」

「…、そうね。」

 

 ヤーヴェは酒を飲み干し、杯を置く。玉座をから立ち右手側に固定されていた杖を手に取る。この杖は彼女だけが触れることができる。

彼女が立ち上がると従者たちはみな下がる。


「偉大なる皇帝陛下の御退席です。」


 ルアが大声で号令を出すと、部屋にいる全ての従者たちがヤーヴェの方を向き、ひれ伏した。彼女が杖の先端で床を叩くと、杖に電流のようなものが流れ、光を放った。


「聞きなさい、我が帝国臣民たちよ。遂に今、我がユピトゥマの隠されていた栄光が、全世界に明かされようとしている!この日のために、どれ程の先祖の犠牲と苦しみがあったことだろうか!来たるべき日のための、全ての忍耐、全ての歴史、全ての戦いであった。式典の日に、惜しむことなく、我がユピトゥマの栄光と力を、全世界、全人類に示すのです!」


「皇帝に栄光あれ!」


 側近の者たちも下の従者たちも狂ったように手を上げて礼賛する。ヤーヴェは向きを変え、杖を叩きながら退場する。


「ルア、ついて来なさい。あの娘の所に行きましょう。」

「はい!」


 ルアは大きな声で返事をし、皇帝の後をついていく。後ろでは他の従者たちが礼賛を続けており、その声が通路にも響き渡る。


「偉大なる皇帝陛下とユピトゥマこそが、この世界の全てを支配するに相応しいのです。」


 ルアはその声を聞きながら、自身の優遇を誇りに感じながらも、どこかこの国の未来に言いようのない不安と寂しさを覚えた。

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