人を罵る奴は自分も罵られる覚悟があるってことですよね?
「お前みたいなブスと婚約だなんてバカにするな! おい! そこに土下座して謝れ! 生まれてきてすみません! ジグムント様のために何でもしますと言え! それなら我慢してやる。俺の婚約者になりたい奴はいくらでもいるんだ!」
面倒なことになった。ジグムント・エルスハイマー伯爵令息、九歳。愉悦に満ちた眼差しで私を見ているお子ちゃま。うーん、顎が上がってるねぇ。
七歳になった私の婚約者候補として紹介された。周囲に両親はいない。私のお付きの騎士はいるけど、単なる口撃には手を出さない。
二組の両親は領地の諸々を話し合っている最中だ。結婚に関するお金だとか事業だとか、要はこの結婚にどんなメリットがあるのかを算出している。
私はフリーデ。エルメンライヒ伯爵家の第二子。三歳上には兄のテオバルト。中身は神田川花子。アラサーまで生きた記憶のある元日本人。婚姻歴なし。婚活歴もなし。前世がどうやって終わったのかは覚えてないけど、多分過労死とかかな。
それにしても、初めてのお見合い相手がアレってどうなの? この世界の普通ってやつ? 男の子は好きな女の子には意地悪しちゃうと聞く度に、そういうものなのかと思っていたけど、これは分かれって言う方が無茶だわ。好意があるのかないのか判断不可。
あ、これ、親に告げ口したとして、ジグムントちゃん可愛らしいでちゅねな親だったら最悪。私が何を言おうと押し切られてこのまま婚約……。
そんなの嫌すぎる。
こんなのがまともになったとて、ずっと真面目に生きてきた花子&フリーデとしては、あんなにヤンチャだったのにしっかりしちゃって系も許せない。それに育つまで待つなんて嫌だし、育てろとか言われるのも鬱陶しい。
「花子ちゃんたら真面目ねぇ。冗談じゃなぁい。本気にしないでぇ」
前世の私に粘ついた話し方で絡んできた自称親友のウザい顔が頭を過ぎる。すいませんねぇ。私も冗談で返したつもりだったんですけどぉ。あぁ嫌な思い出が……。いったっ。
突然の肩の痛み。考え込んでいたらジグムントに肩を押されたらしく、バランスを崩して転んだ。
「いってーな!」
つい前世の名残でジグムントを睨む。
なんか腹立ってきた。体格は同じくらいだけど私の方が年下なんですけど! なんだその見下したような顔!
私は素早く立ち上がる。ドレスが邪魔で立ち上がりにくくて余計にイライラしてきた。令嬢らしからぬ素早さに驚いたのか、私の眼差しが怖かったのかジグムントは後退った。一気に距離を詰めて彼の胸ぐらを掴む。
人生初胸ぐら。前世で少しだけ憧れてたやつ。ここからはクレッシェンドしながら声を荒げていくのよね。一気にボリュームを上げるのは迫力に欠けるって言ってたから気をつけないと。誰が言ってたかって? 前世の兄。
「先にそっちが手を出したんだよな? なぁ? じゃあ、仕方ないよな? 人を罵る奴は自分も罵られる覚悟があってやってんだよなぁ?」
いい感じに最高ボリュームに到達。胸元から手を離してちょっと押す。満足気に微笑む私に怯えた様子のジグムントはジリジリと後退り、壁際に追い詰められた。
ちなみに私たちは我が家の庭園でお花を見ながら親交を深めるテイでここにいる。庭園の隅っこにある四阿の壁に彼を追い詰めた状況である。
「歯ぁ食いしばれ」
「え? 歯?」
ハッとしたジグムントがギュッと噛み締めたのを見て、私はスッと腰を落として彼のお腹に中段突きを放った。
「ハッ」
「グッ」
ジグムントは想定外に腹に衝撃を受け、多分本能的に頭を抱えて蹲った。
「誰が! なんだって?」
蹲った横を足でドン! と音をさせて凄む。声はまだ可愛いけど、できる限りの低音アンドボリュームでカバー。痛みなのかショックなのか彼は言葉が発せないようで、ジグムントは必死に顔を横に振っている。
まあ、そっか九ちゃいだもんな。この辺で勘弁したるわ。ま、私の方が年下だけど、な。
「覚えとけ! 二度とそんな口聞くなよ?」
私はその場から離れた。
前世の私はこういう話し方の人が多い地域で育った。体が小さくてあまり丈夫ではなかったから実践はできなかったけど、たくさん見たし聞いたからイメージだけはある。そして今の私はとても頑丈だ。
「お父様、お母様、助けてください! ジグムント様が!」
両親の元に駆け込んだ私は悲しげな顔で訴える。
「何があったの?」
母のエミーリアが私を心配そうに見る。
「ジグムント様は私のような女は嫌だと仰って……。怖かったです」
先手必勝とばかりに女優泣きをキメ、何かされたことをアピールすると二組の両親は青褪めた。
「まあ! ジグムント様はどちらに?」
「分かりません。走って行ってしまわれたので、余程私のことが……」
私の警護をしていた騎士をチラッと見た。
「別の騎士が付いておりますので、ご安心ください」
この騎士はイケメンで、母はこの人に弱い。彼が言うことは何でも信じる傾向がある。彼が付いていながら私が暴力を振るわれたことを伝えない代わり、私の突きも内緒にしてもらう阿吽の呼吸。知られたらお互い面倒だからね。
そこへ、騎士に連れられたジグムントが泣きながら戻ってきた。うわ、カッコ悪。顔中の穴という穴から液体が出ている(まあ、耳からは出てなかった)。こう見るとまだまだ子どもだ。言ってたことは純真さのかけらもなかったけど。
あれ? ああいうセリフってどこで覚えたんだろ? 本? まさかお父さんが家で?
「ジグムント、フリーデ嬢を置いてどこかへ行くなんて、何があったの?」
ジグムントの母上が優しく彼に話しかけている。私はジグムントに鋭い目つきを向ける。ちょうど彼にしか見えない角度。
視線を見て肩を一瞬揺らしたジグムントは何か言いかけたけれど、黙ってしまった。私は母の後ろに隠れた。
「怖い」
母のドレスをぎっちり握る。皺になると怒られそうなくらい握る。さらに母が傾くくらい引っ張る。このくらいしないと怖がってるって伝わらないと思うのよね。
こうして、私の初めてのお見合いは終わった。もちろん失敗。婚約の話題が出る度に怯えて見せたら、話題にも上がらなくなった。もちろん理由はそれだけではなく、兄のテオバルトに婚約者ができて忙しくなったから。兄の婚約者も同時期に探してたみたいね。
兄の婚約成立から数年が経ち、兄は十六歳。私は十三歳になった。この世界の人は成長が早いのか、前世中学生の中身なのに外見は大学生くらい。ギャップが凄いある。
私も自分自身の急激な変化には驚いた。そりゃー、婚約者選び急ぐ筈だわ。あっという間に育って、あっという間に価値が無くなりそう。若い子の方が婚活市場で有利だとか言ってなかった? 前世でだけ?
このまま誰にも嫁げなかったら働きに出てもらうと母から告げられた。なるほど。この世界はそういう感じなんだ。まあ、前世でもこの世界でも兄夫婦が家を継いだら、小姑は大体邪魔者だもんね。まあでも、無理に結婚させないとこは好感度高い。
兄の婚約者さん、初対面の時から私のこと警戒してたし、何かあるのかな? なんて考えてたら、数年後のある日言われた。
「悪役令嬢がなんでジグムントと婚約してないのよ」
あー、あなたも転生者でしたか。
「えっと」
とりあえず知らないふり。人のことを『悪役令嬢』って言う人に巻き込まれたくないし、なんか感じ悪いから関わりたくない。それに、やっぱり自分は悪役だったか、という気持ちでいっぱい。薄々そんな気がしてはいた。
悪役令嬢はハイスペックだって物語を読んだことがあったけど完全同意。前世の私よりも頭の中がクリアだし、やればやる程身につくの。学ぶことが楽しくて仕方ない程。だってちょっと頑張ったらすぐにできるようになるからね。
他の悪役令嬢と私の違いは熱意のようなものじゃないかと思う。やる気って言うか気概?誰かを自分のモノにしたいとか、誰かを追い落としてやるとかその辺の感情が希薄。
実は、通っている学校でそれっぽいイベントがあった。多分あの子がヒロインだろうなって女の子が教科書を破られたり、カバンを隠されたり、頭から水をかけられたり。犯人はもちろん私じゃない。見つからないように頑張るなんて性に合わない。
とはいえ、不安になっちゃって無意識に自分がやっちゃってないか調べてもらった。カール(あ、私のお付きの騎士ね)にずっと監視してもらってた時にちょうど噴水に落ちる的なイベントが起きたけど、私は関わってなかった。大丈夫。
それから割とすぐ犯人はあっさり捕まった。なんと兄の婚約者。興奮していて証言が途切れ途切れで分かりにくかったから、多分なんだけど、私がジグムントと婚約しないと話が進まないとか何とかでとにかく思い詰めちゃってたっぽい。
私を呼べって言ってるからと連れてこられたものの、前世みたいに容疑者と面会者の間に壁がないから危ない。当然騎士帯同。ずっと泣き喚いていてあんたのせいだとか『かあるかある』とか何とかすごく面倒くさかった。
彼女はヒロインでもなんでもないのに、ストーリーを何とか進めようと頑張ったらしい。完全空回り。
「このままじゃ、あたしのイチオシが出てこないのよ!」
あちゃー。私が目配せをすると、私付きの騎士の一人が頷いて口元を隠していた布を取った。この国の騎士って口元を隠す風習があるんだよ。謎。
「カールハインツ!」
嬉々としてカールに向かって突進してきた彼女を別の騎士が止めた。ちなみに騎士は三人連れてきてます。危ないんで。でもやっぱり彼でしたか。やけに美形だったしハイスペックだったし『かある』って言ってたからもしや? と思ったら合ってたみたい。
「なんで? どういうことなの? 何でカールハインツがこの女の騎士なの? え?」
混乱していて支離滅裂な兄の婚約者は塔に連れて行かれた。そこは転生者と思われる人たちを世界中から集めて研究している施設なんだって。
昔からこの世界には数多くの転生者が生まれるんだそう。そして様々な作品の名前を口にし、数々のトラブルを撒き散らしてきたのだという。後日カールに教えてもらった。
私のように、物語を壊そうとしたり、他者に対して余計な行動をしなければ無罪放免。この国の住人として普通に生きていける。例えば、ストーリーを動かそうとしたり、ハーレムを作ろうとしたりするとアウト。塔に連れて行かれて閉じ込められた上に何かの研究対象にされちゃうんだそうだ。
ストーリーには強制力というか矯正力というかそんなようなものはなく、思い込みや理想を具現化しようとしただけである、と言われている。その証明をしているんだとかなんとか。ちゃんと聞いてなかったからアレだけど。
分かる範囲で言うと、物語の主要人物が生まれると監視を始めて、世の中の混乱を防ぐ目的で作られたチームが動き出す。前世で言ったら『I』が付きがちな各国の組織みたいな感じかな。
主要人物は妙に顔立ちが整っていることが多いとかで、分かる人が見たらすぐに分かるんだとか。もしかしたら色んな作品を網羅してる凄い人が王宮か塔にいるのかも。
ちなみにあのジグムントはものすごい美形に育った。せっかく美形なのに、彼はストーリーには直接は関係なくて、彼の婚約者になった私の人格形成に影響を及ぼすだけの存在らしい。キャラデザの人の絵が美麗なだけなのかもだけど。
今回のストーリーは彼の影響で言動が歪んだ私と、ヒロイン(兄の元婚約者が意地悪した相手ね)、年上のイケメン王弟の三人が主要人物の物語。それを始めさせないのがカールのミッションだったんだって。どんなエンディングを迎える物語なんだ?
私の言動はストーリーを壊すものだったから見逃されて、ストーリーを動かそうとした兄の元婚約者は塔に連れて行かれたという。カールは私の言動を監視する目的もあって我が家に潜入していたらしい。と、後から教えてもらってちょっと震えた。危なかった。
兄の元婚約者は本来悪役令嬢の取り巻きの一人で、私とジグムントが婚約した後、なんやかんやあって兄が事故で死ぬとかで? 今回みたいに兄と婚約するはずの運命ではなかったんだそう。
どう頑張ってもカールハインツとの縁が繋がらない立場で生まれてきてしまったことが嫌だったとも言ってた。まあ、バタフライエフェクトってやつ? 分かんないけど。
兄も結構なイケメンだけど、やっぱりカールハインツの方が断然カッコいいもんね。諦めきれなかった気持ちは分かる気がする。うっすい可能性だけどもね。うん。そんなカールことカールハインツはミッションコンプリートで、王宮へ帰って行ったよ。
「フリーデのデビュタントの時にはエスコートしたいな」
と意味深に言い残して去って行ったよ。実はこれって婚約したいって意味なの。イケメン過ぎて心臓が止まるかと思った。でも、私は王弟のカールハインツの結婚相手としてちょうどいいとは思う。見た目が似合うとかじゃないよ。政治的に。
派閥も問題ないし、一族にいい感じに権力もない。傾国の美女でもないし、天才的な何かを持っているわけでもない。国家転覆を狙わないという意思表示にピッタリ。個人的にはイケメンに絡まれても動じないし、もし襲われても戦える。
元々の身体能力が高いし、今多分冒険者レベルAはいけそう。お母様は美形の義息子ができて喜ぶだろうし、お父様も私が嫁いだら喜ぶはず。
みんなハッピー。
あ、お兄様。
そう! お兄様のお相手を探さないとマズイ。正直なところ、すでにだいぶ優良物件が減ってる。評判の良いお嬢さんはあっという間に相手ができてしまうからね。
残っているのは……、いる! ジグムントが婚約してるお嬢さん! あの男の言動に耐えるよりも兄の方が断然良い筈。ああ、乗り換えてもらいたい! どうせまだジグムントの中身はお子ちゃまのままなんでしょ? あのマウント癖はそう簡単には治らないはず!
そう意気込んだもののなかなかご縁が繋がらなくて、ついに私はデビュタントを迎えた。初夏を祝う夜会でカールのエスコート、というわけにはいかず、お父様のエスコート。婚約してないでしょ? とお父様に押し切られた。いやいや、婚約の申し込みがあったのにほっといたからでしょ?
デビュタントのダンスも無事終わり、高位貴族のダンディなおじさまたちとのダンスの時間。この国はデビュタントが集まって全体で踊った後、踊り慣れたおじさまやおばさまがデビュタントと踊る風習があるの。
王族の席の方からカールが歩いて来る。おじさまたちの中では断然若いから、他のデビュタントが群がる群がる。でも彼はその可憐な女性たちを上手く躱して私のところまで来たの。
さすがは騎士様。避けるのが上手い。まるでステップを踏んでるみたいだった。私を見つけた時の嬉しそうな顔にもグッと来たし、ダンスの申し込みも素敵だった。所作が洗練されていて、夜会会場で彼だけが特別に見えた。
一緒にダンスを踊ったら、他の誰よりもしっくりくる。彼から漂う香りも、体格も、ターンのタイミングも。何から何まで私好み。それに彼の眼差しに飲まれた私は、途中から熱が昇ってきたのが分かった。顔が熱い。
カールは私の手を取った。それから私を見つめながら指先に口付けを落として微笑んだの。私の見た目は彼と並んでいてもおかしくないくらい大人。でも中身はそうじゃない。胸がドキドキして、締め付けられるような、ふわふわとしてうっとりとして。
「エルヴィラ・ヴァーマー! お前との婚約を破棄し、この美しく可憐なリーゼとの婚約を宣言する。リーゼに嫉妬したお前はリーゼを凌辱し、辱めた! お前の有責で婚約を破棄する! 慰謝料は改めて請求する!」
人がせっかくうっとりしているのにまたあいつか! ジグムント! 何で女性が女性を凌辱……、いや、分からんか。まあ、それはいい。リーゼってどこの貴族家の方…… 家名を言わなかったってことはまさか平民? だったらエルヴィラ様は嫌がらせなんてするまでもないし、有責なんてあり得ない。
この国では、貴族が平民に何かした場合、利害関係が何もない時なら平等に裁かれる。悪いことは悪い。でも今回の婚約みたいに利益に関わることだった場合、貴族が平民に何をしても罰せられないという法律がある。婚約って家同士の色々があるでしょう?
ほら、見て! リーゼさんはちゃんと分かってる。顔面蒼白だもの。流石に夜会会場で斬られるなんてことはないだろうけど、今の彼女はきっと崖っぷちのはず。助けに行こう! 気付いた以上助けたい。元日本人の侍魂。何か分かんないけど兎に角急げ!
「あらあら、まあまあ、ジグムント様、おかわりなく。あなたが穴という穴から液体を流しながらお見合いをしたフリーデですわ。ご機嫌麗しゅう。お隣のリーゼさんの方がご事情を分かっていらっしゃるようで、顔面蒼白ですわよ。ご存知ないの? 婚約に関する不利益を貴族に与えた平民がどうなるのか。死罪もありますのよ。リーゼさん、まだ間に合いますわ。あなたはジグムント様に巻き込まれただけなんでしょう? まだ助かりますわ!」
私を見て固まったジグムント。いや背後を見てる。うわっ、カールの顔怖っ。私は慌てて前を見ると、リーゼさんがジグムントに掴まれていた腕を振り払って、私の方に走って来るところだった。
「助けて! 誘拐です! 私は無理矢理連れてこられました! あの人と婚約なんて絶対嫌です!」
リーゼさんがジグムントを指差して必死に訴えてる。そうだよね。必死になるよね。命がかかってるんだもん。最悪その場で切り捨てられちゃう。
『婚約に関して貴族は平民に何をしてもいい』を勘違いしたのかな? 不貞側がなんで何をしても良いと思うのよ。不貞された側の権利なんだけど。そもそもお相手がジグムントのこと何とも思ってない時点でダメだよ。家の利益とか何も関係ないし。逆に不利益出るし。
貴族の婚約破棄が横行した時代にできたんだけど、そもそも普通に婚約して結婚すれば全く縁のない法律。愛する人の命に関わる貴族側と、巻き込まれたら命を失う市井の方々にはまさに死活問題。きっとジグムントは知らないんだ。ポカンとしてるもん。
「失礼! ひとことだけ言わせて! ジグムント殿との婚約解消、承知しましたわ!」
華奢な女性が私たちとジグムントの間に立って言ったわ。きっとエルヴィラ様ね。こんなに儚げな美人なのに何が気に入らなかったんだ?
「ジグムント、破棄されるべきはお前だ!」
あらら。王太子殿下まで出てきちゃった。
「人を責める前に己を省みろ! エルヴィラ殿から聞いてはいたがあまりに酷い。貴族としての責任はどうした? 私主催の夜会でこのような騒ぎを起こし、市井の女性を貴族の婚約に巻き込んで命の危険に晒す等の自分勝手な行い、力を持つ立場には相応しくない! 自ら貴族としての権利を返上するがいい! そしてお前を塔送りに処す!」
あらー、オオゴト。今度はジグムントが顔面蒼白。私はもうちょっと見ていたかったけど、恐怖からか立っているのが辛そうなリーゼさんを王宮の侍女に預けて、ずっと会いたかったエルヴィラ様に駆け寄った。
「あの、婚約相手にうちの兄はいかがですか?」
と声をかけた。
「先ほどはありがとう。あなたがお勧めする方なら是非お会いしたいわ」
恥ずかしそうに微笑んだエルヴィラ様と握手。ん? 随分鍛えてる? いやいや華奢だし、違う違う。
気のせい気のせいと気を取り直して早速兄の側にエルヴィラ様をお連れした。和やかな挨拶から始まった兄の婚活。なんか上手くいく気がする。そういう雰囲気ってあるよね?
そうそう、エルヴィラ様は王太子殿下の婚約者とお友だちなんだって。どんどん痩せていく彼女を心配して殿下に相談していたらしい。ジグムントに何かあるんじゃないのかって。
それにしてもジグムントのやつ、なんでこんなに儚げな人に暴言吐いたり暴力を振るったりできるんだろうね。完全守る対象じゃん。私がそう言うと兄は目を逸らした。
どうも彼女の方が強いらしい。Aランクの兄より強い、冒険者レベルSランク。知らないうちに兄上冒険者してた。女性でSランクはかなりレア。でもだからこそジグムントのことはうっかり手を出さないように必死で、言われた事に傷付いている暇はなかったんだそう。
反射的に攻撃してしまいそうな自分と、手を出したら確実に怪我をさせてしまうというジレンマがストレス源で痩せちゃってたらしい。命拾いしたな、ジグムントの奴。
ま、私としてはジグムントが表舞台から消えたことが一番嬉しいかな。七歳の私に彼がしたこと。当時の私の中には七歳の私とアラサーの私がいて、アラサーの私はすぐに切り替えられたけど、七歳の私が負った傷は意外と深かった。
あの時あいつに言われたことが七歳の私の心を切り裂いていたっぽい。分かんないけど、これがトラウマってやつなのかも。同世代の男の子と、当時のジグムントに似てる子がダメになった。怖いって思っちゃう。私の方が全然強いのに。
その点カールハインツは最初っからずっと大人だし、イケメンだし優しいし大切にしてくれるし一緒に戦ってくれるし、とにかくすごく良い。
彼の婚約者になれて今はすごく幸せ。なのに、昔を思い出して悲しくなる日もある。どんなに鍛錬してもまだまだ感情で揺らぐのは鍛錬が足りないってことだよね?
そんなわけで、カールと私、兄と兄の婚約者になったエルヴィラ義姉様の四人で冒険者をしているよ。まだ当分爵位は継がないし、何よりも、私たちすごくバランスの良いパーティだったの。相乗効果で凄く強い。
魔法が無い世界だから魔獣とかはいないけど、前世では絶滅していた強そうな動物がいっぱいでワクワクが止まらないよ! マンモスとか、サーベルタイガーとかね。知ってた? マンモス美味しいの。
それに実戦に勝る鍛錬はないって言うもんね? もうすぐパーティランクが上がるから、各国の国境を自由に通れるようになるんだ〜。ふふふ、ふふふふふ。
ただ、他の冒険者と言い合いになったり、強そうな動物を罵倒したりしてる時、カールが私を見てウットリしてるような気がするんだけど、まさか、ね。
完