第7話 あっしは、名無しの…
ルーシー御一行は街へと向かっていた。シンは昨夜の怪我もあり、荷馬車に乗せられていた。荷馬車は3台で道に縦列しており、ルーシーとシンは1台目の馬車に乗り込んでいた。風景は森で何も変わらない風景。特に話すこともなく揺られていると外で護衛をしていた傭兵が乗り込んできた。
「よう! 昨夜は世話になったな!」
気さくに話しかけてくる。男の肌は黄色に焼け、無精髭に伸びた髪は全て後ろに流し束ねている。この地方では変わった髪型だ。
「…?」
「覚えてないか?ないか!抑え込もうとして簡単に外された1人だよ」
男の顔をじっくり見るが、錯乱していたためか思い出すことができない。
「すみません。きの…」
「オーケー、オーケー。間近で見ていたからわかっているさ」
断りもなく傭兵はシンの隣に胡坐をかいて座る。
「俺に何か用があるんっすか?」
「大した用はないけど、あんちゃんに興味を持ってね」
(あんちゃん?あだ名でそんなこと呼ばれたことがないぞ)
ルーシーやアーサーとは顔馴染みではあるが、傭兵や商人は定期的にメンバーが変わる。偶に連続で同じ人物の時もあるが、特に接点がないため挨拶程度の関係である。このように近くで話すのは初めてである。況してや村以外の人にあだ名で呼ばれたので不信に思う。ルーシーは注意をすることなく、彼らの会話に耳を傾けている。
「俺あんってなま…」
「シンだろ知ってる! 知ってる!」
肩を強く叩く。距離が近く、人の言葉を遮るため、シンは不快感を露わにする。
「あぁ~俺、嫌われちまったか…?」
「こっちのことを知られていて、俺はおっさんのことを知ら…」
「不服に思う! あ、また言っちまったな!! ガハハッ!!」
もて弄ばれていることを察する。傭兵は話しをするが、彼は無視し外の方を向いた。シンの機嫌を損ねたのを確認するも、気にせず話し続ける。
「昨日のあんちゃん、凄かったな! バッサバッサ薙ぎ払っていく姿、カッコよかったぜ。無造作に武器を振っているのに、全て致命傷なのはどういうことだ? 頭はパーンって弾けるし、武器はぐしゃぐしゃに壊れるしで滅茶苦茶だ。火事場の馬鹿力ってやつか?」
昨日のことを悠長に話す。その内容はシンに対して批判をする訳ではなく、彼を賞賛するように話した。悪意を持って話しかけてないのがわかるとシンは口を開く。
「…俺もどうやって倒したかなんてわからないっすよ」
「あっしなら心当たりあるぜ…『天性』聞いたことはあるかい?」
『天性』
生まれながら天から授けられた才能や性質を持っている者。厳密には、何かに卓越した者がそう呼ばれる。これは戦士、魔術師、盗賊、商売人、王、農民などに限定はされず、生物全てが稀に持っていると考えられている。
数で表すなら、一国家に約10人は確認されている。あくまでも統計できるものであり。推定される数よりも多いと言われている。現にシンのように武器を奮うまで気づかない者、能力を活かせず亡くなる者もいる。また相手に指摘されるまで気づかないこともある。
天性の能力は、テレポート、分身、心が読めると千差万別だ。逆にわかりにくいものだと、金勘定が得意、消費される魔力量が少ない、赤子の時から筋肉質などがある。
それ故に統計を取るのは困難である。特定が困難で捜す余裕がないため、国からは天性に関する法律は存在しない。持っていると重宝されることは言うまでもない。見極めるには、実践でその能力を見定める以外に方法はない。
「あんちゃんは恵まれているって訳よ」
「こういうのって何か名前を付けるもんすか?」
「付けといたら態々説明をするのが省けるぐらいか。あと犬や建物、草、一物にも名前があるし…」
「チョイスが最低だなおい! あと一物に名前なんてつけねぇわ!!」
「Baby?」
「誰のあそこがベビーサイズだ」
品がない男ではあるが社交性があるように感じる。緊迫していたシンも気持ちが和らいでいった。
「そういえば、傭兵のおっちゃん名前はなんて言うんだ?」
「あっしはしがない傭兵だ。名乗る名なんてねぇよ、それに…」
突然傭兵の顔色を変えた。名無しの傭兵は荷馬車の前列にいたアーサーに指をさす。アーサーは左右にいる傭兵たちに目配りし、アーサーは独断で先行する。近くにいた傭兵がルーシーのもとに駆け寄る。
「隊長より報告、50メートル先に人影あり警戒すべし」
伝たち後、後ろの荷馬車や傭兵たちにも連絡をする。
「あんちゃんに一つ教えてやるよ。縦に並んだ隊列で周囲は森。襲撃されるとしたら、一番最初にどこが襲われる?」
「振り向きにくい後ろ…?」
「人同士の戦いで且つ奇襲をするなら後ろだが、隊列なら前だ」
「前…?前だと戦闘態勢に入りやすいんじゃあ……」
傭兵曰く、通り道に敵やバリケードがあることで足止めができる。そして引き返そうとしたところに後ろからも襲撃をかけ、逃げ道を無くす。最後に左右同時に襲撃をかける。森のような見渡しての悪い場所では、こちらは基本的に攻撃は後手に回る。索敵は必須。そのまま突撃をすることもできなくもないが、商人の目的は商品と売り上げを持ち帰ること。傭兵たちの任務は撃破ではなく、雇い主と荷物の護衛である。それを考慮すると押し通ることは得策ではない。そのため地形を把握していて腕に自信があるアーサーが先行した。
「さぁさぁ、旦那が奇襲に成功すれば来るぞ来るぞ~」
名無しの傭兵は鼻歌を交えながらシンを一度見て、荷馬車を降りた。
「さぁ…シン、君はどうする?」
ルーシーもまた傭兵と一緒で嬉し気にシンに問いかける。
(試されているのか…俺…?)
前方で化け物の叫び声が聞こえた後、周囲の森がざわついている。森の中から数本の矢が無名の傭兵に向けて放たれる。傭兵は難なく、矢を剣で払い除ける。それを合図に左右から小鬼たちが飛び掛かる。