第6話 思い出は夢の中で
「死刑にならないってどういうことだよ、さっきは死刑になるかわからないって言ってたじゃねぇか!」
「死刑にならないしさせないんだよ」
「どういうことだ?」
シンは歩みを止める。ルーシーは振り返る。彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「過去の一部を事件偽装するってこと~」
「それ、本気で言ってるのか? 俺が納得するとでも思うのか?」
無意識のうちにルーシーの胸倉を掴鷲む。そのままシンの目線まで持ち上げてしまう。女性と男性の体格差があり、首が締まりかけ咽込む。それに気づき急いでルーシーの胸倉を離す。揉みくちゃになった胸元を整え直す。
「質問を質問で返すけど、君は本当に友を殺したと本気で思ってる?」
「……」
「よく考えなよ。君の記憶だとゴブリンが来たところまでは明確に覚えているのに、友人の記憶だけが抜けているのは可笑しいじゃないか」
「精神的に参っていたから…」
あの戦闘で複数もいたのにゴブリンをどう対処したのか?
最後尾でシン1人だけが残されていたのに子供たちはなぜ戻ってきたのか。
ゴブリンは生き残ることができ、逃げようともせずに出入り口でシンを見ていたのか。
これら3つの疑問が残る。
「状況証拠と君の戦闘ぶりではやりかねないけど、訓練も受けていない子供に複数を相手取ることができないでしょ」
「じゃあ誰が……」
「君が小鬼たちを連れてきてしまったことは罪だ。しかし15年前の事件と今回のことには何か裏があると思うんだ。だから犯人を捜すために僕が手を貸す、協力したいんだ」
シンにとっては願ったり叶ったりだ。だがルーシーは商人だ。そういった申し出に裏があることぐらいはわかる。
「有り難い話だが、俺は出せるものなんてないぞ」
「ある。君の力、労働力がほしいんだ。前の夜に言っていたでしょ?」
ここで契約を持ち掛けてきたのだ。
「君の力はここで腐るには惜しい。僕ならシンを活かすことができる」
その言葉に嘘偽りはないだろう。
ルーシーの今までの話が本当なら、行商が魔物による襲撃が増えているのもあり、戦闘力として補強したかったのかもしれない。
また魔物の襲撃が活発化している原因があるのは明白だ。その原因を究明したいと思っても不思議ではない。そして15年前と今回の事件、それに関係する中心人物の1人だ。
だからシンを欲しているのだろう。目的が不透明ではあるが、互いに欲している部分があるのだ。
「道は違えど、一度交わった道だ。この縁を僕は無駄にしたくない。だから僕のもとで働いてほしい」
「俺は村を救うために動く、だからお前の道に村を救うことに繋がるものがあるなら惜しみなく協力する。どんな無茶もやり抜く」
「そう言って貰えると頼もしいよ」
「だがもし村を貶めるようなことがあれば、俺は容赦しないからな…」
「わかってるよ。僕と君は友だ。そんな裏切るようなことは絶対ないね~~」
ここに労働者と事業主との契約がなされた。正式なものではないが主従関係の間柄になった。
村長とルーシーとで今後のことについて話し合った。結論として、ここ数か月の取引の停止。街から衛兵の巡回日を設ける。外部の者が村に泊まることを禁じた。これらの理由は、外部の人間が村に長く滞在してしまったために独自の環境が変わってしまったと結論付けた。今後、何が起こり得るか分からないため、巡回日を設けた。
更に過去に起きた、子供の惨殺事件は村長らと改めて話し、裏付けが取れた。村人の反応としては、シンが全て行ったものだと認識していた。
過去と今回の事件を踏まえ、シンは村から離れることになる趣旨を伝えられた。村を離れることを拒む村人は、誰もいなかった。そのことについて彼は何も言わなかった。言える立場ではない。シンとその友人の行いで村を壊滅させたのだ。彼に対して直接非難がないのは救いなのかもしれない。
彼は身支度をせず、そのままルーシー達と一緒に村の出入り口に向かった。1人の村人が初めて外の世界を出るのに誰も見送ることはなかった。シンの背中はどこか寂しかった。彼も気を紛らわすために積み荷を運ぶのを手伝おうとした。しかし皆、彼の怪我の具合と気を遣ってか提案を拒否した。特にやることがなく、空を眺めていた。そうしている内に時間は過ぎ、作業は終えていた。シンは振り返らず荷馬車に乗り込もうとする。
「--------------待って!!」
その声はミラの声だ。シンはすぐに振り返る。
「間に合ってよかった…ごめん、準備をするのに時間が掛かって…」と彼の手にウエストポーチが渡される。
「これは…母さんが出かけるときに着けるポーチじゃないか、受け取れないよ」
「いいの。今までシンちゃんにしっかり与えることができなかったから…私なりの気持ちなの」
ポーチの中にはポーションやダガー、サバイバルにおいて必要最低限の物が入っていた。
「不器用でナイフはすぐに潰しちゃうど思うけどあって損はないと思うわ」
鞘の革はくたびれ、柄は何の装飾もない、グリップ部分の木は日焼けして色褪せている。だが刃は研磨され刃こぼれなく、しっかりと手入れが行き届いているのが素人目でもわかる。このナイフは彼女にとって大事な仕事道具だというのが見て取れる。
「ありがとう。母さんのナイフこのままの状態で返して、また二人で暮らそう」
故郷を去る別れを惜しみ抱きしめる。それを遠目から見つめるルーシーとアーサーがいた。ルーシーは浮ついた様子であったがアーサーは違った。微笑ましい親子愛を彼は睨み据えていた。
「やっと始まるよ。アーサー、とても長かったね」
主人の呼びかけに答えようとはせず、編隊の先頭へと移動するが、彼の視線は親子に向けられていた。ルーシーは、彼の心境を理解しているのか咎めることはなかった。
「ホントこの村は気持ちが悪い…」
誰ともなくそう呟いた。