第5話 彼らはそこにいなかった
リビングに向かうとルカが机に伏して寝ていた。足音に気付いたのか目をこすり、シンの元に駆け寄り抱きしめる。
「シンちゃん! 目を覚ましたのね!! 心配したのよ~~~」顔と顔をすり寄せる。
「ごめん、母さん。恥ずかしいからやめてくれ」
「そうわね! お腹空いてない?喉乾いた?ねぇ? ねぇ? ねぇ~?」
「あぁぁ!! とりあえず飲み物を持ってきて! 早く!!」
過保護な母親に友人の前で見せられ、シンは顔から火が出た。台所へとミラを押し寄せる。ルーシーは微笑みながら、やり取りを見ていた。
「部屋に出る前の質問って記憶のことと関係するの?」
投げかけられた質問に答えないのは、的を射ているのだろう。彼女はそれ以上に話すことなくミラを待った。ミラが3人分のお茶を用意し席につく。
「私がいない間のことを彼女から聞いたわ。シンちゃんが大怪我をしたと聞いたときは心臓が止まるかって思った…」
「すまない、母さん。あの時は理性が保てなかってなくて…」
「親子水入らずで話したいと思うけどシン、君が一番聞きたいことがあるんじゃないのかな?」
「そ、そうだった…」
「回りくどいことはなしだ…、俺は昔、友人を殺したのか…?」
問いかけに周囲は沈黙した.。予め暗示していたからなのか、ルーシーは沈着な面立ちだ。ミラが漸く口を開く。
「思い出したのね…シン」
思い出した、この一言にシンは合点がついた。夢と現実が入り混じり、ただの夢である可能性はあった。しかしシンには現実だという確証があった。小鬼を見た時、『あの』という言葉を使った。それは既に知っていたという事実だ。そしてもう一つ理由があった。
「初めて見る小鬼に恐怖心じゃなく、復讐心を覚えたんだ。特に小鬼の青ざめた顔を思い出すと…」不気味に笑う。
「化け物どもの死体の山に何故か子供の遺体があるんだ。全て頭が潰れているんだ…」
「シン、あなたがわかっているならもう話さなくていいのよ」
「わからないんだよ!なんで俺はあの夜、外に出たんだ!なんで小鬼が来たんだ!」
「知って後悔しないわね?」それに頷く。
「わかったわ、これはシン自身が話してくれたことよ」
15年前、子供たちの誰かが、村の外で夜に満月を見たいと言いだした。村からでも見えなくはなかったが、高い建物はなかった。森の奥に千年もなる大樹があると噂され、その木の頂上で月を見たかったという。大人たちからは危険だと注意されていた。だが子供というのは危ないということに対し、好奇心が湧き行動に移す生き物だ。
大人たちが寝静まったのを見計らい、シンと年近い6人の子供が外に出てしまった。
年上の男の子が先導に森の中を歩いた。道を知らず、すぐに迷子になった。あてもなく突き進み、気付かぬうちに小鬼の縄張りに踏み入れたのだ。彼らはシン達を見つけると数を連れて追いかけた。小鬼にとって人間の子供は玩具のようなもの。子供の足では簡単に追いつくことができる。だが奴らの快楽と娯楽のためじわじわと追い詰めていく。
子供たちが村の入り口まで差し掛かったところで、最後尾のシンが転倒した。友人たちはシンには目もくれず走り去った。振り返ると小鬼たちが迫っており、シンに手をかけたところで記憶がなくなったらしい。
騒ぎに気付いた大人が駆け付けば、小鬼と子供たちの死体。そしてシン1人だけが全身血まみれになって突っ立っていた。シンはずっと森の入り口をじっと見つめていた。そこからシンは心を閉ざし会話ができなかったそうだ。
ある時から、少しずつ会話をするようになった。先の話題が出ると硬直し意識を失うため、村の皆はこのことを話さぬように誓った。そして今日まで小鬼は来なかった。
「母さんの言う通りだ……だが一匹倒した後の記憶が思い出せない。…ただ確信があるのは、昨夜来た奴らの中に生き残りがいた」
「なぜそう言えるの?」
「いたんだよ。俺が森の入口で見ていた……睨んだ先に…奴らは数を増やして仇討ちに来たんだ!」
誰も彼の言葉に反論をしなかった。小鬼が2度もこの村に襲撃をしたことに彼の主張に筋が通るからだ。反論の余地がなく、2度目の沈黙が続く。話を進めるべくルーシーが口を開く。
「それで今後についてを村長達と交え相談します」
「よろしくお願いします。それで…シンの処遇は……?」
「わかりません。彼には証人として、僕たちと一緒に街に来てもらうことになります」
「そんな……シンはシンは…罪に問われるってこと?」
「今回のことで問われることはないと思いますが…シンが友を殺したと自供した以上は…」
「僕もできる限り彼を擁護するつもりです」
シンは黙っていた。己の罪をよく理解しているからだ。犯した罪をもみ消すようなことを彼はしたくなかった。ルーシーは家を出る直前にミラに問う。
「最後に確認ですが、甘い臭いがする物って何かご存知でしょうか?」
突然の脈絡もない質問に意図が読めず少し考える。
「薬で知る物はありませんね」
シンは甘ったるい匂いのことを思い出し、詳細に聞こうとするとルーシーが遮り、
「そうですか、わかりました。それではお元気で~」
シンをよそにルーシーは彼を連れて颯爽と立ち去る。
「おい! なんで臭いのことを詳しく聞かなかったんだよ! 母さんなら詳しく伝えればわかることあったんじゃねぇか!」
「まぁまぁ落ち着いてシンくん君。これ以上お母さんを心配させるのはよくないからね~~」
「何が『ね~~』だよ。俺がおかしくなったのはあれが原因で…」
「物事には順序があるんだよ。話すべき時と話さなくて良いことがあるんだ。だから今はその時ではないのだよ~」
「今は俺にも話せないのか?」
「そういうこと。シンにも話すべき日が来るから、その時まで待っておいてよ」
「俺が死刑にならなければの話だけどな」
「えっ?死刑にならないよ?」
「はぁ?」