第4話 カシンの過ち
俺は今、高揚感で胸が満たされている。今、俺は誰よりも人の役に立っている。誰よりも化け物たちを殺していると過信していた。奴らの青ざめた顔を見るのが気持ちよかった。
小鬼1体、1体を一撃で仕留めては、奴らから武器を奪い、乱暴に振るう。悲痛な叫びが苦痛の叫びが村全体に木霊する。中の村人は、化け物の叫び声に更に恐怖する。
腕を噛みつかれ、足や肩、腕を斬りつけられ、隙を突かれ頭部に棍棒を殴りつけられても体は止めようとはしない。
最後までやり遂げたかった。例えるならゴキブリを見つけては潰し、また見つけては潰すように殺した。害虫を一匹残らず潰さなければならない。逃してしまうと数を増やして、また村に来てしまう。
俺は誰よりも上手く殺すことができる。誰からも賞賛がないのに自負していた。
額から流れる血が目元に流れ出す。何度拭おうとしても血が垂れてしまう。視界が真っ赤になる。さっきよりも視界が悪い。暗く、霞、影のように見える。数が少なくなってきた。
兎に角、目に付いた形あるものを徹底的に叩くことに決めた。
遠くに1体が見えた。そいつにターゲットを絞る。俺は全力で走った。今度は逃したくはなかったから。途中2体が遮ってきた。奴らに構わず、俺は遠くにいる奴を優先した。何故かそいつを確実にやらなければならないという使命感に駆られた。
そいつを逃せば終わらないって。終わらない?何だ?この時はそんなことを考えなかった。奴らは俺を制止しようとするが振り切った。
壁際まで追い込み、俺は持っていた斧を両手で持ち、いつものように振り振り降ろそうとした時だ。
「止めろッ!!」
その声がルーシーの声だと直ぐに分かった。
我に返る。視界が安定してきた。小鬼だと思っていた影はルーシーだった。
彼女の名を呼ぼうとしたら、
「その手を降ろせ!!早くっ!今すぐにだ!!」
軽い口調で貫禄のないあいつが姿勢を伸ばし、声を張り上げていた。この命令口調は俺に言っていないのがわかった。背後から視線を感じ、寒気立つ。
顔を右に向けようと…。
「シン動くな!!斬れるぞ!!」
そう、首元に刃があった。その距離は読んで字のごとく、首の皮一枚だった。
そもそも何で俺はルーシーを殺そうとしたんだ……?疑問は募るが、まずこの状況をどうにかしなければならない。
両手に持った斧を地面に落とし、そのまま両手を上げた。直後、後頭部に強い衝撃を受け、意識を失った。
目を覚ます。まず最初に頭が痛い。後ろと額を2か所も殴られたからか、頭痛がしているのかもしれない。
頭以外も至る箇所が痛い。動き回っていたときは痒み程度だったのに…。
自室でベッドに寝かされており、手当てをされているが手足はロープで拘束されている。
あの甘ったるい臭いを嗅いでから何もかもが可笑しくなった。
記憶にない幼少期の記憶。異様な興奮。無謀ともいえる行動。
誰から見ても正気を疑ってしまう。動きようがないから声を上げる。
「おはよう。正気はどう~?」
「あぁ…おはよう。あと調子はどう〜?ってノリで聞くことかよ」
「ハハハ。受け答えは大丈夫そうだね。体の具合はどう?」
「痛いで済んだのが…よかったっと言うべきかなのか」
「訓練を受けていない市民が戦えば重傷…死んでいただろうね」
「ルーシーやアーサーさん、村人達には怪我はないのか?」
「みんな怪我はなかったよ」
互いの安否を確認したあと本題に入る。
「君のロープを外したいところだけどね~~。わからないことだらけだから、どうして暴れたのか納得できるまで拘束させてもらう」
「はぁ…その通りだ。俺自身もこんなこと初めてでわからないことだらけだ。どうすれば外してくれる?」
「話してほしい、最初から。あの夜起きたこと全てをね」
ルーシーの顔はいつもとは違う深刻な表情だ。今の彼女なら俺の話を受け止めてくれる気がした。
「要約すると甘い臭いがして幼少期の記憶を思い出した。不調をきたし感情が抑えられなくなった。そして無我夢中になり…」
「小鬼たちをちぎっては投げちぎっては投げ、僕の頭にアックスをズッコーーーンゥゥ!!ってやりたかったわけね」
「うん。合ってはいるけど、陰鬱な雰囲気なのに急な擬音とボケで雰囲気が台無しだ」
「じゃあ…少し戻そう。小鬼が全滅したことに気が付かず、僕をやろうとしたんだね」
俺は静かに頷いた。
ルーシーは少し考え込む。俺の表情を観察する。
「僕は医者じゃないし専門的なものはわからないけど、僕を襲おうとしていた時の顔付きとは別人に見える」腕と足のロープを解く。
「一応信用はしてもらえたのか」
「いつものように適当で曖昧な返答してくれたら信じたけど、発狂するよりかはマシかなって」
今までのがバレていた。指摘をしないから自己中で鈍感な奴だと思っていた。
こんなにも話がスムーズにいくとは思わなかった。狂乱者の妄想で相手にされないはずの内容だ。
今の話だけでは信用できないが、俺の人となりで判断したのかもしれない。
「甘い臭いは、戦っている間も臭いはしなかったよ。シンだけが鼻が良かったっとしか言いようがないね」
「そうそうミラさんはもう帰ってるから、幼少期の詳細な話を聞きに行こう」
母さんの元に行く前に俺はルーシーに尋ねた。胸につっかえることがあったからだ。
「知ってたらでいいんだけどよ。お前の街にクルス村から来た俺と年が変わらねぇ奴を見たことがあるか…?」
「……君が何を思い、何を期待し、何に不安に思っているかわからないが答えよう。シン達のような特徴のある容姿を村以外で見たことがない」
「そうか…急に変なことを聞いたな…」
母さんに会うのが怖かった。今まで母さんを心配することはあったが疑ったことはない。母さんは俺に嘘や嫌なことをしたことはない。
俺のことを一番知っているのは母さんだ。逆に俺は母さんのことを何も知らない。
だからなのか今、初めて母さんを疑っている。あの記憶がただの夢ならそれだけで済むし、以前と変わらず慣れない薪仕事に戻るだけ。
もし真実で、沢山の死体が本当にあったのなら、俺は……
人を…殺している。