第3話 夜の踊り子たちは…?
俺たちは村の中を駆け回っていた。日は出ておらず、月明かりだけが照らしていた。
道が広く、草は足首まである。柵が俺たちの身長を超え、高く見えた。こんな真夜中に子供たちだけで走り回るなんて危険だ。親がそんなことを許すわけがない。
いけないことをやりたくなるのは年頃だ。その後ろめたさに心が高鳴っているんだと思う。
だが俺は幼少期にそんなことをしたことはない。それが夢であることはわかった。
明晰夢だとわかれば自由に夢の中で体を動かせる。そこで足を止めることだってできる。だが足を止めず走り続けていた。
最初はただの好奇心からで走っていたのだと思っていた。恐怖心に駆られていた。足を止めると死んでしまうと直感した。
誰に追いかけられているか振り向こうとした時に目が覚めた。
まだ夜だったが雨は止んでいた。夢の中で漂った臭いがまだ鼻につく。それだけじゃない、村の外、森から微かに足音が聞こえる。
真夜中に村人が外に出る者はいない。あるとすれば母親ぐらいだ。鼻を軽く押さえ、ルーシー達を起こさないようにそっと外に出る。
玄関扉を開けるも母親らしき影は見当たらない。気のせいかと思い、ベッドに戻ろうとした。
先ほどよりも臭いがきつい…。独特な甘い香りが森の外からする。臭いがきつくなるにつれて、足音が村へと近くなっていることがわかった。それも一つや二つでもない、村の周囲を囲まれていた。口元を抑えつつ、ルーシーのもとに向かう。
「ルーシー……起きてくれ…!」
嗚咽しながらも、か細い声を出した。起きたのはルーシーでなくアーサーさんだった。アーサーさんは俺の様子を観て、無言でルーシーを揺さぶり起こす。
「うぅん…。シン、その様子どうしたんだ?」
「俺よりも……村の外から足音がする…」
「足音…」
彼女は形相を変え、続いてアーサーさんに指示をする。
「アーサー、準備しろ」
起きたとは思えぬほど対応が早かった。アーサーさんはルーシーの指示よりも早く、1分足らずでレザーアーマーなど装備し準備を整えていた。こういう事態には慣れているのか…?
「足音はどこからかわかる?…シンしっかりしろ!」
視点が合わない。ルーシーの顔がぼやける…。俺はその場に倒れ込んだ。
意識はおぼろげにはある。俺は今、ルーシーに背負われているようだ。たぶん安全な場所に運ぶんだと思う。この村には兵士はいない。もし村人全員を守るなら一か所に集める必要があるんだろう。村の集会所だろう。ここなら村人全員がギリギリ入る。俺が一番最後に入ったようで、玄関で寝かされていた。
外からは傭兵たちの上げる声と魔物の咆哮、武器と武器が打ち合う音が中まで聞こえる。傭兵や魔物の張り上げる声が聴こえるたびに、村人達は怯える。
怯えている…?
あんたらには農業や肉体労働で築かれた屈強な肉体があるのになぜ戦おうとしないんだ…?
ただ平和ボケして毎日暮らしているから今、後悔するんだろうが…。腹を立て、嘲笑っていた。
それは俺自身もそうだ。俺も何もできず体を動かせない。自分に腹を立て笑った。
我慢できず腹を抱えて笑っていた。村人たちは俺を異常者を見る目で見ていた。
誰かが俺の口を手で抑えた。抑えられた手を力づくで払い除けた。
皆々魔物に気づかれぬよう必死になり口を押さえつける。
だが俺はやめることができなかった。兎に角可笑しくて仕方なかった。
皆が必死に押さえ付けようとするのには、簡単に払い除けることができる。
今の俺なら何の根拠もなしにできる気がした。強固な村人たちが俺に苦戦しているんだ。
魔物だって殺せると自分に酔っていた。
「2体ぃー! 集会所に行ったぞー!!!」
傭兵の声と同時に出入り口の扉に衝撃が走る。
扉には気持ちばかりのつっかえ棒一本だけだ。いずれ破られる。
一度、二度と衝撃音が施設内に響く。死が舞い込もうとしてる。
いつ蹴破られるかいつまで持つのかわからない。
次が音が最後なのかそれとも次なのかと恐怖が伝染する。
悲鳴が上がる中、俺は笑いが止まらない。扉は持つことができずとうとう開いてしまった。
折れた棒が俺の近くに転がり落ちる。
あの大きな口に大きな手、あの醜い形相。体中から漂う獣臭、上半身は裸体の小鬼。小鬼だ。
目は血走り、口からよだれを垂らしていた。1体はナイフを、もう1体は棍棒を持っていた。
棍棒を持った1体が一歩退いたように見えたが、村人たちが怖気づいているのがわかると奴らは一歩、また一歩と近づいて来る。
デジャブか。前にも横たわっていた……走り転んでしまった。
後ろを振り返った時、小鬼たちがいた。
子供の俺を舐るように見ていた。一体が一歩また一歩と歩み寄っていた。
あの時俺はどうしたんだろうか…。
あの時も近くに木の棒があった。日中にチャンバラで遊んでいた木の棒だ。
無意識に手に取る。これが当たったらどんなに気持ち良いのか。楽しいのかと思った。
どうすれば気持ちよく当てられるのかと考えていた。
肩幅に足を開き、安定した姿勢で体全体を使って真っすぐに棒を振り上げ、膝を曲げて腰を落とせば割れる。
そうイメージをし、俺は………
小鬼の脳天に勢いよく棒を振り落とした。
頭部が砕け散る。棒は枯れ木のように力尽き、先端から後端へ灰塵と化した。
無意識に力尽きた小鬼のナイフを空中で掴んでいた。
もう1体が動き出す前に走り込み、そのまま体重を乗せ、ナイフを平行にし、胸元へと深く突き刺した。
視線を上げると今度は奴が恐怖していた。瞳孔が開き、怯えている。奴が後悔しているのがわかった。
俺の周りは死体だらけだ。だらけ?後ろには老いた村人たちが生きているのに死体だらけに見えた?
何の死体だ?この小さい死体は…。
それに俺は小鬼のことを知らないのに恐怖していると理解できた?
あぁ……思い出した。
あの時、殺し損ねた小鬼の顔とそっくりだ。