第1話 ---がうまれた村
「はぁ…。気を抜くとまたこれだ」と折れた斧を投げ捨てる。
「シン。また壊したの?」気さくに話しかけてくるのは、商人のルーシーだ。
彼女の父親がこの地域を占めていた。つまり大商人の娘だ。
5年前にルーシーの父親は、街へ帰る道中で魔物に襲われ亡くなった。
その跡を継いだのがルーシーだ。彼女とは取引相手ではあるが、年が近く、村の外の情勢や出来事などを話してくれる。
俺以外の村人とも会話をし、友好を深めるとともに市場調査をしている。
爽やかな雰囲気で男性にはモテる顔つきだ。顔だけが良いのなら男性に受けはいいが、商売人の子だけに口が立つ。
代が変わっても、彼女の人柄が良いから交易を続けられるのだろう。
シンは彼女を苦手としていた。
「ルーシー…。普段家に来ないお前がなんでくるんだよ」
「こっちに来たのには…シン。お前に会いたかったからだよね~~」
「ホント、それやめてくれ。そっちの性癖ないから」
「ハハ。冗談はこれからとして斧が空中を舞っているのが見えたんだ」
実情は刃の部分が丸太に突き刺さり、柄が折れている。
「初めて間近で見ていたがこんな風に折れるんだなぁ…」
「運が悪いと丸太ごと叩き割れる」
「それは…誇張しすぎじゃあ……うわぁーすごーい。割れたぶっとい丸太を山盛りで簡単に担いでる~」
「処分するのが勿体無いし割っていたんだ。手伝ってくれるか?」
「僕ぅ~力仕事は得意じゃないんでアーサーよろしくぅ~~」
何の前触れもなく、ルーシーの後ろから現れ、薪割りを手伝ってくれる。
彼はルーシーの警護役のアーサーだ。傭兵ギルドから派遣されている。
口数が少なく、自分からは話しているところを見たことがない。そして表情が乏しい。
たまに彼の存在を忘れることがあり、ブラハムが気を遣い人の輪に入れるようにしている。
ルーシーの父の代から雇われているようで、村人は彼の存在に慣れているようだ。
「今日来る日だったか?かなり早いんじゃないか」
「傷みやすいものが珍しく早くに届いたからね~~」
訪問日が前後差することはよくある。
「そう云えば母さんはそっちに顔を出したのか?」
「ミラさんは薬を積んだ後、そのままシンの家の裏の森の方に行ったよ」
「またかよ。行くときは危ないから一人で行くなって言ってるのに…」
シンの母、ミラとルーシーは得意先だ。
都市部でも薬屋はあるそうだが、ミラの薬の方が傷や病の治りがよく人気らしい。
ここ最近魔物の出現が増えている。
昔から村の外では魔物の森として有名な土地であり、人の行き来が少ない。
その無茶を知りつつ彼ら行商は訪問するのだが、被害は出る。
行きと帰りで最低でも2度は遭遇するらしく、時には待ち伏せをされることもある。
以前は傭兵を2人ほど雇っていたが、襲撃が増えるに連れて傭兵の数は8人にも増えた。
それでも行商が来るのは、母親の薬の効能が良いから多少無理してでも買いたいからだ。
「ミラさんはこの森のことを知り尽くしているし大丈夫じゃないの?」
「それはそうだが母さんももう歳だし……」と言葉に詰まった。
「そういえばミラさんって幾つなの?」
「俺は今年で19だし……早くに産んでいても15ぐらいだろうし…。にしても若々しいが……」
2人は驚愕し、顔を見合わせる。
「だと…36歳だけど…ママンより若く見えるけど。因みにママん3は7歳」
「36より下だと…」
「仮に生んでいたらシンのパパんロリコン認定しちゃうけど大丈夫?」
「いや親父が若いと……」
「シン…」
憐みの目の視線浴びる。
「違う違う!!親父の名誉にかけてないから!親父は母さんより年上って聞いたから」
「いや、だから12歳より下にいっちゃうとロリコンじゃん……」
この時代は結婚する年齢が人それぞれであり、ロリコンの基準は曖昧である。
「いやもしかして……さては、君の母ちゃん化け物かぁ~?」
「いやいやいやいや!!! 違う違う!! 化け物の子じゃねぇよ!!」
「ホントかな? ホントかなぁ~~?」
ルーシーはシンの顔をギラギラした目で覗かせる。
(アーサーさん助けて!!!)
シンは視線を送るが、彼は目を向けず淡々と薪を割る。
「顔近い!! 気持ち悪い!! アーサーさん! アーサーさん! 無視しないで!!」
彼は表情を変えず、視線を合わせようとはしない。
「シンを揶揄うのは楽しいね~~」ようやく顔を離してくれる。
「腕の立つ薬屋さんなんだし、なんか若返りの薬とかあるんじゃない?」
「普段母さんが薬飲んでるとか塗ってる姿とか見たことねぇよ」
「ふーん。そっか」と一応納得した様子。
「あと…」
ルーシーが何か言おうとした時、鼻先に一滴、水が滴る。
1つ、2つと地面が沁みると急激に雨が降ってきた。シンの家に駆け込んだ。
「これはしばらく降るぞ」
「あぁ…この雨だとどれぐらい降りそうかな…?」
「この感じだと夜まで降るなぁ。道中に宿とかあるのか?」
「宿はないね。いつもなら今ぐらいに村を出て、日没前に街に着くんだけど…」
アーサーに出発できるか確認を取る。
上空を見て少し考える素振りを見せ、横に首を振った。
「だそうだ。雨が降ると視野が狭まり、周囲の音が雨音で聞き取りにくくなるからかなり危ないんだよね」
「わかった。村長たちに掛け合って、みんな泊まれないか掛け合うわ」
シンは大雨の中を走っていく。