桜花におもふ
毎年やってくる冬の支配者
かの将軍が ようやくつめたい足をどけようとするころ
寒風のきびしさに ながらく色褪せていた山のみどりの中
その屏風のあちこちに
ほわほわと
桃色の靄が浮かびはじめる
ああ、春がきた。
それを見て ようようとそう思う
はかない花だと知ってはいても
ぐるりと一年が過ぎればまた今年も また来年もと
その桜花を愛でようと
ついつい あちらこちらへと足がのびる
さくらの季節は わかれの季節
そして 出逢いの季節
「さようなら」
「おめでとう」
「また会おうね」
「元気でね」
そんな言葉を 何度も何度も
この木は聞いてきたのにちがいない
身の丈に合わぬ真新しい制服に身をつつみ
どれほどの少年少女が この下を行きかったことだろう
新たな未来に少し身構え 怯えながらも
たくさんの はちきれそうな期待を隠しきれずに
そして どれほどいたのだろう
「あと何年見られるかしら」
「今年もほんとうにきれいだね」
そう思いながら 言葉をかわしながら
重い足をゆっくりと進め この花を見た人が
あと幾度 幾年 この夢のような景色が見られるのかと
自分の命を 伴侶の命を かぞえながら
ようやく咲いた桃色の衣を散らして
新たに萌えでるみどり葉に あとを託す桜のように
はらはらと 桃色の花弁を散らす風
それはまだ あっというまに指先や足先をつめたくする
それなのに ゆるりと頬をなでて過ぎてゆくとき
ひどくやさしく ぬるんでいる
さくらは今年も 声もなく散華しながら
ただ ひそやかに
夏を喚ぶのだ