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ハリウッド・スキャンダル

作者: 阿門 右




ハイ、俺の名前はジム・ナラティブ。

ハリウッドの俳優だ。

ここでは俺の身に起きた、奇妙な出来事について話そうと思う。

まあ、奇妙って言っても、人は大した話じゃないって言うかもしれない。

当たり前の事だよって言われるかもしれない。

だから今からする話は、俺個人限定で理解してほしいんだ。

何て言えばいいか、そうだなーーー、そうそう個人的体験ってヤツだ。

要するに、俺はそれによって劇的に変わってしまった。そして世界に対する見方も予想もしなかった方向に変わってしまったわけだ。俺は別の人間になったし、世界も別のものになった。

その事について話すから、よかったら聞いて欲しい。

じゃあ、もう少し自分について話そうと思う。


俺が生まれたのは、オクラホマの田舎だ。そうなんだ、すんごい田舎。

町全体がトウモロコシ畑に囲まれてるような田舎だ。

ビリーザキッドって知ってるかい?そいつに牛を盗られたっていう牧場があった。それが町でただ一つの観光名所になっている。

まあ、そんな所だ。

俺はそこで、料理上手な母さんのパンケーキをたくさん食べて大きくなった。すくすくと健康に成長したんだ。

どこにでもいる子供さ。

夏はレモネードを売って小遣い稼ぎするようなね。

もちろん勉強は嫌いだった。

だから授業中にプリントをちぎって食べて、口の中で丸めた紙つぶてを前の席のやつにぶつけてたんだ。そしたら親が学校に呼び出された。

でも田舎のガキってそんなもんだろ。


自分が遺伝子からの贈り物をもらっていると気がついたのは十五歳の夏休みだった。

すれ違う女の子が、みんなクスクス笑うんだ。

最初はなんで笑われているかわからなかったから、馬鹿にされているのかと思った。

だから俺は相手を捕まえて、凄んで、馬鹿なことはよせ。やめねぇと女でも笑えないような口にしてやるぞって言ったんだ。

もちろん、脅しであって本気じゃない。

そしたら女どもはウサギみたいに逃げて行った。で、遠くからこっちをチラチラ見ながらクスクス笑っているんだ。

混乱したね。だから母さんに聞いてみたんだ。


『最近さー、女の子が俺を見て笑うんだよ。脅しても効かなくてさ。ねーママン、どうしたらいい?』


そしたら母さんは誇らしそうに、俺の髪をくしゃりと撫でて言ったんだ。


『ジミー、イタリアのお爺ちゃんの血が濃くでたのね。ほんとにそっくりだわ。あんたのお爺ちゃんはそれはそれは男前だったんだから。女の子はね、お前からデートに誘って貰いたいんだよ。だから今度お前から誘っておあげ』


まあ、そんなわけでデートの相手には不自由しなくなったよ。会ったことないイタリアの爺さんのおかげでいろんな体験がお手軽にできた。

それからはよくある話で、女の子の一人が自殺未遂の騒ぎを起こして、俺の悪評を隣町にまで広めてしまった。

今から考えると、かわいい話だよな。

これが今じゃ全米だぜ。ホント勘弁してほしいよ。


ハイスクールを卒業すると、いよいよ運試しの季節だ。

ロスアンゼルスまで行って、俳優組合に登録して、パートタイムの仕事をした。

代理人が持って来る端役をこなす日々だ。

まあ、この世界には顔がいい奴なんてごまんといる。

オーデションに落ちる毎日から抜け出すのは正直大変だった。でもハリウッドは歯車が回り出すとあっという間にすべてが上手くいく。

気がつくと俺は、B級映画で主役を演じる位置にまで登りつめていた。


そうなると放っておかないのが、ゴシップ雑誌だ。

未来のスター候補がナイトライフでどんちゃん騒ぎをしているんだからそりゃ目立つよな。

俺は相変わらずの、不義理不人情で女の子を泣かせていた。

だから雑誌のページを飾るのも時間の問題だった。

『ハリウッドの間男こと、ジム・ナラティブがおしどり夫婦に亀裂を入れた!?』

この見出しは、今でも覚えているね。

俺は映画俳優の仕事より、こっちで有名になった男なんだから。

まあ、このゴシップのおかげで殴られるわ敵は作るわで大変だったんだが、主演を掴めたことも確かなんだ。

そしてそれがそこそこヒットしたんだから、人生わからないよな。

アカデミー賞なんてもちろん貰えなかったが、これでスターの端っこに仲間入りだ。

大手を振って毎晩のように開かれているどんなパーティにも顔を出せるんだ。

最高の気分だったね。


そしてその日がやって来たんだ。

蒸し暑い夜だったな。

俺はビバリーヒルズの知人の家で開かれたプールパーティに参加していた。

色とりどりの水着をつけた男女が、プールの中で押し合いへし合いしている。

夜空には星が点滅して、カリフォルニアの気持ちいい夜風が、椰子の葉を揺らしていく。

お喋り、笑い声、カクテルグラスの触れ合う音。

挨拶のウィンク、香る香水、ユーモアと皮肉。

人生の輝かしいネオンサインに囲まれて、俺は酩酊していた。

素晴らしいよ、人生って奴は。

そんなことを誰かに言いたい気分だった。


そこで俺はあの女と出会った。

ミミ・ネグリ。

どんな手を使っても、上に行こうと決めた女。

まあ、早い話がプロデューサーと寝て、いい役が貰えるんなら、こっちからお願いするわって営業方針の女だ。


『あんた上手くやってるよね』


彼女から話しかけて来た。俺はスキャンダルを使って成り上がったような男だから、自分と同族だと思ったんだろうな。


『どうも、ミミさん?ゴシップ誌のページだとよく隣同士になるけど、こうやって一緒に座るのは初めてだよな』


俺は彼女と肩を並べながら言った。

それから、ひとしきり話しをした。俺の感想?

いい女だと思ったよ。でもこっちは彼女の悪評を散々聞いていたからな、踏み台の一つにされるほどお人好しじゃないぞ。そう思ってたんだがね。

ミミが席を立つ時、イヤリングを落としたんだ。多分わざと。


彼女が背を向けて屈む。

シルクのナイトドレスの張り付いた、形のいいヒップが手を伸ばせば届く距離にあった。


『送っていくぜ』


気がつくと俺はそう言いいながら、ミミの腰に手をそえていた。



一ヶ月後にミミが言った。


『どうしよう、出来ちゃったみたい』


嘘だろ。俺はこれからキャリアハイを迎えるし、ミミだって、成功の階段の一段目に足をかけたところだ。

まだ、上ってもいない。

それでも彼女は生みたいと言う。

俺は覚悟を決めた。まあ、いいだろう。種馬みたいな今の生活を続けていたら、遅かれ早かれ、こんな結末が待っていたんだ。


世の中には、蓋を開けてみないと分からないものがたくさんある。

結婚生活ってやつもその一つなんだろう。

誰もが羨む善男善女の理想的なカップルが離婚して、俺たちみたいなアバズレ同士がなぜか上手くやっている。

ミミはいい母親になった。これは驚きだったね!

俺は最近思うんだ。

神様はその人の中に様々な種をお蒔きになっている。

そいつは思いもかけない時に発芽して、周りにも本人さえも驚くような変化を、その人生と人格に及ぼすんだって。


俺だって、そうさ。今は昔のように主役を食っちまおうと、やっきになることもないし、夜な夜な飲みに出歩いたりもしない。


撮影が終わると、娘が待っている我が家にまっすぐに帰る。

ほら、これが娘の写真。

キャサリンっていうんだ。可愛いだろ。

ミミに似て、将来えらい美人になるんだろうな。

そして俺みたいな男をーー本当にどうしようもないロクでもない男を、家に連れて来るんだ。

どうするかって?

もちろん叩き出すよ。

でも、俺にはわかってもいるんだ。

そいつも、そんなに、悪い奴じゃないって。







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