表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

氷の能力

氷の能力とスパイ活動について説明がされるお話です。


 ヴァレリアはぬいぐるみを愛でていた。

 拷問の負傷は回復し体力も戻っていた。

 流石に連邦の女傑と謳われただけあって大した回復力だ。戦友達の中でもその活力は有名だった。


「あの男は死刑宣告された私達のような人間を集めているらしい。《第零特務(ノーリ・チェーカー)》とか名乗ったが、そんな課は聞いたことがないよな」


 連邦の秘密警察は確かにいくつか種類があった。管轄地域ごとに部署は違うが、組織編成はほぼ同じだ。


《第一課》は主に海外任務が多い。一般的に諜報員と称される代表格であり、敵国は元より友好国や第三国で情報の収集や工作活動を行う部門である。


《第二課》は国内の在留外国人や不穏分子の監視を行う。


《第三課》は音楽や執筆活動など芸術分野の監視を任務とする。

 蔵書の検閲や共産党の宣伝員の徴用などに尽力している。


《第四課》は暗殺を行っているという噂を聞いたくらいで情報がほぼ存在しない。


《第五課》は住民の監視と巡回を行っているため、最も国民に恐れられている。


 それら各地域組織の上に連邦国家保安委員会が存在している。


「そうだ、《第一》から《第五》までしか存在しないはずだ。各地域ごとに《第六》、《第七》の課が存在していてもおかしくはないが……《第零特務(ノーリ・チェーカー)》は噂さえ聞いていない」


 ヴァレリアがぬいぐるみを弄りながら熟考していると、噂の男ゼリマンの使者がやってきた。秘密警察の部下だけあって立ち振る舞いは完璧だった。彼に案内されて地下の病室から初めて上階に上がる。目的地までの道すがらすれ違う人間には見覚えがあった。


「元外交官のドッセルに東洋学者のネフスキー、フロレンスキー司祭殿まで」


 全員がスパイ容疑で処刑されたはずだ。彼らが健在ということは組織的に彼らを救助し死を偽装したということになる。この組織の規模は思ったより大きいらしい。

 ヴァレリアは死者の国に迷い込んだかのような錯覚に襲われる程だった。しかし顔見知りの軍人にも何人か会釈されることがあり、彼女もことの他嬉しそうだった。


「こちらです」


 荘厳な扉の前でノックした使者に促されて部屋に入る。

 想像通りゼリマンが腰かけてヴァレリア達を出迎えた。


「待っていたよ。同志カガロフスカヤ……それと――」


「まだ同志になると決めた訳ではない」


 言葉を遮るヴァレリアに嫌な顔一つせず、ゼリマンは葉巻を灰皿に置いた。


「ここに来る最中に我々《第零特務(ノーリ・チェーカー)》の構成員に会っただろう? 彼らは我々の手で処刑前に救いだされた者達だ。勿論最高指導者に露見すればタダでは済むまい。そんな危険を冒して救うのだから身辺調査は済ませてある。カガロフスカヤ、キミはこっち側の人間だ」


 どうやら逮捕された国民全てを助けている訳ではないらしい。国家に対する忠誠心と有能な才覚を持つ者に絞って救助しているようだ。この男はよく分かっているのだ。国のために女を捨てて従軍した女性志願兵がどれだけ愛国心が強いかを――。


「私達はアンタのお眼鏡に適った人材という訳か」


「話が早くて助かるよ。本題に移ろう。我々《第零特務(ノーリ・チェーカー)》の仕事は同志の救助と国家の維持だ。我々の存在は連邦国家保安委員会の中でも一握りしか知らない。完全な国家機密。しかし絶対になくてはならん職だ。分かるだろう?」


 かつて連邦は国家機能を喪失した。今尚続く悪名高い【大粛清】によって。資本主義の流入を防ぐため、自由主義陣営を出し抜くために国民に疑心を向けたのだ。一人のスパイを逮捕するために無実の百人を処刑することを平気でやった。おかげで経済は崩壊し、連邦赤軍はマチスに敗走する事態にまで陥った。言葉を選ばなければ自滅である。


「最高指導者アーストンの支持者の中にも自滅の再来を恐れる者がいるのだ」


「まどろっこしい。アーストンを暗殺すればいいだろう」


「猜疑心の塊である彼の暗殺は容易ではない。それに彼も高齢だ。十年以内に亡くなるというのが彼を診た医者の見解だよ。ならば彼の死後、新国家樹立のための人材は一人でも多く確保しなければならない」


「そのために《第零特務(ノーリ・チェーカー)》に勧誘しているというのは分かった。聞きたいことはもう一つある。私に〝適合者〟と言ったな? あの意味を教えてほしい」


「それは彼女から説明してもらおう」


 狙いすましたかのように扉がノックされる。

 ゼリマンの入室許可を聞いて入ってきたのはよく知る人物だった。青みがかった銀髪にセミロングヘアが特徴的な白衣の美女は一度見たら記憶に鮮明に残る。見間違うはずもない、アナスタシア・ルキーニシュナ・グレーヴィチ軍医が立っていた。


「久しぶり、レーラ!」


「アーニャ!? ……国家反逆罪で処刑されたものと聞いていたが」


 旧知の仲である二人は昔のように愛称で呼び合う。

 アナスタシアは極寒の地シゲネアで強制労働させられている捕虜を命令に違反して治療したために汚名を受けて即刻処刑されたはずだった。


 ヴァレリアも戦場で何度も世話になった彼女の処刑を聞いたときは深い絶望を味わっていた。拷問に屈した理由の一つだろう。故に彼女との再会は喜びと同時に戸惑いをも感じさせた。


「私も《第零特務(ノーリ・チェーカー)》に救われたの。そして軍医としてある血清を開発した。それが『氷血清(リォート・クローフィ)』。これの投与に適合した人間は冷気を操る能力、『氷血絡(リォート・シーラ)』を発露する」


「リォート……何だって? 冷気を操る? お前はいつからSF作家になったんだ?」


「信じられないのは当然ね。まぁ見ていて。私も〝適合者〟だから」


 アーニャは自身の手の平で氷の結晶を産みだしてみせた。温かい部屋なのに綺麗な結晶が彼女の手の平で浮遊している。まるで手品のようだった。


「手品ではなく『氷血絡(リォート・シーラ)』。『氷血清(リォート・クローフィ)』を投与したあなたも目覚めているはずよ」


 指摘をされて処刑執行人に注射されたことを思い出す。あの時投与を受けていたらしい。


「被験者は一時的に仮死状態になるの。目覚めれば適合したというわけ」


「すごいな! お前は聡明な女だと思っていたが、ここまでとは――」


「いいえ、これは私のオリジナルじゃないの。連邦がマチスに侵攻されたとき、大勢のバロア軍人が捕虜にされたのを知っているでしょう?」


「ああ。収容所とは名ばかりの空き地に押し込まれたと聞いている。彼らの多くはマチス共に処刑されたと――」


「連中はヒエル民族の寒冷地耐性の秘密を探ろうと、捕虜を解剖したの。そうして『氷血清(リォート・クローフィ)』の下地となる研究を行った」


 ヒエル民族は連邦に広く分布するバロア人の多数派民族である。恐怖と冷気に対する強い耐性を持ち、白色の肌と金か銀系統の髪色が特徴の民族として知られている。マチスが連邦の寒冷地攻略のため、その特性を盗もうと人権無視の人体実験を捕虜にやっていたとしても不思議ではなかった。


「その成果を戦勝国である我が国が回収したわけか」


「敵に渡れば厄介だからね。巡り巡って私の手に渡ったコレを再研究して『氷血清(リォート・クローフィ)』を完成させたわけ」


 彼女の医学能力は折り紙付きだ。女医ということから重要な研究に関わる機会が与えられなかっただけで世界屈指の名医と言っても過言ではない。仲間の高評価を受けたアーニャは照れているようだ。


「私もその『氷血絡(リォート・シーラ)』に目覚めたというわけか」


「ええ。基本的には冷気を操る能力だけど、その応用には得手不得手があるの。今後自分の得意分野を開拓していくことになるわ」


「納得したかな、同志カガロフスカヤ。今後の任務でその力は役に立つことだろう」


 自分の存在を誇張するように咳払いしたゼリマンが会話に割って入ってきた。

葉巻に火をつけながら再び会話の主導権を握る。


「キミ達にはこれからいくつか任務をやってもらう。その目的はスパイ活動と『氷血絡(リォート・シーラ)』に慣れることだ。なぁに大戦時代英雄と言われた君達にとっては難しいものではない。簡単な入門試験と思ってこなしてくれたまえ」


「待て。私はまだ《第零特務(ノーリ・チェーカー)》に入るとは一言も――」


「連邦の戸籍ではキミは既に死亡扱いだ。身分証明書の類も処分済み。助けを求める政府は君の敵ときている。選択の余地はないはずだが……?」


 あまりに傲慢な態度だ。しかし、政府に殺されたも同然な今の状況では確かに選択の余地などない。ただ古馴染が傍にいる現状の方がまだ安心感があった。沈黙を承諾と受け取ったゼリマンは「結構」と大きく頷いた。


「任務の詳細は追って伝える。それまではこの拠点でくつろいでもらって構わん。一応伝えておくが、拠点周囲には腕利きの軍人が見張っている。脱走は考えんように」


 ゼリマンを護衛するように二人の衛兵が立っていた。顔には戦争で生き残ったことを感じさせる古傷が刻まれている。常に最前線で戦ってきたヴァレリアは彼らの放つ気迫が歴戦の猛者のソレであるとはっきり感じることができた。


(なるほど。こんな奴らが監視しているなら脱出は不可能だな)


 おそらく彼らはヴァレリアが敵対行為をした瞬間、腰の拳銃を抜くだろう。最高指導者の監視をくぐり抜けただけあってゼリマンも油断ならない男だった。

 ヴァレリアは最初に席を外したアナスタシアの後を追って退出するしかなかった。


 レヴェート連邦は広大な領土を効率よく統治するために各州に分け、州ごとに州軍を組織している。平時は治安維持、災害救助などを任務とし、戦時は中央軍に合流する仕組みだ。秘密拠点はレヴェート連邦の中部に位置するルクガン州の南方ヴィルガフ町に存在しているようである。農地も開拓され自給自足の生活ができており共産党幹部しか入ることのできないレストランまで設立されていた。


常駐や巡回の秘密警察も《第零特務(ノーリ・チェーカー)》の息のかかった構成員であるらしく、首都ワスクナにはただの田舎町として認識されているらしい。ルクガンの州軍には戦死または処刑されたと聞かされていた名将も存在していた。各種適材適所で任務に当たっているようだ。


「《第零》は軍にも民間にも潜りこんでいるのか。脱出はやっぱり不可能だなぁ」


「レーラったらまだ脱出する気だったの? 私が監視しているわよ? 西側諸国に亡命できたとしても西側の監視官はつくし、見張られる人生は変わらない。ここのがマシよ?」


「そういや、アーニャは既に《第零特務(ノーリ・チェーカー)》だったね。こんなエロい女医さんなら大歓迎だ。今晩私の色んなところ観察してみるか?」


 アナスタシアは大きくため息をついた。軍人時代から彼女のセクハラ癖は有名だった。満身創痍で野戦病院に担ぎ込まれた後、看護婦へのボディタッチを仕掛けてくるのだ。豪胆な看護婦たちはヴァレリアのセクハラ度合を彼女の回復具合の指針にしたくらいである。


「相変わらずね。貴女が男ならぶっ飛ばしてる所よ」


「男共と長らく前線にいたからな。たまに女体が恋しくなるのさ」


「自分のおっぱいでも揉んでなさい。――っていうかご飯冷めちゃうわよ?」


 指摘されたヴァレリアは視線をアナスタシアの胸から食卓に並んだメニューに移した。連邦の伝統的なスープ料理ボルシチである。ビーツとタマネギ、ニンジン、キャベツ等の野菜に、肉やハーブを加え煮込んだ料理である。寒い気候に冷えた身体を温めてくれた。添えられたパンにつけて食べると絶妙な味わいだ。


「旨い。監獄で食わされた薄いスープが泥水に思えてくるな。一先ずはここに身を置くか」


 電光石火の手の平返しだった。胃袋を掴まれてしまったようだ。監獄のマズい食事と入院中の病院食に慣れていた彼女には無理からぬことだった。


「お客様、当店からミネラルウォーターを一杯サービスさせていただきます」


 ウェイターがついでに置いていった伝票に違和感を覚えた。彼はサービスと話したので追加料金はないはずだ。訝しみながら伝票を確認してみる。


 そこに記載されていたのは料理の値段ではなかった。詳細な任務内容が記載された指示書だったのである。内容は《秘密警察第二課》特殊偵察兵の暗殺である。近くこの拠点近くに見回りに来るらしい。完全に《第零特務(ノーリ・チェーカー)》の影響を受けていない国家保安委員直属の密偵の査察が入るようだ。彼らに探られる前に消すという至ってシンプルな話だった。


「いや、これは難しいな。消すのは簡単だが、そのまま殺せばこの町を疑われる」


「ええ、そうよ。だから私達が選ばれた。能力を使って事故に見せかけて抹殺するの」


 寒冷地で誰かが凍死しても誰も疑わない。そして『氷血絡(リォート・シーラ)』能力者は冷気を制御できる。能力の鍛錬とスパイ活動の前哨戦としてはこれ程相応しい仕事はない訳だ。


「アーニャも手伝ってくれるのか?」


「ええ。新人のサポートと監視が私の任務だし。それに、私は能力研究で引きこもってばかりだったから諜報活動経歴はまだ浅いの。最近ようやく有能な研究者を救出できたから仕事の大部分を引き継いだのよ。これからは能力者諜報員としてバリバリ働くつもりよ」


「じゃあ新人に抜かれないように頑張ってくれ、〝先輩〟」


 食事を終えて会計を済ませると、貰ったレシートに密偵の動向が記されていた。

 その情報を元に彼らが通るであろう進路を割り出し現地に向かうことにした。



秘密警察は第一~第五までしかいないはずが

第零特務に配属打診されました。


任務内容は暴走する国家元首から国家維持に必要な人材を救出し守り抜くことです。


アナスタシア・ルキーニシュナ・グレーヴィチ軍医の登場です。

アーニャの愛称で呼ばれる彼女はヴァレリアの親友でした。


ヴァレリアのこともレーラという愛称呼びで話します。


死んだはずの旧友が助けられていたことが明らかになりヴァレリアも安堵しました。

そして氷の能力について教わったことで初任務へと赴きます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ