第14話 相容れない者達
「へえ。守られてばっかりだったお前がねぇ」
そう言いながらダンジョンの暗がりから現れた男。
男……本当に人間か?
その容姿から俺はその人物が人間であるのかどうか疑ってしまった。
リレリアに触発されてフェルの能力が発動し、視界が赤く染まっている俺でもわかる肌の色合いのおかしさ。
黒、いや青色だろうか。
青白いのではなくまさしく青色の肌。
そして頭部には額から左右に伸びる一対の捻れた角。
世界中から様々な人物、種族が集まるダンジョン都市であるこのルサーナ。
獣人の王族だという人物もいるし、何故か陸に上がった魚人も一人だけだが見たことがある。
他にもエルフ族ドワーフ族小人族に褐色肌の人々。
色々と見たことはあるが、しかしここまで人の形を逸脱した存在は見たことが無い。
そしてその背後からもう一人、こちらは普通の人間に見える男が姿を現す。
「なんで」
男達を睨みつけながらそう口にするリレリアの口調は、どこか震えているように聞こえる。
『まずいな。魔族だ』
「……まじかよ」
フェルからありがたい情報提供を受けるが、俺は状況を静観することしか出来ない。
リレリアが震えていることから庇うことも考えたが、状況が読めなすぎる。
端的に言えば、こちらにとって害なのか、害でないのか。
それがわからないから行動に起こせない。
だが、いつでも飛び出せるようにと心構えだけはしておく。
一方魔族の男は、俺のことなど視界に入っていないかのように話を進める。
「下っ端のカスどもがお前をこんなところに放り込んでくれたからよぉ。こっちは面倒くさいことになってんだわ」
「レングス、問答はいらないだろう」
「うるせぇ、黙ってろ」
後方の人間の男性が魔族の男に声をかけるが、魔族の男は制止を無視して話を進める。
「お前、うちに帰ってこい。それならカシアスんとこのクソうるせえ雌猫も黙らせられる」
「嫌」
リレリアに勧誘を即座に否定された魔族の男は不機嫌に眉をひそめる。
「あー? クソガキがなんか言ってんのか? 声が小さくて聞こえねえよ」
「嫌、って、言った。私はルークと一緒にいる」
「あ、ルーク?」
そこでようやく俺のことを認識したのか、魔族の男が視線を向けてくる。
そのタイミングで俺も数歩前に出て、リレリアと男の間に割って入った。
「悪いな、彼女とはパーティーを組んでるんだ。勧誘なら他を当たってくれ」
「んだこいつ……あー、なんか言ってたな。ダンジョンの先には先住民がいるとかなんとか」
不機嫌そうに言う魔族の男。
ただのチンピラのような言葉遣いだが、先程から肌のピリつき方が半端ではない。
そして更にやばいのは、こいつではなく後ろで控えている男の方だ。
肌でそう感じながら、俺は二人の男たちを相手に冷静に会話を続ける。
「あんたたちとこいつがどういう関係か知らないが、こいつも嫌がってるみたいなんでな。悪いが帰ってくれ」
嫌がっているというか完全に警戒している状態。
普通に考えて、こいつらがリレリアを魔族のコミュニティにおいて虐げていた奴らであることは間違い無いだろう。
彼女が時折見せる無邪気な、しかしその実内容はかなり深刻な言葉と、彼女と出会ったときのシチュエーションからその事実は知っていた。
そしてその容疑者が目の前の男たち。
個人的な考えとしては今すぐぶん殴ってやりたいが、出来る限り刺激はしたくない。
「あー……殺すか」
俺の言葉にだるそうに一步踏み出す魔族の男。
その言葉に俺は剣を引き抜き、リレリアは俺の前に飛び出そうとして俺の手に阻まれる。
その状況を止めたのは、後ろの男の言葉だった。
「レングス。先住民との戦闘は許可されていない」
その言葉に、一步踏み出していた魔族の男が止まる。
後方の男は人間、ではないのだろうか。
発言内容が魔族の男と共通している。
それとも、魔族と人間が協力している?
「……ちっ。わぁーったよ」
どういう力関係なのかわからないが、人間の言葉で魔族の男が止まった。
代わりに後ろに立っていた男が前に出てきて俺に切り出してくる。
「人間の男。こちらにお前を害する気はない。そこのヴァンパイアを置いてすぐに立ち去れば見逃す。あるいは、そこの女がヴァンパイアであるとすら気づいていなかったか?」
「気づいとるわボケ。その上で帰れつってんだよ」
昔の俺なら、こんな躊躇いなくこんな危険そうな相手の言葉を無視することはあり得なかっただろう。
だが今の俺にとって、リレリアは大事な存在になっている。
どう大事か、と言われると定義が難しい。
そもそもこれまでの俺の人生において、大切な存在は自分自身と取引相手としてのパーティーぐらいだった。
両親は顔も覚えていない頃に野生のモンスターによる襲撃で失っている。
それからは孤児として孤児院に引き取られたが、馴染むことは出来なかった。
だから、俺はリレリアとの関係性について、まだ自分でも理解しきれていない。
そしてそんな相手を、いくら過去の知り合いとはいえ、彼女を傷つけるような奴らにくれてやるつもりはない。
「そうか。……残念だ」
一瞬目を閉じた人間の男が、俺の目にすら追いきれない速度で懐に飛び込んできたのは、その直後だった。