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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅳ キべレ
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10. 試練の後

 レオンは荒い息を吐きながらも、魔王から目を離さなかった。


 すでに全身は傷だらけで、疾風もところどころ負傷していた。鋭く肉を裂く痛みが全身を覆い、もはやどこが傷ついているのかも分からないほどだった。


(このままでは距離を詰められない。このまま消耗していけば。)

 どうにかして有効な攻撃を当てなければならなかった。


 疾風の身体がわずかに震えているのを感じる。疾風や仲間たちがどこまで耐えられるか、それすらも分からなかった。


 レオンは疾風の首元にそっと触れた。その意図を察した疾風は小さく頷いた。

 次の瞬間、疾風は魔王に向かって疾走した。


 魔王もまた、一直線にこちらへと突進してきた。


 レオンは疾風の背から身を翻し、地面を転がるように着地すると、鞭のようにしなやかに迫る魔王の剣をかわしながら、一気に距離を詰め、魔王の懐へと飛び込んだ。致命傷でない限り、多少の負傷は覚悟しなければならなかった。


 魔王の黒馬が霧のように消え去り、地上に降り立った魔王がレオンを迎え撃った。蛇が舞うようにうねる魔王の剣が、執拗にレオンを襲う。その刃が肩を裂き、鋭い切っ先が頬をかすめたが、レオンは怯まず、魔王へとさらに踏み込んだ。


 そして、レオンの剣が魔王の左肩を貫いた。2人の視線が真っ直ぐにぶつかった。


 魔王はレオンの目を見つめて、満足げに微笑んだ。

「まだ使える人間が残っていたとはな。いいだろう。」


 笑みを消した魔王が、厳かな声で告げた。

「レオン・バラスよ。汝の意志と闘志、確かに証明した。」


        ***    ***


 キアンを容赦なく攻め続けていたモルディナの動きが、突然止まった。彼女は力の抜けた表情で呟いた。

「まあ、もう終わりだなんて。」


 ひとまずキアンから距離を取ったモルディナは、乱れた髪を手でかき上げ、整えた。

「惜しいけれど、仕方ないわね。」


 そう言うと、宙に浮かび、まっすぐキアンの目の前へと迫ってきた。


 その瞬間を逃さず、キアンの剣が彼女の腹部を貫いた。だが、モルディナは苦痛に顔を歪めながらも、逃げるどころかさらに身を寄せると、両手でキアンの顔を優しく包み込み、その唇に深く口づけた。


 キアンは必死に頭を振りほどこうとしながら、剣をさらに強く突き刺した。それでも、彼女はキアンを離そうとせず、むしろさらに深く唇を重ねた。


 長い口づけの果てに、唇が離れると、モルディナはそっと囁いた。

「残念だけど、ここまでね。紅き瞳の貴公子よ。」

 その言葉を最後に、モルディナの姿はすうっと消えていった。


        ***     ***


 完全なる暗闇の帳の中で、フローラは己を見失わぬよう、必死に抗い続けていた。血管が浮かび上がるほど強く握りしめた彼女の手のひらから、かすかにこぼれ出る光だけが、この深く、深い闇の空間を危うく照らしていた。


「もう少し、時間が許されたなら、あの子を手に入れることもできたのに。」

 ため息交じりに呟いたゴットバンが、ひと振りで闇をかき消した。


 フローラへと歩み寄ったゴットバンは、静かに言った。

「お前は己の限界を超えることに成功した。これで、さらに一つ高みへと至ることができたのだ。

 さらばだ、光の子よ。」


        ***    ***


 魔王の言葉の余韻が消え去るよりも早く、レオンは気がついた。


 自分と仲間たちは、最初と同じ場所に立っていた。そして、その向かいには、魔王とその配下たちが整列していた。

 ただ、先ほどと違うのは、レオンを含め、全員がズタズタの状態だということだった。


 そして、魔王のすぐ背後には、今まで見たことのない漆黒の鎧をまとった戦士が立っていた。5人の守護者は、先ほどと同じ姿勢で、同じ場所に並んでいた。


 魔王が、魔剣を握る手をレオンへとまっすぐ伸ばした。すると、輪の形をした魔剣がゆっくりと回転しながら宙を舞い、レオンの背後へと吸い込まれるようにピタリと張り付いた。


 同時に、魔王の背後にいた漆黒の鎧の戦士が、前へと走り出した。

 その姿が途中で変化し、魔王の黒馬となった。そして、そのまま疾風へと突進してきた。


 疾風は驚いて回避しようとしたが、身体が思うように動かなかった。

「うわっ!」


 真正面からの激突―かと思われたが、黒馬の姿はまるで霧のように疾風の身体を通り抜け、音もなく消え去った。


(な、何だ?)

 呆然と辺りを見回す疾風の耳に、魔王の声が大きく響き渡った。


「これをもって、レオン・ヴァルラスが余の試練を突破したことを宣告する!」


        ***     *** 


 疾風は、広い部屋の中で、落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。


 すべてが終わった後、カラナエルが現れ、一行をキベレの王宮へと連れて行った。そして、エルフの騎士たちがそれぞれを別の場所へと案内していった。


 それが、昨日のことだった。


 カラナエルの計らいなのか、疾風は馬小屋ではなく、王宮内のこの広々とした部屋に滞在することになった。エルフたちは、傷の手当てを施し、飼い葉や穀物、水を用意し、さらには用を足すための大きな桶まで完備してくれていた。


 ニスが感覚強化と皮膚強化を施してくれたおかげで、アルのような反動を心配していたが、思いのほか、魔王との戦いで負った傷以外には特に異常はなかった。


 問題は、レオンたちがどうなったかだった。全員無事だとは聞いているが、ひどい傷を負ったのは明らかだったので、自分の目で確かめるまでは安心できなかった。


 堪えきれずに部屋を出ると、入り口に立っていた森のエルフのテナが尋ねた。

「どこか不都合でもございますか?」


「仲間の様子を見たいです。案内していただけますか?」

「かしこまりました。こちらへ。」



 疾風はまずレオンのいる部屋へ向かった。テナが扉をノックしたが、返事はなかった。

「すみませんが、少し開けていただけますか?」


 疾風の頼みに、テナは扉を開いた。

 そっと顔を覗かせると、レオンは扉から見て左奥のベッドに腰掛けていた。全身に包帯を巻かれ、まるでミイラのような姿だった。頭や顔にまで包帯が巻かれている。


「レオン。」

 疾風が名前を呼んでも、レオンは無反応のまま、ただぼんやりと座っていた。優しく輝いていた彼の緑の瞳は、まるで透き通ったガラス玉のようだった。その目には、何も映っていないかのようだった。


 疾風は驚き、レオンの部屋の前にいるエルフのグレイムに尋ねた。

「レオンが、どうしてこんな状態なんですか?」


「感覚強化と皮膚強化の反動による脱力(だつりょく)と無感状態です。全身の気力が抜け、感覚や感情がほとんど失われている状態です。

 数日静養すれば、次第に回復するでしょう。」


「私も同じ強化を受けたけど、全然平気なんですが。」

 グレイムは首を傾げた。

「エルフにはもともと反動がないのですが。あなたの場合は、正直、よく分かりませんね。」


 疾風はレオンが心配だったが、数日で回復するという言葉を信じることにして、無理に気を落ち着かせながら、次にマックスボーンに行った。



 マックスボーンの部屋の前に着く前から、扉越しに彼の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。その様子から、すでに彼の状態は察することができた。


「マックスボーン、大丈夫か?」

 扉を開けて覗き込むと、マックスボーンはベッドの上で苦しそうに転げ回りながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で訴えてきた。


「死にそうだ。めちゃくちゃ痛い!全身の筋肉が裂けて、骨が全部砕けたみたいだよ。うぅぅぅぅ〜!」

「そんなことはないだろ。本当に全部砕けてたら、もう生きてないよ。」


「知らん! こんな痛みは初めてだ! おふくろ〜! 息子が死ぬぅ〜!!」

 マックスボーンは滝のように涙を流し、大声で泣き叫んでいた。

「また後で来るよ。しっかり休んで。」



 アルの部屋へ行くと、アルは全身を布団にぐるぐる巻きにしたまま、うめき声を漏らしつつ苦しんでいた。


「かなり辛そうだね。」

 心配そうに尋ねると、アルはやっとのことで疾風を見上げた。いつも少年のようにキラキラしていた彼の瞳は、青ざめ、恐怖に染まっていた。


「死ぬほど痛くて、怖くて…気持ち悪くて、鳥肌が立って。それにまた痛くて…そんな感じ。」

 アルは歯をガタガタ鳴らしながら、かろうじて言葉を絞り出した。


「あいつの、あの目が…あの声が、頭の中から離れない。でも、それ以上に、痛くて。」

 肉体的な苦痛だけでなく、何か恐ろしいものがアルの精神を支配しているようだった。


 その様子に、疾風はますます不安を覚えた。アルについては、身体強化や筋力強化の副作用に加え、精神的な衝撃も大きかったらしく、安静にしながら回復に専念させていると説明を聞いた。



 疾風は深くため息をつき、次にユニスの元へ向かった。


 ユニスは身体強化や感覚強化の副作用がないから大丈夫だと思っていたが、そうではなかった。全身に包帯を巻かれたままベッドに座っており、隣ではエルフの一人が彼女に食事を口に運んでいた。


 しかし、ユニスの表情は尋常ではなかった。怒りに満ち、神経が張り詰めすぎて、まるで鬼のように顔が歪んでいた。


「ユニス、大丈夫?」

 恐る恐る尋ねると、ユニスは苛立った声で叫んだ。


「大丈夫じゃない! 全然! もう何もかもムカつく!全部めんどくさい! 食べるのもめんどくさい! でもお腹すいた!」

 誰にでもなく八つ当たりする彼女の姿は、普段とはまるで別人だった。


 ユニスに食事を与えていたエルフが、彼女の状態を説明してくれた。

「極度の緊張とストレス状態が長時間続いていたようです。現在は脱力と神経過敏の状態にあります。十分な休息と治療が必要です。」


 疾風は、徐々に不安になってきた。今のところ、無事な仲間が誰一人もいなかった。



 次に向かったキアンの部屋は、他とは雰囲気が違っていた。


 キアンは、外傷はほとんどないのか、襟元まで隠れるシャツを着て、整った姿勢でベッドに腰掛けていた。身体強化や筋力強化の副作用があるのか、眉間に少し皺を寄せていたが、呻き声ひとつ上げず、じっと耐えているようだった。

 彼の隣には複数のエルフが付き添い、熱心に食事や飲み物を勧めていた。


「キアン、君だけでも無事そうでよかったよ。」

 少し安堵しながら声をかけると、キアンは閉じていた目を開き、疾風を見て無理に微笑んだ。

「みんなの様子は?」


「よくない。レオンは魂が抜けたみたいだし、マックスボーンは大泣きしてる。アルは何かに怯え切ってるし、ユニスは完全に神経が尖ってる。そんな感じ。」


「フローラは?」

「まだ行ってない。今から行こうと思ってる。それより、君は本当に大丈夫なのか?」


「少々痛むが、なんとか耐えられる。」

 そう言うキアンの表情は、どこか暗かった。痛みを我慢しているだけなのか、それとも別の何かがあるのか、気になったが、周りにエルフが大勢いる場所で深入りするのも憚られ、疾風はその場を後にした。


「あまり噛まんするのもよくないよ。座ってないで、横になって休んで。」

「うん。来てくれて、ありがとう。」



 フローラの部屋の前まで来た疾風だが、そこへ入ることは許されなかった。絶対的な安静が必要だという理由で、立ち入りが禁止されていた。

 心配そうにしている疾風に、扉の前を守っているエルフが言った。

「師であるニスベット様と、他のエルフたちがフローラ様の看護をしています。ご心配なさらずに。数日経てば、お会いになれるでしょう。」

「はい、ありがとうございます。」

 疾風はしょんぼりとその場を離れた。



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