9. 魔王の試験(3/3)
キアンは荒い息を吐きつつ、周囲を警戒していた。彼の武装はすでにすべて剥がされ、上着も無残に引き裂かれていた。モルディアは執拗にキアンの体を狙っていた。
何の気配もなく、突如として背後に現れたモルディアが、キアンを強く抱きしめた。彼女の豊かな胸が背中に押し付けられ、心臓が破裂しそうなほど脈打った。キアンの耳元で、モルディアが甘く囁いた。
「貴方の瞳がどれほど美しいか。貴方は知らないのね、赤い瞳の貴公子よ。」
モルディアの吐息が優しく耳を撫でると、キアンは意識が遠のきそうになるのを必死に耐えながら身をよじり、両手の剣を振るった。
「なぜそこまで抵抗するの?」
モルディアが惜しむような声で問うた。
「世間が、つまらぬ人間どもが貴方をどう扱ってきたか、思い出してごらん。彼らは貴方を愛してはくれない。侮辱し、罵り、何度も傷つけてきた。それなのに、一体何のためにそこまで自分を守ろうとするの?」
誰のために、自分を守らなければならないのか?
モルディアの問いを受けて、キアンは思い浮かべた。アデルを、今はもうこの世にいない、幾多の苦難の中でも愛で彼を包み、守り続けてくれた哀れな乳母イネスを、彼を守るために命を懸けて戦わねばならなかった者たちと今の仲間―そして、フローラを。
ここで崩れ落ちれば、今までの自分とは完全に違う存在になってしまう。本能的に、それが分かった。そして、その変わってしまった自分は、決してフローラのそばに立てる存在ではなくなることも。
暗闇の中、光のようにフローラの白い顔が鮮やかに浮かび上がった。
(フローラを守ると、守れる人間になると、自分に誓ったんだ!絶対に負けるわけにはいかない!)
キアンは歯を食いしばり、左側から迫るモルディアに向けて剣を突き出した。
*** ***
ゴットバンはオーケストラの指揮者のように、優雅な動作で両手をしなやかに動かし、闇の帳を操った。空間を横切るカーテンのように、闇の帳はあちこちに現れては消え、フローラの周囲を絶え間なく旋回した。
「リエラ、小さき光の少女よ。お前からその光がすべて消え去ったとき、その空いた空間には何が満ちるのだろうな?」
ゴットバンが低く笑った。
フローラは迫りくる闇を全身で振り払いながら、ゴットバンを鋭く睨みつけた。
彼の狙いはフローラの命ではない。彼はフローラの光を次々と奪い、吸収していた。
「私に何を望んでいるのですか?」
「言ったはずだ。人は光にも闇にもなれると。お前もまた、立派な闇の子となる素質がある。
復讐を望まぬか? お前の両親と一族を無惨に殺し、姉を連れ去って道具にした、あの忌まわしき者どもに裁きを下したくはないか?
光の道はそれを阻むが、闇はお前の復讐を祝福する。奴らを見つけ出し、徹底的に葬るための力を、お前に授けよう。」
復讐の甘美な誘惑がフローラの心に波紋を広げた。
決して忘れられぬ、あの日の恐怖と怒りが蘇る。報いることができるのなら、彼らを裁き、滅ぼすことができるのなら、彼らが犯した罪の報いを受けさせることができるのなら―それを拒む理由が、一体どこにあるというのか?
フローラの体から、光が急速に流れ出した。
(いけない。)
はっと気づいたフローラは、祈るように両手を強く握りしめた。
彼女は思い出した。最も絶望的な瞬間、何の見返りも求めず、手を差し伸べてくれたニスベットを。幼い自分を守り、支えてくれた人々を。そして、今の仲間たちを。
ゴットバンが自らを〈絶望と恐怖の支配者〉と呼んだ理由を、フローラは理解した。これは、自らの存在をかけた戦いだった。
(ここで負けたら、今の私は消えてしまう。代わりに、新たな〈私〉が生まれる。
それは私でありながら私ではない、恐怖と闇に満ちた、未知の存在。)
ゴットバンの囁きが、空間を満たしていく。
「人間の作った禁忌などに縛られるな。それを捨て去り、人間を超越した存在となるのだ。
なぜ、自らを鎖で縛ろうとする? 制約なき純粋な力を受け入れ、お前の前に立ち塞がるすべてを、絶望と恐怖で染め上げろ。」
フローラはきっぱりと反論した。
「制約なき力は、獣の力。それは、ただの無秩序な暴力です。
人が人である理由は、自らを律し、秩序を築くからです。
私は負けません。私は、決して獣にはなりません!」
彼らの周囲の闇は、先ほどよりさらに濃くなっていた。フローラの中から放たれる光だけが、その闇に抗っていた。それは、暗黒の中で燃え尽きかける一筋の蝋燭のように、小さく、儚く、そして危うかった。
*** ***
アルとロクディンは、魔法攻撃と肉弾戦を織り交ぜながら、激しくぶつかり合っていた。
ロクディンの鞭が無慈悲にアルの身体を打ち据える。アルはその鞭を素手で巻き取り、ロクディンに突進すると、もう片方の手で爆裂魔法を発動し、その顔面に叩き込んだ。皮膚強化のおかげか、魔法の反動にも意に介さず、果敢に攻撃をしかけた。
ロクディンの身体がぐらつく隙を見逃さず、アルは鞭を奪い取り、起き上がろうとするロクディンに向かって、夢中で鞭を振るった。
「ウアアア〜! いいぞ、もっと! もっと打ってみろ!」
肉が裂け、血飛沫が四方に舞う。痛みに顔を歪ませながらも、ロクディンの瞳には熱狂的な歓喜が宿っていた。
「やめろ、この狂った野郎!」
アルは背筋を震わせ、無我夢中で鞭を振り下ろした。
殴られながら悦び、殴りながらも喜びに打ち震える―この途方もない狂人のせいで、アルの精神は粉々に砕け散りつつあった。
*** ***
ユニスは全身の神経が弓の弦のように張り詰めた状態で、ポアミターの容赦ない攻撃を必死に受け止めていた。彼女の荒い息遣いに混じり、静寂の中で武器がぶつかり合う音だけが、まるで音楽のようにリズミカルに響いた。
考える暇などない。目の前で乱舞する四本の剣から片時も目を離せず、一つの動きも見逃すわけにはいかなかった。極限のスピードの中、ただ生き残るために全神経を集中させるしかなかった。
自分の肌を流れるのが血なのか汗なのか、もはや分からない。燃え盛る茨の中で全身が果てしなく回転し続けるような、痛みの極致と奇妙な既視感が、永遠に続いているようだった。
*** ***
マクスボーンは、いつの間にかボロボロになった自分の盾を見つめ、絶望的なため息をついた。エクサパルムの斧を防ぎ続けたせいで、盾のあちこちに亀裂が走り、砕けかけていた。このまま使い続ければ、完全に粉々になってしまうだろう。
困惑するマクスボーンを見て、エクサパルムは攻撃の手を止め、問いかけた。
「その盾は、お前にとって随分と大事なものらしいな。」
「はい。私の物ではなく、お仕えするご貴人からお借りしたものです。」
泣きそうな顔で答えるマクスボーンを見て、エクサパルムは牙を剥いて豪快に笑った。
「こんな状況で、自分の命より盾の心配をするとはな。人間とは、まったく。」
そう言うと、彼は何を思ったのか、手にしていた斧を遠くへ放り投げた。
「では、こうしよう。これからは純粋に肉体の対話を交わすのはどうだ?」
「な、なんの対話ですって?」
「肉体の対話だ。」
マクスボーンの顔が真っ赤になった。彼は狼狽しながら言葉を詰まらせる。
「い、いや、その、私は、そ、そういう趣味は。」
エクサパルムは鼻をひくつかせ、冷たい目でマクスボーンを睨んだ。
「何を考えている? レスリングだよ、レスリング。」
「あ。」
仕方なく、マクスボーンも盾とメイスを地面に置かざるを得なかった。
「さあ、来い!」
エクサパルムが両手を前に構えたまま、マクスボーンへと突進してきた。
「来いって言っといて、また自分から来るんかい。」
そうぼやきながらも、マクスボーンは迎え撃つしかなかった。




