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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅳ キべレ
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6. 問いかけ(2/2)

 疾風の目の前には、魔王が乗っていた漆黒の馬が立っていた。光を呑み込んだ闇のように真っ黒なたてがみが、燃え上がる炎のように揺らめいていた。鋭い威圧感を放つ黒い影の中、二つの瞳が暁の星のように蒼く輝いた。

「我は竜馬族のロード・フェリクセイスである。」


 疾風は相手の言葉が人の言葉なのか、馬の言葉なのか、それとも魔族の言葉なのか、一瞬考えた。


 アオイデが囁いた。

 ‒ 待っているじゃない。返事くらいしなさい。


「あ、エレンシアから来た疾風です。」

「エレンシアの疾風よ。この試練を通じて、何を成し遂げようとする?」


「レオンと仲間たちと、生き残ることです。」

「実に単純な答えだな。我は、お前の〈生〉の目的を問うているのだ。」


 生の目的。疾風はなぜそんなことを聞くのかと疑問に思いながら答えた。

「畜生脱出です。人間の姿を取り戻したいです。」


「人間の姿を求めるか? なぜだ?」

 疾風の答えが意外だったのか、フェリクセイスは不思議そうに問い返した。


「なぜって? 私はもともと、つまり前世では人間だったんです。今生で馬に生まれたけど、本来の私は人間です。だから。」

「今の姿に不満があるのか?」


「馬としては、まあ悪くはないですけど、それでも人間のほうがいいです。」

「人間のほうがいい? 何をもってそう思う? 馬という生き物がどれほど優雅で、強く、美しい存在か分かっているのか?」

 フェリクセイスの口調は、まるで深刻な問題を問いただすかのようだった。


「でも、馬は家畜じゃないですか。人間の所有物で、自由がない。自分の体ですら自分のものじゃなくて、意思とは関係なく持ち主が変わったり、やりたくもないことを強いられたり。」


「それは多くの人間とで同じではないか? 低い身分の者は言うまでもなく、貴族でさえ、ましてや王ですら自分の好き勝手には生きられない。

 お前の知る人間の中で、己の欲望のままに、やりたいことだけをして生きている者がいるか?」


 疾風は言葉に詰まった。

 前世の人生を振り返っても、今の世界を見渡しても、そんな人間は一人も思い浮かばなかった。


「それでも、家畜よりはマシですよ。人間なら選択肢も多いし、できることもたくさんある。」

「今のお前の主、いや、友が、お前を家畜のように扱い、望まぬことを強いているのか?」


「そんなことはありません。」

「ならば、お前はすでに畜生の域を超えているのではないか? それでもなお、人間になる必要があるのか?」

 疾風はだんだん苛立ってきた。


 この馬がなぜこんなことをしつこく聞いてくるのかも分からないが、自分が人間になりたいと言っているだけなのに、なぜこんなに食い下がるのか理解できなかった。


「馬の体じゃできないことが山ほどあるからですよ! 手がないから、字も書けないし、縄跳びも楽器演奏も料理もできない。できないことばかりで!」


 不満げに答える疾風を見つめて、フェリクセイスはまったく共感した様子はなかったが、次の問いへと移った。

「人間になりたい理由がずいぶんと薄っぺらく見えるが。まあ、それはいいとして、人間になったその後は、何を成し遂げたいのだ?」


「スローライフです。」

「それは何だ?」


「静かでのんびりとした、平和な暮らしを楽しむことを言います。」

 フェリクセイスの表情が険しくなった。


「何もせず、ただじっと生きるだと? それでは道端の石ころや砂と何が違う? いや、道端の石ころですら、風や雨に流されて転がっていく。

 それなのに、人間になってまで望むことが、そんな情けない生き方だというのか?」


「スローライフの何が情けないんですか? 誰かに害を与えるわけでもなく、ただ静かに生きるだけです。野心を抱いて生きるのも、穏やかに生きるのも、結局は選択の問題でしょう?

 それにさっきから妙なことばかり聞いてきますけど、私がどう生きようと、あなたに何の関係があるんです?」


 疾風が言い返すと、フェリクセイスはため息をついた。

「お前が魔王様の試練を受ける資格があるかを見極めているのだ。今のところ、その価値があるかどうか、非常に疑わしいがな。」


 そう言うと、フェリクセイスはアオイデに向かって話しかけた。

「歌唱の精霊王アオイデよ。なぜこんな者と契約を結んだ?」


 ― こいつの異世界の歌や音が欲しかったから契約したのさ。あまりそう責めるなよ。前世で奴隷みたいにこき使われて、労働にうんざりしているだけさ。

 野心なんて爪の垢ほどもないやつだけど、基本、勤勉で努力家だ。それに案外大胆で面白いやつでもあるし。


「大胆、だと?」

 ― 欺瞞者を相手にしたとき、そいつは神に偽っていた。疾風は、そいつを神だと思われながらも服従するどころか、蹄でその額を思い切りぶちかましてやったんだ。これって、なかなかの度胸じゃないか

「ふむ、それは面白いな。」

 フェリクセイスは初めてほんのわずかに微笑むと、疾風に問いかけた。


「もし、お前の友が今回だけでなく、今後も危険な戦いに身を投じることになったらどうする? 彼と共に戦うか? それとも、己の安全を優先するか?」


「この試練を受けると決めたのも、レオンと共にいるためです。スローライフが私の理想ではありますが、だからといって友を見捨てて自分だけ生き延びるような卑怯な生き方をしたいとは思いません。

 大切な仲間を守るために、共に戦う覚悟くらいはあります。」


 フェリクセイスは笑みを消し、疾風を真正面から見据えた。

「よかろう。お前の挑戦を受け入れる。よく聞け。お前の友がこの試練を乗り越えたいのなら、決して退くな。

 どれほど苦しくとも、最後まで耐え抜き、仲間を支え続けるのだ。

 それができなければ、お前ら二人とも、この試練を突破することはできんぞ。」


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