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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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68. 悲しみの子

 誤解が解けると、森のエルフの一行はアルに謝罪し、レオンたちと挨拶を交わした。

「申し訳ありませんでした。早まった判断をし、大きな被害を出すところでした。センシアリム渓谷のケイダンと申します。」


「ああ、お話はよく伺っています。フェアロメ湖の森のユニスです。」

「フェアロメ湖の森のユニス様でしたか。ティリエン様はお元気でしょうか?」


 レオンたちとも挨拶を交わした森のエルフたちは、その夜を共に過ごすことになった。

 一方、アルはすっかり気落ちした様子で、端の方でぐったりとうずくまっていた。


「どうして皆さんがこんな混沌の地に?」

 ユニスがケイダンに尋ねた。


 森のエルフ、それもエルフの騎士たちがチームを組み、混沌の地を集団で移動するのは珍しいことだった。ケイダンが目配せすると、エルフの騎士の一人が妖精馬の荷物から籠を取り出した。


「ちょうど目を覚ましたようですね。」

 エルフの騎士は籠から赤ん坊を抱き上げた。


 ハーフエルフの赤ん坊だった。赤ん坊がぐずりながら泣き出すと、エルフの魔法使いがアイテム袋からヤギの乳を取り出し、お湯で溶かして温度を調整し、スプーンで赤ん坊に飲ませ始めた。


「悲しみの子。」

 フローラが思わず小さくつぶやいた。


 ケイダンは興味深そうにフローラを見た。

「人間には見分けがつかないと聞いていますが。」


「少しだけ、知っています。」

 フローラがそう答えると、ユニスがケイダンに尋ねた。

「この子は、どういう経緯で?」


 ケイダンは赤ん坊に一瞥をくれ、唇を噛んだ。

「私の妹、アレインが混沌の地を冒険していた時、悪しき人間どもに酷いことをされたのです。アレインはこの子を産んだ後、自ら〈源の泉〉へ身を投げました。」


 その言葉に、誰も軽々しく口を開くことができなかった。

 〈源の泉〉が何かは分からなくても、ケイダンの妹が自ら命を絶ったことだけは察することができた。


 しばらく沈黙が続いた後、フローラが口を開いた。

「この子を、どうするおつもりですか?」


「〈悲しみの子〉を受け入れるところがあると聞いています。そこへ送り届けた後、アレインにそんな仕打ちをした者どもを探し出し、裁くつもりです。」

 これで、ケイダンがなぜ最初にアルを殺そうとしたのか、少しだけ理解できた気がした。


 ヤギの乳を飲んでしばらくすると、赤ん坊が何かに怯えたように大きな声で泣き出した。エルフの騎士は慌てて赤ん坊を抱き上げたが、どう扱っていいのか分からず、戸惑っているようだった。


 フローラがそっと彼女に近づいた。

「私に見せてください。」


 赤ん坊を受け取ったフローラが言った。

「替えのオムツはありますか?」


「あ、はい。あそこに。」

 フローラは赤ん坊を抱えたままエルフの騎士について行き、草の上に毛布を敷いて赤ん坊を寝かせた。そして、手慣れた様子で赤ん坊の体を拭き、新しいオムツに替えた。


「シエステへ向かうのですか?」

 フローラが尋ねると、エルフの騎士は頷いた。

「はい。それまでご存知とは。」


「少し縁がありまして。」

 複雑な表情で赤ん坊を見つめ、フローラが言った。

「明日の出発まで、この子は私が面倒を見ます。」


 エルフの騎士はほっとした表情で感謝の意を示した。

「ありがとうございます。何か手伝えることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」



 その頃、ケイダンは焚き火のそばで暗い表情のまま地面を見つめるアルに目を向けた。ユニスは申し訳なさそうな顔で、そんなアルの様子をちらちらと窺っていた。


 何か考えたのか、ケイダンは静かに立ち上がり、アルのもとへ歩み寄った。

「先ほどは本当に申し訳なかった。私自身、こういう状況にあるせいで、冷静さを欠いてしまっていたようだ。」


 ケイダンの丁寧な謝罪に、アルは少し気まずそうに答えた。

「誤解されるのも仕方ない状況でしたし、結果的に何事もなく済んだので、大丈夫です。」


「いや、下手をすれば、取り返しのつかない過ちを犯すところだった。ただ済ませてしまうわけにはいかない。ささやかだが、謝罪の印としてこれを受け取ってほしい。」

 ケイダンは何かを差し出した。それは、柄も鞘も美しく細工された見事な短剣だった。


 アルは軽く頭を下げ、短剣を受け取った。

 ケイダンはユニスの方を向き、穏やかに微笑んだ。ユニスも無言のまま、にっこりと微笑み返した。



 翌日、レオン一行と別れの挨拶を交わした後、ケイダンはユニスだけを呼び止めた。

「仲間と、とても良い関係のようですね。」


「はい。みんな、とてもいい人たちです。」

 遠くにいるレオンたちを見つめるケイダンの顔には、一瞬、寂しげな表情が浮かんだ。


「私の妹も、仲間を大切にし、心から愛していました。だからこそ、危機の時にも最後まで彼らのそばに残り、ともに戦う道を選んだのです。」

 彼はユニスの方を振り返り、真っ直ぐに見つめた。


「あなたとあなたの仲間に、同じような不幸が起こらないよう願っています。だが、万が一そんな不幸な事態が訪れたなら。どうか最後まで残らず、その場を離れる選択をしてください。

 あなたの仲間も、あなたに私の妹のような不幸が訪れることを望んではいないはずです。」


 ユニスはすぐには答えられなかった。デストロ一味との戦いで、彼女はすでに同じような状況を経験していた。その時、彼女は残って戦うことを選んだ。もし再びそんな事態に陥ったら、今度こそ彼らを置いて、一人で逃げられるのだろうか?


 ケイダンは答えを強要しなかった。彼は短くため息をついた後、どこか寂しげな笑みを浮かべた。

「あなたとあなたの仲間たちに、神の加護があらんことを。」



 ユニスが少し離れた場所でケイダンと話している間に、疾風はレオンにエルフたちが連れていた赤ん坊について尋ねた。

「あの子のことを〈悲しみの子〉って呼んでたけど、どういう意味なの?」


「不幸な出来事の結果として生まれたハーフエルフのことを、そう呼ぶらしい。

 ハーフエルフでも、愛し合った者同士から生まれた子は〈祝福の子〉と呼ばれている。」

「そんなの、見てわかるものなの?」


「人間には区別がつかない。でも、エルフには明確に異なる気配が感じられるらしくて、一目見ただけでわかるんだって。

 祝福の子は、エルフ社会でも受け入れられて、優れた才能を持つ場合はエルフとして迎えられることもあるらしい。

 しかし、悲しみの子は、エルフたちに受け入れられず、たいてい人間社会で暮らすことになる。」


「でも、耳が尖ってるし、人間と見た目が違うだろ? 人間の中で暮らしても大丈夫なのか? 差別されたりしないの?」

「残念ながら、そういうことは多いみたいだ。人間より成長が遅いし、寿命も長い。いろいろ違いがあるからね。」


「なんて不幸な話だ。そんなふうに生まれることは、子どものせいじゃないのに。」

 疾風は、安全都市で時々見かけたハーフエルフたちのことを思い出し、複雑な気持ちになった。


 レオンがフローラに尋ねた。

「人間には区別がつかないはずなのに、どうしてフローラはわかったんだ?」


「私、そういうのには少し敏感な方なので。」

 フローラは珍しく言葉を濁した。


 疾風は遠くに見えるユニスのさらさら揺れる金髪を眺めながら言った。

「そういえば、前に無法者たちと戦った時、ユニスが最後まで一緒にいてくれたのって、ユニスにとってもかなり危険なことだったんじゃないの?」


 マックスボーンも同意した。

「そうだな。俺たちと行動を共にし始めて、まだそんなに時間が経っていなかったのに。」


 黙って話を聞いていたアルは、そっとユニスの方を振り向いた。


 やがてケイダンとの会話を終えたユニスが戻ってくると、疾風が彼女に話しかけた。

「何か大事な話でもしてたの?」


 ユニスは首を横に振った。

「大したことじゃないよ。気をつけてと心配してくれただけ。」


 その時、アルがユニスに声をかけた。

「ユニス、ちょっと話せる?」

 ユニスは緊張した表情で、アルについていき、仲間たちから少し離れたところまで行った。



 アルは足を止め、ユニスの方を振り向いた。そして落ち着いた声で尋ねた。

「ユニス、怒らないから正直に教えてくれ。君があの片目鳥の目をどうしても持っていたい理由は何なの?」


 ユニスは少し躊躇した後、答えた。

「アルとの思い出だから。これがあれば、遠い未来でもいつでもアルのことを思い出せるでしょ?」


 アルの目が一瞬揺れた。彼は気まずそうに咳払いをして言った。

「そ、そんなのなら、もっとカッコいいものを見ればいいじゃないか。そんなヘンなのじゃなくてさ。」


「でも、アルは私を笑わせてくれる唯一の人だもの。」

 その言葉に、アルはただ瞬きをするばかりで、何も言えなかった。

 彼の顔がわずかに赤くなった。


 ユニスは両手を胸の前で組み、切実な目で言った。

「これからは絶対に誰にも見せないよ。友達にも、家族にも、本当に誰にも。私だけが見る。だから、持っていさせて。」


 ユニスの顔をじっと見つめていたアルは、目を伏せた。

「本当に、誰にも見せないんだな?」


「うん。」

「それで、からかったりもしない?」

「もちろん。」


 アルは小さくため息をついて言った。

「わかったよ。」


「ありがとう。」

 ユニスはにっこり笑い、アルの頬にそっとキスをすると、くるりと踵を返し、踊るように軽やかな足取りで仲間たちのもとへ戻っていった。アルは呆然とした表情で頬に手を当て、去っていくユニスの姿を見つめていた。



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