67. アル、絶体絶命!
巨人が一行に褒美として与えたのは、大きなサファイアの原石だった。ユニスによれば、最高級の原石で、魔力付与にも適しているものだった。
巨人と戦うことなく、こんな貴重な報酬まで手に入れられたことに、一行は安堵と喜びを感じていた。もちろん、全身筋肉痛で苦しむアルを除いてだが。
巨人と別れた後、一行は夕暮れまで移動し、野営の準備を始めた。
すっかり〈患者〉となったアルは毛布にぐるぐる巻きになって、焚き火の前に座り、険しい表情でユニスを問い詰めた。
「ユニス、お前、俺にいったい何の恨みがあるんだ!? 俺が一体何をしたっていうんだよ!?」
ユニスの代わりにレオンがなだめた。
「そんなに怒るなよ、アル。そのおかげで、俺たちは巨人と戦わずに済んだぞ。もしまともに戦っていたら、俺たち全員、ただじゃ済まなかったはずだ。」
アルはレオンを鋭く睨みつけた。
「レオン、お前も悪い。俺を笑いものにして売り渡すなんて。」
「悪かった。最初から笑わせることに失敗していたら、俺も当然戦う道を選んでいただろうさ。でも、すでに2回も笑わせたんだ。最後の1回を無駄にするわけにはいかないじゃないか? まさか、本当に巨人と戦いたかったわけじゃないだろう?」
「それは。」
アルとで、巨人と戦いたかったわけではないため、これには反論できず、口をつぐんだ。
一方、ユニスはアルの隣に座り、落ち着いた声で話しかけた。
「アル、謝罪の気持ちとして、さっき巨人からもらった魔石、好きな形に加工してあげるよ。ただでやってあげるから、何でも言って。」
その言葉を聞いたアルは、むすっとした表情でユニスをちらりと見て言った。
「魔石、結構大きいよな。すごいものが作れそうだけど、それでもただでやってくれるのか?」
ユニスはこぼれそうになる笑みを抑えて、静かに頷いた。
「うん、何でも言って。」
アルの機嫌が少し和らぐと、マックスボーンがユニスに尋ねた。
「さっき巨人がピートランド卿に渡したのは、どんな魔石ですか?」
アルが痛みと悔しさの中でも大事そうに抱えていたのを見て、マックスボーンはその魔石の正体が気になっていた。
「魔力と魔法の両方を蓄えられる魔石です。特定の魔法を刻んでおいて、普段から魔力をためておけば、必要なときにすぐにその魔法を発動できますよ。」
「そんな魔石があるんですか?」
マックスボーンが驚くと、ユニスはアルの耳を指さした。
「アルが今つけているイヤリングも、同じ種類のものよ。」
その言葉を聞いて、マックスボーンはようやくアルのイヤリングをじっくりと見た。
アルが説明した。
「ユニスの言う通りです。右の赤いのは炎の魔法を、左の透明なものは風の魔法を蓄えています。だから戦闘中、大抵の炎魔法や風魔法はほぼ即座に使えるんですよ。」
「ああ、だから両方のイヤリングの色が違うんですね。すごく貴重なものじゃないですか?」
「そうですよ。本来なら俺が買えるようなものじゃありません。王国魔法団に入団する時に、陛下から賜ったものです。
でも、これができたから、これからはこれを使って自分だけの魔法アイテムを作るつもりです。」
アルは満足そうな顔で、胸に抱えた魔石を大切そうに撫でた。魔石の話をしている間は、痛みも忘れているように見える彼の姿に、レオンが笑った。
「こういう時は、本当に生粋の魔法使いって感じだな。」
「当たり前でしょ。」
しっかりと返したアルは、ユニスに向かって釘を刺した。
「巨人に俺を売った代償は、魔石の加工で帳消しにしてやるとして。そろそろ〈片目鳥の目〉をよこしてもらおうか。まだ使ってない新しいのと交換してやるよ。」
「ごめん、それは無理。」
ユニスはぺろっと舌を出すと、立ち上がって別の場所へ行ってしまった。
アルはユニスの背中に向かって叫んだ。
「本当に、俺の体が治ったら絶対に奪い取るからな! 覚悟しろよ!」
*** ***
筋力強化の経験が一度あったせいか、それともフローラの回復魔法のおかげか、アルの回復は以前よりも早かった。体力が戻ると、アルはさっそくユニスに「片目鳥の目を返せ」と詰め寄り始めた。
「そんなふざけた姿が出回ったら、俺の社会的地位と面目がどうなるんだ?」
「私が持ってるだけで、出回ることなんてないじゃん。」
「どうせあちこちで見せびらかすつもりだろうが。」
「私がいつそんなことをしたのよ? 巨人の時は仕方なかったから見せただけだし。」
「とにかくよこせ!」
アルと押し問答をしていたユニスは、いつものように片目鳥の目を手に持って、アルをからかいながら走り出した。
「捕まえられるもんなら奪ってみな~。」
アルは真剣な表情でレオンたちを振り返り、きっぱりと言った。
「今日はこのドタバタ劇に終止符を打つ。だから邪魔しないで、見守っててくれ。」
そう言うや否や、ユニスを追って走り出した。
「待って! 今日は絶対にそれを取り返してやる!」
「ホホホッ、捕まえられるものならね~♪」
ユニスは片目鳥の目を握った手を振りながら、アルを挑発した。
「いつもと同じ展開なのに、どうやって終わらせるつもりでしょう?」
キアンが首をかしげた。
ユニスを追いかけて走っていたアルは、不敵な笑みを浮かべた。
「俺がいつまでもやられっぱなしだと思ったか?」
一瞬足を止めたアルは、自分の背後に風の魔法を発生させると、その風を背に受けてユニスを追いかけ始めた。
突然スピードが上がったアルに焦ったユニスは、驚いてさらに速度を上げた。
ユニスが急に進行方向を変えると、アルもすかさず再び風の魔法を使い、その方向へと素早くついていった。
「すごい運動神経だな。」
レオンが感心した。
フローラも同意するように頷いた。
「風の魔法をあんな風に使うなんて、応用力もすごいですね。」
いつの間にかユニスにぴったりと追いついたアルの手が、ユニスの服の裾を引っ張った。
「きゃっ!」
ユニスが地面に倒れた瞬間、アルがその上に覆いかぶさるように押さえ込んだ。
「捕まえた! もう終わりだぞ。」
よこせと言おうとしたアルだが、顔が赤くなったユニスと目が合った途端、言葉を失い、ごくりと唾を飲み込んだ。
2人の間に気まずい沈黙が流れるその時、どこからかアルの頭を狙って矢が飛んできた。本能的に、アルはとっさに頭を低くした。そのせいで、結果的にユニスの胸に顔を深く埋める形になってしまった。驚いて顔を上げようとしたその時、ユニスの慌てた声が響いた。
「待ってください!」
慎重に顔を上げると、アルの首元には3本の鋭い剣の切っ先が向けられていた。首を動かすことすらできず、目だけを動かして周囲を見渡すと、そこには森のエルフの騎士たちがいた。
その中の一人、青い髪をした森のエルフの騎士が、今にも噛みつかんばかりの口調で言い放った。
「真っ昼間の野原で、森のエルフに襲いかかるとは! この破廉恥な輩め!」
「ご、誤解です。」
アルがかろうじてそう答えると、騎士の目が細められた。
「誤解だと? では、この状況をどう説明するつもりだ?」
ユニスも慌てて弁解した。
「あの、この人は私の仲間で、決して悪い人ではありません!」
だが、エルフの騎士はユニスの言葉を冷たく遮った。
「この人間に何か弱みでも握られたのか知らんが、嘘をつく必要はない。」
アルは悔しそうに反論した。
「弱みを握られてるのは、俺の方ですよ! 俺の弱点を握って、ことあるごとにからかって利用してくるんです!」
エルフの騎士はますます怒りを募らせた。
「今、この場で森のエルフを侮辱したな? 貴様のような輩は。」
今にもアルの首を斬りそうな気配だった。
その時、ユニスが素早く片目鳥の目を取り出し、それを掲げて言った。
「彼の言う通りです! これ、私が持っているこの片目鳥の目が、その証拠です!」
エルフの騎士は他の2人に目配せすると、一旦アルの首元から剣を引いた。
「あなたがこの人間に弱みを握られ、脅されているのではないという証拠を確認しましょう。」
エルフの騎士の言葉に、アルは顔をしかめて言った。
「だから違うってば! 本当にこのエルフが。」
しかし、エルフの騎士と目が合った瞬間、アルはハッとして口をつぐんでしまった。冷たく凍りついたその瞳は、今にも手にした剣でためらいなくアルを突き刺せることを示していた。
アルが緊張で何も言えずにいると、ちょうど、向こうからレオンたちが慌てて駆け寄ってきた。
レオンがエルフの騎士に向かって言った。
「何か誤解されているようです。この2人はどちらも私たちの仲間で、決して害を与えるつもりはありません。」
しかし、エルフの騎士は剣を収めることなく冷たく言い放った。
「人間の言葉ではなく、証拠で判断する。」
アルは悲しい目でユニスを見た。
ユニスは仕方ないという表情を見せると、片目鳥の目を再生した。
アルは両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんだ。
まるで爆弾を食らったように膨れ上がった頭に、下着姿の魔法使いが足を大きく広げて魔法を放つ姿を目の当たりにしたエルフたちの表情が、微妙に変わった。後ろにいるエルフの騎士や魔法使いたちは、吹き出しそうな笑いを必死でこらえており、先頭のエルフの騎士さえも真剣な表情を保とうとしていたが、わずかに唇を噛んでいた。
「これで、先ほどの騒動の理由は納得していただけましたか?」
ユニスが尋ねると、エルフたちは大体納得したような反応を見せた。エルフの騎士の一人が言った。
「もう一つの方には、どんなものが記録されているのですか?」
アルは顔を上げた。
「もう十分でしょう!? それまで見る必要はないでしょう!」
アルの抗議にもかかわらず、別のエルフも言った。
「正確な判断のため、もう片方も見せていただけませんか?」
(この人たち、いや、このエルフたちは!)
アルの額に血管が浮かんだ。エルフたちの雰囲気を見る限り、誤解はとっくに解けていた。2つ目を見たがるのは、純粋な好奇心に違いなかった。
「アル、ごめん。」
ユニスが小さく呟くと、結局もう一つも再生した。
アルは完全に顔を隠し、背中を向けてしまった。
エルフたちの間から、短い驚嘆の声と笑い混じりの感想が漏れた。
「筋力強化でこんなことができるのか!」
「これほどの効果が出るとは。」
「素晴らしい潜在能力だな。」




