64. 欺瞞者のマント
翌日、レオン一行は疾風がいる馬小屋に集まっていた。レオンは木箱から革で作られた短いマントを取り出した。
見た目は灰色の蛇の皮のようで、欺瞞者の髪を糸の代わりに縫い込み、端を房のように結びつけていた。グーレンがきれいに磨いて仕上げてくれていたが、生皮特有の生臭さはまだ残っていた。
「うわっ、これはなかなかキツい匂いだな。」
アルは顔をしかめた。
「どうやって使うの?」
疾風が尋ねると、レオンはアルの肩にそれを掛けた。
「アル、お前が魔法使いとして試しに使ってみろよ。」
「俺が? せっかくだし、スタイル抜群の美人にでもなってみようかな?」
アルは鼻をひくつかせつつ呪文を唱えた。
「欺きの術策よ、我が姿を変えよ!」
すると、アルの姿がバチバチと明滅し、赤い髪をなびかせた魅惑的な女性へと変わった。
「おお~、本当に女になっちまった!」
アルは驚いた様子で、体を回して自分の姿を確認した。
「すごいな!」
興味津々に両手を見つめていたアルは、ふと自分の豊満な胸を両手で掴み、揉み始めた。
「おお、いい感触。」
ユニスの拳がアルの後頭部を殴りつけた。
「何してんのよ、この変態!」
「何で殴るんだよ!? 自分の体を触ってるだけじゃん!」
「ど、どうしてそれが〈あんたの〉ものなのよ!」
「俺の体にくっついてるんだから、俺のだろ? それとも君のか?」
アルが舌をペロッと出してからかうように言うと、ユニスの表情が一気に険しくなった。
「いいから黙って元に戻りなさい! さもないと、この矢をおでこにぶっ刺すわよ!」
ユニスは片手に矢を握り、アルの目の前で振りかざして脅した。
アルは慌てて変身を解いた。
「な、なんだよ?」
「とぼけないで! 今の姿、あの女魔法使い、リスティーンそのものじゃない!」
「そうだったか?」
アルは気まずそうにつぶやいた。
レオンは納得した顔でクスクスと笑った。
「どこかで見たことあると思ったら、あの女だったのか。」
アルは頭をかいた。
「最近見た美女だからかな?」
ユニスは目を細め、ジロリと睨んだ。
「趣味が最低ね。どうしてあんな女を。」
「まあ、とにかく効果は確かみたいだな。」
レオンは、アルから欺瞞者のマントを受け取り、疾風に歩み寄った。
疾風は期待と興奮で胸を高鳴らせながら、近づいてくるレオンをじっと見つめていた。
ついにレオンが疾風の背中に欺瞞者のマントをかけた。アルが近づき、疾風の顔にそっと手を置いて言った。
「疾風、魔法はイメージを形にする力だ。なりたい姿をしっかり思い描いてみて。」
疾風は高鳴る胸を抑えようとした。長い間、願い続けてきたことだというのに、いざ目の前にすると実感が湧かなかった。どんな姿を望んでいたのか、それすらすぐには思い出せない。目を閉じ、記憶の中で次第に薄れていた前世の自分の姿を思い浮かべた。
アルの呪文が響き、体の内側から何か見知らぬ力が広がっていくのを感じた。目を開けると、ユニスが目を輝かせて、こちらを見つめていた。
「疾風、すごく、すっごく綺麗よ!」
アルもマックスボーンも、そしてレオンまでがうっとりとした目で自分を見ていた。
(成功…なのか? でもそんなに綺麗って。もしかして前世の私って、この世界ではイケてる顔だったのか?)
ほんの一瞬でさまざまな思考が頭を駆け巡った。前世では、容姿も含め、ごく平均的な人生を送っていたのに、こんな反応をされるとむずがゆい。
だが、どこか体の感覚があまり変わっていないような気もした。いやな予感がしてそっと顔を下げると、視界に入ってきたのは。相変わらず馬の脚だった。
困惑して顔を上げると、無言のままフローラが手鏡を差し出してくれた。
(っ!?)
鏡に映っているのは、雌馬になった自分の姿だった。体の色はそのままだが、目は大きくなり、まつ毛は長く、顔立ちがどこか上品になっていた。
視線を横に向けると、マックスボーンとアルが涙を滲ませ、声を殺して笑っており、レオンとキアンは笑いをこらえようと下唇をギュッと噛んで顔を背けていた。
「やり直したい。」
疾風は何度も同じ試みを繰り返したが、妖精馬になったり、アルの愛馬タマの姿になったりと。結局、どうやっても馬のままだった。
(なんだよ、種族の壁は超えられないのか。)
疾風はがっくりと肩を落とした。
レオンは黙ってそのたてがみを撫でて遺憾の意を表した。
「協力してくれてありがとう。必ず成功するとは思っていなかったし、時間が経てば気持ちも落ち着くだろう。しばらくひとりにしてくれる?」
一行はそれぞれ慰めるように手を差し伸べたり、視線を送ったりした後、馬小屋を後にした。
一行が出ていくと、アオイデが話しかけた。
‒ そんなにがっかりするな。どうせ、あんなのは一時しのぎに過ぎない。使用者の魔力を消耗するし、永遠に使い続けられるものでもない。それに基本的には幻視に近いから、高位の魔法使いや術師には見破られる可能性もあるしな。
(でも、それは、変身魔法も同じじゃないですか?)
‒ まあ、実際のところ、〈欺瞞者のマント〉のほうが大抵の変身魔法の上位互換ではある。
(今回の人生は、どうやら馬のままで終わりそうですね。)
‒ 何を言っておる。君はただの馬じゃない。この世界で唯一無二の〈歌う馬〉であるぞ。それに、世の中何が起こるか分からないんだ。あの島にいたころ、まさか我と契約する日がくるなんて、想像もしてなかっただろう?
得意げに言うアオイデが癪に障り、疾風は言い返した。
(自分の頭の中に入り込んで、いちいち口出ししてくる精霊王と契約するなんて、誰が想像しますか!)
‒ こら、無礼な。精霊王に向かって。
(何言ってるんですか? 僕は〈自称・神〉の額をぶっ叩いた馬ですよ!)
アオイデのせいで、一人で落ち込むことすら許されず、疾風は失望して落胆する暇もなく、アオイデと頭の中で言い争った。




