63. 再び、シエスト
シエストに到着する頃には、アルの体調はある程度回復し、日常生活を送れるほどにはなっていた。
午前に城内へと入った一行は、以前泊まった宿で部屋を取り、荷を解くと、その足でグーレンの鍛冶屋へと向かった。
剣を作っていたグーレンは、戻ってきたレオン一行を見て、まるで幻でも見ているかのように、最初はぽかんと大きな目を瞬かせた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
グーレンがレオンに近づき尋ねた。
「ちょっといろいろありまして。」
レオンはグーレンの後ろにいる2人の若いドワーフに目を向けた。
グーレンは振り返り、2人を紹介した。
「わしの息子どもだ。グルスとロクス。お前たち、挨拶しなさい。わしの昔の仲間、ギデオンとレイナの息子、レオンだ。」
「はじめまして。」
「お話はよく伺っています。」
がっしりとした体格の2人のドワーフは、軽く頭を下げて挨拶をした。
ユニスが笑顔で声をかけた。
「奥さんがお帰りになったんですね。」
グーレンは気恥ずかしそうに鼻をこすった。
「ああ。君たちが言ってた通り、お詫びの手紙と品を送ったら、しぶしぶ帰ってきたよ。」
「よかったですね。」
「それで、どうしてまたここに? キベレへ向かうんじゃなかったのか?」
レオンが答えた。
「途中で私たちでは手に負えない魔獣を捕らえたので、グーレンおじさんに解体をお願いしようと思いまして。」
「ほう? 何を狩ったんだい?」
レオンは身をかがめて小声で言った。
「欺瞞者です。」
「え?」
グーレンは聞き間違えたかと思ったのか、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「欺瞞者だと?」
「はい。」
グーレンは驚いた顔でしゃっくりをし始めると、すぐに息子たちに手振りで鍛冶場の扉を閉めるよう指示した。
「本当に欺瞞者を捕らえたのか?」
矢継ぎ早に尋ねながら、アイテム袋にある欺瞞者を確認すると、頭をかいてぼそりとつぶやいた。
「ふむ。捕らえた後の姿はこうだって聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだな。」
突然、グーレンはレオンの手をがっしりと掴んだ。
「ってことは、わしが作った剣で仕留めたってことか?」
「はい。」
「ちょっと見せてくれ。」
レオンが剣を抜くと、グーレンの目は歓喜に輝いた。
「闘気を込めてみろ。」
グーレンの言葉に従い、レオンが柄をしっかりと握ると、これまでとは違う赤みがかった光が刃を包み、流れていった。
「やはり!」
グーレンが喜びの声を上げた。
「欺瞞者を仕留めることで、その魔力を吸収したんだな。ブルカス鋼が最も高く評価されるところは、成長する武具ってことだ。どんな主の手に入って、どんな敵と戦うかに影響されるんだ。
この剣は、まさに本当の主を見つけたってわけだ。わしの目に狂いはなかった! レオン、ありがとうよ。」
グーレンはレオンをがばっと抱きしめると、嬉しそうに踊り出し、上機嫌で作業に取り掛かった。
鍛冶場の奥にある長い作業台に欺瞞者の死体が置かれ、解体作業が始まった。下半身は蛇だが、上半身は人型という異様な姿のため、かなり不気味な光景だった。肌が濃い灰色で蛇の鱗のような質感をしているのが、多少なりとも嫌悪感を和らげてくれた。
極めて貴重な魔石が取れる魔獣の解体であるため、フローラとアルが代表して、その様子を見守ることになった。残りの人は隣の部屋でお茶を飲みながら、作業が終わるのを待った。
胃が弱いアルは、何度も吐きそうになりながらも、なんとか耐え抜いた。解体が終盤に差し掛かったころ、グーレンが皆を部屋へ呼び寄せた。
「爪が全部で12本、〈欺瞞者の目〉が2つ、そして驚くなよ。〈欺瞞者の舌〉が、2つも出たんだ。」
グーレンが重々しい表情で言った。銀の盆の上には、黒く輝く魔石が2つ、静かに置かれていた。
「本当だわ。2つもある!」
ユニスが目を丸くした。
グーレンはゆっくりと首を振った。
「まったく、君たちはどこまで運が強いんだ。〈恋人の心臓〉に続いて、こんなものまで2つも出るとはな。」
その他の素材も、欺瞞者の髪、皮、頭蓋骨、舌など、種類ごとにきちんと仕分けされた。
「どれもとんでもない価値のあるものだ。どうやって処分するか決めているのか?」
レオンが答えた。
「道中で大まかに決めてきました。爪12本のうち6本は、ユニスが持つことにしました。 それ以外は、〈欺瞞者のマント〉1個分を除いて、バイアフで売却先をすでに決めています。」
アルが以前言っていたように、欺瞞者から採れる魔石や素材は、国の戦略物資に当たるものであった。アルとマックスボーンは、エレンシア王国のフィオール王の命を受けて行動しているため、これらを個人的に処分できなかった。
すると、フローラが「こういった貴重な品を軽々しく処分できないのは、ブレイツリー王国でも同じだ」と強く主張した。そこで、以前〈恋人の心臓〉を売却したときと同様に、フローラがバイアフの信頼できる相手に預けることになった。今後ブレイツリーとエレンシアの両国が協議した上で、買い取る形とし、支払いはキベレで行われることに決まった。
「欺瞞者の舌が2つもあるなら、交渉がずっとスムーズに進みそうですね。」
フローラが嬉しそうに言うと、アルも頷いた。
「本当によかった。まあ、うまくやってくれるだろう。」
レオンはグーレンに尋ねた。
「〈欺瞞者のマント〉を作るのには、どのくらい時間がかかりますか?」
「基本的に革だからな、なめすだけでも一ヶ月はかかるぞ。」
「そんなに長く滞在するのは難しいんですが。
」
レオンが困った表情でつぶやくと、グーレンが問いかけた。
「それは変身に使う道具だと聞いているが、何に使うつもりなんだ?」
「ちょっと試してみたい相手がいます。」
グーレンは少し考えた後、こう言った。
「試すくらいなら、今日にでもできるさ。よかったら今晩、うちで一緒に食事でもどうだ? ちょっと魚臭さは残るかもしれんが、それまでに、形だけでも作っておいてやるよ。」
「本当ですか?」
「もちろんさ。うちの女房も喜ぶぞ。レオン、君に会いたがっていたからな。」
フローラが慎重に提案した。
「でも、急にお邪魔したら、奥様も驚かれるでしょうし、今のうちに息子さんに伝えに行かせたほうがいいのでは?」
「いや、平気さ、気にするな。」
グーレンはあまり気にしない様子で言ったが、その隣で息子のロクスがすぐに口を開いた。
「僕が行って伝えてきます!」
そう言うなり、グーレンが何か言う隙もなく、ロクスは素早く店を飛び出していった。
レオンたちは、〈欺瞞者のマント〉を作るために必要な素材を除き、グーレンから魔石やその他の素材を受け取った。ユニスは満足そうな顔で、欺瞞者の爪6本が入った箱を大事そうに抱えた。
「こんなものを持ち歩くのは危険だし、今すぐ預けてきます。」
フローラの言葉に、アルも頷いた。
「確かに。こんなの持ってたら、不安で仕方ないよ。」
グーレンの鍛冶場を出ると、すでにフローラを待っている騎士たちがいた。彼らは、レオンたちに軽く一礼すると、フローラを護衛して、その場を後にした。
その時、慌てて店の中から出てきたグーレンがレオンを呼び止めた。
「おっと、忘れるところだった。あの剣だが、もう少し手を加えてやるから、貸してみろ。」
「剣を、ですか?」
レオンは不思議そうにしながらも、鞘ごと剣をグーレンに渡した。
グーレンは誇らしげに顎を上げて言った。
「欺瞞者を仕留めた剣だ。それにふさわしい装飾を施してやらないとな。俺に任せておけ、しっかり仕上げてやるさ。
それと、冒険者ギルドには、君たちが欺瞞者を討伐したと俺から連絡しておくよ。欺瞞者は恨みを持つ者が多くてな、懸賞金もかなりの額がかかっている。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「前に来たことがあるから、うちの場所は知ってるだろう? 夕飯を食べに来るといい。」
グーレンはレオンの剣を持って鍛冶場へ戻っていった。
*** ***
宿で休息を取った後、夕方になり、レオンたちは花と果物を持ってグーレンの家を訪れた。
グーレンの妻、ロティは彼よりも大柄で、黒々としたひげを生やした、頼もしい印象の女ドワーフだった。
アルはぎこちなく笑いながら挨拶をした。
「ははは、奥様は、とても勇ましいですね。」
レオンは、ひじでアルの脇腹を軽く突き、余計なことを言わないように止めると、花束をロティに渡し、丁寧に挨拶をした。
「初めまして。レオン・ヴァルラスと申します。」
「まあまあ、グーレンから話はたくさん聞いていますよ。お父様によく似ていらっしゃるわね。 さあ、どうぞお入りなさい。」
その声は滑らかでありながらも力強かった。
グーレンは片目をウインクさせ、レオンに自慢げに言った。
「どうだい? うちの嫁、美人だろう? 村一番の美人なんだぞ。」
「まあ、この人ったら。」
ロティは豪快に笑い、グーレンの肩をバシッと叩いた。
レオンたちは、種族によって美の基準が大きく異なることを実感した。
家の中へ案内しながら、グーレンが言った。
「さっきギルドの連中がうちの鍛冶場に来て、欺瞞者の討伐を確認していったよ。たぶん、明日あたりには宿に連絡が入るはずだ。」
家の中は、以前訪れたときとはまるで違い、きれいに片付いており、温かく活気のある空間になっていた。ロティは料理の腕も素晴らしく、焼き料理や蒸し料理、ソーセージ料理など、さまざまな家庭料理をたっぷりと振る舞ってくれた。さらに、自家製の爽やかでスッキリとした味わいのクラフトビールが食事の楽しさを引き立てた。
レオンたちは、久しぶりに温かな家庭の雰囲気を味わい、和やかに夕食を楽しんだ。
グーレンは終始、皆の杯に酒を注ぎ、機嫌よく飲み続けた。食事が終わるころには、グーレンの顔はすっかり赤くなっていた。彼が、レオンに木の箱を差し出した。
「さっき君が言ってたやつだ。とりあえず、これで変身がどうとか試すことはできるだろう。もしもっと手を加えたければ、明日でも鍛冶場に寄れ。俺の知り合いの革職人に頼んでやるから。
それから、これは必ずアイテム袋に入れて保管するんだな。魔獣の革だから普通の革とは違うとはいえ、加工されていない生の状態で長く放置すると、傷むこともあるからな。
ああ、それと、君の剣の手入れが終わったら、うちの息子を宿にやって知らせることにするよ。」
「ありがとうございます。」
グーレンは分厚い手でレオンの手を軽く叩き、感慨深げに杯を掲げた。
「ギデオンの息子が欺瞞者を討ち取ったぞ。それも俺が鍛えた剣でな。今日はなんて素晴らしい日だ! この喜ばしい日を記念して、乾杯!」




