51. 火の鳥、スカーレッタ(2/2)
スカーレッタの死体から突然、猛々しい炎が天へと燃え上がった。
その激しい炎の柱の中から、巨大な鳥の形が浮かび上がり、恐ろしい咆哮を上げながら垂直に飛翔した。
(本物の炎の鳥だったのか。)
疾風はこの信じがたい光景を前に、呆然と立ち尽くした。
全身が猛然と燃え盛る炎そのものである、まさしく〈炎の鳥〉だった。先ほどの猟師の少年が『燃え死ぬ』と表現した意味が、ようやく実感できた。
フローラは仲間に〈炎耐性の加護〉を施すと、マックスボーンを呼び寄せた。
「マックスボーンさん、こっちへ来てください。」
フローラは水袋の束を指さした。
「これからマックスボーンさんには、アルの援護をお願いします。この水袋をすべてアルの後ろに運んでください。そして、アルが合図したら、一つずつ思い切り空に向かって投げてください。
そして、炎の鳥が攻撃してきたら、盾でアルを守ってくださいね。」
そう言い残して、フローラは他の仲間の様子を確認しに向かった。
マックスボーンは急いで水袋をアルの背後へと運び始めた。
炎の鳥となったスカーレッタは、炎の翼を大きく広げ、空中で何度も力強く羽ばたいた。スカーレッタの周りに無数の火球が生まれ、地面へと雨のように降り注いだ。
草原は一瞬にして、至るところに炎が燃え広がる〈火の海〉と化した。
ユニスは馬たちを繋いでいた場所へと戻り、自分の妖精馬に飛び乗り、仲間の援護へと向かおうとした。しかし、妖精馬は炎の気配を察すると、体を硬直させて全く動こうとしなかった。仕方なく馬を降りたユニスは、疾風を呼び寄せた。
「疾風! 私を乗せて!」
疾風はユニスのもとへ駆け寄り、彼女を背に乗せた。
「矢で奴の動きを封じるから、よろしく頼むわよ。」
ユニスは数本の矢を手に握り、炎の鳥を狙った。
地面は炎の熱で灼けついていたが、フローラの加護のおかげか、なんとか耐えられる程度だった。疾風は地上の炎と空から降り注ぐ火球を避けながら、素早く駆け回った。
アルは左手で地面に突風を巻き起こし、マックスボーンに叫んだ。
「マックスボーン! ヤツに向かって水袋を投げてください!」
マックスボーンは少しでも高く投げるため、両手でずっしり重い水袋を掴み、ハンマー投げの選手のようにその場で何度か回転した後、思い切り放り投げた。
アルの突風が水袋を包み込み、空高く舞い上がらせた。ある程度の高さに達した瞬間、アルは右手で風の刃を放った。水袋が炎の鳥の周囲で破裂し、シャアアアアッ!という轟音とともに大量の蒸気が立ち込めた。
フローラは軽やかに草原を駆け巡りながら、仲間たちに回復術を施したり、火傷の部分に治療薬を塗ったりしていた。
アルはマックスボーンに水袋を次々と投げさせ、炎の鳥に水攻撃を浴びせ続けた。そのたびに、炎の鳥の周りには激しい水蒸気が巻き上がった。
炎の鳥は突然首を後ろへ反らすと、大きく嘴を開いた。そこから、燃え盛る巨大な火柱が勢いよく放たれた。あれをまともに喰らえば、跡形も残らず焼き尽くされるのは明白だった。
レオンとキアンは盾で頭を守りながら、歯を食いしばり、草原を疾走して火柱を必死に避けた。
そして、長く伸びる火柱がアルに迫ると、マックスボーンが最大限に展開した盾を構え、アルの前に立ちふさがった。アル自身も強力な風の防壁を張った。二人の両側では、まるで地獄のような猛火が荒れ狂った。
一通り火柱を吐き出した後、炎の鳥は息を整えるように後方へ大きく跳び退き、翼を羽ばたかせて再び火球を生み出した。
「熱っ!!」
突然、アルが甲高い声で悲鳴を上げた。火柱を防ぐ際に漏れ出た炎が、ローブの裾に燃え移ったのだ。慌てふためいた彼は、とっさに地面を転がった。だが、地面も火の海になっているため、火は消えるどころかますます燃え広がってしまった。
「ローブを脱いで!」
マックスボーンが叫ぶと同時に、アルの元へ駆け寄り、ローブの裾を引き裂くようにして脱がせた。
ローブを脱ぎ捨てたアルは、袖なしの上着と半ズボン姿になったまま、歯を食いしばりながら炎の鳥を睨みつけた。そして、髪を束ねていた紐を力強く結び直すと、仲間に向かって大声で言った。
「〈雷雨の旋風〉を準備する! 時間を稼いでくれ!」
そう言うと、マックスボーンに向き直り、続けた。
「マックスボーンさん、水袋を投げる準備を!」
マックスボーンは急いで水袋のそばへ駆け寄った。
アルは両腕を前に伸ばした姿勢で呪文を唱え始めた。彼が右手を掲げ、空の彼方へと手をかざすと、天空に風が渦を巻きながら立ち上り始めた。右手を動かしながら旋風を起こしつつ、アルが叫んだ。
「マックスボーン! 俺の右手が指す方向へ水袋を投げて!」
マックスボーンは水袋を掴み、先ほどと同じように回転の勢いをつけて、アルの右手が指す方向へ思い切り投げた。
アルは左手で地面に突風を巻き起こし、水袋を空へと運び上げた。
水袋が天空で回転する竜巻に到達すると、アルは風の刃でそれを切り裂いた。破裂した水は竜巻に巻き込まれ、次第に小さな雲となっていった。
「もっと投げ続けて!」
アルは息を切らしながら急かした。
マックスボーンは無心で水袋を次々と掴み、全力で投げ続けた。
やがて、竜巻の周囲に雲が次第に大きく広がり始めた。
そのとき、炎の鳥が火柱を吐き出し始めた。
フローラが叫んだ。
「マックスボーン! アルを守って!」
マックスボーンは急いで盾を最大限に広げ、アルの前に立ちはだかった。直後、強烈な火柱が2人を飲み込んだ。肺まで焼き尽くされそうな、息も詰まるような熱気が彼らを包み込んだ。
マックスボーンは全身の力を振り絞り、盾を握る手にさらに力を込めた。
火柱が収まると、すかさずアルが叫んだ。
「水だ! 早く投げろ!」
マックスボーンはすぐに盾を畳み、再び水袋を投げ始めた。
その頃には、竜巻の周囲には灰色の雨雲が形成され、旋風がその雲を巻き込みながら、次第に形を成していった。
「まだ足りない! もっと水を! 急げ!」
アルは焦りながら叫んだ。
しかし、マックスボーンは困惑した表情でフローラの方を振り向いた。
「どうしましょう? もう全部投げちまったんです。」
アルは魔法の制御を続けながら、なおも急かした。
「何してるんだ! 早く投げろ! 早く!」
フローラは仕方ないという顔をして、アイテム袋から水袋を二つ取り出した。
「これで最後よ。」
マックスボーンは返事をする間もなく、水袋を空へと力いっぱい投げた。最後の二つを投げ終えると、アルはついに仕上げに入った。
アルは右手を伸ばしたまま空の竜巻を操り、左手で地面を指しながら回転する動作をとった。草葉や炎が舞う地面の風が、渦を巻きながら勢いよく上昇し始めた。彼の両手の動きに呼応するように、空の竜巻と地の暴風が徐々に距離を縮め、少しずつ混ざり合っていった。
そして、アルが両腕の間隔を狭めると、それに合わせるかのように竜巻と暴風が完全に一体となった。その瞬間、雷雲を抱いた竜巻から水流が滝のように溢れ出し、地の暴風と融合して猛烈な水飛沫を巻き起こした。
とうとう、地上から天空へと激しく渦巻く巨大な水竜巻が完成した。
アルは両腕を伸ばしたまま、レオンとキアンを相手に戦っている炎の鳥へと狙いを定めた。
「レオン!キアン!避けて!」
フローラが二人に叫んだ。
レオンとキアンは炎の鳥へと向かう竜巻を避け、それぞれ違う方向へ疾走した。
竜巻が炎の鳥を包み込むと——シャアアアアァァッ——! 大量の水分が一瞬で蒸発する轟音とともに、巨大な水蒸気が次々と立ち上った。
炎の鳥は凄まじい悲鳴を上げながら竜巻に完全に飲み込まれ、その中で果てしなく回転し続けた。
しばらくその状態が続いた後、力尽きたアルが大きく息を吸い込み、その場にどさりと座り込んだ。
同時に、竜巻は瞬く間に勢いを失い、空気に溶けるようにして静かに霧散していった。竜巻に巻き上げられていた大量の水蒸気が空気中に拡散し、辺り一面に濃い霧が立ち込めた。
炎がすっかり消え去ったスカーレッタは、黒く焦げた姿だけを残して、力なく地面へと落下した。
竜巻を避けて遠くへ退いていたレオンとキアンが、すぐさま炎の鳥へと駆け寄った。アルの前に立っていたマックスボーンも、メイスを構えながら加勢した。3人は前後の区別もなく、剣やメイスを振り回し、ひたすら炎の鳥を叩き続けた。
それを見つめていた疾風は、華々しい最期の一撃なんて幻想の世界にしか存在しないことを改めて実感し、敵ながら炎の鳥にほんの少し同情した。
(現実は、袋叩きだな。)




