49. 魔獣スカーレッタの情報
ブレイツリー王国の王城シトマ。
国王の私室にて、アデルライドはメリディスから送られた書簡を読んでいた。テーブルの上座に座る彼女の隣には、クロードが座っており、向かいには整った顔立ちのハーフエルフの男性が立っていた。
巻物を閉じたアデルライドは、ハーフエルフの男性に向かって口を開いた。
「メレディスに、引き続き、彼らの動向を注視し、新たな事実を知り次第、直ちに報告するよう伝えよ。」
「承知いたしました、陛下。」
男はアデルライドとクロードに一礼し、正式な出入り口ではなく、書斎の一角にある秘密の通路を通って姿を消した。
アデルライドはクロードに巻物を手渡した。内容をざっと目を通したクロードがアデルライドに尋ねた。
「いかがなさるおつもりですか?」
「スティアーズ公爵に知らせようと思います。」
クロードは納得したようだった。
「スティアーズ公爵なら、たとえこちらが止めても、独断で混沌の地へ向かうでしょう。」
9年前、ミレーシンをカリトラムに奪われた戦争において、クロードはブレイツリー王室内部の政変を収拾するために出陣できなかった。悪名高い『紅い月の夜の戦い』に参戦したスティアーズ公爵は、自身もかなりの傷を負ったが、幼馴染で親友でもあったフリート・ベックマンをカイエン・ロエングラムに殺された。それ以来、彼はロエングラムに深い恨みを抱き、敵対し続けていた。
混沌の地は、どの国にも属さない地域であるだけあって、そこでの争いは個人的な問題と見なされた。特に、安全都市の外で起きた出来事は外部の世界に知られることすら稀だった。もし混沌の地でスティアーズがロエングラムと遭遇すれば、十中八九、どちらかが命を落とすことになるだろう。
「半年前、混沌の地、南部のある地域で、カリトラムが王の出席のもと、秘密裏に大規模な祭典を行ったという報告を覚えていますか?」
「ええ。メレディスの推測では、あれは古代帝国の神殿跡にある聖所で、おそらく『月の宮殿』と同じく、そこに隠された古代帝国の聖遺物を狙ったのではないかと言っていましたね。」
「その点を考慮すれば、混沌の地の北部にロエングラムが現れたのは、決して偶然ではないでしょう。」
「カリトラムは建国当初から、古代帝国の力を利用することに強い関心を示していましたからね。」
クロードが苦々しげに言うと、アデルライドの表情に憂いの色が浮かんだ。
「しかし、近頃の動きは今までとは異なります。もし彼らが本当に古代帝国の聖遺物を2つも手に入れ、さらに混沌の地で何かを探しているのだとしたら。古代帝国に関連する何か大きな企みが進行している可能性があります。」
アデルライドの視線が、自らの右手の指輪へと向かった。
ブレイツリー新王国の初代国王が古代遺跡で発見したとされるこの指輪には、所有者を守る神秘的な力があり、持ち主が自ら譲渡するか死亡しない限り、強奪することはできない。ブレイツリー国王の象徴ともいえるこの指輪をめぐって、カリトラムは過去から執拗にその所有権を主張してきた。
(もしかすると、この指輪も彼らが求める聖遺物の一つなのでは? 彼らは古代の聖遺物を集めて、一体何をしようとしているのか?』
*** ***
翌朝、レオン一行が朝食を済ませ、出発の準備をしていると、二日前に別れたパーカー家の子供たちが草原を駆けてくるのが見えた。
「よかった、まだ遠くへ行ってなかったのですね!」
姉のジーナが息を整えながら言った。
「どうした? 何かあったの?」
レオンが心配そうに尋ねると、ジーナは大丈夫だと手を振った。
「そういうわけじゃなくて、私たち、火の鳥の痕跡を見つけたんです! お父さんが、騎士様に知らせるようにって。」
「火の鳥?」
レオンは仲間たちの方を振り返った。すぐにアルが反応した。
「火の鳥って、スカーレッタのこと?」
「はい、それです!」
ジーナが頷き、一方向を指さした。
「あっちへまっすぐ行けばいます。」
「でも、どうしてあなたの家族が捕まえずに、教えてくれるの?」
ユニスが不思議そうに聞くと、ジーナは答えた。
「うちには魔法使いがいないから、捕まえられないんです。」
隣にいる弟のガブが、くすっと笑って付け加えた。
「じいちゃんが言ってました。火の鳥と戦ったら、僕たちみたいなのは燃え死んじゃうんだって!」
「教えてくれてありがとう。」
レオンは子供たちの頭を優しく撫で、しゃがんでガブの顔を覗き込んだ。
「朝ごはんは食べたのか?」
「お芋持ってきました!」
ガブは腰に結んだ布袋を指さした。
レオンはフローラを振り返り、聞いた。
「この子たちに何かあげるものあるかな?」
「ちょっと待ってね、あるはずよ。」
フローラはアイテム袋から、片目鳥のローストやパン、果物などをたっぷり取り出し、子供たちに渡した。ジーナとガブは丁寧に頭を下げ、ありがたく受け取った。
「来る途中でお芋を食べたから、今はお腹空いてないです。あとで家族と食べます!」
ジーナは元気よく言い、食べ物を袋に入れて背負うと、弟の手を握り、来た道を駆け戻っていった。
「火の鳥、ぜひ捕まえてくださいね!」
ジーナは途中で振り返り、大きく腕を振りながら叫んだ。
「ありがとう。」
レオンは微笑みながら手を振った。
子供たちの姿が遠ざかると、レオンは仲間に尋ねた。
「どうする?」
ユニスが即答した。
「どうするも何も、捕まえるに決まってるでしょ? 何よりスカーレッタよ! もしかしたら〈恋人の心臓〉が手に入るかもしれないじゃない!」
「今までも魔獣を何体か倒しましたが、魔石は得られませんでした。スカーレッタは強くて危険な相手です。わざわざ危険を冒す必要があるでしょうか?」
キアンは懐疑的な反応を見せた。
「でも、存在が分かった以上、一度は捕まえてみたいな。」
アルは捕獲する方に賛成だった。
「スカーレッタを捕まえるなら、水魔法が効果的だと知っていますが、アルはその分野ではありませんね?」
キアンがもう一度ブレーキをかけたが、アルは問題ないという反応だった。
「俺たちが持っている水袋と風魔法を組み合わせて、何か方法を考えればいいさ。」
ユニスは行くべきだと強く主張した。
「何を迷ってるの? 混沌の地で一番ロマンチックな魔石が出るやつだよ! 捕まえなきゃ!」
レオンも同じ意見だった。
「正直、俺も挑戦してみたい。人の心臓を食う魔獣だから、放っておくのは危険だし。」
フローラがキアンに言った。
「行こうという意見が多いね。一度挑戦してみよう。せっかくパーカー家が教えてくれた貴重な情報じゃない。」
静かに会話を見守っていたマックスボーンは、意欲に満ちた表情で左腕の盾を撫でた。
レオンたちは進路を変え、案内された方向へ馬を向けた。
アルがレオンに尋ねた。
「レオン、どうせ捕まえるなら、きつくても魔石が出る確率が高い方にするよな?」
「当たり前だろ? そうじゃなきゃ、わざわざ捕まえる意味もないしな。」
レオンが当然のように答えると、アルはフローラに言った。
「どう対処するか、まず俺の計画を移動しながら説明するよ。他に、いいアイデアがあったら言ってくれ。」
フローラはうなずいた。
「分かりました。」
「ああ、〈恋人の心臓〉が出るといいなあ。」
ユニスは浮かれた声でつぶやいた。




