47. 片目鳥の目(1)
翌朝、メゴットの肉をたっぷり使ったシチューが振る舞われた。
大鍋に煮込まれたシチューをお腹いっぱい食べた後、パーカー一家は先に別の方向へと旅立っていった。
「本当に、本当にありがとうございました。おかげさまで貴重な素材もたくさん手に入り、滅多に味わえない贅沢な料理までご馳走になりました。このご恩は決して忘れません。」
パーカー一家は何度も深々と頭を下げ、やがて遠ざかっていった。
子どもたちは満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。
「水辺に来たついでに、水筒を満たしていきましょう。」
フローラが言うと、マックスボーンがすかさず付け加えた。
「水を汲んだら、草ももっと刈っていきましょう。昨日の途中で終わってしまいましたし。」
レオンたちは空になっていた革袋に水をたっぷりと詰め、午前中は周囲の草をさらに刈り集めた。
昼食を済ませて出発し、しばらく馬を走らせていると、どこからか澄んだ高い鳥の鳴き声が響いた。
「ヒュリリ〜」
顔を上げて空を見上げると、2、3羽の鳥が頭上を旋回していた。
「片目鳥の群れです。皆さん、馬から降りてください!」
フローラの言葉に従い、一行は急いで馬を降りた。
「愛と平和のフローラ〜。」
フローラが杖を振ると、辺り一面に花畑が広がった。
「たった2、3羽ですよ? 別にこうしなくても。」
マックスボーンが不思議そうに問いかけたその瞬間、遥か彼方から耳をつんざくほどの鳴き声が響き渡り、巨大な鳥の群れが押し寄せてきた。
「花畑から出ないで! 中で戦ってください! 魔法でも剣でも、全力で攻撃して食い止めて! 頭に止まらせては、ダメよ!」
耳をつんざくような鳥の鳴き声に負けじと、フローラが大声で叫んだ。
間もなく、ハトほどの大きさの鳥たちが群れを成し、一行に襲いかかってきた。
ユニスの矢が次々と空を切り裂き、アルの左手からはヒュウッと風が唸りを上げて吹き上がった。
‒ こういう時は、やっぱり音波攻撃だね。
アオイデが、人間の耳には聞こえない音波を空に向かって放った。
その音波攻撃を受け、鳥たちはバサバサと空中から落ちていった。
〈片目鳥〉という名の通り、彼らは頭の中央に大きな目がひとつだけついた鳥だった。
レオンとキアンが剣を振るう隣で、マックスボーンは盾を広げ、群がる鳥の群れに立ち向かった。フローラの花畑が結界の役割を果たし、中に入ってきた鳥たちの動きを鈍くしているため、戦いやすかった。
「ヒュリリ〜 ヒュリリリ〜」
片目鳥たちはなかなか退かず、旋風のように一行の頭上を飛び回り、一定のパターンを描くように執拗に攻撃を続けていた。
「この程度撃退したら、普通は引き下がるはずなのに。なんでこんなにしつこいんだ?」
アルがフローラに尋ねると、彼女は言った。
「私たちの中に、あいつらの興味を引く存在がいるみたいですね。」
そう言って、フローラが指さしたのは、疾風だった。片目鳥たちは明らかに疾風の頭上に多く集まっていた。他の馬には一切興味を示さず、ひたすら疾風だけを狙っているようだった。
‒ あぁ、そういうことか。
アオイデがようやく何かに気付いたように呟いた。
疾風はどういう意味かと聞こうとしたが、アオイデは構わず話を続けた。
‒ 疾風、君が持つ異世界の記憶を狙っているのだよ。まったく、我、アオイデ様の所有物に手を出そうとは!
(アオイデさん? 誰が誰の所有物だって?)
疾風が冷ややかに問い詰めたが、アオイデは聞く耳を持たず、一人で興奮していた。
‒ 疾風の持つ異世界の音と歌は、すべてこのアオイデ様のものだ! 生意気な奴らめ。思い知らせてやる!
そう言うと、アオイデは荘厳な声で歌い出した。
「誰だ 誰だ 誰だ 空のかなたに踊る影
白い翼の ガッチャマン
命をかけて 飛び出せば
大空駆ける 火の鳥だ
飛べ 飛べ 飛べ ガッチャマン
行け 行け 行け ガッチャマン…」
(おい、何してるんですか? 何ですか? この歌は?)
- 『ガッチャマン』だよ。知らないの?
(知りませんよ。そんな大昔のアニメ。歌はテレビかどこかで聞いたかもしれないけど。)
- 空を飛ぶヒーローの歌がなかなかなくてさ。白い翼に、火の鳥だから、とにかく空飛ぶヒーローじゃないか?
(ああ、もう。何の趣味がさっぱり分からない選曲ばかりじゃないですか!)
アオイデの暴走に、疾風はうんざりして抗議したが、もう遅かった。歌声そのものに音波攻撃の力が宿っているのか、片目鳥は先ほどよりも激しい勢いで次々と地面へと落ちていった。
レオンたちは、まるで雹のように降り注ぐ鳥たちから頭を守るのに必死だった。
しばらくの間、疾風の頭上を旋回しながら対峙していた片目鳥たちは、大きな損害を受けた末に、ついに疾風を諦め、群れを成して別の方向へと飛び去っていった。
一行は周囲にびっしりと転がる片目鳥の死骸に囲まれ、ようやく緊張を解くことができた。
「ところで疾風、ガッチャマンって誰?」
ユニスが興味津々に尋ねた。
疾風はギクッとして、慌てて言葉を探した。
疾風が知っているのは、昔のアニメだということと、主人公が体に密着するスーツを着て、ヘルメットを被っていることくらいだった。
説明に困ったが疾風は、ぎこちなく笑って適当にごまかそうとした。
「ええ〜と、白いマントを羽織った戦士というか。」
すると、マックスボーンが唐突に言った。
「もしかして疾風、お前を讃える歌なのか?」
疾風は慌てて否定した。
「違う! 絶対に違う!」
だが、マックスボーンとアルはお構いなしにひそひそ話を続けた。
「ピートランド卿はどう思います? ひょっとして、疾風の前世の名前じゃありませんかね?」
「うーん。疾風の性格から考えると、自らを讃える歌を歌うとは思えませんね。白いマントを羽織った強き戦士を指す別称なのでは?」
アオイデのおかげで耳が格段に良くなった疾風は、それを聞くなり飛び跳ねながら全力で否定した。
「絶対に違う! 勝手にこじつけるなよ!」
その後しばらくの間、疾風は〈疾風=ガッチャマン説〉を打ち消すのに必死にならなければならなかった。




