45. メゴットの解体
戦いが終わった後、アルは鼻血をダラダラ流しながら、フローラに激しく抗議した。
「これ、いったい何なんだ!? 臭いがひどすぎるんだけど!」
フローラは平然と答えた。
「強烈な臭いには、もっと強烈な臭いで対抗するしかないわ。」
その頃、疾風がレオンのもとへ戻ろうとしたが、アルから放たれる鼻を突く異臭に驚き、思わず後ずさった。疾風の感覚では、この鼻の奥を焼き切るような悪臭は、間違いなくアンモニア系の匂いだった。
遠くへ逃げていたユニスも戻ってきたが、アルの異臭に顔をしかめ、距離を取ったまま立ち止まった。
「アル、その格好、何よ、それ?」
ユニスが眉をひそめて尋ねた。
アルの姿はまさに見るも無惨だった。髪はぼさぼさに乱れ、顔は真っ黒なススまみれ。赤く充血した目からは滝のような涙が流れ、鼻からはダブル鼻血、口からはよだれがダラダラしていた。そこに物乞い用の器でも持たせたら、まさに〈乞食王〉の風格すら漂っていた。
「ひどすぎる。」
ユニスの言葉に、アルが唸るように言い返した。
「仲間を見捨てて逃げてたくせに、よくそんなこと言えるな?」
ユニスは、まったく悪びれる様子もなく、鼻をつまんで答えた。
「仲間とか以前に、その見た目は無理。どこ行っても、私の知り合いとか言わないでね。」
「はぁ!? レオン、お前もなんとか言ってやれよ!」
怒ったアルがレオンの方を振り返ったが、レオン、キアン、そしてマックスボーンまでもが、アルから距離を取っていた。
「レオン、お前まで。」
アルは、切なそうな目で再び大粒の涙を流した。
レオンは慰めようと近づこうとしたが、鼻を突き刺すような強烈な悪臭に耐えきれず、結局断念した。
その時、狩人たちのリーダーらしき男が近づき、レオンたちに深々と頭を下げた。
「パーカー・ファミリーのパーカーと申します。おかげさまでメゴットを3匹も仕留めることができました。本当にありがとうございます。」
パーカー・ファミリーは、2人の兄弟とその家族、兄弟の両親からなる狩猟集団だった。兄弟の両親である2人の老人と、10歳前後の2人の子どもは獲物を追い立てる役割をし、女性2人を含む残り6人が弓やメイス、斧を使って狩りを担当しているという。
メゴットは、キアンとフローラが言ったように、見た目や匂いはひどいが、肉や舌は高級食材として高値で取引される。また、角や皮は上質な防具の素材となり、頭や蹄も薬の材料として重宝される魔獣だった。
「メゴットの解体は大変難しいです。うまくしないと、匂いが染みついて、肉が使い物にならなくなってしまいます。あの方たちに解体を任せて、その代わりに素材を譲るのはどうでしょう?」
フローラの提案により、メゴットの解体は狩人一家に任せ、レオンたちが仕留めた4匹の肉と舌を受け取る代わりに、残りの素材は彼らに譲ることになった。
パーカー一家はこの提案を大いに喜んだ。
「素材を全部いただけるなんて、感謝しかありません!」
パーカーは満面の笑みを浮かべ、大喜びした。
メゴットの解体には大量の水が必要なため、レオンたちはパーカー一家の案内で小川へ向かった。
小川に到着すると、狩人一家が解体の準備をする間、アルをはじめとした男たちは、我先にと水へ飛び込み、急いで体を洗った。
「うわぁ、最悪だ。この臭い、全然落ちねぇ!」
アルは泣きそうな顔で、フローラからもらった石鹸を布にこすりつけ、全身が真っ赤になるまでゴシゴシと擦った。他の男たちも、メゴットとの戦いで染みついた強烈な悪臭を落とすため、全身をくまなく洗い、服まで総取り替えする羽目になった。
やがて、狩人一家が本格的に解体作業に取り掛かると、レオンたちは少し離れた場所で野営の準備をしながら、その様子を見守った。
解体中も強烈な匂いが立ち込めるため、フローラとユニスはさらに遠くへ移動し、千里眼を使ってその様子を観察することにした。
「どうして、あんなものを食べようと思ったのかしら? 人間って、ある意味すごいよね。」
ユニスが、それが褒め言葉なのか皮肉なのか分からない感想を口にした。
フローラが答えた。
「たぶん、最初に食べたのはああいう狩人だったでしょうね。あの強烈な匂いにもかかわらず、意外と美味しいことに気づいて、それから、どうやって匂いを処理するかを考えたのではないかしら。人間の珍味には、少量の毒を含むものもいくつかあるわ。それが独特な快感を生む味になるのよ。」
「不思議な話だね。毒だと分かっていながら、わざわざ食べるなんて。」
首をかしげるユニスを見て、フローラはくすっと笑った。
「人間は妖精のことを不思議に思い、妖精は人間のことを不思議に思う。本当に面白いわね。」
パーカー一家がメゴットを解体する様子は、レオンたちにとっても興味深いものだった。
「本当にあれを、食べられるんですか?」
メゴットの皮を剥ぎ、下処理を進める様子を見て、マックスボーンが半信半疑な様子で尋ねた。
キアンが答えた。
「美味しいのは確かですよ。最高級の子牛肉よりも美味しかったですから。」
「この臭いをどうやって消すっていうんです?」
マックスボーンは訝しげに首をひねった。
「信じられないかもしれないが、あいつの舌がまた絶品らしいですぞ。」
アルの言葉に、マックスボーンは目を見開いた。
「あの腐った雑巾みたいな舌が、美味いって?」
「そのままじゃ食べられないけど、特別な処理をすれば食べられるそうです。どうやるかは、専門の狩人じゃないと、分からないみたいですけど。」
レオンの説明に、アルが言葉を付け足した。
「普通、そういう記録は俺みたいな魔法使いが残すことが多いのですが。さすがに、あいつの解体方法を学ぼうとする物好きな魔法使いは滅多にいないんですね。」
マックスボーンは、アルの顔を見て、思わずこぼれそうになる笑いを抑えるように、口元を手でこすった。
「そりゃあ、そんな魔法使いは珍しいでしょうね。」




