44. 臭いけれど、美味い魔獣(2)
その時、彼らの反対側から複数の人影が現れた。ずっしりとしたメイスや棍棒、盾を構えた、頑強な体つきの狩人たちだった。
一人の男が、大声で叫んだ。
「旦那方、その魔獣は私たちが苦労して追い込んだ獲物です。逃がさないよう、どうかご協力、お願いします!」
7匹のメゴットは、レオン一行と狩人たちの間に挟まれる形になり、戸惑った様子で周囲を窺っていた。
「本当に食べられるのか?」
レオンも、吐き気を催す悪臭に苦しみつつ、疑わしげに呟いた。
アルはすでに下腹を押さえ、しゃがみ込んで中身を吐き出していた。
狩人の男が再び声を張り上げた。
「刃物や矢は効きません! 逆に奴らを余計に凶暴にする上、下手をすると肉が台無しになります。メイスか棍棒で叩き潰すしかありません!」
キアンとマックスボーンが素早くメイスを持ってきて、アルとレオンに手渡した。2人は正直、戦う気になど到底なれなかったが、思わず受け取ってしまった。
キアンとマックスボーンは戦闘意欲を燃やし、メイスを強く握りしめて戦闘態勢に入った。
フローラが大きな声で注意した。
「メゴットの目を3秒以上見つめないでください! 怒り状態になって理性を失ってしまします! それから、狩人さんの言った通り、叩きのめすしかありません!」
男たちに注意を促したフローラは、疾風に頼んだ。
「疾風、奴らが逃げようとするかもしれないから、あっちを塞いで。」
「了解。」
疾風はメゴットの動きを注視しつつ、狩人たちが防いでいる反対側へと移動した。
「ユニス、弓はダメよ! 近接戦で。」
フローラの言葉が終わるよりも早く、ユニスは素早く後ろへと距離を取った。彼女は、両手で鼻をつまみ、ぶんぶんと頭を振った。
「無理、ごめん、生理的に無理!!」
そう言うと、ユニスはえずきながら妖精馬に乗り、さっさと遠くへ逃げていった。
メゴットたちは、人間と疾風に包囲された形になり、警戒しながら身を縮めた。
緊張が張り詰める中、ついにメゴットたちが動き始めた。予想以上の素早さで身を翻し、人々の振るうメイスを巧みに避けながら、鋭い頭突きを繰り出して突進してきた。
「マックスボーン、噛まれないように気をつけてください。死にはしないけど、死ぬほど痛いらしいです。」
レオンがマックスボーンに警告した直後、一匹のメゴットがレオンを向けて、獰猛に突っ込んできた。隣にいるマックスボーンが素早く盾を構え、突進を受け流した。
メゴットは一瞬ひるんで後退するかと思いきや、すぐさま頭を下げ、再び突進してきた。マックスボーンの盾とメゴットの額が、鈍い音を立ててぶつかる。
「うわっ、こいつの頭、マジで硬ぇ!」
衝撃で後ろに尻もちをつきそうになりながらも、なんとか踏ん張ったマックスボーンが舌を巻いた。何度も頭をぶつけてくるメゴットと対峙しているうちに、フローラの注意をつい忘れたマックスボーンは、うっかり奴と目を合わせてしまった。
すぐに、マックスボーンの目の白目部分が真っ赤に染まり、表情が険しく歪むと、ゆっくりとレオンの方へと向き直った。
その瞬間、フローラが投げた薬瓶がマックスボーンの後頭部にパシッと直撃した。
「いったぁっ!」
マックスボーンはハッと我に返り、ぶつけられた箇所をさすった。そこにはぷっくりとしたこぶができていた。
「治療ポーションです! 傷を負ったら使ってくださいね!」
フローラが叫んだ。
マックスボーンは、膨れ上がったこぶを撫でながら、一瞬(これを今使え、との意味か?)と戸惑った。
メゴットの中でも特に体格が大きく、リーダーらしき個体が、レオン一行と狩人たちを交互に見比べて、状況をうかがっていた。やがて決心がついたのか、ヤツは、突如疾風の方へと方向を変え、猛然と突進してきた。
疾風は深く息を吸い込み、タイミングを計りながら、メゴットが間近に迫るのを待った。そして、一気に〈威圧〉スキルを発動し、ヤツの動きを一瞬止めると、素早く体をひねり、後ろ足に渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
ドゴンッ!
鈍い音とともに、リーダーメゴットは悲鳴を上げる間もなく、遥か彼方へ吹き飛ばされ、ドサッという音を立てて地面に落ちた。そして、しばらく痙攣した後、ぐったりと動かなくなった。
— おお、敵のボスを一撃で仕留めたぞ? やるじゃないか。
アオイデが感嘆した。
(まぁ、馬としては優秀な方ですからね。)
— このレベルなら、もはや〈優秀〉なんて生易しいもんじゃない。英雄馬だな。
(その〈英雄〉って話、そろそろやめてもらえませんかね?)
— 絶対に嫌だ。叙事詩といえば英雄譚だろうが。
その言葉を聞き、疾風は改めてアオイデが〈歌唱の精霊王〉であることを思い出した。
そういえば、ギリシャでも北欧でもインドでも、古代神話の多くは英雄叙事詩の形を取っており、たいてい詩人によって語り継がれてきたものだった。
(だから、英雄譚に目がないわけだ。)
疾風が内心ため息をつくと、アオイデが厳かに咎めた。
— 目がないとは何だ、精霊王に対する礼儀を知らんのか?
(じゃあ、何て言えばいいでしょう?)
— 執着?
疾風は〈目がない〉も〈執着〉も、大して違わないじゃないかと思いながら鼻をひくつかせた。
*** ***
メゴットたちは、リーダーが倒れたことに大きく動揺し、そこからは制御を失い、無秩序に突進し始めた。
フローラは、レオンたちの戦いを見守りつつ、メゴットの精神攻撃を受けた者には容赦なく薬瓶を投げつけ、正気を取り戻させた。
アルのメイスが、襲いかかってきたメゴットの頭部に正確に命中した。しかし、対人戦用のメイスだったため、メゴットに致命的なダメージを与えるほどの威力はなかった。
怯むことなく、再び突進してくるメゴットに向けて、アルは風の魔法を放った。メゴットは4本の脚でしっかりと踏ん張り、逆にじりじりとアルへとにじり寄ってきた。奴の黄色い瞳が、まるで嘲笑うかのようにアルを見据え、不快な痰を絡ませたような笑い声を上げる。
その瞬間、アルの瞳が赤く染まり、彼の手から力が抜けた。同時に、風の魔法も消え去った。
得意げに笑うメゴットは、アルへとさらに近づくと、頭をもたげ、腐臭漂う息を彼の顔へと吹きかけた。
「ぐわっ!」
短い悲鳴を上げると、アルは顔を両手で覆いながら崩れ落ちた。そして、すぐに奇怪な叫び声を上げながら勢いよく立ち上がり、キアンに飛びかかった。
「グアアアア〜!」
キアンは突然の攻撃に驚き、慌ててアルの攻撃を避けた。
目を真っ赤に充血させ、顔を歪ませたアルの様子は、明らかに正気ではなかった。
「キアン、頭を下げて!」
フローラの声に反応し、キアンがすぐに身をかがめると、フローラが投げた黒い球体がアルの鼻先に命中して弾けた。ススまみれになったアルがゴホゴホと咳き込みながら、地面を転がり回った。
「ぎゃああ〜、俺の鼻がぁ〜!」
転げ回って苦しむアルの側にレオンが近づき、アルを攻撃したメゴットの顎を思い切り叩き、地面に叩きつけた。
キアンはマックスボーンと合流し、他のメゴットに集中攻撃を仕掛けた。
その時、アルがいきなり飛び起き、喉が裂けるほどの大声で叫びながら、別のメゴットに向かって突進した。
「うおおおおっ! クソヤギめ! ぶっ殺してやる!」
アルはくしゃみを連発しながらも、一方の手で次々と火球を放ち、もう一方の手では嵐のようにメイスを振り回した。
その勢いに押され、メゴットが逃げようとしたが、アルは無我夢中で追いかけ、容赦なく打ちのめし続けた。
「死ねぇ! 死ねぇぇぇぇ!」
あちこちでメゴットの痰を絡ませたような唸り声と、鈍い衝撃音が響き渡る。
しばらく激しい戦いが続いた後、ようやく戦闘が終了した。
レオンたちは隊長を含めた4匹、狩人たちは3匹を仕留め、合計7匹のメゴットの群れを見事に全滅させることに成功した。




