43. 臭いけれど、美味い魔獣(1)
プレティオミを出ると、果てしなく続く広大な草原が一行の前に広がっていた。爽やかな秋風が、草原の草をやさしく撫でながら吹き抜けていく。
「秋ねぇ。」
ユニスが大きく伸びをして、澄み渡る青空を見上げた。
「ここには新鮮で良い草がたくさんありますね!」
マックスボーンは弾んだ声で言って、あたりを見回した。
「草原を抜ける前に、牧草を補充しておくのはどうでしょう?」
「それはいいですね。」
アルが答えたところに、フローラが口を挟んだ。
「そんなことは後回しにして、まずは先を急ぎましょう。このままだと、冬が来る前に、キベレに着けないかもしれません。」
「いやいや、さすがにそんなことはないだろう。」
アルは笑って流したが、フローラは真剣だった。
「秋は思ったよりも短いです。寒くなる前にキベレに到着する方がいいと思います。」
「フローラの言う通りだな。とにかく出発しよう。牧草のことは明日以降に考えればいい。」
レオンが疾風とともに先頭に立った。
視界を遮るものが何もなく、広大に広がる草原を駆けるのは爽快だった。心地よくリズムを刻む馬蹄の音とともに、清々しい秋風が全身を包み込んだ。
疾風がレオンに言った。
「久しぶりに、思いっきり走ってみるか?」
「いいね。」
レオンが仲間たちを振り返り、大声で叫んだ。
「疾風と先に行くぞ!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、疾風とレオンは一気に速度を上げて駆け出した。
「俺たちも負けてられないな! 行くぞ、タマ!」
アルの馬であるタマも疾風を追いかけて走り出した。
マックスボーンも満面の笑みを浮かべ、ソヨカゼとともにその後を追った。
ユニスが呆れた顔でフローラに尋ねた。
「あの男たち、なんなの?」
フローラは小さく微笑んだ。
「馬バカのエレンシアの男たちね。」
しばらく草原を思いきり駆け抜けた一行は、プレティオミから遠く離れた場所まで移動し、夜になると野営をして、翌朝、朝食をとった後に牧草刈りを始めた。
マックスボーンはレオンとアルに草刈りの道具を一つずつ渡し、力強く言った。
「今日できる限り多くの牧草を確保して、これからの旅に備えましょう。頼みましたよ!」
レオンとアルは決意を込めてうなずいた。3人が草を刈っている間、フローラとユニスは野営地でその様子を眺めていた。キアンは、刈り取られた草をまとめて束にする役目を担当していた。
「あの3人は本人が好きでやってるからいいとして、キアンはああいう仕事をするタイプじゃないのに、大変ね。」
ユニスが気の毒そうに言うと、フローラは笑った。
「ご本人が楽しんでいるなら、それでいいじゃない。」
フローラの言葉通り、キアンは微笑を浮かべて、手際よく草を集め続けていた。
昼頃になると、草の山がいくつもできていた。
それをアイテム袋に詰めながら、フローラがマックスボーンに尋ねた。
「これだけあれば、十分じゃないですか?」
しかし、マックスボーンは『まだまだだ』という反応だった。
「荷馬も含めて、馬は7頭もいます。これくらい、あっという間になくなります。せっかくこんなに良い草原に出会えたんですから、できるだけ集めないと。
新鮮な草はいくらあっても困りませんよ。昼食をとってから、もっと刈りましょう!」
「じゃあ、今日はまるきっり牧草刈りの日ってこと?」
ユニスが呆れたように尋ねた。
「どうせやるなら、ちゃんとやらないとですね。」
マックスボーンは顔をしかめて腰を叩きながらも、主張を曲げなかった。レオンとアルも腰が痛いのか、片隅で腕や腰をぐるぐる回し、体をほぐしながらもマックスボーンの言葉に異議を唱えなかった。
軽く昼食を済ませると、4人は再び牧草刈りに取り掛かった。
ユニスは道具セットを取り出して広げ、道具箱をテーブル代わりにアクセサリー作りを始めた。フローラはその隣に座り、ユニスの作業を眺めていた。
そんな中、せっせと草を刈っていたアルが、ふと鼻をひくひくさせて、レオンに尋ねた。
「なあ、レオン、さっきから何か臭くないか?」
「だな。なんか嫌な臭いがする。」
「何だ? この腐った糞みたいな臭いは?」
首をかしげ、草を刈っているアルの目の前に、突然、不気味な笑い声とともに何かの影がぬっと現れた。
「クゥフフフ。」
「うわっ、くっさ!!」
アルは鼻をつまんで叫び、思わず飛び退いた。
アルの悲鳴とほぼ同時に、レオンとアルの目の前に、いくつもの影が草むらから突如姿を現した。
それは、白っぽい長い毛を垂らしたヤギのような魔獣だった。頭の両側には、大きく曲がった2本の角があり、顎には長いヤギヒゲを生やし、不気味な黄色い瞳を持つ─まるで悪党の魔法使いを思わせるような顔つきだった。
見た目も十分気味が悪いのに、何よりも問題なのは、その嘲笑うような表情と、ぞっとする笑い声、そして鼻がひん曲がるほどの悪臭だった。
後方からフローラが大声で言った。
「メゴットよ! とても美味しいやつだから、捕まえて!」
「美味いですと!? これが、ですか?」
マックスボーンが鼻をつまみながら聞き返した。
後ろにいるキアンがフローラと同じことを言った。
「僕も食べたことがあります。まさに絶品です。」
「そういえば、どこかの記録で読んだような気がするけど。まさかこいつが!? うぇっ!!」
アルは思わずえづきながら後ずさった。
「くそっ、こんなにひどい臭いがするのに、どうやって食べるんだ!? きっと記録が間違ってるに決まってる!」
レオンもアルと同意見だった。
「この臭いに耐えて、食べるなんて無理だろ。」
2人はじりじりと、後退し始めた。




