41. 恋愛経験ゼロの男たち
楽しい夕食の時間を過ごし、ラダメイン一行と別れたレオンたちは宿へ向かった。
アルはワインを何杯も飲んだせいで、ほんのりと酔いが回った顔で満足そうにお腹を叩いた。
「久しぶりにたらふく美味しいものを食べたなぁ。全部最高だったよ。」
ユニスがアルの膨らんだお腹を指さしながら茶化した。
「うわぁ、そのお腹見てよ。本当によく食べるねぇ。アルを知ってから、人間の魔法使いに対するイメージがどんどん変わっていくよ。」
「どう変わったの?」
「魔法使いって言うと、学者肌の優等生って感じがあったけど。アルはガタイが良くて、筋肉質で、力持ちで、大食いで。」
「いいところはないのか?」
アルが目を細めて問い詰めた。
「意外と匂いに弱い?」
「それのどこがいいんだ?」
「ははは、唯一魔法使いっぽいところじゃない?」
ユニスは愉快そうに笑った。
アルは鼻にしわを寄せた。
「そろそろ魔法使いへの偏見は捨てたらどうだ? ジーフレットさんも俺を見習って、体力作りを始めたって話、聞いてないのか? 君を苦しめたあのリスティーンも、武力型の魔法使いだったろ?」
「うっ、その女の名前は出さないで……。」
ユニスは身震いしながら、ぞくっとした。
「それにしても、ラダメインさんたちは、私たちとは反対の方向に行かれると言ったね。これからまた会うのは、簡単ではなさそうだな。」
レオンは少し寂しそうに言った。
ラダメイン一行は間もなくプレティオミを離れ、西にある安全都市ヘルパオンへ向かう予定だった。戦力を強化するため、アジャルの従兄である西大陸出身の槍術士がそこで合流することになっているという。
一方、レオンたちは予定通り南東のバイアフへ向かう予定だったので、進む方向はほぼ正反対だった。
「縁があれば、またいつか会えるでしょう。」
フローラは、ちょうど吹いてきた風で乱れる髪を手で払いつつ言った。
キアンは懐にある小さな貴金属のケースを意識しつつ、ちらりとフローラを見た。髪飾りを買ったものの、いざ彼女にどう渡せばいいのかわからず、なかなか言い出せなかった。それに、野営の時とは違って宿では部屋が別々だったため、フローラと2人きりになる機会もなかった。
結局、宿に到着してそれぞれの部屋に入るまで、フローラに話しかけるタイミングをつかめなかったキアンは、気を紛らわせるために、レオンが疾風の世話をしに馬小屋へ向かうのに同行することにした。
夕食の席での出来事について、レオンが疾風と話しているのを聞きながら、自分の愛馬バスコの毛を梳いていたキアンは、疾風が自分の名前を呼ぶのを聞いて顔を上げた。
「昨日、髪飾りを買ったって聞いたけど、フローラに渡したの?」
「いや、まだ。」
つい答えてしまったキアンは、顔を赤らめた。
「どうして、それが分かるの?」
「動物の勘ってやつかな? 髪飾りを買ったって聞いた時に、なんとなくそんな気がしたんだ。なんでまだ渡してないの?」
「何て言って渡せばいいのか分からなくて。」
「そもそも、どんな気持ちで買ったわけ?」
「フローラが今回すごく頑張っていたし。それに、いつも親切にしてもらっているから、そのお礼をしたくて。」
「じゃあ、そう言って渡せばいいじゃない? 日頃の感謝の気持ちを込めてさ。」
「もし受け取ってくれなかったら、どうしよう?」
キアンは自信なさげに呟いた。
「大丈夫だよ。感謝の気持ちとして渡すのだから、断る理由なんてないだろ? レオンもそう思うよね?」
「もちろん。フローラなら、喜んで受け取るさ。」
レオンがニコリと笑って言うと、疾風は意地悪そうに口を尖らせ、からかうような調子で言った。
「でもな、レオンには恋愛のことで期待するなよ。こいつ、今まで一度も誰かと付き合ったことがないんだ。」
キアンは驚いた顔で尋ねた。
「どうしてですか? レオンなら、とても女性に人気があったのでは?」
疾風が代わりに答えた。
「そりゃ、モテモテだったさ。僕と一緒にいる時だけでも、告白されたのは、10回や20回じゃきかないよ。可愛い子も多かったのに、一度もOKしたことがなかったよな。」
「どうしてですか?」
キアンは本当に不思議そうな顔で聞いた。
レオンは気まずそうに答えた。
「うーん。別に女の子に興味がないわけじゃないけど、心の余裕がなかったというか。特に誰かと付き合いたいって気持ちにならなかった。」
その時、疾風が「ふふん」と鼻で笑った。
「まあ、騎士の訓練や試合の練習で忙しかったのもあるけど、実はレオンは〈運命の相手〉を待っているんだ。」
「運命の相手?」
キアンが首をかしげると、疾風はクスクス笑いながら続けた。
「レオンが子どもの頃、両親にどうやって出会ったのか聞いたらしい。その時、お父さんがこう言ったそうだ。『お母さんに出会った瞬間、この人が自分の運命の相手だって分かったんだ。』 ってな。
そして、『お前もいつか、そんな相手に出会うよ』って言われたらしくて。」
「やめろ、疾風!」
レオンは耳まで真っ赤になりながら、疾風の口を押さえた。
実際のところ、疾風の声はアオイデが出しているものなので、口を塞がれたところで、何の意味もないのだが、珍しくレオンが慌てる様子を見た疾風は、大人しく口を閉じてやることにした。
レオンは気まずそうに咳払いをすると、キアンに念を押した。
「キアン、今の話は、他の人には内緒にしてくれ。特にアルには。あいつにバレたら、死ぬまでネタにされる。」
キアンはこみ上げる笑いを必死に堪えて、しっかりと頷いた。




